すでに何度も同じ書き出しをしている気がするが、2020年の完全ワイヤレスイヤホンは“ノイズキャンセリング”というキーワードがもっとも飛び交った1年だった。
大まじめに2020年を振り返ると、コロナ禍の下で外出自粛があり、電車に乗る機会も減り、海外渡航も難しくなり、必ずしもノイズキャンセリング機能付きの製品にとって追い風だった訳ではない。だが、テレワーク需要はあったし、メーカーが企画・開発する製品の仕様が急に変わる訳でもなく、結果として2020年はかなりの数のノイズキャンセリング対応完全ワイヤレスイヤホンが登場し、それなりに盛り上がった訳だ。
例年なら、ここで盛り上がっているノイズキャンセリング機能搭載の完全ワイヤレスイヤホンを一斉に揃えて飛行機の中でガチ比較したいところなのだが、現在は海外渡航が難しく、飛行機に乗る機会がかなり減ってしまったこともあり、なかなか実現が難しい。そこで、今回は趣向を変えて、より日常的な公共交通機関である電車と、喧騒のある商業施設、そしてテレワークの環境として比較的静かな室内という3つのシーンでテストしてみることにした。
今回比較した機種は、アクティブノイズキャンセリング機能対応の完全ワイヤレスイヤホンの中でも、ノイズキャンセリング性能に一定以上注力している目安となる「ハイブリッド・ノイズキャンセリング」(耳の外側で騒音を拾うフィードフォワード、耳の内側で騒音を拾うフィードバックを併用する方式)を備えた全6機種。実売価格はいずれも2万円以上で、11月下旬時点の価格.com最安価格順に紹介すると、ソニー「WF-1000XM3」(2019年7月発売)、JBL「CLUB PRO+ TWS」(2020年11月発売)、Jabra「Elite 85t」(2020年11月発売)、Technics「EAH-AZ70」(2020年4月発売)、アップル「AirPods Pro」(2019年10月発売)、BOSE「QuietComfort Earbuds」(2020年10月発売)と、定番から最新の機種まで取り揃えた。
今回検証したのは、ノイキャン性能に定評のあるハイブリッド・ノイズキャンセリング方式を採用した全6機種
なお、検証にあたっては全機種で事前にファームウェアを11月中旬時点の最新版に更新、専用スマートフォンアプリなどでノイズキャンセリング性能の強さを調整できる機種については、検証の際に毎回アプリからもっとも強い設定を選択。イヤーピースについても、パッシブにノイズを低減する遮音性に関わるため、ピッタリ〜キツめのものをチョイスして検証を行っている。
ノイズキャンセリング対応完全ワイヤレスイヤホンの定番の座に君臨するモデルが、ソニーの「WF-1000XM3」だ。発売から1年以上経過するが、いまだに価格.comでもランキング上位をキープするロングセラーモデルで、すでに読者の中にも効果を体験したことがあるという人も多いであろう、ノイズキャンセリング対応完全ワイヤレスイヤホンのリファレンスモデルとも呼べるモデルだ。
2019年7月発売のソニー「WF-1000XM3」
まずは電車の中で「WF-1000XM3」のノイズキャンセリング性能をチェック。装着してすぐに走行時のゴーと鳴る重低音をぐっと抑えてくれるので、電車内の騒音低減効果はけっこうわかりやすい。いっぽうで、レールの擦れる音や窓の風音など尖りのある中高域は、音量を抑えつつも自然と漏れ聞こえるようなイメージだ。
電車内でソニー「WF-1000XM3」をテスト
雑踏の中のノイズキャンセリング効果は、小さなガヤガヤとした騒音はクリアに低減するイメージ。だが、人の声や音楽といった一定レベル以上で聞こえる音は、むしろ音色としてあまり変化を出さずに聞こえる。騒音の小さい室内では若干ホワイトノイズがあるが問題ない水準だ。
「WF-1000XM3」に対応するスマホアプリ「Headphones Connect」。ノイズキャンセリング性能の強さやイコライザーなどをコントロール可能だ
今の基準で「WF-1000XM3」のノイズキャンセリング性能を総合的に評価すると、低音のノイズキャンセリング効果は十分に優秀だが、中高域はやや弱め。だが、単に騒音低減の効果が弱い訳ではなく、目立つ音をあえて残すという意図もありそうだ。なお他機種との比較した上で、「WF-1000XM3」は耳への密着部がノズルのみと狭く、頭を動かした際にノイズキャンセリング効果への影響が大きい点は注意したい。
ノイズキャンセリング対応完全ワイヤレスイヤホンの新規参入ブランドがJBLだ。同社のワイヤレスイヤホン・ヘッドホンの最上位ライン、CLUBシリーズから登場した「CLUB PRO+ TWS」は、ハイブリッド式のノイズキャンセリング機能を備え、ノイズキャンセリング機能は専用アプリとタッチ操作でコントロールすることができる。
2020年11月に発売したばかりのJBL「CLUB PRO+ TWS」
電車の中で装着してみると、帯域を問わずノイズキャンセリングを効かせているようで、外から聞こえる音全体のボリュームを絞るようなイメージだ。重低音の騒音低減は低減しつつも聴こえてしまういっぽうで、レールの擦れる音や、窓からの風音といった、中高域についても全体的にボリュームを下げて音の尖りを抑えている。
電車内でJBL「CLUB PRO+ TWS」をテスト
商業施設の雑踏は、周囲も喧騒のボリュームを半分程度に落とすイメージで、雑踏の音も、人の声も、音楽がかかっても、音の特徴を問わず一律に低減する感じだ。騒音が小さく聞こえるのはもちろんノイズキャンセリング機能によるデジタル処理の効果だが、帯域別の意図的なチューニングはしていないようだ。室内の検証はホワイトノイズもなく、耳栓のように周囲の音をうまく遮断してくれる。
JBLのコントロールアプリ「My JBL Headphones」。11月中旬時点では、ノイズキャンセリング機能はON/OFFのコントロールのみ対応
「CLUB PRO+ TWS」を一言で表すなら、ノイズキャンセリング機能によって効果を高めた優秀な耳栓。他機種が得意とするような電車の典型的な騒音の低減は得意ではないが、単純な効果ゆえに他機種があまり得意としない中高域のノイズ低減にも有効だった。シチュエーションを問わず一定レベルで効果を求めるならアリだ。
完全ワイヤレスイヤホンでも自社開発技術を投入し、マイクを用いた通話性能の評価も高いブランドがJabra。最新モデルの「Elite 85t」は、フィードフォワードとフィードバックの両方の独立したマルチステージフィルター構成と専用プロセッシングチップを用いた「JabraアドバンスドANC」と呼ばれる独自のノイズキャンセリング機能を搭載している。
2020年11月発売の「Elite 85t」
実機でノイズキャンセリングの検証をして、非常に興味深い結果が出たのがJabra「Elite 85t」だ。電車内でノイズキャンセリングを検証した際には走行時に聞こえるゴーと響くような騒音や、風の吹くようなヒュウヒュウという音は、やや残りがち。イヤホン構造がセミオープンなので、強めの騒音には弱いようだ。
電車内でJabra「Elite 85t」をテスト
いっぽうで、雑踏の中でテストした際にはJabra「Elite 85t」のノイズキャンセリング効果がかなり優秀だということがわかった。ガヤガヤとした雑踏の騒音は強力に抑えてくれる。音楽や人の声によるアナウンスといった中高域の大音量の騒音も大幅に落ち、周囲がうるさい環境で集中する目的ではかなり扱いやすい。室内で装着しているとホワイトノイズもなく自然な感覚だが、時折小さく電子音のようなノイズが入るのが若干気になった。
Jabraのスマホアプリ「Jabra Sound+」。ノイズキャンセリングの強さや外音取り込み機能などを操作可能
検証場所によってやや効き目に違いがあったが、雑踏でテストした騒音低減の性能はとても優秀。ホワイトノイズが少ないところもストレスがない。なお、注意点としてJabra「Elite 85t」イヤホンの形状として耳のノズル部が浅く、耳の形状によってはフィット具合に差が現れやすい。可能なら事前に店頭などで試してみることをおすすめしたい。
2020年のノイズキャンセリング対応完全ワイヤレスイヤホンと言えば、Technics「EAH-AZ70」は外せない。高音質のハイエンド完全ワイヤレスイヤホンとして人気機種というだけでなく、ノイズキャンセリング機能についても自社開発の「デュアルハイブリッドノイズキャンセリング」の方式を採用するなど見所が多い。なお、パナソニックブランドの「RZ-S50W」も同技術採用だが、搭載ドライバーユニットサイズが異なり、Technics「EAH-AZ70W」の方が重低音の騒音低減で有利だったりもする。
2020年4月発売のTechnics「EAH-AZ70」
まずは電車の中で「EAH-AZ70W」を試してみる。装着したとたんにスッっと騒音が低減され、電車が走行する重低音の騒音はほぼカット、中高域の騒音もレールに擦れる音、窓から吹き込む空気音まで大幅にノイズを低減してくれる。電車内で話す人の声も明瞭さが落ちるほどで、人の声が気になるので強力なノイキャンが必要という人にはありがたい。
電車内でTechnics「EAH-AZ70」をテスト
雑踏の中の騒音は、ガヤガヤとした雑然とした雰囲気を少し残しながらも、全体の騒音をボリュームダウン。人の声のアナウンスやBGMなども音の尖りを抑えて少し遠くで鳴っているように聞こえるので、ストレスになりにくい。なお、室内ではホワイトノイズが少し気になる。
Technics「EAH-AZ70」専用アプリ「Technics Audio Connect」。ノイズキャンセリングの強さはかなり細かく調整できる
Technics「EAH-AZ70」は4月発売ということもあり、僕自身本格的に比較検証をするのは約半年ぶりだが、やはり独自の「デュアルハイブリッドノイズキャンセリング」は高精度で効果もかなり高い。特に電車内の騒音低減の精度はトップクラスだし、人の声など他機種が苦手な騒音にも一定の効果があるところも優秀だ。ホワイトノイズが多少聞こえるところが残念ではあるが、単純なノイズキャンセリング性能で選ぶなら、2020年冬の時点でもトップクラスであることは間違いないだろう。
圧倒的な販売数を背景に、ノイズキャンセリング対応完全ワイヤレスイヤホンとして近年かなりの存在感を示しているのが、アップル「AirPods Pro」だ。発売直後に僕も購入して愛用しており、発売間もない頃の飛行機内レビューでは最高評価を下してきたが、発売後のアップデートのたびに“アクティブノイズキャンセリングの効き目が弱くなっている”という声が上がっているのが気になるところ。そこで今回は先入観なしに最新ファームウェアにアップデートした状態で検証してみた。
2019年10月発売のアップル「AirPods Pro」
電車の中で「AirPods Pro」を装着すると装着後にすぐにノイズキャンセリング効果を体感でき、電車走行時の振動のような重低音の低減はしっかりと抑えてくれている。いっぽうで、レールの擦れる音や窓の揺れる音、人の話し声など中高域にはあまり手を加えないようで、音色も変えずに耳に飛び込んでくる。また、騒音が大きい環境ではホワイトノイズがやや気になる。
電車内でアップル「AirPods Pro」をテスト
雑踏での「AirPods Pro」の騒音低減はかなり効果的で、装着するとガヤガヤとした音が静かになる感覚。ただ、ノイズキャンセリング効果にはメリハリがあり、人の声によるアナウンスや音楽などは、元の聞こえ方に近い形で残る。
「AirPods Pro」はiPhoneのBluetooth設定画面が設定を兼ねている
AirPods Proを最新版にアップデートしてしまったので新旧比較はできないが、改めて検証して“AirPods Proのノイズキャンセリングってこんなに効き目弱かったかなあ……”というのが正直な感想だ。購入直後はもっと、ギュゥゥゥと騒音のボリュームを絞り込むような効果があったと記憶している。個人的には以前のような帯域問わず騒音を強烈に消す効果の方がずっと好みだったので、今回の検証結果は若干残念な部分ではある。
2020年のノイズキャンセリング対応完全ワイヤレスイヤホンは、BOSE「QuietComfort Earbuds」の存在なしには語れないだろう。価格.comマガジンで一度レビューをしているが、ノイズキャンセリングの老舗が放つ最新モデルの実力を改めてチェックしてみた。
2020年10月発売のBOSE「QuietComfort Earbuds」
BOSE「QuietComfort Earbuds」はとても強力に電車内の騒音を低減していて、重低音からレールの擦れる音や窓からの空気音などにもかなり有効に働いてくれる。騒音低減は完全に音を消し去り静寂を生み出すのではなく、元の音が小さな音量で聞こえるような特徴があり、結果として効果を実感しやすくなっているのだ。人の声やレールの擦れる音など中高域も、音の尖りと明瞭感を抑えつつボリュームダウンしてくれる。
電車内でBOSE「QuietComfort Earbuds」をテスト
喧騒の中での騒音低減も、中高域まで帯域を問わずにノイズキャンセリングが働く。効果の特徴は電車内と同じで、強力に騒音低減はするのだが、やはり無音になる訳ではなく、周囲の音は遠くから聞こえるかのように残るバランスだ。室内でもホワイトノイズがほとんど聞こえないところは特筆すべきで、ストレスフリーで使えるのがありがたい。
BOSEの完全ワイヤレスイヤホン用スマホアプリ「BOSE MUSIC」。製品の初期設定などもこちらのアプリを利用する
低減した騒音がわずかに残るというチューニングはなかなか面白い。騒音の種類としては音の帯域も選ばず有効で、低減されるノイズレベル基準で考えるなら業界トップ性能と言える。さすがはノイズキャンセリングの老舗、BOSEが手がけたモデルであると素直に評価したい。
PC系版元の編集職を経て2004年に独立。モノ雑誌やオーディオ・ビジュアルの専門誌をメインフィールドとし、4K・HDRのビジュアルとハイレゾ・ヘッドフォンのオーディオ全般を手がける。2009年より音元出版主催のVGP(ビジュアルグランプリ)審査員。