2022年7月に発表され、「海外にも打って出る!」と宣言したトヨタの新型「クラウン」。これまで、日本専売モデルとしてトヨタの看板を背負っていた「クラウン」だが、現在の市況やニーズに応じてクルマ作りが大幅に見直されたのだという。メーカー事情に詳しいモータージャーナリストの渡辺陽一郎氏に、自動車ライターのマリオ高野が話を聞いた。
渡辺陽一郎氏(左)とマリオ高野(右・筆者)。発表時には自動車メディアのみならず、世間を騒がせた新型「クラウン」について、業界の大先輩と意見交換しました
マリオ高野:
夏に公開された新型「クラウン」、その大激変ぶりに驚きました。同時に、ワールドプレミアライブ配信の視聴者数と、賛否コメントの量が膨大に多かったのも印象的です。長らく販売台数は低迷、つまり人気は下降したように見えても、「クラウン」というクルマの注目度は、今もなお高いのですね。
渡辺陽一郎:
まさに、新型クラウンの真の狙いは、「クラウン」という名前を守る」ということにあります。新しくなったクラウンには4種類のボディタイプが用意され、メインはSUVタイプ。駆動方式がFF(前輪駆動)になるなど、これまでのクラウンではありえなかった新しい試みがいろいろとありますが、根底に流れるのは「クラウンの名前を残したい!」というメーカー側の強い思いなのです。
新型「クラウン」には4種類のボディタイプが用意されます。豊田章男社長は「このクルマで私は、もう一度世界に挑戦する」と決意を表しました
渡辺陽一郎:
トヨタのクルマの多くは昔から、生まれては消えるを繰り返してきました。市場のニーズが下がって人気がなくなり、次世代に存続させる商品的な価値がなくなったら、消滅させるのは当然のことでしょう。また、「コロナ」は「プレミオ」、「カリーナ」は「アリオン」、「マークII」は「マークX」になるなど、基本コンセプトを継承しながらも方向性を微修正し、車名を変えるケースも多くみられます。
マリオ高野:
そう思うと、「クラウン」は15世代も続いてきたとはいえ、時代の移ろいとともに役目を終えて終了、もしくは名前を変えるという判断がなされてもおかしくなかったはずですが、「クラウン」だけは別格で、名前を残したかったと?
渡辺陽一郎:
そうです。トヨタブランドとしての歴史は、厳密には「ランドクルーザー」のほうが古いのですが、クラウンはトヨタの乗用車の中では最長の歴史を誇るブランド。かつては屋台骨でもあり、今の繁栄の礎を築いたクルマですから、トヨタとしてはなんとしても名前を残したい。新型の開発は、その思いから出発していると考えたほうがいいですね。
マリオ高野:
かつては「マークII」で「名前以外はすべて新しい」というCMコピーを使いながら、ガチガチのキープコンセプトのモデルチェンジを行うなど、高級サルーン系は変革させるのが最も難しいジャンルなのだと思います。「クラウン」も、12代目では「ゼロクラウン」と称するなど、過去のモデルチェンジでユーザー層の若返りを何度も図ってきましたが、結局は昔ながらの客層が根強く支持し続けたことで存続してきましたよね?
渡辺陽一郎:
今回の新型「クラウン」は、そういった過去とは決別し、すべてを刷新して生まれました。高級車という位置付けは継承させるも、セダンのみだと需要がなさすぎる。国内市場だけだと、「ノア」&「ヴォクシー」ぐらい多くの台数が出ないと厳しいから海外市場でも拡販して、毎年20万台ぐらいは海外で売りたい。そうすると、これからの時代は必然的にSUVを軸にするしかありません。とはいえ、SUV1車種だけだと過去のクラウンとのつながりがなさすぎるし、トヨタのほかのSUVとの違いも出ないからバリエーションは必要。そこで、SUV風の「クロスオーバー」、ワゴンの「エステート」、ややカジュアルな「スポーツ」、伝統的な「セダン」の4種類を展開するわけです。
2022年に発売される「クラウン クロスオーバー」
俊敏でスポーティーな走りが楽しめるという新型「クラウン スポーツ」
上質さや快適さが追求されているという新型「クラウン セダン」
アクティブライフを楽しむことができるという新型「クラウン エステート」
マリオ高野:
セダンのみFRレイアウトを継続ということですが、従来型の保守的な「クラウン」ユーザー層の受け皿として残したのでしょうか?
渡辺陽一郎:
セダンを残したのは、法人需要をカバーするのが狙いでしょう。セダン需要は1990年代の10分の1以下に減ったとはいえ、レクサスではないトヨタブランドの高級セダンの法人需要は一定数残っていますから。
マリオ高野:
「クラウン」という名前は残るけれど、昔ながらのクラウンを好んだユーザーは、ある意味切り捨てられるということでしょうか? 4年ごとのモデルチェンジのたびにセールスマンを自宅に呼んで、律儀に乗り換えてきたような伝統的な「クラウン」オーナーも、そろそろ免許返納の世代となり、ターゲットユーザーとしては厳しいのでしょうが……。
渡辺陽一郎:
伝統的なモデルを継続してきたクラウンも、ひとつ前の先代モデルで転機を迎えましたよね。走りをよくして幅広い層に訴求するも、若い世代はそもそもセダンのクラウンを買ってくれない。いっぽう、「ロイヤルサルーン」など伝統的なグレード名がなくなったことで、既存の「クラウン」ユーザー離れも顕著になってしまった。
マリオ高野:
先代モデルは「ニュルブルクリンクで走りを磨いた」などと高性能化をアピールしていましたが、歴代「クラウン」ユーザーにはまったく響かなかったように思います。「クラウン」オーナーたちは、ニュルのラップタイムより、日本の狭い道で運転しやすい高級車という要素を求めているはずで……。
渡辺陽一郎:
「クラウン」は歴史が長いだけに、なかなかイメージを変えられない難しさがありますよね。トヨタ社内でも「理想のクラウン像」みたいなものが重役の人それぞれにあって、歴代モデルの開発時には、あちこちからさまざまな横やりが入ると言われます(笑)。
しかし、今回は豊田章男社長キモ入りの大変革なので、そういう抵抗勢力はいなかったものと推察できます(笑)。「クラウン」という名前を残すためならどんなことをしてもよい、くらいの勢いで進められたのではないでしょうか。
「クラウン クロスオーバー」のインパネ。歴代ユーザーはどのような印象を抱くのでしょうか
マリオ高野:
「クラウン」という偉大な名前を残しながら、時代に合わせたクルマに変えていく。昔ながらの「クラウン」らしさがなくなる寂しさはありますが、すべては必然の大変革というわけなんですね。インターネット上で批判的なコメントを残している人は、私のように「クラウン」を買う客層ではないけど、ひとりのクルマ好きとしてアレコレ言いたくなる人たちなのだと思いますが。
渡辺陽一郎:
実は私も、いくら名前を残すためとはいえ、今度の大変革はちょっと早すぎたのではないかという気がしています。「クラウン」は過去のモデルチェンジでもたびたび変革を図ってはいますが、実はどれも劇的には変わっていません。先代モデルの変化は中途半端だったので、もう1〜2回セダンをメインのモデルとして「ロイヤルサルーン」を復活させるなど、往年のらしさを強める方向でもよかったのではないかと私は思っています。
やはり「クラウン」の持ち味は「高級」ですから、それを発揮させるには3ボックススタイルのセダンが最適です。そこに先進的なパワートレーンを搭載するなどして、もう一度だけ昔に戻す形で頑張ってみてほしかった。それでもダメだったら、SUVメインに切り替えてよかったのかな、と。
「クラウン クロスオーバー」に試乗した渡辺氏。ボディサイズが大きな割によく曲がるという印象
マリオ高野:
まだ新型「クラウン」に乗ったりしていないので、現状ではハッキリ言えませんが(2022年10月現在)、新しい「クラウン」のクロスオーバーは、ほかのクロスオーバーと比較して「クラウンらしさ」がどこまで表現されているかに注目です。ただの“よくできた上質なSUV”ならほかにも選択肢はあるわけですから。歴代「クラウン」には、国内外の競合車と比較して「クラウンでなければ」と選択する理由がいくつもありました。
あと、車格が下のトヨタのSUVとも比較して、「クラウン」へ乗り換えたくなるかどうか? という部分も重要だと思います。かつてのように、「コロナ」よりも「マークII」、「マークII」よりも「クラウン」という感じで、「RAV4」や「ハリアー」から乗り替えたくなる欲望がかき立てられるか否か?
昔と違い、右肩上がりよりもダウンサイジングが知的でエコとされる時代なので、かつてのヒエラルキーを再構築するのは無理なのでしょうが……。
渡辺陽一郎:
私もそこはとても大事だと思います。「いつかはクラウン」という言葉もあったように、多くの人はクラウンに乗ることを夢見て仕事を頑張っていたわけですから。「カローラ」よりも「コロナ」、「コロナ」よりも「マークII」……というかつてのヒエラルキーは、今ではしばしば揶揄されたり、笑い話にされたりしますけど、実はメーカーのみならず、ユーザーにとってもすごくよかったんですよ。自分の出世や躍進を、自分のクルマで表現できるわけですからね。「クラウン」が自宅の車庫にあるのは成功の証。愛車の車格が上がると、人生の階段を順調に上がっているのを実感できたわけです。今は、物価は上がっても賃金が上がらないなど、社会情勢が異なるとはいえ、クルマにそういうマインドや豊かさをイメージさせるべきだと思います。
マリオ高野:
「クラウン」という名前を残したい理由も、そこにあるのかも知れませんね。軽自動車やコンパクトカーの性能や質感が高くなったのはよいですが、そこで止まってしまうと今の時代のような閉塞感になってしまう気がします。環境負荷を思うと、エンジン排気量をダウンサイジングするのはよいとしても、クルマそのものをダウンサイジングし続ける人が多すぎるのは問題ですよね。
「クラウン」が市場で受け入れられるには、後席の快適性も必須条件。「クラウン クロスオーバー」の快適性やいかに
渡辺陽一郎:
愛車の乗り換えに、かつてのような“ストーリー性”を取り戻したいところですね。もちろん、小さなクルマでのカーライフにも幸福や豊かさはありますが、若い頃から歳を重ねてもハイトワゴン系の軽自動車ですべて完結してしまうのには、寂しさを禁じえません。子供が増えたらミニバンに行く程度で、自動車メーカーもそこに甘んじてしまうと、小さいクルマしか売れなくなってしまいます。自動車メーカーは、アップサイジングの魅力をイメージさせるような道筋を立てておかないと、客単価は上がらないし、社会全体の豊かさの多様性も損なわれてしまう。
その点において、トヨタはミニバンではうまいですね。新しい「ノア」&「ヴォクシー」は走りの質感がとても高く、装備面では車格が上の「アルファード」&「ヴェルファイア」を凌駕するところもありますが、質感や車格感では明確に差別化が図られています。いくら「ノア」&「ヴォクシー」がよくなっても、本質的に「アルファード」&「ヴェルファイア」を追い抜いたりはしません。
マリオ高野:
なるほど。たとえばポルシェにも、「ボクスター」&「ケイマン」は決して「911」の性能を超えないという不文律みたいなものがありますが、高級ブランドを維持するためには必要なことなのでしょうね。
渡辺陽一郎:
せっかく社をあげて「クラウン」という名前を残したのですから、「クラウン」ならではの魅力や満足感もしっかり高めてほしいですね。現状では、新型「クラウン」にはそれが今ひとつ見えてきません。話題性は高いので、販売の初速は伸びるのでしょうが、数年後、あるいは次世代モデルの未来像がハッキリしないので、そこは心配になります。「マークX ジオ」のようになってしまわないようにしてほしいですね。
「クロスオーバー」以外のモデルはまだ開発途上で、発売は「クロスオーバー」からになるというのはトヨタらしからぬ展開の仕方だと思いましたが、「クラウン」には専用の残価設定ローンを用意するらしく、後から出る「エステート」や「スポーツ」に乗り換えやすくしているところは用意周到です(笑)。
新型「クラウン」は、かなり特殊な事情に基づいて成り立っているクルマですが、「クラウン」という名前を残す意味と価値はあったと評価できる日がくることを願っています。
マリオ高野:
新型「クラウン」の成否には、トヨタのみならず、日本の自動車産業全体の未来がかかっているような気さえします。注目度の高さも納得ですね。本日はありがとうございました。
日本の車の未来像はどうなるのか……新型「クラウン」に期待したいところです
渡辺陽一郎(わたなべ・よういちろう)
自動車月刊誌の編集長を約10年間経験。「読者・視聴者の皆さまにケガを負わせない、損をさせないこと」が最も大切と考え、問題提起のある執筆・発言をモットーとする自動車ジャーナリスト
1973年大阪生まれの自動車ライター。免許取得後に偶然買ったスバル車によりクルマの楽しさに目覚め、新車セールスマンや輸入車ディーラーでの車両回送員、自動車工場での期間工、自動車雑誌の編集部員などを経てフリーライターに。3台の愛車はいずれもスバルのMT車。