先行してその存在とラインアップ概要だけが発表されていたマランツのAVアンプ「CINEMA」シリーズのうち、2製品の詳細が明かされた。9chアンプを内蔵する「CINEMA 50」の希望小売価格は286,000円(税込)、7chアンプを内蔵する薄型モデル「CINEMA 70s」の希望小売価格は154,000円(税込)。各モデルの主要スペックは以下のとおり。
「CINEMA 50」
●HDMI入力6系統(すべて40Gbps対応)
●内蔵パワーアンプ数:9ch
●アンプ定格出力:110W+110W(8Ω、20Hz-20kHz、THD 0.08%)
●最大プロセッシングch数:11.4ch(5.4.6構成に対応)
●プリアウト:11.4ch(RCA)
●Dolby Atmos、DTS:Xのほか、360 Reality Audio、Auro-3D、IMAX Enhancedに対応
●「指向性」サブウーハーモード、プリアンプモード搭載
●ネットワークオーディオ機能「HEOS(ヒオス)」対応
●Dirac Liveに有償アップデート対応
●寸法:442(幅)×404(奥行)×165(高さ)mm(アンテナを除く)
●質量:13.5kg
「CINEMA 70s」
●HDMI入力6系統(3系統が40Gbps対応)
●内蔵パワーアンプ数:7ch
●アンプ定格出力:50W+50W(8Ω、20Hz-20kHz、THD 0.08%)
●最大プロセッシングch数:7.1ch(5.1.2構成に対応)
●プリアウト:7.2ch(RCA)
●Dolby Atmos、DTS:Xに対応
●ネットワークオーディオ機能「HEOS(ヒオス)」対応
●寸法:442(幅)×384(奥行)×109(高さ)mm(アンテナを除く)
●質量:13.5kg
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「CINEMA 50」と「CINEMA 70s」の主要スペック比較表。HDMIの40Gbps対応端子数、内蔵アンプ数がハードウェア的な違い。DSPの処理能力の違いに由来して、プロセッシング可能なch数やデコード可能な音声フォーマットも異なる
今回詳細が発表されたのは、エントリークラスの2機種。上位グレードのAVアンプ「CINEMA 40」、AVプリアンプ「AV10」、16chパワーアンプ「AMP10」は2023年発売。なお、「AV10」「AMP10」の価格は未定だが、それぞれ100万円前後の価格帯であると見込まれる
「CINEMA 50」の背面端子。HDMI入力はすべて40Gbps(8K/60p、4K/120p映像信号パススルー)対応、プリアウトは11.4ch分という充実した仕様だ
「CINEMA 70s」の背面端子。こちらの40Gbps対応HDMI入力は3系統のみ。プリアウトは7.1ch分。従来のマランツ製薄型AVアンプのプリアウトが2.1chだったことを考えると、拡張性が大幅に向上している
まず、「CINEMA」シリーズについての概要は先の発表のとおり。10年以上ぶりに新コンセプトの外観を採用した、AVアンプ群だ。従来製品の価格分布にはとらわれず、製品の再編成も志向したまったく新しいシリーズとして企画された。
昨今のマランツは、ブランドとして「あたらしい価値観の提案」を心がけてきたという。その現れのひとつが薄型AVアンプとして人気の「NR1711」だ。大型製品とまったく同じビルドクオリティで音質に妥協せず、スリムデザイン化を実現。音のよさと利便性を両立させることで新たな価値を創出し、AVアンプのラインアップ中で最も売れている製品となった(GfK Japan調べ、AVアンプ全カテゴリーにおける累計出荷台数で)。いっぽうでHDMI端子を持ったアンプの利便性をそのままに、アンプを2chに、つまりステレオ再生に特化したプリメインアンプ「NR1200」もラインアップ。さらに現在は「MODEL 40n」というARC用HDMI端子を持った高級プリメインアンプも発売されている。
写真は2012年の「NR1603」からの売り上げデータ。マランツの薄型AVアンプは世代を経るごとに売り上げを伸ばし、成長し続けている
「CINEMA」シリーズの展開は、「あたらしい価値観の提案」の流れの中で、多機能よりもシーン訴求をしていくための動きの一環だ。マルチチャンネル音声の補正と再生、映像の処理、ネットワークオーディオ対応など、現代のAVアンプは多機能化が極まった感がある。しかし、過剰な多機能性の訴求は難解になりがち。
そこで、これからは機能の多さで競わせるのではなく、「CINEMA」シリーズを迎え入れれば、生活が豊かになる、という文脈で新製品をアピールしていくそうだ。その目的のための方法がHDMI端子の充実や最新オーディオフォーマットへの対応ということ。どんな映像信号が入力されても対応できる懐の深さ、360 Reality Audioなどの最新音声フォーマットに対応することでもたらされる新体験がユーザーのオーディオ/AVライフを充実させる。
テレビに合わせて、ローボードに設置された「CINEMA 50」。外観を一新したことは、リビングなど、あらゆるシーンへの溶け込みやすさも重視した結果だ
AVアンプはサラウンドの専用機ではなく、リビングルームのさまざまな用途に対応する。ネットワークオーディオやBluetoothでステレオ(2ch)の音楽を楽しむもよし、テレビとeARC/ARCで連携して放送番組やNetflix、YouTubeなどを楽しむもよし
むやみに多機能を訴求しないと言っても、音質と機能どちらも妥協しないのがマランツの流儀であり、らしさでもある。ここでは、豊かな生活のために新たに盛り込まれた工夫について解説していこう。
特に機能拡充されたのは、「CINEMA 50」。2023年発売予定の上位モデルの機能性も基本的には同等あるいはそれ以上と想定される。HDMI入力端子がすべて8K/60pなどの映像信号パススルーが可能な40Gbps対応であることは上述のとおり。DSPの処理能力が向上し、デノンの「AVR-X3800H」と同等の処理能力を身につけた。
具体的には、(1)360 Reality AudioやAuro-3Dへの対応、(2)11.4(計15)ch分の音声信号処理、(3)「プリアンプモード」の搭載、(4)後日の有償アップデートによる「Dirac Live」への対応がその内容だ。
これまでもD&Mホールディングスが展開するデノン、マランツのAVアンプは最新の規格に早急に対応することを是としていた。「CINEMA 50」は、Amazon Musicなどで配信されるサラウンド音声360 Reality Audioや、一部Blu-ray Discに収録されるチャンネルベースのサラウンド音声Auro-3Dのデコードに対応。これまでは高級機に限られていた機能のひとつだ。なお、360 Reality Audioへの対応はHDMI入力による。現状でこの再生方法が可能なのは「Chromecast Ultra」くらい。かなり限定的であることは間違いないが、変化の激しいAVの世界のこと、すぐに対応製品が登場することだろう。将来にわたって安心して使える、ここもAVアンプ選びでは重要なポイントだ。
内蔵アンプは9chだが、音声信号の処理は最大11.4ch。都合15ch分の音声を同時処理できる。アサインできるオーバーヘッド(トップ/ハイト)スピーカーは最大6本。外部パワーアンプを併用することで最大「5.4.6」のスピーカー構成が可能だ。
Dolby Atmosなどの再生に必要なオーバーヘッドスピーカー。天井や壁際の上方に設置するのが基本だが、フロアに設置して天井方向への音を反射させるイネーブルドスピーカーも利用可能
11.4ch処理の「.4」の意味するところは、サブウーハーを最大4本接続できるということ。それらを個別に制御するのが「指向性モード」だ
「指向性モード」はサラウンドスピーカーの設定を「小」にした場合に効果を発揮する。部屋を4つに区切ったエリアそれぞれに近いサブウーハーが「小」スピーカーの低音を再生するのだ
「プリアンプモード」とは、使用しない内蔵アンプの動作を止め、より高音質再生を目指す機能だ。好みのパワーアンプをつなぐ場合や、2chシステムで「CINEMA 50」を使う場合に役立つだろう。下の写真のように、各ch(ペア)で個別に設定できるため、非常に柔軟性が高い。
「プリアウトモード」ではchごと(左右ペアの場合は2本ずつ)の設定が可能
「Dirac Live」とはスウェーデンのDirac Research社による音響補整技術のこと。有償でライセンスを購入し、さらに別売の専用マイクを使うことで、高度な音響調整を行う。マランツのAVアンプは「Audyssey(オーディシー)」による補整に対応しているが、これよりもさらにきめ細かな対応が可能だと見込まれる。アップデートの提供は2023年の予定だ。
ここからは、「CINEMA 50」「CINEMA 70s」双方に施されたアップデートを追っていこう。まず、構造的なポイントは本体フロントシャーシが強化されたこと。「CINEMA 50」ではディスプレイ部と基板などが収められた本体の間に板状の「スチールインナー」を追加。剛性のアップとディスプレイ部と本体間でのシールド効果もあるそうだ。また、フロントカバーに合わせてトップカバーも新規パーツを採用。本体横のネジが3mmから4mmになるなど、細かな部分も吟味された。このあたりが毎年のアップデートでは手を入れづらい部分だという。なお、ボトムシャーシには大きな変更はない。
いっぽうの「CINEMA 70s」では、フロント部に「スチールビーム」(梁)を追加。やはり剛性の確保に努めている。両機共通のアップデート点は、ディスプレイにOLED(有機EL)を採用したこと。これにより、フロントパネルの文字の視認性が向上している。
薄型AVアンプの最新モデル「CINEMA 70s」。「CINEMA 50」と同等のメタル製フロントパネルに見えるが、実はこちらは樹脂製。しかし、実物を見てもなかなか高級感のある仕上げだと感じた
フロントパネルのデザインが変わっただけでなく、「スチールインナー」「スチールビーム」で内部的にも剛性を高める工夫がされている
電気的な回路で特筆されるのは、プリアンプ部の構成だ。「CINEMA 50」はマランツ独自のアンプモジュール「HDAM」を搭載する。「HDAM」とは、フラットな周波数特性と高いスルーレート(応答速度)が特徴の電流帰還型のディスクリート(オペアンプなどを使わない、個々のパーツで構成された)アンプのこと。このモジュールの「HDAM-SA2」というバリエーション品を15ch分使う。これまではAV系製品での「HDAM」はハイファイ系製品よりも若干部品点数が少なかったりもしたそうだが、今回はそういった省略のない豪華な構成だと言える。
「CINEMA 70s」は「HDAM」非搭載。ショートシグナルパスを意識した構成をとる。セレクター/ボリュームICを別建てにするのは、「CINEMA 50」にも共通した近年のD&MホールディングスのAVアンプで定番的手法。これが理想的なシグナルパスの形成に一役買っている。
パワーアンプ部については従来シリーズから大きな回路的変更は加えられていない。「CINEMA 50」は9ch分の、「CINEMA 70s」は7ch分のディスクリート構成パワーアンプをそれぞれに搭載する。
左が「CINEMA50」のプリアンプ部。「HDAM-SA2」を15ch分搭載する
電源トランスを始めとするパーツ類も厳選されている。「CINEMA 50」には専用開発された12,000μFのカスタムブロックコンデンサーが採用された
マランツはネジやワッシャーひとつにもこだわり、音質を最終調整する。よく見ると部分によってパーツが異なることに気付くはずだ。本体側面のネジが改められたことは上記のとおり
両機に付属するリモコンは自照式で、側面のボタンで光る仕組み。また、新たにHDMI出力のトグル切り替えボタンが用意された
最後に、D&Mホールディングス社内の視聴室にて、「CINEMA 50」「CINEMA 70s」を聞く機会を得られたので、そのインプレッションをお届けしよう。まずは薄型の「CINEMA 70s」から。少し価格差はあるが、従来の薄型モデル「NR1711」との比較だ。2chの音楽で比較する限り、「CINEMA 70s」は明らかにハイファイ度を増している。宇多田ヒカルの「残り香」冒頭のオルガンの中低域には余裕があり、その後に刻まれるビートにはきつさがない。上質な響きになるのだ。
ハイトスピーカー2本を使ったDolby Atmos再生はUltra HD Blu-ray「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」にて。チャプター3、ボンドが墓前に向かうシーンはなかなかのクオリティ感だ。入念にセッティングされた部屋とスピーカーとはいえ、薄型のAVアンプでこうした没入感を実現できるのはうれしい限り。爆発で一時的に聴覚を遮られる、その表現が生々しい。
同様のシーンを、ハイトスピーカー4本設定の「CINEMA 50」で再生すると、環境音のリアリティが増すことで、シーンの迫真性も増して感じられる。風で木々がざわめく音、虫の鳴き声がサラウンドし、そこに鋭い爆発音がとどろく。このコントラスト感の表現は上位グレードの製品ならでは。劇伴には重厚感がともない、続く銃撃の切れ味は非常に鋭い。こうしたトランジェント感のよさが「CINEMA 50」、ひいてはマランツ製AVアンプの特色と言えそうだ。
D&Mホールディングスの視聴室で製品を説明する、マランツ「サウンドマスター」尾形好宣氏。試聴にはBowers&Wilkinsの「802D3」を中心としたサラウンドシステムを使った
AVの専門誌を編集して10年超。「(デカさ以外は)映画館を上回る」を目標にスピーカー総数13本のホームシアターシステムを構築中です。映像と音の出る機械、人が一生懸命つくったモノに反応します。