大型テレビ全盛の中でも、バッテリー駆動のモバイルタイプや投写距離数十センチの超短焦点タイプの登場で、Z世代の間でもプロジェクターは注目を浴びています。もっとも、壁投写からスクリーンへの投写に変えると、見違えるほど映像がキレイになることはあまり知られていません。この連載ではその効果と種類を、イマドキのトレンドも踏まえて紹介します。
連載の第1回では、なぜ壁投写じゃもったいないのか、スクリーンを選ぶときサイズはどう決めたらよいのかについて解説しました。
今回は、実はただの白い布じゃない、スクリーンの表面(幕面)に隠された繊細な技術の進化、その開発のきっかけになった要因などについて解説します。
前回でも説明したように、スクリーンのいちばんの役割は、プロジェクターという一点から放たれた光を、四角く広大な幕面全体に均一に拡散させる点にあります。
中心が明るく四方が暗い、いわゆる輝度ムラがあると、人の視線は中心にばかり集中してしまい、作品が意図したポイントに視聴者が集中(視線誘導)できなくなってしまいます。いかに作品性を損なわず自然に映像を写せるかが、プロジェクターとスクリーンの組み合わせには求められるのです。
この点が、画面全体に均一に分布されている素子やバックライトといった光源が光を放つテレビの場合と異なります。
したがってスクリーンの幕面の基本的な機能は、光を均一に拡散する「拡散型」です。「マットスクリーン」などとも呼ばれ、最もスタンダードなタイプです。
昨今は、4K、8Kといった解像度の高い映像が増えており、自然に拡散させながらもいかにしてきめ細かい映像が見せられるかにメーカー各社はしのぎを削っています。
また、映画館を考えればわかるように、大画面を鑑賞する人はひとりとは限りません。真ん中に座った人以外もできるかぎり同じようにキレイに見えるようにしたい。そのためにも「拡散型」は有効なのです。
プロジェクターからの光を均一に「拡散」するのが「拡散型」の特徴です。最もスタンダードなタイプと言えるでしょう。詳細は後述しますが、照明や外光の影響を受けやすいこともこのタイプの特徴です。したがって、遮光した暗い部屋で使うスクリーンだと考えたほうがよいでしょう。以下のオーエス「ピュアマット」シリーズなどが「拡散型」幕面のスクリーンです
プロジェクターが放った光を広く拡散するので、推奨視聴エリアは広くなります
「拡散型」スクリーンの表面は平らではなく、不規則な模様になっていることがあります。このパターンの違いが幕面の違い、ひいては画質の違いにつながります
もちろん、すぐれた拡散型スクリーンを使った場合も、正面に座るのがいちばん条件がよく、そこから外れていくにつれて少しずつ暗くなっていくことは避けられません。中心からどのぐらい外れるとどのぐらい暗くなるのかを判断するための値が、「スクリーンゲイン」と「ハーフゲイン」です。
プロジェクターの仕様書を見ると明るさとして「ルーメン」という明るさを示す表記があるように、スクリーンにも「スクリーンゲイン」という明るさを示す表記があります。
これは、スクリーンの幕面の生地そのものが持つ特性を数値化したもので、標準白板と呼ばれる完全拡散板に真っ直ぐに光を当てたときの跳ね返り輝度を1としたときのその比率を表しています。
同一円弧上で測ったいちばん明るい値が「ピークゲイン」、5度ずらした値が「5度ゲイン」です。また、ゲインがピークの半分になる角度のことを「ハーフゲイン(半値角)」と言います。
この値によって、キレイに見える横幅の広さ(サービスエリア)もわかります。大人数で楽しむなら、「ハーフゲイン」が大きいものを選びたいですね。
スクリーン正面に光源(プロジェクター)を置いた、同じ位置が0度。この場所での明るさの基準が「ピークゲイン」です。「拡散型」であれば0.8〜1.0程度の数値が一般的。「ピークゲイン」が半分になるときの角度が「ハーフゲイン」。「ハーフゲイン」が60度の場合、60度の角度でスクリーンの映像を見たときに明るさが半減するということです
いっぽうで、サービスエリアを多少犠牲にしてでもゲインを稼ごうというスクリーンもあります。放たれた光をできるだけ薄めることなく反射しようというもので、「反射型」と呼ばれます。メーカーによっては表面処理に応じて「パール」や「シルバー」系と呼ぶ場合もあります。
「反射型」では鏡のように入射角と反射角が同じになる格好です。近年では、この特性が強く打ち出された製品が選ばれることは少なくなりました
これは、かつてプロジェクターが現在のように明るい映像を写せなかったころ、その実力をスクリーンで補う必要があったからです。
また、2010年頃にブームとなった3D、最近注目を浴びているHDR(ハイ・ダイナミックレンジ)映像には、絶対的な明るさ、明るさと暗さの差の表現(ダイナミックレンジ)が必要です。そうした映像作品の登場を受け、需要が生まれ、すぐれた反射型スクリーンが続々と開発されたのです。
こうしたスクリーンの幕面は、「拡散型」のマットスクリーンの表面に特殊な加工を施すことで、放たれた光以上の光量を視聴者に跳ね返してきます。つまり、ゲイン1を超えるものも存在します。
ただ当然ながらテレビと違って、スクリーン自体は発光しません。放たれた光以上のエネルギーは戻ってきませんので、やりすぎるとスクリーンの四隅周辺が暗くなったり、中央ばかりがギラギラと明るく見えたりといったこと(輝度ムラ)が生じがち。映像の質を損なうことなく狙った効果を実現できるかは、スクリーンメーカーの腕の見せ所となっています。
また、その分「ハーフゲイン」も低めで、おひとり様から2人程度での視聴に向けた仕様と言えるでしょう。
半値角の角度が狭いと、推奨される視聴エリアも狭くなっていきます
こうしてプロジェクターからの光の跳ね返り方という視点で「拡散型」「反射型」というスクリーンの特性を見渡して、さらに考えを進めていくと、次のことに気づきます。
プロジェクターの一点からの光が均一に拡散できる、あるいは集中して跳ね返ってくるということは、同時に、部屋の照明や窓からの光といった「外光」の影響も受けやすい、もしくは受けにくいということなのです。
そこでかつてホームシアター愛好家たちは、最良の映像を見るため部屋に暗幕を貼るなどして、部屋の壁に反射する光(迷光)を抑えることに必死でした。暗室を求めてテカりを抑えた「ハイミロン」と呼ばれる編み目の細かい黒布をスクリーン周りに張り巡らせたこともありました。
はたして「外光」は遮断しつつプロジェクターからの投写光だけを選んで視聴者に反射することはできないのか? ということで考えられたのが「回帰型」です。
「回帰型」は、表面に細かなビーズ状の粒子を塗布すること多いため、「ビーズ」タイプと呼ばれることもあります。照明などの光の影響を受けにくいので、明るめの環境でプロジェクターを使いたい場合などに選ばれます。ただし、プロジェクターの設置場所に注意が必要です。天井への吊り設置をした場合、光は視聴者の方向ではなく、天井に戻ってしまうためです
昔からよく知られているものとしては、表面にガラス玉を吹き付けて映像を投写元に返す「ビーズ」と呼ばれるタイプがありますが、ガラス玉によるギラつきが課題とされてきました。
また、家庭用プロジェクター自身の性能が進化して、かつては数百しかなかった明るさ(ルーメン)がいまや数千を超えるものもあり、映像の品質を犠牲にしてまでスクリーンのゲインを追求する必要もなくなってきました。
そこで現在の「回帰型」のトレンドは、薄明るいリビングでも白茶けを防いでバランスの取れた映像を投写するタイプです。代表的なスクリーンとして、「拡散型」の特徴を残しつつ、表面のビーズの調整でピークゲインを1.45としたキクチの「ソルベティグラス」があります。
さらに近年注目されてきたのが、構造からしてまったく違う新世代のスクリーンです。
これは、天井の照明からの光を庇(ひさし)で遮りながら、床に置いたプロジェクターからの光を視聴方向に反射する「耐外光型」です。
「耐外光型」は、超短焦点プロジェクター向けと言ってもよいスクリーンです。外光の影響を避けつつ、下側に設置されたプロジェクターからの光を効率的に視聴者側へと反射します
これが実にすぐれもので、表面をマクロレンズでとらえると確かにひさしがあるのを確認できますが、映像を映しても横の筋がモアレのようになりません。
実際に明るい部屋でその映像を見ると、ほかのタイプでゲインの高いスクリーンよりも明るく見えます。
ゲインは低いのにどうして? それは先ほどのゲインの測定方法をもう一度見るとわかります。正面からの光はひさしに吸収されてしまうため、当然値は少なく測定されてしまうからです。
注意点として、特殊な表面構造ゆえ、巻き上げて収納できる製品は少数です。また、プロジェクターを天井に吊り下げて投写する場合は、光が照明と一緒にひさしに吸収されてしまい、機能しません。
代表的な製品としては、キクチの「SPA-UT」や、少数派の巻き取り型製品としてエリートスクリーンの「スターブライトCLR」シリーズなどがあります。
このように、スクリーンは単なる白い布ではなく、その幕面はプロジェクターの実力を補いつつ、3Dや4K/8K、HDRといった映像作品の多様化に対応しながら、進化を繰り返しているのです。
また上記の説明では、映像作品の歴史と進化という観点からわかりやすいように「拡散型」「反射型」「回帰型」と整理しましたが、メーカーの高級モデルの多くは、それぞれのいいとこ取りを目指した技術の塊です。
家庭用プロジェクターが業務用プロジェクター並みに明るくなったことで、逆にゲインを抑えつつ明るい部屋でも使いやすいスクリーンや、持ち運びやすい巻き上げ式、折りたたみ式で平面性が優秀なものなども出てくるかも知れません。
せっかく買ったプロジェクター。その実力を引き出すためのスクリーン選びも、ぜひ考えていただきたいと思います。
ホームシアターのある暮らしをコンサルティングする「fy7d」代表。ホームシアターの専門誌「ホームシアター/Foyer(ホワイエ)」の編集長を経て独立、現在はインテリアとの調和を考えたシステムプランニングも行う。