DAP選びでハイレゾフォーマットの種類が重視されていたのは過去のこと。いまやPCM 384kHzやDSD 11.2MHzのサポートは当たり前、それ以外の音質設計や機能面に注目が集まる。
そして最近重視される要素のひとつが「SoC」。ハイレゾ/ロスレスストリーミングの普及にともない、より処理能力/CPUパワーが求められるようになったからだ。アプリは機能が増えるにつれ重くなりがちで、操作性が低下することに。最新ハイエンドスマートフォンと比べるのは酷な話だが、DAPのストリーミングにサクサク感を期待してはいけない。
とはいえ、音楽再生と出力そのもの(デコード/増幅)に最新・最速のSoCは不要だし、パワーを抑えバッテリーを長もちさせるほうがユーザーベネフィットは大きい。SoCのスペックでDAPを測るのもまた誤りだ。
ではどうすれば? その答えのひとつが「リンク機能」。スマートフォンとDAPをBluetoothで接続、再生/停止や曲選択などDAPとしての基本操作をスマートフォンから指示できるようにする一種のリモコン機能だ。DAP側のUI/描画機構に対する負荷は軽いため、操作にまつわるストレスを感じずに済む。いまや中国製DAPでは標準装備と言っていいほど普及した機能だが、改めてその価値を見直してみたい。
ミドル・エントリークラスのDAP2製品を対象に、リンク機能を試してみた(左:Shanling M3 Ultraの「Eddict Player」、右:FiiO M11Sの「FiiO Music」)
今回リンク機能を中心に取り上げるのが、Shanling「M3 Ultra」とFiiO「M11S」の2台。いずれもリンク機能を搭載、スマートフォンから快適に操作できる。リンク機能について触れる前に、ひと通りスペックと特徴を説明しておこう。
Shanling「M3 Ultra」は、SoCにクアルコム「Snapdragon 665」を搭載、3GB RAMと32GBの内蔵ストレージを装備する。OSはAndroid 10、Shanling独自の「AGLO(Android Global Loss-less Output)テクノロジー」によりAndroid OSのSRC機構をバイパスする機能が実現される。クアルコム製Wi-Fiモジュールにより、デュアルバンドWi-FiおよびMIMOに対応することもポイントだ。
Shanling「M3 Ultra」
音質面もしっかり。DACはESSの新世代モデル「ES9219C」をデュアル搭載、オペアンプは低ノイズ性で定評あるRicoreの「RT6863」と、いずれもShanlingで使い慣れたものをチョイスしている。ELNA社製のアルミ電解コンデンサー「SILMIC II」、パナソニックのポリマータンタルコンデンサーなど、音質に関わるパーツは厳選されている。
きめ細かい梨地仕上げが好印象
出力は4.4mmバランスと3.5mmシングルエンド
いっぽうのFiiO「M11S」は、SoCは「Snapdragon 665」のひとつ前となる「Snapdragon 660」だが、RAMは3GBでストレージは32GBと同じ。OSはAndroid 10でSRCバイパス機能も備えている。
FiiO「M11S」
音質面では、デュアル/左右独立構成のESS「ES9038Q2M」が光る。独自開発の第4世代FPGAのデジタル領域信号処理回路とフェムト秒クロック水晶発振器による「デジタル・オーディオ・ピューリフィケーション・システム」も、上位モデル「M11 Plus ESS」から継承されたデジタル再生の基盤ともいえる機構で、「M11S」の重要な個性と言える。
ボリュームは側面のタッチパネル複合型ボタンで調整する
出力端子は2.5mmバランスと3.5mmシングルエンド、4.4mmバランスの3系統
試聴の印象だが、Shanling「M3 Ultra」には“溌剌(はつらつ)”という言葉が似合う。光沢感ある高域とレスポンスいい低域が紡ぎ出す音像は精緻で、デュアル搭載された「ES9219C」の効果だけではなさそう。特に4.4mm出力にはエナジー感があり、ピアノアタックもドラムブラシもそつなくこなすほどの描写力がある。AGLOテクノロジーの効果か、Amazon Musicのハイレゾ音源も情報量たっぷりに聴かせてくれた。
もういっぽうのFiiO「M11S」は“滔々(とうとう)”というところ。ESS製DACに特有のスピード感・疾走感を感じさせつつもスムースさがあり、アコースティックギターからJ-POPの電子楽器までオールラウンドにこなす。S/Nも良好、大ホールで鳴るピアノの繊細なタッチもいい。こちらもストリーミングは得意科目、Amazon Musicのハイレゾ音源ではSRCバイパスの効果を実感させてくれた。
今回のテーマであるリンク機能は、Shanling「M3 Ultra」では「Eddict Player」、FiiO「M11S」では「FiiO Music」を利用する。スマートフォンからワイヤレスでDAPを操作するというコンセプトはどちらも同じだが、両者には決定的な違いがある。
違いとは「通信経路」。遠隔操作用のスマートフォンにiPhoneを使う場合、「Eddict Player」はBluetooth、「FiiO Music」はWi-Fiとなる(どちらのアプリもAndroidではWi-Fi/Bluetoothを選択可能)。操作レスポンスは大差ないが、BluetoothとWi-Fiでは使い勝手がかなり違うのだ。
「Eddict Player」はBluetoothでも接続OK(画面はiPhone版)
iPhone版の「FiiO Music」はWi-Fi接続のみサポート
通信経路がWi-Fiということは、同じWi-Fiアクセスポイントに接続していなければリンク機能を利用できないことになる。在宅時はともかく、移動中などWi-Fiが使えないシチュエーションではどうにもならない。Wi-Fiの場合、いちど接続が切れてしまうとIPアドレスを入力し直さなければならないうえ、再接続のタイミングでIPアドレスが変わる(アクセスポイントのDHCPサーバーから貸与されるアドレスが変わる)ことがあるのも悩ましい。
この点、Bluetooth接続は気楽だ。スマートフォン側でアプリを起動すれば自動的に再接続され、電源オンの状態であればDAP側の操作は不要、すぐに再生操作が可能になる。初回こそペアリングという面倒な手続きが必要になるものの、「DAPを手もとのスマートフォンで快適に操作する」という意図が最も的確に反映されるのは断然Bluetoothだ。
今回のテストは、2つのメーカーの製品を1機種ずつというかなり限定的なものだが、それでもいくつかの傾向が浮かび上がってきた。
まず、導入手順は似ているが機能/実装には違いがあるということ。Shanling/FiiOいずれも、DAP側の動作をプレーヤーにするかコントロールにするかを選ばせるなどUIはほぼ同じ、ひょっとしたらアプリ開発元が同一で実質的に同じものでは? と短絡的に考えてしまいそうになるが、ボリューム調整はShanlingがアプリ上のボタンを使う方式で、FiiOがスマートフォンのハードウェアボタンを使う方式と、明確に違う。
ボリューム調整はアプリ上のボタンをタップして行う(画面はiPhone版)
「FiiO Music」のボリューム調整にはスマートフォンのハードウェアボタンを利用する(Android版のみ)
コントロールアプリの機能もまちまちだ。Shanlingの歴代DAPには、ソニーのウォークマンと同じLRC形式の歌詞表示機能があり、「M3 Ultra」の「Eddict Player」でも同機能をサポートしているが、「FiiO Music」には実装されていない。また、「Eddict Player」「FiiO Music」ともにプレイリスト作成機能はあるが、Android版だけでiPhone版はどちらも未実装だ。
リンク機能など自分には関係ないというDAPユーザーも存在するだろうが、今後ストリーミングが普及するにつれ、操作系統をスマートフォンに集中させたほうがなにかと便利なことは確か。Shanlingのワイヤレスプロジェクション(EM5など大型DAPに搭載されているリモコン機能、あらゆるアプリを遠隔操作できる)のような機能を小型DAPに用意するのは大げさかもしれないが、VNCサーバー/クライアントのようなアプリも存在することだし、個人的にはぜひほしいフィーチャーだ。
それが可能になれば、ミドル/エントリークラスのDAPが「モバイルでも据え置きでも使えるストリーミング対応ネットワークトランスポート」として使えるようになる。ハイスペックなSoCを積むDAPだからこそできるワザ、いちポータブルオーディオファンとして期待しているが、いかがだろう?
ストリーミングアプリを遠隔操作できれば、モバイルレディなトラポとして使える?(Shanling M3 Ultraで「droidVNC-NG」、スマートフォンで「VNC Lite」を使用した時のスクリーンショット)
IT/AVコラムニスト、AV機器アワード「VGP」審査員。macOSやLinuxなどUNIX系OSに精通し、執筆やアプリ開発で四半世紀以上の経験を持つ。最近はAI/IoT/クラウド方面にも興味津々。