グローバル市場で見ればCDならびにCDプレーヤーの需要が減っていることは間違いないが、日本市場ではCDは意外なほど元気だ。J-POPが形成する独自のCD市場の都合もあるだろうが、古くからの音楽ファンはたくさんのCDを持っているから、という理由も推測できる。
サブスクリプションサービスのストリーミングで聞く音楽はとても便利だが、サービスが永続するかどうかはわからない。自分の聞きたい楽曲が急に配信されなくなることもありうるし、そもそも配信されていないこともあるはずだ。
そういった事情もあって、デノンからは「DCD-1700NE」のようなCDプレーヤーが発売されたばかり。グローバル市場では2023年に単機能のCDプレーヤーを発売する必要はない、と判断されていたにもかかわらず、日本市場のCDならびにCDプレーヤー需要を重視して発売にいたったという製品だ。
上記の関連記事でも触れたのだが、デノンはCDプレーヤーに不可欠なCDドライブの供給元でもある。PC向けではなく、CDプレーヤーのために供給されるドライブは世界的に言っても珍しいのだが、もうひとつCDドライブの供給元として注目すべき日本のメーカーがある。それがティアックだ。
「VRDS-701」は、ヘッドホンアンプ、USB-DAC機能のほか、アナログ音声出力は音量調整も可能。プリアンプ的にも利用できる
そのティアックが久しぶりに本格的なCDプレーヤー「VRDS-701」を発売する。2023年4月発売予定で、希望小売価格は382,800円(税込)。先行して海外のショーで発表されていた製品が正式に日本でも発表された形だ。再生が可能なディスクメディアはCD(とMQA-CD[MQAフルデコード対応])のみ。USB Type-C端子を持ったUSB-DACとしても使用できるほか、アナログボリューム回路を搭載。パワーアンプと直結するとシンプルなステレオシステムを構築できる。
後述する独自のCDドライブ「V.R.D.S」を搭載していることが大きな特徴で、ティアックブランドから「V.R.D.S」搭載CDプレーヤーが発売されるのはかなり久しぶりのこと。2003年の「VRDS-15」以来、実に20年ぶりだという。
主なスペックは以下のとおり。
「VRDS-701」の主なスペック
●再生可能ディスク:CD、MQA-CD
●本体カラー:シルバー、ブラック
●接続端子:デジタル音声出力2系統(同軸、光)、アナログ音声出力2系統(XLR、RCA)、デジタル音声入力3系統(USB Type-C、同軸、光)、10MHzクロック入力1系統(BNC)、ヘッドホン出力1系統(6.3mm)
●対応サンプリング周波数/量子化ビット数(USB Type-C):〜384kHz/32bit(PCM)、〜22.5MHz/1bit(DSD)
●寸法/重量:444(幅)×334mm(奥行)×111(高さ)/11.8kg
デジタル音声入力として、同軸、光のほか、USB Type-C端子を備える。また、10MHzのクロック入力を使えば、外部クロックで機器同士の同期を図れる
USB Type-C端子はPCと接続できるほか、スマートフォンを直接つないだ音楽再生もできる。写真はカメラコネクションキットを介してiPhoneをつないだところ。Amazon Musicアプリを使い、ハイレゾの音源を再生できた。ただし取材時点のAmazon Musicのアプリ再生では、必ずサンプリングコンバーターが入る仕様のようだった
さて、現在ティアックが展開する家庭用オーディオブランドはティアックとエソテリックの2つ。エソテリックは「ハイエンド」を標榜する高級オーディオブランドで、ティアックはよりカジュアルな「プレミアム」ブランドという位置づけだ。さらに、業務用ブランドとしてタスカムも展開する。いずれのブランドでもCDプレーヤーをラインアップしているし、タスカムのCDプレーヤーは現在も放送局などに納入される定番品だそうだ。
つまりティアックはCDドライブの供給元であり、あらゆるユーザーに向けたCDプレーヤーも作っているメカトロニクスに強い会社なのだ。
長年のオーディオファンにはおなじみのことだが、ティアック、エソテリックのCDプレーヤーのうりと言えば「V.R.D.S(Vibration-Free Rigid Disc-Clamping System)」と呼ばれる独自の堅牢なCDドライブメカ。CDを同径のアルミニウム製ターンテーブルでクランピングすることでディスクの反りを抑えて回転を安定させ、不要振動を低減することが趣旨だ。また、物理的にメカ全体の重量が増えると、慣性によって回転が安定する効果も得られるという。
回転が安定すると、サーボ(自動追従)機構が動く必要がなくなる。すると、むだな電力消費をせず、CDの読み取り・再生だけに注力できるようになり、ディスクの読み取りエラー減少、ひいては安定した音質につながるという。
もちろん、モデルによってその内容は異なるし、エソテリックの「V.R.D.S」とティアックの「V.R.D.S」は同じではない。しかし、上記の趣旨に則って自社開発したCDドライブを使い、音のよさを追求することに変わりはない。
「VRDS-701」の天板を開けると、ディスクドライブが見える。本機に搭載されているのは、「CD-5020」というドライブユニットをベースにした「V.R.D.S」だ※本記事の本体内部写真はすべて開発中製品のもの
「VRDS-701」の「V.R.D.S」は上記のとおり、既存のCDドライブをベースに「V.R.D.S」化されたものと言えるが、その設置の仕方にもノウハウが詰まっている。CDドライブを設置するのであればガッチリと固定しそうなものだが、設置のための金具の一部をあえて固定せず、“浮かせた”状態にする。これを「セミフローティングマウント」と呼んでいる。
もちろん、これは音質のためで、多くのパターンを聞き比べた結果、この方式にたどり着いたそうだ。大量生産する四角いパーツを4か所(4隅)で無理に固定すると、どうしても歪みが出る。そこで、無理に固定することを避けて自然体とすることが望ましいという判断が「VRDS-701」では採用された。不要振動を伝播させない、うまく逃がす、という発想もあるのだろう。
ネジ穴自体は4か所にあるものの、あえてそのうちの1か所を留めず、“浮いた”状態にしておく「セミフローティングマウント」構造。上矢印の部分にネジがないことがわかるだろう
ターンテーブルを補助するブリッジのようになっているこのパーツも、留めすぎないように配慮をしているという。よく見れば片側だけにワッシャーが入っているが、それだけではなく、聞き比べをしたうえで選定した異なるネジが使われている
“留めすぎない”工夫は天板の固定にもある。天板は写真の金具を介してネジ留めするのだが、矢印のネジ留め部分に強い力が加わると、下にたわむ構造になっているのだ。これも、あえてガッチリとは固定しない趣旨だという
本体横にあしらわれたヒートシンクのフィンは、固有の共振周波数をずらすために長さが調整されている。これも不要共振低減のための取り組みだ
ティアックとしてはかなり高価なD/Aコンバーター兼ネットワークオーディオプレーヤー「UD-701N」が市場で受け入れられたことに続き、システムを補完するようにCDプレーヤーが発売されることになる。
これは先のとおりのCD再生需要を受けたものであり、CDならではのよさをしっかり生かしたいという思いがあってのことだそうだ。
ティアック/エソテリックの製品ラインアップを見渡すと、CDプレーヤーだけでなく、CDを超えるサンプリング周波数/量子化ビット数を扱うハイレゾ対応のD/Aコンバーター兼ネットワークオーディオプレーヤー、さらにはアナログレコードプレーヤーも展開する。
扱うメディアによってのそれぞれのよさ、難しさ、使いこなしの流儀の違いがあるのだという。たとえば、ネットワークオーディオプレーヤーを使うとなれば、ネットワーク(LAN)の構築の仕方が音質に関与してくることになる。
試聴室にずらりと並ぶエソテリックブランドの製品群。CDプレーヤーはもちろん、ネットワークオーディオプレーヤーも擁するほか、手前にはアナログレコードプレーヤー「Grandioso T1」も見える
いっぽうで規格の定まったCDには不確定要素は少ない。完結したシステムを手堅く構築できる、そのあたりにCDのよさがある。そもそもハイレゾとは器の大きさを表しているわけで、ハイレゾだから音がよいというわけではない。CDの器に入った音のよい音楽は数多くあるので、それらのよさをしっかりと引き出すことが「VRDS-701」の目的ということになる。
また、同時にD/Aコンバーターを内蔵しない「CDトランスポート」である「VRDS-701T」も発売される。こちらの希望小売価格は275,000円(税込)。簡単に言えば「VRDS-701」からD/Aコンバーターを取り除いた製品だが、内部空間に余裕ができた分、設計も異なり、使用するパーツのグレードを上げるなど、CD再生機としての音質をさらに上げる工夫がされているという。
「VRDS-701T」が用意されるのは、「UD-701N」と「VRDS-701」を揃えるとどちらにもD/Aコンバーター(DAC)がある、“DAC被り”の状態が生まれてしまうから。
「UD-701N」と「VRDS-701」「VRDS-701T」により、ユーザーの環境に合わせたシステム構築が可能になった。
勘のよい人ならばお気づきかもしれないが、「VRDS-701」は「UD-701N」からD/Aコンバーター周りの設計を引き継いだところが多い。音量調整が可能なことやヘッドホンアンプを搭載することなども同様だ。以下にそのほかの特徴を列挙する。
D/Aコンバーター回路は「UD-701N」と同じ「TEAC ΔΣ(デルタシグマ)ディスクリートDAC」を搭載。汎用のD/AコンバーターIC(チップ)を使わず、デジタル音声信号のアナログ変換を行う。回路自体は同じだが、「UD-701N」の発売後から時間が経っているので、ブラッシュアップした部分もあるそうだ。
アナログ音声回路についても、「UD-701N」同様にラインバッファーの電流伝送を強化し、立ち上がりのよい、力強い音を目指した。
「VRDS-701」の内部にはトロイダルコアトランスが3つあり、左からそれぞれドライブ用、デジタル音声処理用、アナログ音声処理用の電源に充てられる
アナログ音声出力、あるいはヘッドホン出力に対して音量調整できるため、プリアンプ的にも利用可能だ。音量調整機能は「TEAC-QVCS(Quad Volume Control System)」と呼ばれる左右・正負(プラス/マイナス)に独立した4回路構成の可変ゲインアンプ型ボリュームによる。0.5dB刻みで音量調整をできる。これも「UD-701N」と同様。
CDプレーヤーやD/Aコンバーター一体型製品の音量調整機能はデジタルドメインで行うことも多い(汎用のDAC ICには音量調整機能も備わっていることがある)が、ティアック、エソテリックではアナログでの音量調整にこだわる。
上記の音量調整に関わる部分だけでなく、ヘッドホンアンプについても基本設計は「UD-701N」と同等だという。バランス接続こそできないものの、アンバランス接続時の実用最大出力値は500mW+500mW(32Ω)と「UD-701N」と同数値だ。
取材場所はティアック/エソテリックの試聴室。「VRDS-701」とティアックのパワーアンプ「AP-701」を直結し、Bowers&Willkinsの「801 D4」を駆動した
最後に、「VRDS-701」の音に触れる機会があったので、インプレッションを記しておこう。再生したのは、もちろんCDだ。ロドリーゴ・イ・ガブリエーラのファーストアルバム「rodrigo y gabriela」では、アコースティックギターならではの短いサスティンがきれいに広がり、微小信号の再現性にすぐれていることを感じさせる。パーカッシブなプレイの立ち上がりも鋭く、音の勢い、元気のよさを感じさせる。
とはいえ、エソテリックの製品に感じるような研ぎ澄まされた解像度で迫るようなイメージではなく、厳しすぎない適度なゆるさもある。
スナーキー・パピーの「Culcha Vulcha」では、左右のchに振られたフルートの音色がぴたりと重なるのが心地よい。ゆるいとは言っても、要所は決して外さない印象だ。元々輪郭が曖昧気味なベースラインを変に太書きにしてしまうこともなく、うまく解像してくれる。
兄弟機と言える「UD-701N」には「元気のよい音がするな」という印象を以前から持っていたのだが、こうして「VRDS-701」と対峙してみると、元気のよさ一辺倒ではない、聞き疲れしない心地よさ、懐の深さがあると改めて感じられた。
音楽マニアならば、CDを大事にしている人は多いはず。世の中的にはCDプレーヤーの数は減っていくばかりだが、日本にはここまでCDプレーヤーを真剣に作っているメーカーが存在する。しかもそれがCDドライブの供給元でもあるとすれば、長く使うという視点で考えても安心だ。
CDプレーヤー選びの際にはティアックのこと、「VRDS-701」のことを思い出していただきたい。
AVの専門誌を編集して10年超。「(デカさ以外は)映画館を上回る」を目標にスピーカー総数13本のホームシアターシステムを構築中です。映像と音の出る機械、人が一生懸命つくったモノに反応します。