「トータル・リコール 4K デジタルリマスター」/11月27日(金)TOHO シネマズ 日比谷ほか全国ロードショー/(C)1990 STUDIOCANAL/配給:リージェンツ
近年、古い映画がリバイバル上映されたり、ディスクで再発売される際に、「4Kデジタルリマスター版」「4K修復版」というバージョンになっているのをよく見ますよね。たとえば、2020年に劇場公開された映画を見てみると、「真夏の夜のジャズ 4K」「海の上のピアニスト 4Kデジタル修復版」「エレファント・マン 4K修復版」といった作品がありました。
そして今後も、ポール・バーホーベン監督、アーノルド・シュワルツェネッガー主演のSF映画「トータル・リコール 4Kデジタルリマスター」(2020年11月27日公開)や、高倉健主演の「鉄道員(ぽっぽや) 4Kデジタルリマスター版」(2020年11月6日公開)といった作品が公開予定となっています。また、それら旧作品のディスク化も続々進んでいて、まさに「4Kデジタルリマスター版」「4K修復版」は、映画業界における一種のトレンドのようです。
「トータル・リコール 4K デジタルリマスター」/11月27日(金)TOHO シネマズ 日比谷ほか全国ロードショー/(C)1990 STUDIOCANAL/配給:リージェンツ
「4Kデジタルリマスター版」という文言があると、古い映画が高品質の映像に生まれ変わっているんだろうな、という安心感があります。フィルム上映時代に名画座通いをしていた人にとっては、(新たに上映用のポジフィルムを現像する)「ニュープリント」という文言がついていることで、「これは観なくては!」という思いになった感覚に近いかもしれません。
しかし、ひとことで「4Kデジタルリマスター」といってもどんな作業をしているのでしょうか? 今回はそのあたりを解説しつつ、注目の4Kデジタルリマスタータイトルと一緒にご紹介したいと思います。
まずは「4Kデジタルリマスター」の話をする前に、元データとなる「映画のフィルム」について簡単にお話しましょう。かつて、映画の撮影と上映に用いられていたのが「フィルム」であることは、多くの方がご存じだと思います。特定非営利活動法人映画保存協会のホームページ(http://filmpres.org/)によると、「映画フィルムとは、プラスチック素材のベース面(支持体)にゼラチン質の乳剤をコーティングした物質」とあります。
上映用フィルムの断面イメージ
そしてそのフィルムは、「映写機にかければスリ傷やパーフォレーション壊れ、油やほこりの付着など、必ずと言ってよいほど何らかのダメージを受けるものです。しかし映写をせずに缶に閉じ込めておけば安心というわけではなく、とりわけ気温と湿度が高いところでは、手を触れずとも化学的に劣化していきます」とも記されています。
フィルム時代は、古い映画を鑑賞するとスクリーンいっぱいに擦り傷が映し出されていたり、画質が全体的に色あせていたりなんてこともめずらしくありませんでした。映像の劣化がないデジタル上映が主流となった今となっては、そんな状態で映画を観ていたということが想像もつかない人もいるかもしれません。
その後、ビデオテープなどの記録メディアの登場により、「24コマ/秒」のフィルム素材を、「30フレーム/秒」のビデオ信号に変換する「テレシネ」という技術が発達していきます。さらにHD(ハイビジョン)と呼ばれる規格が登場し、ビデオの画質は一気に向上しましたが、一説には6Kくらいのポテンシャルがあるとも言われている35ミリフィルムの情報量を完全に再現するまでには至っていません。
そして2000年代の中頃を境に、映像の世界もデジタル化が進みます。ハリウッドを中心にDCI(Digital Cinema Initiatives)規格が策定され、撮影から上映に至るまで映像をデジタルデータでやりとりすることが一般的に。これ以降、時代は「デジタルシネマ」が主流になりました。
ちなみに2020年現在、多くのシネコンが採用している映写機は「DCI 2K(2048×1080)」。まだ「DCI 4K(4096×2160)」上映ができる映写機を導入している映画館は限られていますが、これから少しずつ4K上映が普及し、主流になっていくことが予想されます(なお余談ですが、映画撮影・上映の世界で採用されているDCI 4K(4096×2160)と、家庭用テレビなどで採用されている4K UHDTV(3840×2160)とは別規格となります)。
そして、ここからが本題。「4Kデジタルリマスター」とは、主にフィルムで撮影された映画を、4Kクオリティでスキャンしデジタルデータに変換して修復する作業のことです。しかしビデオのダビングのように、「再生と録画ボタンを同時に押せば終わり」というものでもありません。日本では東京現像所やIMAGICAといった、歴史の古い現像会社などがその作業を行っていますが、その作業工程を見てみると、なかなか大変な苦労があるというのがわかります。
まずは素材となるフィルムをチェックします。当然ながら元の素材の保存状態がよく、素材がきれいであればあるほど、「フィルムスキャナー」で読み込んだデジタルデータもきれいなものとなります。そのため、この段階でフィルムをできる限りきれいな状態に仕上げておくことが大切になります。
先述した通り、上映用のポジフィルムは上映を重ねるごとにキズなどが付き、劣化しやすいため、まずはフィルムをチェックして、随時、修復作業を行います。可能ならば、オリジナルのネガフィルムから直接スキャンできることがベストの選択肢となりますが、古い映画の場合だとオリジナルネガが紛失していることも多く、そのときは上映用のポジフィルムや、複製用のネガフィルムなどを使用して、できる限り元データを取り込むようにするというケースもあるようです。
そうして修復されたフィルムを、「フィルムスキャナー」と呼ばれる専用の機械を使って、4K解像度でスキャニングしていきます。この「フィルムスキャナー」も、じっくりと時間をかけてていねいにスキャンする機種、パーフォレーションを使わずにローラーを使用し、すばやいスピードでスキャンする機種、音声データのみをスキャンする機種など複数の種類がありますが、用途・予算・作業時間などに合わせてこれらの機種を使い分けているそうです。
ちなみに、2020年10月28日に発売されたばかりの「機動戦士ガンダム 劇場版三部作 4KリマスターBOX(4K ULTRA HD Blu-ray&Blu-ray Disc 6枚組)(特装限定版)」は、35ミリのマスターポジフィルムを5Kの解像度でスキャンし、そのデジタルデータを富野由悠季監督の意向により、「心地よい粒子感」を残したまま4K/HDR化したもの。さらに音響は、オリジナルのモノラル音声を尊重しながらも、「ガンダム」シリーズ初となるDolby Atmos化を施し、立体的な音響設計となっていることにも注目です。
「機動戦士ガンダム 劇場版三部作 4KリマスターBOX(4K ULTRA HD Blu-ray&Blu-ray Disc 6枚組)(特装限定版)」/販売元:バンダイナムコアーツ/Ultra HD Blu-ray+Blu-ray発売中/(c)創通・サンライズ
フィルムスキャナーでデジタルデータ化した後は、PC上でひとコマずつ、レストア(修復)と呼ばれる作業を行います。ここでは、コマについたゴミや傷、ノイズなどの除去、色調補正を行います。単純計算すると、1秒が24コマで、1分(60秒)だと1440コマ。さらにそれが90分(5400秒)となると、12万9600コマをひとコマずつチェックしていかなければなりません。本当に気の遠くなるような作業量です。これらのコマを、目視しながら、ていねいに修復していきます。その後、最終作業として、色合いや輝度などを調整するグレーディングが行われます。上述の「機動戦士ガンダム 劇場版三部作 4KリマスターBOX」のように4K/HDRクオリティの映像で世に出る場合は、輝度情報を拡張するHDRグレーディングが実施されます。
ちなみに、監督もしくは撮影監督といった関係者が存命の場合は、そうした方々が監修を行い、撮影当時の色彩や撮影意図をくんで、当初の映像を再現するということも行われています。近年で言えば、「エレファント・マン 4K修復版」はデヴィッド・リンチ監督が監修を行ったことがアナウンスされていましたし、「海の上のピアニスト 4Kデジタル修復版」もジュゼッペ・トルナトーレ監督本人が監修を行いました。
なお「海の上の〜」は、映画「ライフ・イズ・ビューティフル」なども手がけてきたカラースーパーバイザーのパスクアーレ・クズポリとともに、イタリアのルーチェ・チネチッタ・ラボにおいて完全修復作業が行われたという1作です。
「海の上のピアニスト」4Kデジタル修復版&イタリア完全版/11月18日発売:Blu-ray 6,800円(税別)/発売元:シンカ/販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
映画フィルムの保存というのは、次世代に映画文化を継承していくために、映画業界が総力をあげて取り組まなければいけない課題となっています。「タクシードライバー」などで知られる巨匠マーティン・スコセッシ監督も、「ザ・フィルム・ファンデーション」と呼ばれる財団を立ち上げ、劣化したフィルムの修復、保存活動を行ってきたことはよく知られてきます。
特に1950年頃までは、フィルムには可燃性物質が使用されてきました。古きよき映画館の思い出をつづった「ニュー・シネマ・パラダイス」という映画でも、フィルムが引火して火事になってしまうシーンがありましたが、当時はそれくらいフィルムの取り扱いは危険なものでした。それゆえ過去の名作でも、フィルムの焼失によって現在では見ることができなくなってしまった幻の映画というものも数多く存在します。
小津安二郎監督の不朽の名作「東京物語」ですら、オリジナルネガは火事によって失われてしまっています。そこで、現存している音付き35ミリのデュープネガ(複製)を4K修復し、デジタルリマスター化されたものが復刻上映されました。このバージョンは、2018年のカンヌ国際映画祭でも上映されています。
映画史に残る名作を4Kデジタルリマスター化するのは急務となっています。現在、日本で公開中の「天井桟敷の人々 4K修復版」も、ヨーロッパ映画初の4K修復版として注目を集めましたが(4Kデジタルリマスター化したのは2011年)、このたびようやく日本公開となりました。オリジナルのネガは、フランス国立映画センターの倉庫に保存されており、やはりこの作品のフィルムも可燃性の素材で作られていました。
「天井棧敷の人々 4K修復版」/YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次上映中!/配給:ザジフィルムズ/(c) 1946 Pathe Cinema - all rights reserved./公式サイト:http://www.zaziefilms.com/tenjou/
「天井棧敷〜」は映画史に残る名作ということで、オリジナルネガは酷使され、たくさんの擦り傷や、湿気によるカビ、そして欠損しているコマがあるなど、状態はあまりよくなかったそうです。今回の4Kデジタルリマスター化にあたっては上映用のポジフィルムなどを使用して、丹念にひとコマずつ修復。作業には4か月かかったということですが、実際に鑑賞すると、そんな作業を感じさせない美しさに仕上がっています。
近年のレストア作業は、PCによって作業の効率化が図られているそうですが、最終的にはスタッフによる目視での確認、修正が必要となるため、地道な作業であることには変わりありません。1本の映画を4Kデジタルリマスター化するのにも、数か月はかかると言われています。これから、4Kデジタルリマスター版の映画を鑑賞する際には、そうした職人さんたちの努力にも思いをはせてみてはいかがでしょうか?
福岡県生まれ、東京育ち。映像制作会社勤務を経て、フリーランスの映画ライターとして活動中。編集者として、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。