ソニーから、ちょっと珍しいホームシアターシステム「HT-A9」が登場した。4本のワイヤレススピーカーと独自の立体音響技術「360 Spatial Sound Mapping」による、次世代ホームシアターシステムだ。製品の概要は発表レポート記事でお伝えしているので、今回は僕の自宅リビングに導入した体験をレポートしていこう。
ソニーの最新ホームシアターシステム「HT-A9」。価格.com最安価格でも20万円前後だ
自宅に届いたソニー「HT-A9」のスピーカー群を見ると……まずワイヤレススピーカーとしては結構大きめのサイズ。スピーカーの寸法は160(幅)×313(高さ)×147(奥行)mmと、一般的なBluetoothスピーカーの2倍くらいのサイズ感。1.5リットルのペットボトルよりも大きい。それが4本並ぶとインパクトもあるが……そもそも4本並べて使う機会はないし、縦置きかつワイヤレス(電源ケーブルは必要)なので、意外とどこにでも設置できてしまう。サウンドバーはテレビ前のスペースを使う訳で、そこにスピーカーを置きたくない人には貴重な選択肢とも言える。
4本のワイヤレススピーカーとコントロールボックスで構成
古くからのホームシアターファンほど、「なぜソニーHT-A9は4本のスピーカーなの?」と疑問を持つかもしれない。まず、ソニー「HT-A9」は、従来のサラウンドのような心理音響を使ってサラウンドを錯覚させる方式ではなく、物理音場再現技術という実際の音の波を再現する仕組みで最大12基のファントムスピーカーを生成する仕組み。5.1chのようなチャンネルベースの発想で1ch減らした訳ではなく、そもそもサラウンドを再現する技術の根本が違うのだ。
物理音場再現技術にはスピーカー同士の位置、距離を正確に把握する必要があり、設置時にはスピーカーマイクを使って相互の位置を認識する。4本のスピーカー位置は従来の5.1chほど厳格である必要がないというのがメリットだ。今回はまずは、前方のスピーカーは65V型の有機ELテレビ脇の左右、後方のスピーカーは幅が狭くなるが、ダイニングテーブルの上に設置してセットアップを進めてみた。
でテレビ左右の位置に前方2本のスピーカーをセット
後方2本のスピーカーはちょうど真後ろになるダイニングテーブルにセット
ワイヤレス送信部を兼ねたコントロールボックスは、テレビのARC対応HDMI端子に接続。コントロールボックスから4本のスピーカーへの接続は独自の無線技術を採用しており、出荷時点ですべてペアリング済みなので、電源ケーブルにつなぐだけでつながってくれる。テレビ側からの見え方としては、サウンドバーやAVレシーバーと同じで、最新の音声フォーマット「Dolby Atmos」「DTS:X」なども対応している。ちなみに、コントロールボックスはWi-Fi内蔵でAirPlay 2、Chromecast built-in、Spotify Connect、Bluetooth接続など一般的なメディアプレーヤー的な機能も揃っている。
テレビとはHDMI端子で接続がとても簡単
スピーカー設置を終えたらテレビ側のUIで音場最適化を実行
初回設置時にはテレビのUIを通して音場最適化を実行する。ホームシアターファンにはおなじみの順番にテスト音が流れて音の反響や距離を認識するもので1分ほどで完了する。そこでいきなり森の中の環境を模したデモ音響が流れて、驚くほどスムーズな「360 Spatial Sound Mapping」によるサラウンドの世界が生み出される。
さて、さっそくソニー「HT-A9」のサラウンドを体験……と思ったのだが、テレビにつながっていたため、コンテンツを選ぶよりも先にテレビ放送の音が流れてきた。この体験からなかなか面白かったので、まずはこちらからレポートしていこう。
ソニー「HT-A9」の4本のスピーカーをセットしたリビング
ソニー「HT-A9」を設置した我が家のリビングだが、音の聞こえる位置は65V型の薄型テレビの画面真ん中あたりで、そもそも左右のスピーカーの高さより高いし、音の出所も画面奥まで空間が広がる。音質としてもテレビの内蔵スピーカー(比較対象がレグザX9400なので、かなり音のいいテレビだ)よりも音の明瞭さで上回る。アナウンサーの声もハキハキしていて、音のリズム感がよく、情報番組の番組中に流れるBGM音楽までいい音なのだ。
まずは地デジ放送のニュース番組から体験
続いてテレビ内蔵のNetflixアプリで『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』を視聴してみたが、こちらの体験も抜群だ。火のエレメンタルと対峙するプラハのシーン、爆音ありのスケール感あるシーンだが、もうスピーカーの実体が完全に消えて、部屋の壁の位置すら抜けた大空間で鳴らしているよう。演出は若干地味めというか、とにかく本来の意図どおり。特に背後方向はハッキリと存在がわかる上に、ななめ方向の音空間が抜けることなく完璧に空間がつながる。高さ方向も真上とまではいかないが、高い位置まで空間が広がる感じに展開していく。
Netflixで配信されているコンテンツを視聴
音質の世界というと、「○○ブランドのスピーカーで聴いたら○○の風に体験できた」と語りたくなるところに趣味性があるのが、ソニー「HT-A9」は正反対。スピーカーの存在が消えて、空間志向のクリアな音で音の特徴を語るのも難しいくらいに完全にコントロールされた音だった。音楽リスニングはともかく、ホームシアターとしてはかなり理想形に近い。
なお、付属リモコンからサラウンドモードも変更可能でスタンダードからシネマに変更すると、音に余韻も付いてより濃厚な音空間の再現になるので、お好みで活用してもよさそうだ。低音はデフォルトで最大になっていたが、最大で僕の家の30畳のリビングで丁度いいパワー。さらに強烈な、部屋が振動するレベルの爆音を求めるなら、オプションのサブウーハー頼みになりそうだ。
リモコンでは音量操作以外にもリア音量、低音の手動調整が可能
ワイヤレスということで遅延は問題ないのか。PS5で『Call of Duty: Black Ops Cold War』をプレイして体験してみたところ、そして相変わらずゲームのサラウンドでも非常に空間が広く、同時に銃の発砲音や、飛び交う銃声の音の位置感まで極めて正確で……没入感としては言うことナシだ。そして遅延はまったく感じられないレベルというほどなかった。
ゲームプレイでも遅延はまったく問題ないレベル
さて、ひと通り聴き終えたところでソニー「HT-A9」の特徴である「設置場所の自由度」も試してみた。前方2本のスピーカーをテレビ横だけど高さの異なる互い違い、サラウンドは片側をキッチン、他方は棚の高い位置と、左右対照が崩れまくった、一般的な5.1chスピーカーでは許されないレイアウトだ。
前方スピーカーは高さを変えて配置
後方スピーカーは左右で距離も高さもずらしてみた
再度「音場最適化」を実行して体験してみたが、テレビ音声の聞こえ方も以前のスピーカー配置とほぼ同じで、テレビ画面よりも奥。Netflixのサラウンドもゲームも同じような感じで、スピーカーの位置のズレは感じられない。そんな位置のズレもすべて吸収した上で音を配置するのが「360 Spatial Sound Mapping」の訳で、これは設置性としてのメリットが相当ある。
今回、自宅リビングにソニー「HT-A9」を設置してみたが、「360 Spatial Sound Mapping」は初物とは思えないほど精度が高く、ホームシアターシステムとしての空間再現性がとてもすぐれているということがわかった。本体スピーカーは小型ではないが、スピーカーをテレビ前以外に置けて設置自由度もある。高音質や愛好家の趣味のアイテムと考えると音が無個性過ぎるのだが、それはある意味でサラウンド技術へのストイックさの現れ。オールインワンシステムとしての優位性はかなりあると思う。
ソニー「HT-A9」は価格.com最安価格で20万円前後くらい。チャレンジングでとてもユニークな製品だが、設置性もサラウンドもばっちり作り込まれており、通常のサウンドバーよりもさらにワンランク上にグレードアップしたい人にはいい選択肢になるはずだ。
PC系版元の編集職を経て2004年に独立。モノ雑誌やオーディオ・ビジュアルの専門誌をメインフィールドとし、4K・HDRのビジュアルとハイレゾ・ヘッドフォンのオーディオ全般を手がける。2009年より音元出版主催のVGP(ビジュアルグランプリ)審査員。