今回より、カメラに関することを幅広くかつ深く掘り下げて解説する新連載「曽根原ラボ」がスタートします。
「曽根原ラボ」という名称からもおわかりいただけるかもしれませんが、本連載は、私、フォトグラファーの曽根原昇が担当します。カメラやレンズの基本的なことから最新のトピックまで、知っているとちょっとタメになるような情報を、できるかぎりわかりやすくお伝えできればと思っています。どうぞよろしくお願いします。
連載1回目に取り上げるテーマは「きれいなボケ味」です。きれいなボケの中に被写体が浮かび上がる写真が撮れるのは、一眼カメラの醍醐味ですよね。フルサイズなど大きなサイズの撮像素子を搭載したデジタルカメラや大口径レンズが欲しい理由として「きれいなボケを味わいたいから」と答える人も多いと思います。
でも、よくいうところの「きれいなボケ味」って一体何でしょう? きれいなボケがあるのなら、きれいでないボケもあるのでしょうか? 微妙な違いを味ととらえて楽しむ日本人だからこそ、「ボケ味」とは何か考えてみたいところです。
連載1回目は「きれいなボケ味」について考えていきます
味という文化的な話から、突如として光学的な話になります。まったく無粋な話で申し訳ないのですが、写真はレンズを通して撮るものなので仕方がありません。
ボケ味は主に、球面収差の残存具合で変わります。球面収差はレンズの中心付近を通った光と外周付近を通った光が同じ位置で結像できない現象で、これが発生するとピント面がフレアに覆われたようになり、コントラストも低下してしまいます。当然それでは困るので、通常の写真用レンズは、複数種のレンズを何枚も組み合わせたり、非球面レンズを採用したりして、球面収差を抑制しています。
球面収差を補正することで、ピント面はメリハリを取り戻すのですが、その補正具合の違いでピント面の前後にあるボケ味に変化が生じるというわけです。逆に言えば、球面収差をコントロールすることで「きれいなボケ味」「きれいでないボケ味」「どちらともいえないボケ味」を作ることができます。
以下に、それぞれのボケ味の違いを、点光源のボケ像を例にしてまとめます。
ボケ(背景ボケ)がきれいになるように球面収差をコントロールした、点光源のボケ像を模式図にしてみました。中心が濃く周辺はやわらかくぼやけているイメージです
実際の写真だとこんな感じ。背景のボケ像が、中心が濃く周辺がやわらかくぼやけている様子がわかると思います
EOS R6 Mark II、RF100mm F2.8 L MACRO IS USM、ISO400、F2.8、1/100秒、ホワイトバランス:オート(雰囲気優先)、ピクチャースタイル:スタンダード
撮影写真(6000×4000、5.0MB)
点光源のボケ像が「きれいなボケ味」になるのは、ボケの中心が濃く、周辺がやわらかくぼける場合です。
こうしたボケは、球面収差の補正が弱めのレンズ(アンダーコレクション)の背景ボケでよく見られます。点光源のボケ像が無限に連続することで全体的なボケ像ができますので、アンダーコレクションのレンズの背景ボケは、いわゆる「やわらかく美しいボケ味」になります。
ただし、球面収差の補正が不十分ということになるため、ピント面もメリハリの弱い軟調な写りになります。しかし、ポートレートなど軟調な写りが好まれる場合は、あえてアンダーコレクションとなるように設計されることもあります。
また、ボケの状態は焦点を境に前後で逆転しますので、アンダーコレクションのレンズの前ボケは後述の「きれいでないボケ味」になります。基本的には前ボケと後ボケの両方が「やわらかく美しいボケ味」になることはありません。
球面収差を可能な限り抑制したレンズ(フルコレクション)の点光源のボケを模式図にしてみました。点光源のボケはどこかが濃くなるということもなくほぼ均一になっているイメージです
実際の写真だとこんな感じ。背景のボケ像は、中心から外周までほとんど均一な明るさになっていることがわかると思います
EOS R6 Mark II、RF100mm F2.8 L MACRO IS USM、ISO400、F2.8、1/100秒、ホワイトバランス:オート(雰囲気優先)、ピクチャースタイル:スタンダード
撮影写真(6000×4000、5.0MB)
「どちらともいえないボケ味」とは、点光源のボケ像のどこかが濃くなるということがなく、ほぼ均一になっている状態のボケです。
こうしたボケは、球面収差を可能な限り抑制したレンズで見られます。球面収差を可能な限り抑制したレンズ(フルコレクション)≒球面収差のないレンズ、ですので、レンズの中心付近を通過した光も外周付近を通過した光も焦点で正しく1点に集まります。そのため、ボケ像が均質になりがちで、全体的には、「やわらかく美しい」とも「硬い」ともいえない「どちらともいえないボケ味」になることが多いように思います。
ただし、球面収差を可能な限り抑制しているため、ピント面の画質は良好となり、コントラストの高いメリハリのある像が得られます。描写性能とボケ味のバランスがよい優等生ですので、通常、多くのレンズは球面収差を可能な限り抑制する方向で設計されています。
正しく焦点で結像しているため、ボケ像は前後どちらも同質になります。
ボケ(背景ボケ)がきれいでない状態の、点光源のボケ像を模式図にしてみました。外周が濃くなりリング状のエッジが見られるイメージです
実際の写真だとこんな感じ。背景のボケ像の外周にリング状のエッジができているのがわかると思います
EOS R6 Mark II、RF100mm F2.8 L MACRO IS USM、ISO400、F2.8、1/80秒、ホワイトバランス:オート(雰囲気優先)、ピクチャースタイル:スタンダード
撮影写真(6000×4000、5.1MB)
「きれいでないボケ味」は定義が難しいところがありますが、一般的には、点光源のボケ像の外周が濃く、リング状のエッジが見られるイメージです。
こうしたボケ方は、球面収差を強く補正したレンズ(オーバーコレクション)でよく見られます。ボケ像が連続するとエッジがさらに強調されてしまうため、ギスギスした硬いボケ味になるうえ、二線ボケも発生しやすくなります。お世辞にも「やわらかく美しいボケ味」とはいえないでしょう。
ただし、エッジが強くなるほど強く球面収差を補正しているため、ピント面の解像性能が高く、コントラストも申し分ないものが多いです。コストやサイズなどの制限があるなかでも、ピント面の描写性能は確保しようとするレンズに、よく見られる設計パターンではないかと思います。何を優先するかの問題ですので、決して悪いレンズとはいえないでしょう。
また、オーバーコレクションのレンズの前ボケは、どれほどそれを活用するかは別として、後ボケ(背景ボケ)に対してやわらかく美しいことが多いです。
「RF100mm F2.8 L MACRO IS USM」と「EOS R6 Mark II」の組み合わせ
フルコレクションだと前後ともボケ味はそこそこだけどピント面が高画質、アンダーコレクションだと後ボケはきれいだけど前ボケがきれいでない、オーバーコレクションだと前ボケはきれいだけど後ボケが美しくない。
それなら球面収差を調整できるようにしてボケ味を変化させればいいじゃないか!
そう考えるのは簡単ですが作るのは無理難題な機構を、実際に実現してしまったのが、キヤノンの高性能な“L”マクロレンズ「RF100mm F2.8 L MACRO IS USM」です。「SAコントロールリング」という、球面収差を調整することでボケ味を変更できる機能が備わっています。
以下に、「SAコントロールリング」を活用して撮影した作例を掲載します。
球面収差を調整できる「SAコントロールリング」を、標準となる中間位置にセットした状態
EOS R6 Mark II、RF100mm F2.8 L MACRO IS USM、ISO400、F2.8、1/250秒、ホワイトバランス:オート(雰囲気優先)、ピクチャースタイル:スタンダード、SAコントロールリング:0(中間位置)
撮影写真(4000×6000、5.4MB)
「SAコントロールリング」を中間位置にセットするとフルコレクションの状態になります。
実際に撮影した写真を見ると、ピントの合った花は非常にシャープで、前後のボケは同じようにボケていることがわかります。正しく正確に球面収差が補正されていて、さすがは「Lレンズ」といったところでしょう。ただし、溶けるようにやわらかく美しいボケかといわれるとそれほどではないように感じます。
「SAコントロールリング」をマイナス側いっぱいにセットした状態
EOS R6 Mark II、RF100mm F2.8 L MACRO IS USM、ISO400、F2.8、1/320秒、ホワイトバランス:オート(雰囲気優先)、ピクチャースタイル:スタンダード、SAコントロールリング:-4(マイナス側いっぱい)
撮影写真(4000×6000、5.6MB)
「SAコントロールリング」をマイナス側いっぱい、アンダーコレクションの状態にすると、後ボケはやわらかく自然で美しいボケ味になります。対照的に、前ボケは盛大にリング状のエッジが発生し(これはこれできれいですが)、ザワザワとしたボケ味に。また、ピント面は球面収差の影響でフレアっぽくなり、ソフトフィルターをかけたようになっています。
「SAコントロールリング」をプラス側いっぱいにセットした状態
EOS R6 Mark II、RF100mm F2.8 L MACRO IS USM、ISO400、F2.8、1/200秒、ホワイトバランス:オート(雰囲気優先)、ピクチャースタイル:スタンダード、SAコントロールリング:+4(プラス側いっぱい)
撮影写真(4000×6000、5.3MB)
「SAコントロールリング」をプラス側いっぱいにしてオーバーコレクション状態にすると、アンダーコレクションとはまったく逆の効果が得られます。前ボケがやわらかくきれいなボケ味になったいっぽうで、後ボケは二線ボケ気味の硬い描写となり、リング状のエッジも見られます。
なお、オーバーコレクションのレンズは、ピント面の解像感は高いものが多いのですが、「RF100mm F2.8 L MACRO IS USM」の場合は正位置であるフルコレクションを変化させてオーバーコレクションにしているためか、アンダーコレクションと同じようにソフトフォーカスになりました。
球面収差を調整できるレンズは、以前にもニコンから「Ai AF DC Nikkor 135mm F2S」が発売されていました。目的にあわせてボケ描写を自由に変化させることができるため、表現の幅が非常に広がります。球面収差とボケ味の関係を知るうえでも役に立ってくれるレンズですね。
「XF56mmF1.2 R APD」と「X-H2」の組み合わせ
「収差がないならフィルターを使えばいいのに」と、やや強引ともいえそうな手法できれいなボケ味を実現したのが、富士フイルムの「XF56mmF1.2 R APD」です。APD(アポダイゼーション)という、周辺部に向かって透過率が低くなる特殊なフィルターを内蔵することで、ボケ像のエッジを強制的にやわらかくしています。
レンズの正面から見るとAPDフィルターの効果がよくわかります
フルコレクションのレンズにAPDフィルターを使えば、間違いなくボケ像は理想的な形になります。この方法でしたら、ピント面の解像度や画質はそのままに、アンダーコレクションのようにきれいな後ボケと、オーバーコレクションのようにきれいな前ボケの、両方を同時に手に入れることができます。
X-H2、XF56mmF1.2 R APD、ISO125、F1.2、1/550秒、ホワイトバランス:AUTO雰囲気優先、フィルムシミュレーション:PROVIA/スタンダード
撮影写真(4000×6000、18.1MB)
実際にこのレンズで撮影したレンズのボケは完璧といえるほど滑らかできれいです。前ボケと後ボケを同時にきれいにすることはできないという、光学上の原理を覆したという意味では、「きれいなボケって結局なんなの?」のひとつの解答になり得ますので、究極のボケとは何かを知りたいなら、一度は味わっておいたほうがよいかもしれません。
APDフィルターを内蔵したレンズは、この「XF56mmF1.2 R APD」だけでなく、ミノルタから引き継いだソニーの「135mm F2.8 [T4.5] STF」(Aマウント)や、同じくソニーの「FE 100mm F2.8 STF GM OSS」(Eマウント)もあります。
ただ、APDフィルターを搭載した完璧なボケ味のレンズにもデメリットがあります。ひとつはAPDフィルターを内蔵しているため透過率が落ち、F値よりも実際のレンズの明るさが暗くなってしまうこと。そのため、APDフィルター内蔵レンズは、F値のほかに実際の明るさを示すT値が同時表記されています。
「XF56mmF1.2 R APD」にはF値とともに実際の明るさを示すT値が併記されています
APDフィルターの効果を生かすためには、レンズそのものの光学性能が高いフルコレクションでなければ意味がないこともデメリットといえるでしょう。元々すぐれた光学性能のレンズに特殊なフィルターを内蔵しているので、当然、価格は高くなってしまいます。
「FE 70-200mm F2.8 GM OSS II」と「α7 IV」の組み合わせ
球面収差の調整やAPDフィルターを使うことなく、高度なレンズ設計と製造技術で高い解像性能ときれいなボケ味の両立を達成したのが、ソニーの「G Master」レンズシリーズです。直球勝負というか、正統派な思想ですね。
0.01ミクロン単位という高い精度で管理することで生まれたとされる「XAレンズ(超高度非球面レンズ)」が、「G Master」レンズの高い光学性能の肝になっているそうです。筆者は、「G Master」レンズの設計者にインタビューをさせてもらったことがありますが、「XAレンズ」の詳しいことは一切が秘密で、結局どうしてこんなにすばらしい描写のレンズができるのかわかりませんでした。
α7 IV、FE 70-200mm F2.8 GM OSS II、ISO125、F2.8、1/80秒、ホワイトバランス:オートホワイトバランス、クリエイティブルック:ST
撮影写真(7008×4672、18.2MB)
しかし、「高い解像性能ときれいなボケ味の両立」のうたい文句は使ってみればすぐに納得できます。上に掲載した作例は、結構いじわるな条件で撮影したにもかかわらず、ピント面の解像感はあくまで高く、前後のボケ味は難しいシーンでも破綻することなく滑らかできれいです。
アンダーコレクションのレンズや、APDフィルター内蔵のレンズに比べると、すべてが完璧なボケ味というほどではないように感じるところもありますが、技術力だけでこのボケ味が可能というのなら、むしろ混ぜ物のない純粋さに美学を感じてしまいます。
「G Master」レンズはいずれもきれいなボケ味を楽しめます
「G Master」レンズは、ソニーのラインアップの中では比較的新しく登場したレンズ群ですが、最近では、今回試用した「FE 70-200mm F2.8 GM OSS II」のように進化形のII型が登場しています。そのどれもがきれいなボケ味を実現しているため、「G Master」のレンズを買えば解像性能にもボケ味にも困ることはないという安心感があります。ソニーユーザーなら1本は手に入れておきたいレンズですね。
「きれいなボケ味」とは、結局のところ、球面収差をコントロールすることでできる、エッジのとれた滑らかなボケ像のことだと理解してもらってよいかと思います。エッジのとれた滑らかなボケ像が集合すれば、被写体の形を残したボケでも溶けるように滑らかに美しくなります。
ところが、球面収差のコレクション(補正)がアンダーすぎたりオーバーすぎたりすると、肝心のピント面の解像性能が低下してしまいます。そこでピント面の解像性能と後または前のボケ描写とのバランスをとることになります。そのバランスの加減は“無限”といってもいいくらいで、結果的に、世の中にはさまざまなボケ味を持ったレンズがあるのです。そのなかで自分の好みにあったボケ味が「きれいなボケ味」になるということではないでしょうか。
ありがたいことに、日本のレンズメーカーは、昔からボケ味について造詣が深く、球面収差を調整できる機構を搭載したり、APDフィルターを内蔵したりするレンズを発売してくれています。これらは「きれいなボケ味」とは何かを知るうえで貴重な存在ですので、ボケ道をたしなむのであればぜひ一度使ってみたいところです。
さらに、ソニーから「高い解像性能ときれいなボケ味の両立」をうたう、「G Master」レンズシリーズが登場したおかげで、正統派の「きれいなボケ味」に対する意識はますます高くなったように思えます。「G Master」レンズの登場によって、下位クラスのレンズも全体的な描写性能が底上げされ、また他社も負けまいと……と思ったかどうかはわかりませんが、同等、あるいはそれ以上の性能のレンズを発売しています。
とはいっても、最後に「きれいなボケ味」を決めるのは主観によるところが、なお大きいと思います。最新のレンズは明らかに性能が向上しており、ボケ味についても良質なものが増えてきています。そのなかで自分の好きなボケ味を探す旅は今後も続けていきたいものです。
信州大学大学院修了後に映像制作会社を経てフォトグラファーとして独立。2010年に関東に活動の場を移し雑誌・情報誌などの撮影を中心にカメラ誌などで執筆もしている。写真展に「エイレホンメ 白夜に直ぐ」(リコーイメージングスクエア新宿)、「冬に紡ぎき −On the Baltic Small Island−」(ソニーイメージングギャラリー銀座)、「バルトの小島とコーカサスの南」(MONO GRAPHY Camera & Art)など。