これから先の時代も、可能な限り内燃機関を動力とするクルマに乗り続けたいと欲する自動車ライター、マリオ高野です。CO2の排出量を減らすなどして環境性能を高めながらも、これまでのように、“エンジンフィール”の気持ちよさがしっかり味わえるクルマが継続されることを願ってやみません。そんな願望を抱く、やや古いタイプのクルマ好きでも歓迎できる、新しいパワートレーン搭載のクルマが増えてきました。
そのひとつが、ルノーの「アルカナ」。一見すると4ドアクーペ的なスタイリッシュさがウリの都会向けSUVで、いかにも“今時のオシャレ輸入車”という感じ。国内仕様はハイブリッドのみで、日本車の感覚からすればごく普通に思えてしまいます。
しかし、実は欧州車(輸入車)としては初めてフルハイブリッドシステムを搭載したクルマということで、世界の自動車業界的には、オドロキの大注目株だったりするのです。
全幅は1820mmで、中型SUVとしては手ごろなサイズ感。日本の狭い道でも、もてあますことはありません。サスペンションは、快適性重視の穏やかなセッティング
日本では本格的なハイブリッド車が大普及してすでに久しいものの、これは日本特有の事象であります。いわゆる「ストップ&ゴー」が多く、平均速度が世界随一の低さを誇る日本の交通事情にハイブリッドシステムはとても向いています。日本では爆発的に広まりましたが、しかし、高速移動が主体の欧州ではほとんど乗られていません。高級車や大型SUVにはハイブリッドの設定があるものの、それらは日本車でいう「マイルドハイブリッド」と呼ばれる類いのもので、電気モーターは補助的な役割を担う程度としてきました。
日本のハイブリッド車を見ても、もっとも燃費がよくなるのは回生ブレーキによる充電がしやすい市街地での走行であり、ほとんど止まることのない高速巡航を続けると、非ハイブリッド車よりも燃費が悪化する傾向があります。電気のなくなったハイブリッド車は、駆動用バッテリーがただの“おもり”と化してしまうからです。
そこで、ルノーは「E-TECH HYBRID」と呼ばれる新しいハイブリッドユニットを独自開発し、高速巡航時でもハイブリッドのメリットを生かすことを実現。これを初めて搭載したのがアルカナでした。
駆動方式はFFのみながら、最低地上高は都会向けSUVとしては余裕のある200mmを確保。全高は1580mmと、比較的低め
クーペ的なフォルムながら、荷室はハッチバック車への期待を裏切らない容積(5人乗車時で480L)を確保。WLTCモード燃費は輸入車SUVトップの22.8km/L
「E-TECH HYBRID」は、発進時から低速走行までは電気モーターのみが駆動力として使われ、市街地ではほとんどEV状態で走ることができます。バッテリーの電気残量が少なくなる、あるいは高いトルクが必要となるとエンジンが始動しますが、エンジンはほとんど充電のために稼働。ここまでは日産の「e-POWER」に似ていると感じるものの、e-POWERとは異なり、アクセルを強く踏み込んだ時や高速走行になると、エンジンは充電だけではなく駆動力としても働くようになります。
駆動用と発電用の2つのモーターを組み合わせるシステムとしては、どちらかというと、提携する日産のe-POWERよりホンダの「e:HEV」に近いシステムと言えるでしょう。
高速道路での加速時には「エンジンがクルマを加速させている」という感覚が明確に伝わり、巡航中は従来のガソリン車と同じになるので、「エンジンは発電機の脇役に成り下がった」という感覚はありません。
搭載される4気筒1.6リッターエンジンはハイブリッド向けに少し出力を控えめにしていますが、回転フィールは活発にて、昔ながらの“欧州テンロクユニット”らしい快音と、心地よい振動が得られるところがクルマ好きとして泣けるポイント。大幅な電動化を進めてもなお、エンジンの存在感がしっかり得られるのはうれしい限りです。
ややハイスピード気味の高速巡航ではエンジン駆動のみとなりますが、高速域でもEV状態になる場面が意外と多く、高速巡航時の低燃費が期待できます
マニュアルモードは備わりませんが、エンジン側に4段、モーター側に2段のギアがあり、12通りの変速比で切れ目のない動力を発揮します
運転席重視の設計とデザイン。430万円の輸入車としては満足度の高い質感を備えます。最小回転半径は5.5mで、取り回しは悪くありません
昔のフランス車のイメージからすると普通のシートになりましたが、それでも今の日独米の同クラスの中ではボリューム感や厚みがあり、らしさの継承を感じます
国産のハイブリッド車は、動力性能と燃費性能に不満はなくとも、フル加速時には気持ちが萎える類いの残念なエンジンフィールしか得られないクルマが今も少なくありませんが、ルノー初の本格ハイブリッド「E-TECH HYBRID」には、その残念さや懸念がないのが感動的なのでした。
また「ドッグクラッチ」と呼ばれる、本来はレーシングカー専用の機構が組み込まれている点も、クルマ好きがグッときてしまうポイントです。変速時にギアを同調させるシンクロがなく、シンプルで軽量、コンパクトという利点のあるドッグクラッチを、ハイブリッドシステムに生かしたのは実に画期的。レーシングカーやチューニングカーでは変速時に強いショックが出てしまいますが、電気モーターと組み合わせる「E-TECH HYBRID」では衝撃や振動はほぼ皆無にてご安心ください。
タイヤサイズは215/55R18。SUV向けらしいエアボリュームの豊かさを感じさせますが、コーナリングで頼りなさを感じることはありません
エンジンと電気モーターの動力をフルに発揮させても、圧倒的な加速力を発揮するタイプではありませんが、十分な速さを感じさせるレベルの力強さを得られます
アルカナのクルマそのものの走りの特性は、基本的には実用車らしい穏やかなもので、取り立てて高いスポーツ性を感じるものではありませんが、ルノー車らしい骨太感や、ドライバーの意思に忠実に反応する素直な操縦性は、多くのクルマ好きや運転好きの人にとって、心地よいものです。
「E-TECH HYBRID」は、アルカナを皮切りに「ルーテシア」(欧州名クリオ)と「キャプチャー」にも順次搭載されました。スムーズでレスポンスが素早く、かつダイレクト感の高いパワートレーンなので、高速走行時やスポーティーに走らせた時のアクセルワークが心地よいハイブリッドシステムとして、今後の展開に大いに注目したいと思います。
この試乗の模様は動画でもご覧いただけます。
1973年大阪生まれの自動車ライター。免許取得後に偶然買ったスバル車によりクルマの楽しさに目覚め、新車セールスマンや輸入車ディーラーでの車両回送員、自動車工場での期間工、自動車雑誌の編集部員などを経てフリーライターに。2台の愛車はいずれもスバル・インプレッサのMT車。