LGエレクトロニクスから“自由に曲げられる”(ベンダブル)有機ELテレビ「LG OLED Flex(42LX3QPJA)」が発売されてから約1か月。発表時からずっと気にしていたこの製品を自宅でしばらくの間試用できた。気になっていたのは映像観賞用の表示機器として、つまりAV趣味用として考えた場合、どういう体験をもたらしてくれるのか? このインプレッションをお伝えしよう。
製品概要は上記関連記事のとおりだが、主要スペックは以下に改めて列挙する。基本的には42V型の4K有機ELテレビだ。趣味のAV用の映像表示機器として見れば、LGエレクトロニクスの「OLED42C2PJA」相当だと言える。これは2022年の最新世代パネル「LG OLED evo」を搭載したスタンダードモデルだ。
「42LX3QPJA」の主要スペック
●画面サイズ:42V型
●画面解像度:水平3,840×垂直2,160画素(120Hz駆動)
●HDR対応:Dolby Vision、HDR10、HLG
●画面曲率:平面〜最大900R(20段階調整)
●内蔵チューナー:地上デジタル×3、BS/110度CS×3、BS4K/110度CS4K×2
●接続端子:HDMI入力4系統(すべてHDMI2.1仕様の48Gbps対応)、光デジタル音声出力1系統、ヘッドホン出力1系統、USB Type-A 3系統(スイッチングハブ機能搭載)
●映像エンジン:α9 Gen5 AI Processor 4K
●Wi-Fi 6(IEEE802 11ax)対応
それではほかのテレビと何が違うのか? と言えば、いちばんの違いは画面を“自由に曲げられる”こと。PCモニターでは画面が曲がっている製品は存在するが、現在、日本で流通する家庭用テレビとして“曲がっている”製品はほかにない。
しかも、“自由に曲げられる”とは、20段階で自由に曲げ具合を操作できるということ。その曲がり具合については以下の動画で確認いただきたい。
さて、LGエレクトロニクスは「42LX3QPJA」を「ゲーミングTV」としても訴求している。つまり、基本的にはPCモニター的に使い、そこでゲームもする、というスタイルが想定される。そこで、まずはデスクトップに設置し、各種コンテンツを再生していくことにした。
デスクトップに設置した「42LX3QPJA」。有機ELテレビをPCモニターとして使う場合の注意点は関連記事「42V型有機ELテレビはPCモニターとして使えるか?」をご覧いただきたい
以前に同じLGエレクトロニクスのスタンダードな有機ELテレビ「OLED42C2PJA」を使い、「42V型有機ELテレビはPCモニターとして使えるか?」という検証を行ったが、そこで感じた不満を払拭できるのではないか、という確認のためでもある。
その不満点とは、視野角によるカラーシフト(斜めから見た場合に色が変わってしまう現象)だ。繰り返しになるが、有機ELは視野角の問題は少ないとはいえ、存在しないわけではない。42V型テレビに文字通りにじり寄って見る映画はとても見応えがあるのだが、それだけに余計カラーシフトが目についてしまうのだ。
この点、「42LX3QPJA」は視聴者に沿って画面を曲げられるので、「OLED42C2PJA」の画質で気になっていたカラーシフトをやわらげられるのではないかと期待していた。
結論としては、ここは期待どおり。カラーシフトがまったくないわけではないが、画面の曲率を100%(最大)にすると、画面端も視聴者に対して正対する形に近づき、色の変化がかなり抑えられていた。前回もチェックしたモノクロのNetflix映画「ROMA/ローマ」は、真剣に見ると特にカラーシフトが気になる作品だが、間違いなく「OLED42C2PJA」で見たときよりも映画に没頭できた。
本体裏側にはイルミネーション用のLEDライトが装着されている。これはオフにもできるため、視聴時はオフとした
これはすばらしい! ということで画面の曲率を変えつつ、各種映画を再生してみたのだが、基本は曲率100%(最大)として、「OLED42C2PJA」以上ににじり寄って映画に対峙するのが「42LX3QPJA」ならではの魅力を最大限楽しむ方法なのではないかと思った。
最大の曲率(900R)というのはカーブドPCモニターの基準で考えてもかなり曲がっている部類だ。その状態で画面と対峙すると、メーカーの触れ込みどおり画面のどの部分とも同時に焦点が合う。すると、映像の合焦部とそうでない部分の差がよくわかるので、映像として注視すべき部分とそうでない部分がより鮮明に浮き上がってくるのだ。
この特徴は、特に映画など緻密に映像設計が練り込まれた作品でこそ生きる。少し映像のフォーカスが変わっただけでも自然と視線が誘導されるため、視線誘導の妙がより伝わってくる。単に映像に包まれていると臨場感がありそう、というところを超えた絶大な効果だと感じた。
そうして映像に対峙していると、どんどん吸い寄せられるように画面に近づきたくなる。最終的にこれくらいで見たいという位置で距離を測ると、画面中央から目までは約70cmだった。そこまで近くなければ没入感がないわけではないが、どんどん近づいて見たくなる魅力がある。
この没入感は、大型テレビやプロジェクターの投写でも得がたい独自の魅力だ。“自由に曲げられる”ことが単なるギミックではなく、映画鑑賞のためのとても実用的な効果を上げている。こと映画への没入感で言えば、どの映像表示機器よりも高い「没入型テレビ」だと言ってもよい。
曲率の変更は主にリモコンの「ゲーム」ボタンで行う
リモコンでダイレクトに呼び出せる曲面モードは2つ。100%までの曲率を任意にメモリーして呼び出す仕組みだ
画面が曲がった状態で本体の電源をオフにすると、必ず平面に戻る。デフォルトでは電源を入れたときに曲面に戻す設定がオンになっていた
ただし、ここまで近づくとデメリットも生まれることが確認できた。1つは動きの激しい映像にはあまりフィットしないこと。「トップガン マーヴェリック」で繰り広げられるめまぐるしい空中戦シーンは、70cmの至近距離だとさすがにめまぐるし過ぎる。動きの激しい作品についてはもう少し離れ、曲率を下げると没入感と視線移動のほどよさがバランスする印象だった。「トップガン マーヴェリック」に限らず、曲率は視聴位置や作品に応じて変えるとよさそうだ。
2つ目は、洋画を見る場合に字幕がわずらわしくなること。至近距離では視線が映像の要所にグイッと引っ張られていくので、画面下に表示される字幕にいちいち視線を動かすと気が散ってしまうのだ。筆者は日本語以外を聞いて理解できないので、根本的な解決方法としては日本語のみの映画を見るか、吹き替えを選ぶか……。
とんでもないレベルの映画マニアのライターさんが「映画の字幕を見ない」と話してくれたことがあったが、それが初めて身にしみて理解できた思いだ。
ちなみに、画質だけをシビアに見れば、「OLED42C2PJA」と同傾向だとわかる。ビコムのUltra HDブルーレイ「8K空撮夜景 SKY WALK TOKYO/YOKOHAMA」を「シネマダーク」モードで再生すると、夜景の暗がりは黒を沈め気味。コントラスト感の高い、見栄えのする映像だと言える。
4Kの解像度が“小型”画面に凝縮されていて、高密度で精細感のある映像を表示してくれる、42V型有機ELテレビ特有のメリットはもちろんそのまま継承している。
また、LGエレクトロニクスによれば「42LX3QPJA」は、同社の有機ELテレビ「C2」シリーズと比べて反射を25%低減しているという。確かに「OLED42C2PJA」と比べると低反射の恩恵を感じるが、ものすごく映り込みが抑えられている、という印象もなかったことは事実だ。“にじり寄って”映画を見るならば全暗に近い状態にできるとよいだろう。
画質チェックに使った映像モードは基本的に「シネマダーク」。全暗環境で映像を再生した
音質はUltra HDブルーレイ「ボヘミアン・ラプソディ」のDolby Atmos音声でチェック。音質チェックと言いつつ、再生すると、まずは意識が映像に持っていかれる。特典の「ライヴ・エイド」のパフォーマンスシーンを再生すると、上空からスタジアムの中へと視点が吸い込まれるように移動するが、自分の意識も吸い込まれていくような感覚がある。
音声の再生モードは、再生している映像ジャンルに応じて自動最適化を行う「AIサウンドプロ」から試してみた。すると、確かにサラウンド感が強いものの、わざとらしさが感じられるところもある。サラウンド感を優先するからか、ボーカルの厚みも減退気味だ。最も好ましかったのはボーカルがしっかり前面に出るうえ厚みもしっかりとした「シネマ」だった。
音声の再生モードは7種。サラウンド感と音質のバランスがよいと感じたのは「シネマ」モードだった
スピーカーの仕様は2.2ch。テレビの内蔵スピーカーであることを考えれば及第点なのかもしれないが、映像の訴求力に比べるとどうしても力不足感は否めない。せっかくこの映像表示機器でAVを楽しむのであれば、釣り合いのとれた音のよいスピーカーを用意したいところだ。
スピーカーが画面の下にあり、しかもその画面が上下の移動式ということで、画面の位置取りによっても音の聞こえ方が変わることにも注意したい。画面をいちばん下まで下げると、音が被り気味になる。
有機ELパネルの「曲げやすい」という特徴を生かした結果、自在に曲がり具合を調整できるようになった「42LX3APJA」。この「ベンダブル」という仕様のテレビは今のところ(2023年2月28日時点で)唯一無二であり、そのおかげで得られる映像作品への没入感も他に類を見ない。
画面が湾曲したPCモニターは存在しているが、曲率の調整はできないし、PCモニターとして考えると、写真のプレビューや処理作業など曲がっていると作業に都合が悪い場合もありそうだ。こうした曲がっていることのデメリットも克服した「42LX3APJA」はとても魅力的なテレビだと思う。
唯一の欠点と言えるのは価格だろう。「初物」ということもあり、価格.comの最安価格を見ても割高感は否めない。しかし、ほかでは実現できない価値を提示しているという意味では、この価格設定はやむを得ないだろう。PCモニターも兼ねて映像鑑賞用のメイン機器として検討するならば、選択肢として考えてもよいのではないか。
しかも、LGエレクトロニクスは「42LX3APJA」の購入者全員を対象にした50,000円のキャッシュバックキャンペーンを実施中だ。購入の対象期間は2023年5月7日まで。詳細はオフィシャルサイトをご覧いただきたい。
AV用と考えればもっと大きな画面でも、同じ機能を期待したい。この「ベンダブル」テレビが「時代のあだ花」と評価されないよう、願うばかりである。
なお、とにかく曲がり具合だけを優先するならば、LGエレクトロニクスから800Rという「42LX3APJA」以上の曲率を持つPCモニター「UltraGear 45GR95QE-B」が発表されたばかり。44.5型の有機ELパネルによるウルトラワイド(21:9)仕様で、解像度は3,440×1,440画素。4Kをドットバイドットで表示することはできないが、シネスコの映画をサブスクサービスで見るのがメイン、という人にはフィットするもしれない。こちらにも注目していただきたい。
ここまで「42LX3QPJA」のAV機器としての性能をチェックしてきたが、ゲーム用の映像表示機器としてはどうか? 冒頭のとおり、「42LX3QPJA」は「ゲーミングTV」としてもアピールされている製品でもある。最後に、ゲーム担当の編集部員がPS5でゲームをプレイしてみたインプレッションもお伝えしよう。
「42LX3QPJA」をPS5に接続して遊んでみた。試したのは、エレクトロニック・アーツ「Apex Legends」とSIE「ゴッド・オブ・ウォー ラグナロク」。
PS5版の「Apex Legends」は、4K出力、HDRなどが画質面での特徴だが、フレームレートは60fps。「42LX3QPJA」で遊んでみると、4Kの高解像度とHDR、有機ELの発色の鮮やかさや高いコントラストにより、遠くのオブジェクトまでクッキリ見えるくらい表示されており、ゲームの世界の奥行きまでもが感じられるほどだった。
そのため、遠くの敵が視認しやすく、遮へい物から顔を出している一瞬のスキも目に入ってくる。フレームレートこそ120fpsではなく60fpsではあるものの、フルHD解像度のPCモニターと比べると、まったく違う世界に感じられた。
ただし、湾曲については、視点移動の激しい「Apex Legends」のようなFPSとは相性がそこまで高くない。70cmくらいの距離だと画面が近く、高速の視点移動に目が追いつかず少し画面酔いするし、左右の湾曲部に映り込んだ敵などのオブジェクトも見逃しやすかった。そこで1mくらい離れると、画面酔いやオブジェクトの見逃しは感じないが、湾曲ディスプレイの没入感が下がってしまうため、FPSをあえて湾曲ディスプレイで遊ぶメリットは少ないかもしれない。
次にプレイした「ゴッド・オブ・ウォー ラグナロク」は、4Kフル解像度/30fps、4Kアップスケーリング/60fpsで遊べるが、今回は画質を優先して4Kフル解像度/30fpsでプレイ。
結果から先に言うと、グラフィックの作り込みが非常に緻密な本作を「42LX3QPJA」でプレイすると、ゲームの世界を肌で感じるかのような没入感の高さが味わえた。人の肌や武器、防具から、雪や岩などの質感までが、有機ELと4Kの組み合わせでリアルに描写される。また、遠くに見える景色もクッキリと見渡すことができ、その描写力の高さには感動を覚えるレベルだった。
映像美による没入感が、ディスプレイの湾曲によってさらにアップ。70cmくらいの距離でプレイすると、視界の左右までもがゲーム画面に覆われているような感覚。湾曲部がゲームプレイを阻害することもなく、この組み合わせはアリだと感じた。
今回はプレイしていないが、「グランツーリスモ7」なども相性がよさそう。高速で走り進めるレースは、湾曲ディスプレイでプレイすると、視界の左右で景色が流れていくため、没入感が相当高そう。視点を画面のあちこちに動かす必要がないのも、プラスに働きそうだ。
水川悠士(編集部)
映像モードは自動で切り替わった「ゲームオプティマイザ」をそのまま使用した
「42LX3QPJA」はfpsなどのステータスを表示できる機能も持っている。これは「C2」シリーズと同様だ
AVの専門誌を編集して10年超。「(デカさ以外は)映画館を上回る」を目標にスピーカー総数13本のホームシアターシステムを構築中です。映像と音の出る機械、人が一生懸命つくったモノに反応します。