世界の自動車メーカー各社がパワートレーンの電動化や自動運転化の推進にひた走る中、クルマ(や運転行為)が好きな人にとっては、変速を手動で行うMT(マニュアルトランスミッション)の古典的な魅力が再注目されています。
変速はおろか、ハンドル操作もオートマ化されつつある今の時代に、わざわざMTを選ぶ理由は性能や効率の追求ではありません。変速を手動で行うことによって得られる、楽しさや気持ちよさを味わうことが主目的です。内燃機関の原動機を積んだクルマを手動で変速させて走らせることが許されるうちに、これを楽しんでおきたいと、今注目が集まっているのです。
今回紹介する“イチオシMT車”は、ルノー「トゥインゴ」。ルノーのエントリーモデルにあたるコンパクトカーで、今も「S」という最廉価グレードはMTのみの設定。搭載される3気筒エンジンの排気量は1リッターに満たず、ターボも付かないので73馬力しかありませんが、MTなら限られたパワーを1滴残らず使い尽くす喜びが得られます。
トゥインゴ Sと筆者
まず、トゥインゴで注目したいのは、エンジンが荷室の下あたりに積まれる「RR(リアエンジン・リアドライブ)」という、コンパクトカーでは極めてまれなレイアウトを採用している素性。クルマの構成パーツの中で、もっとも重いとされるエンジンを後ろに積み、荷重をかけやすくした後輪を駆動することにより、確かなトラクションを確保します。「RR」は、伝統的なスポーツカーのポルシェ「911」が長年にわたり採用し続けるレイアウトでもあり、クルマ好きが一目置く成り立ちと言えるのです。
エンジンを後ろに積むと荷室や後席が狭くなってしまうので、実用性重視のコンパクトカーとしてはデメリットが大きすぎるために敬遠されますが、ルノーはコンパクトカーのトゥインゴであえてRRレイアウトを選択。2ペダルのAT車には少しパワフルなターボを付けるのに対して、MT仕様ではより非力な自然吸気エンジンを積むところに、ルノーの狙いが見えてきます。ルノーは、非力なエンジンを積むことによって、RRレイアウトのMT車の気持ちよさを満喫してもらおうとしているのです。
トゥインゴSの運転席まわり
トゥインゴSのシート
メーターパネル。タコメーターは装備されません
乗ってみると、MTを駆使して限られたパワーを使い尽くす楽しさが堪能できました。小さく非力なエンジンながらも、アクセルを踏み込むと後輪がグッと踏ん張って車体を前に押し出そうとする「RR」ならではの感覚が明確に得られ、起伏の激しい山道でも、意外と物足りなさを感じません。
3気筒1リッターエンジンがもっとも力強いトルクを発揮する領域を探りながら、そのスイートスポットを常に保てるようギヤチェンジに没頭するひと時は、クルマ好きにとってはまさに至福です。
ストローク量が大きめの独特のシフト。しかしフィーリングは良好です
ABCペダル。右ハンドル化による配置の違和感はほぼありません
さらに、駆動力から解放された前輪の清々しい手応えもまた格別。前輪は165/65R15サイズと幅が細く、見るからに頼りない雰囲気ながら、想像以上の安定感を確保しながら軽快なコーナリングが楽しめることに驚かされるでしょう。切れ角が大きいので、軽自動車並みの小回りのよさも発揮。
タイヤサイズは、前:165/65R15 後:185/60R15
前輪は駆動を担わずに済むことにより、加速中でも曲がるためのグリップ力を最大限に発揮できるので、存外に頼もしい踏ん張り感をともないます。アクセルを踏むと後輪が、ハンドルを切ると前輪がしっかり踏ん張る様子が伝わるのです。当たり前のような話ですが、この感覚が濃厚に得られるコンパクトカーはほかにありません。
(トゥインゴの兄弟車と言える「スマート・フォーフォー」も、RRレイアウトならではの気持ちよさが味わえますが、MTで味わえるのはトゥインゴのみ)
試乗車のボディカラーは「ジョン マンゴー」(マンゴー色の黄色)
運転支援システムのたぐいは一切装備されませんが、トゥインゴ「S」は車両本体価格が179万円という、輸入車としては圧倒的な安さも大いに魅力的。一般的なコンパクトカーと比べるとやや狭いとはいえ、後席や荷室も普通に備わるので、大人2名までなら実用性も十分。
世にも希少な「RRレイアウトのコンパクトなMT車」ならではの甘美な世界、ぜひ味わってみてください。
本記事の試乗の模様は動画でもご覧いただけます。
1973年大阪生まれの自動車ライター。免許取得後に偶然買ったスバル車によりクルマの楽しさに目覚め、新車セールスマンや輸入車ディーラーでの車両回送員、自動車工場での期間工、自動車雑誌の編集部員などを経てフリーライターに。2台の愛車はいずれもスバル・インプレッサのMT車。