最近、人気が高まっているアドベンチャー系バイクに、期待せずにはいられないニューモデル「Ténéré700(テネレ700)」が加わった。自動車のSUVのようにオフロードも含めたさまざまなシーンに対応し、冒険をするような気分で長距離ツーリングをこなせるのがアドベンチャーモデルの特徴だが、日本国内ではオンロード向けの足回りを採用したモデルが主流なため、そこまで本気で未舗装路を走行できる現行モデルは少ない。そんな中登場したテネレ700は、より本格的なオフロード性能を備えており、プロモーションビデオなどでもオフロードをガンガン走る姿が映っているのだから、否が応でも期待感は高まる。今回は、そんなテネレ700に乗り、街中から未舗装の林道までたっぷり乗り味を確かめてきた。
「テネレ」とは、アフリカの遊牧民の言葉(トゥアレグ語)で「何もないところ」を意味するとともに、サハラ砂漠の中南部一帯を指す呼称でもある。そんな、テネレの名を冠した初のモデルが登場したのは、1983年のこと。1979年に開催されたパリ・ダカールラリー(以下、パリダカ)の第1回で優勝し、翌年にも上位を独占する活躍を見せた単気筒車「XT500」の排気量をアップするとともに、長距離を走るために30Lの大容量タンク、アルミ製リアアームなどを装備したレーシングマシン「XT600 Ténéré」だ。1982年のパリショーで披露された時から高い注目を集め、1985年に参戦したパリダカで2位に入賞。ラリーレイド人気の高い欧州では、特に大きな人気を博した。
かつてアフリカで開催されていたパリ・ダカールラリーで見られた、一面に広がる砂漠の中を疾走するシーンを思い起こさせるようなネーミングとされた「XT600 Ténéré」
しかし、3度目の優勝にはなかなか届かない状況が続く。次第にラリーが高速化していき、XT600 Ténéréのような単気筒車は苦戦を強いられるようになったのだ。そこで、ついに1989年に発売した2気筒エンジンの市販車「XTZ750 Super Ténéré」をベースとしたレーシングマシンが開発された。すると、そこからヤマハの快進撃が始まる。1991年から1998年の8年間に7回もの優勝を果たしたのだ。
ヤマハにとって9度目の優勝となった1998年のパリダカ。写真は「XTZ850TRX」で参戦したステファン・ペテランセル
実は、このような輝かしい栄光をつかみとる大きな要因となったキーテクノロジーが、この期間に誕生している。それが、2つのシリンダー(気筒)の爆発間隔を270度ズラすことで爆発が不等間隔となり、オフロードでのトラクション性能(駆動力を路面に伝える力)を向上させる「270度クランク」。最初に市販車「TRX850」に採用し、その翌年、1996年にレーシングマシンに導入したところ、大きな効果を発揮したのだ。このような実績もあり、その後のヤマハ製2気筒マシンでは、270度クランクを採用したエンジンが定番の型式となった。
270度クランクが最初に搭載された市販車「TRX850」はオフロードマシン。そこからオフロードを走行するレーシングマシンに採用されたのもおもしろい
ヤマハにとって「テネレ」はオフロードレースシーンでの栄光を象徴するマシンではあるものの、今回紹介する「テネレ700」が注目されている理由は、オフロード性能が高いからだけではない。長距離ツーリングをこなせるアドベンチャー系のマシンは1,000cc以上のエンジンを搭載しているモデルが多いが、日本国内のツーリングでは、オフロードでもオンロードでも持て余す場面が少なくないのが実状だ。それに対し、テネレ700のエンジンは688cc。車重も205kgと、アドベンチャー系マシンとしては軽量なため、ツーリング先でも取り回しがしやすい。日本国内のツーリングなどで使用するのに、ちょうどいいサイズ感なのだ。加えて、前述のとおり、エンジンには270度クランクが採用されている。もとは、同社のオンロードマシン「MT-07」に搭載されていたもので、扱いやすさとパワフルさのバンスにすぐれており、非常に評価が高い。そんなエンジンを備えたテネレ700に、おのずと期待が高まるのは当然だろう。
サイズは2,370(全長)×905(全幅)×1,455(全高)mmで、車重は205kg。アドベンチャー系マシンとしては細身で軽量だ
タンクの容量は16L。アドベンチャー系のマシンとしては小さめだが、細身でニーグリップしやすい形状とすることを重視していることがうかがえる
エンジンの最高出力は、MT-07に搭載されていたものより1PSダウンした72PS。最大トルクも1Nm抑えられた67Nmとなっているが、基本設計は同一
高速走行時の風を防ぐウインドスクリーンをはじめ、アドベンチャー系らしい装備が目立つスタイリングにもテネレシリーズらしい個性や細かな配慮が感じられる。ヘッドライトは4つのLEDが並んだ個性的なデザイン。最近のヤマハ車は個性的なフェイスデザインが増えてきたが、テネレ700もオフロードだけでなく、街中でも目立ちそうなルックスだ。
LEDのヘッドライトはロービームでは2灯、ハイビームでは4灯すべてが点灯する
メーターパネルの左右まで透明になったウインドスクリーンは、車体近くの路面状況が確認しやすい
メーターは大型で視認性の高い液晶ディスプレイを採用。回転数はバー表示され、ギアポジションも確認できる
メーター横にはシガーソケット形状のDCジャックも装備。走行中にスマホの充電などが可能だ
最近は装備されないことも多いヘルメットホルダーも完備。タンデムステップのステー部分に装備するスタイルはユニークだ
ツーリング時に荷物をくくり付けやすくするため、シート後部にロープを引っかけるスペースを確保したボルトを装備
足回りは、オフロード走行を強く意識したもの。ホイールサイズはフロントが21インチ、リアが18インチと、一般的なオフロードバイクと共通だが、オンロード寄りのサイズを採用していることの多い他メーカーのアドベンチャー系マシンとは一線を画する。サスペンションも倒立式のフロントフォークは210mmというオフロードバイク並のストロークを確保しており、ちょっとしたジャンプならこなせてしまいそうなスペックだ。
フロントのタイヤサイズは90/90-21M/C。純正で装着されているピレリ製「SCORPION RALLY STR」タイヤはブロックがそれほど高くないが、よりオフロード志向のブロックが高いタイヤを購入し、変更することも可能。その際にフェンダーを少し上方にズラせるようにネジ穴は長穴となっている
車格を考慮してダブルディスクブレーキを採用しているが、軽量なウェーブタイプとすることでバネ下重量の低減にも配慮。キャリパーは制動力・コントロール性ともに定評のあるブレンボ製だ
150/70 R18M/Cサイズのリアのタイヤは、フロントと同様にアドベンチャー系マシンによくあるチューブレスタイプではなく、一般的なオフロード車と同じチューブタイプとなっている
見るからにストロークの長いフロントフォーク。43mm径の倒立式で、減衰力は圧側・伸び側ともに調整できる
リアサスペンションも、減衰力とプリロードを調整可能なフルアジャスタブル。新設計のリンク機構で、一般道での乗り心地とオフロードでの路面追従性を両立している
オフロード走行に対応するため、エンジンの下側には大型のアンダーガードが装備されている
ステップ部分にはゴムが装着されているが、このゴムを外せばオフロードマシンのような金属製ステップとして使える
ハンドルはオフロード車に採用される幅広のアルミ製テーパーバー。ナックルガードも装備される
シートも、オフロードマシンのような細身の形状。しかし、ツーリングでの使い勝手にも配慮し、前後が分割されたタイプとなっており、後部シートの下にはETC車載器などを収納できるスペースも用意されている
テネレ700はオフロードでの走行性能が取り沙汰されることが多いが、基本はアドベンチャーモデル。ツーリングに行った先で出会った未舗装路などを走るという使い方が一般的だろう。そこで、まずは街中で扱いやすさや乗り心地を確認したのち、高速道路を使って少し郊外まで足を伸ばし、未舗装の林道なども走ってみた。
シート高が875mmとオフロードマシン並みなため、身長175cmの筆者がまたがると両足のつま先は拇指球のあたりがやっと接地する程度。ただ、車体が細身でバランスがいいため、片足で支えるのも苦にならない
筆者はテネレ700と同じエンジンを搭載した同社のオンロードマシン「MT-07」に試乗したことがあり、その特性のおもしろさに感心したものだが、テネレ700で街中を走り回ってみても、やはり、このエンジンはとても印象がいい。270度クランクによるトラクションのよさはオンロードでも感じられ、どの回転域からでもアクセルを軽くひねれば路面をしっかりと蹴ってくれるような加速感が味わえる。加速は非常に元気がいいが、思った以上に車体が押し出されてしまうようなこともなく、街乗りでも扱いやすい。
路面をしっかりと捉えてくれるトラクション性能は舗装路でも安心感が高く、エンジンの鼓動感も心地いい
排気音は歯切れがよく、元気のいいサウンドを響かせる
車体は、205kgという車重よりも軽量に感じる。車体のバランスがすぐれていることと、容量の小さいガソリンタンクは満タンにしても重量増が少ないことが関連しているのだろう。そんな車体を操って曲がるコーナーでは、オンロードマシンのように体を内側に入れるリーンインの姿勢でも問題なく曲がれるが、個人的にはオフロードマシンのように体を外側に残すリーンアウトの姿勢のほうがしっくりくるように感じた。タイヤが細身で径が大きいため、倒し込む操作は軽快で、それでいてバンクさせた状態での安定感も高い。純正装着のタイヤはオフロード走行を意識したものだが、オンロードでのグリップ感も十分だ。
軽快にバンクさせられる特性なので、街中の何気ないコーナーも曲がるのが楽しい。街乗りでの使い勝手や乗り心地は良好だ
高速道路に入ると、ウインドスクリーンのありがたさを感じる。アドベンチャー系マシンとしては小ぶりだが防風効果は十分で、体に当たる風を低減してくれる。ただ、ハンドル幅が広いため、腕に当たる風は結構強く感じた。エンジンパワーは高速走行でもまったく不足はなく、巡航から追い越し加速に入る際もシフトダウンせずにアクセルを開け足すだけで十分。街乗りで感じたエンジンの鼓動感も回転数が上がると影を潜め、トップエンドまでなめらかに回る。高回転でのフィーリングも良好なエンジンだ。
標準で装備されているウインドスクリーンは小さめだが、体に当たる風は十分防げる
そして、いよいよオフロードに突入。砂利が敷き詰められた路面に、ところどころ荒れたところもある林道を走ったのだが、街乗りでも感じたバランスのよさがさらに光る。トラクションコントロールや走行モードの切り替えといった流行りの電子制御はABSしか搭載されていないので、タイヤのグリップなどは自分でコントロールしなければならないが、270度クランクのトラクション性能がすぐれているため、筆者レベルの腕でも操りやすい。リアタイヤが少しすべりそうな状況では、ライダーの体にその情報が伝わってくるので、少しだけアクセルを戻したり、逆にトラクションがもう少し欲しい時はアクセルを開け気味にしたり、バイクを通して路面と対話するような感覚が味わえた。オンロード志向のアドベンチャーモデルの場合、車体の重さやタイヤのグリップが気になり、未舗装路は“通過するだけ”になってしまうこともあるが、テネレ700はオフロードを積極的に楽しむことができる懐の深さを持っている。
透過部分の多いスクリーンは路面状況が確認しやすく、オフロードでは非常にありがたく感じた
唯一の電子制御機構であるABSもオフにできる。積極的にブレーキングでリアを流したりする場合はオフのほうがいいが、今回はオンのままで走行した
個人的に気に入ったのはブレーキのタッチ。制動力が高すぎるブレーキはオフロードではあまり積極的に握れないこともあるが、マスターシリンダーまでブレンボ製とされたテネレ700は、非常にコントローラブルで安心して握れた
走行性や操作性は快適そのものだが、エンジンのクランクケース部が車体から少し張り出しているのが気になった。車体をスリムにすることにこだわった結果だと思われるが、走行中にニーグリップしようとするとクランクケース部に足の内側が当たり、熱が伝わってくるのだ。オフロードブーツなどを履いていれば熱さを感じないので、乗車する際には少し工夫が必要かもしれない。
普通の靴では熱がガードできないので、足の内側がかなり熱い
テネレ700のキャパシティの大きい本格的な足回りや高いトラクション性能、すぐれた車体バランスなどは、本格的なオフロード走行に対応するために作り込まれたものだが、その恩恵は街乗りでも感じることができた。“どんな道でも走れそう”なことがアドベンチャー系マシンが人気を集める理由のひとつだが、テネレ700なら本当にどんな道に出会っても走っていけそうだ。そういう意味では、自動車にたとえるとSUVというより、「ジムニー」や「ランドクルーザー」のようなクロスカントリーモデルに近いといえるだろう。
もちろん、オフロードを走らない人でもそのメリットは十分に享受することができる。バランスにすぐれた車体やコントロール性の高いブレーキは、どのようなシーンでも安心して走行可能。とはいえ、テネレ700に乗るなら少しでもいいので未舗装路に連れ出してみてほしい。オフロードを走ったことがなくても楽しさが味わえ、バイクの楽しみ方の幅が大きく広がるはずだ。
ちなみに、本格的なオフロードを走らないのであれば、足つき性を優先し、スタンダードよりもサスペンションを18mm下げた「ローダウンリンク」と、20mm薄い「ローシート」を装備したアクセサリーパッケージ「Ténéré700 ABS Low」を選ぶという手もある。
「Ténéré700 ABS Low」はシート高がスタンダードより計38mm下がった837mmとなるので、街中だけでなくオフロードでも安心感が高い。価格はスタンダードと同じ1,265,000円(税込)
カメラなどのデジタル・ガジェットと、クルマ・バイク・自転車などの乗り物を中心に、雑誌やWebで記事を執筆。EVなど電気で動く乗り物が好き。