いまどきのリスニングスタイルといえば、スマートフォンにBluetoothイヤホン、音源はストリーミング。すべてがワイヤレス化され、ケーブルなど絡まる要素は排除されている。確かに便利だが、やはり音質的にはワイヤードのほうが上。それにあらゆる楽曲がストリーミングサービスで配信されているわけでなし、ファイル再生は捨てられない。DAPの人気が衰え知らずなのも納得だ。
しかしDAPが万能なわけではない。いわゆるポータブルアンプに比べ、ディスプレイを搭載するぶんコスト高となるし、必須のWi-Fiはチップやアンテナの関係でノイズ発生源となりうる。SoCの性能は控えめで操作レスポンスに難がある製品も少なからず、スマートフォンから遠隔操作できる機能を売りにしたDAPすら存在する。スマートフォンなら高性能SoCで反応はサクサク、メールやSNSをチェックする合間に選曲するなどスマートに利用できるからだ。
今回取り上げるShanling「H5」は、いわば「操作体系をスマートフォンに一本化したい」人のためのポータブルDACアンプ。iOS/Androidアプリ「Eddict Player」を使えば、スマートフォンからmicroSDメモリーカードスロットの内容をブラウジング、再生指示できる。「H5」にも小さなOLEDディスプレイが装備されているため、単独でも各種操作は可能だが、スマートフォンからmicroSDメモリーカードの楽曲をローカル再生する感覚で使えることがポイントだ。
ShanlingのポータブルDACアンプ「H5」
基本的なコンセプトはハイエンドモデル「H7」を踏襲。航空機グレードのアルミニウムシェルと2つのダイヤルで構成される筐体は、きめ細かいサンドブラスト処理で高級感が漂う。USB-DAC機能にデジタル入力(SPDIF/COAX兼用)、さらにBluetoothレシーバー機能も備えており、コンポのように使うことも可能だ。
「H5」の前面
「H5」の背面
DACチップはAKM AK4493SEQをデュアルで搭載、シングル/デュアル動作を選択できる。USBチップセットは「H7」と同じ「XMOS XU316」、PCM 768kHz/32bitとDSD512、MQAフルデコード(最大8倍)に対応する。出力は3.5mmシングルエンドと4.4mmバランスの2系統、6,800mAhのバッテリーを内蔵し最大連続再生時間はシングルエンド時に10時間、バランス出力時に8時間と、サイズ/重量を考慮すればなかなかの水準だ。
オプションでPUレザーケース(ブラウン)も用意される
ファイル再生を中心に楽しむ場合、「H5」のセットアップは簡単そのもの。あらかじめアプリストアから「Eddict Player」をダウンロードしておき、「H5」の背面にmicroSDメモリーカードを挿入&電源オン、その後「Eddict Player」のメニューで「SynkLink」を開き、利用可能なデバイスとして表示された「H5」を選択すればOK。その後ファイルスキャンを実行するだけで、スマートフォンから曲操作できてしまうのだ。
最初にアプリ「Eddict Player」の「SyncLink」で登録作業を行う
microSDメモリーカードのスキャン後は、ローカル感覚で曲操作できる
曲操作のレスポンスは良好、再生/一時停止でもたつくことはない。アルバム画像や歌詞などのメタデータまでは転送されないため、操作画面は簡素なものだが、再生時間とファイルフォーマット、サンプリングレートにビット深度の情報は表示されるから不満はない。なお、ジャケット画像と歌詞をダウンロードする機能はあるにはあるが、Gracenoteなどのグローバルな楽曲データベースには対応していないため、ここ日本では実用にならないだろう。
この「Eddict Player」は、接続したShanling製デバイスの各種設定が可能なこともポイント。「H5」の場合、使用するDACをシングル/デュアルで切り替えたり、フィルターやゲインを変更したりできる。ただし「H5」を遠隔操作できるのはTFカードモード時のみ、入力先を同軸デジタルからS/PDIFに切り替えるといった操作は本体側からの操作になる。
シングル/デュアルDACの切り替えなど、主要な設定変更はアプリ「Eddict Player」から指示できる
2週間ほどiPhoneとの組み合わせで使用してみたが、想像以上に快適だ。DACチップをシングル/デュアルで切り替えたことと、省電力シャットダウンの時間を15分から1時間に変更したこと以外は初期設定のまま、なにしろ手間がかからない。本体OLEDパネルを見ながらの操作はメニュー構造の理解が必要だが、アプリは直感的に操作できる。DAPにありがちな操作レスポンスの鈍さがないところも、うれしい点だ。
もちろん「H5」単独でのファイル再生も可能だ
「H5」の音質面での見どころ・聴きどころは、高音質パーツの組み合わせによる妙にある。DACチップ・AKM AK4493SEQをデュアルで搭載、TI TPA6120A/OPA1612とLinearin LTA8092による複合アンプ回路を実装するなど、Shanlingの最近の製品との一貫性/共通性がうかがわれる設計であり、どのような音を聴かせてくれるのか興味深い。
ファイル再生を中心に検証してみたが、一聴して解像度がいい。I Got The News/Steely Danのドラムフィル後に聴こえるクラッシュシンバルも、穏やかでさり気なく、それでいて緻密に描写される。Wi-Fiを使わないことも手伝ってかS/Nは良好、サウンドステージも明瞭で広々としている。
低域のキレも印象的。Disco Ulysses/Vulfpeck & Vulfのエレキベースは量感がありつつも素早く収束し、楽曲本来のスピード感を鈍らせない。そこに解像度のよさが加わるから、透明感と伸びやかさも出てくる。ジャズでもクラシックでもJ-POPでも余裕でこなせる、キャパシティの広さを実感した。
この印象がどこから来るものなのか考えてみたが、ほかのAK4493SEQ搭載機の音から推測すると、やはりアナログ回路部分に負うところが大きいのだろう。増幅用のLTA8092に加えTI製オペアンプ群がローパスフィルターや出力信号処理を担う構造は、簡素化されてはいるものの、2022年発売のDAP「M6 Ultra」に採用されたオペアンプとバッファの組み合わせによる音響回路設計「OP-AMP+BUFアーキテクチャ」を彷彿とさせ、実際よく似た効果をもたらしている。
DACのシングル/デュアル動作の切り替えは"お好みで"というところだ。デュアル動作のほうが左右分離感は高まるが、DACの分解能やアナログ部の挙動が変わるわけではなく、結果としてシングル動作時と似た印象に落ち着く。音質を調整したいのなら、「Eddict Player」を使いフィルターを変更するほうが効果的だろう。
microSDメモリーカードスロットを装備しないiPhoneにとって、ファイル再生は転送作業など下準備に手間がかかるもの。その点、背面のmicroSDメモリーカードスロットにカードを挿し込み専用アプリで再生指示できる「H5」は、なかなか魅力的に映る。寸法は85(幅)×142(奥行)×25(高さ)mm、重量は352.5gとポータビリティはさほどではないものの、ちょうど手のひらにのるサイズ感というところもいい。
ハイレゾ音源をローカル再生感覚で楽しめるのにかさばらない、イヤホン以外にケーブルは必要なくスマートフォンのバッテリーは減らないという、アプリでの操作が前提の「H5」。ディスプレイや高性能SoCを搭載しないぶん価格的に有利、同価格帯のDAP以上の音を狙えるかも...という期待に応えてくれるポータブルDACだ。
UACモードに切り替えればUSB DACとして動作、スマートフォンのストリーミングアプリも楽しめる
IT/AVコラムニスト、AV機器アワード「VGP」審査員。macOSやLinuxなどUNIX系OSに精通し、執筆やアプリ開発で四半世紀以上の経験を持つ。最近はAI/IoT/クラウド方面にも興味津々。