自動車メディア歴21年において“史上最高の試乗”を味わってしまったライター、マリオ高野です。テストドライブ経験における「人生イチ」を更新しました。
そのクルマは、ポルシェ「718ケイマンGT4 RS」。ミッドシップスポーツカーの「ケイマン」の中でも「GT4 RS」は特別な存在です。サーキット走行やレースでの速さを第一のプライオリティに置いた、きわめて硬派なモデルで、いわば戦闘兵器のようなもの。
快適性や実用性は二の次三の次とされ、車体価格は約1,900万円(試乗車の価格は約2,700万円)という超高額スポーツカーでありながら、エンタメ性もさほど重視した設計にはなっていません。ただし“速さ”を純粋に追求した結果得られる“快楽”は途方もなく、ポルシェのエンジニアはそれを狙っているのだと確信しました。
まずはエンジン。4リッターという、現代のスポーツカーとしては大きな排気量の水平対向6気筒は自然吸気で、レッドゾーンはなんと9,000回転から! スーパーカーでも小排気量&ターボ過給で効率化や環境性能対応を図ることが当たり前の現代において、ありえない成り立ちと言えます。「タイカン」という富裕層向け電気自動車の販売を推し進め、未来のスポーツカー像を具現化しているポルシェは、いっぽうで真逆のパワーユニットを磨き続けているのです。おそらく人類史において最後の、9,000回転まで回る大量生産エンジンになることでしょう。それだけでも合掌せずにはいられません。
乗員の真後ろに搭載される水平対向6気筒エンジン。これにフレッシュエアを供給する吸気口から吸われた空気はドライバーの後ろに配置されるエアボックスに流れ込み、乗員はエンジンの吸気音を直接的に全身で味わうことができます
たたずまいは見るからに武闘派で、ボンネットやフェンダーは冷却や空力特性のための穴だらけ。アイドリング時のエンジン音量も現代のクルマとしては最大級です。11Jの20インチホイールに巻かれる極太なリヤタイヤを見ると、サスペンションは1ミリも上下動しないのではないか?とさえ思えるほどパツパツに、グラマラスなフェンダーに収まっています。
そんな過激な仕様だというのに、一般道をごく普通に走らせても、ドライバーに苦行を強いるようなことは思いのほか少ない! それどころか、自動車の運転行為に腹の底から本気で向き合いたいと欲するドライバーにとっては、全域において快適至極とさえ断言できるほどの快楽が得られるのでした。
ボンネットやフェンダー、インテーク各部などがカーボン仕上げとなる「ヴァイザッハパッケージ」は約200万円のオプション
カーボン製リヤウイングはスワンネック式。ル・マンの優勝マシンからフィードバックされた技術が生きています。標準の「718ケイマン GT4」と比べてダウンフォースは25%も向上しています
サスペンションは、当然ながら市販の乗用車としては最大級に引き締められ、リクライニングしないフルバケットシートを介して伝わる路面からの入力は、尻や背中というより、内臓や脊髄で感じられるほどにダイレクト。
なのに、減衰力を最もハードにした状態こそ最高の快楽が得られる設定だと感じました。このクルマの直下にだけ通常の5倍の引力が作用しているかのような、強力無比のダンピングと路面追従性のすさまじさは、ただただ快楽のひと言!
ステアリングの手応えは、削り出しの無垢の金属の塊が前輪に溶接されていると思えるほどソリッドかつダイレクトであり、直進時でさえも握る行為そのものが快楽の極みです。
トランスミッションは2ペダルの7速PDKですが、どんなクルマに対しても「MTがあればなおよし」とする筆者も、さすがに「GT4 RS」に限っては、MTは不要と思いました。シフトアップ/ダウン時の変速の切れ味の鋭さは完全にレーシングカーのそれであり、手動では模倣することが難しく、この快楽はMTでは得られないと感じたからです。
一般道のドライブでは500馬力もの最高出力を「自分でも引き出せる」と錯覚しそうになるほど従順です。ステンレススチール製スポーツエグゾーストシステムのテールパイプはチタン製。サウンドは大きめながら過剰な演出はなく、珠玉のエンジンの生音が堪能できます
そして、コーナリング中に得られる快楽もまた、陶然とするほかない甘美なものでありました。快楽の塊のような戦闘マシンなのに、低めの速度で普通に転がすだけでも途方もない満足感が得られるのです。これは予想だにしない、意外な美点です。それゆえに蛮勇を振るう衝動に駆られることは少なく(ないわけではない)、免許の剥奪を覚悟しながらアクセルを踏みたくなるようなこともないのでありました。
その使い方が正しいかどうかはさておき、これほどの戦闘マシンでありながら、近所のコンビニへ移動するだけでも「GT4 RS」の機械遺産的な魅力は十二分に味わえるでしょう。
「911GT3 RS」という、これよりもさらに車格が上の戦闘マシンがこの世に存在するのだと思うと、ただただポルシェブランドを畏怖するばかり。わずか90分ばかりのひとときながら、このクルマから得られる至福が味わえただけでも、この世に生を受けたことに感謝を噛み締めるほかありません。ありがとうございました!
PORSCHE
718CAYMAN GT4 RS
全長:4,456mm
全幅:1,822mm
全高:1,267mm
車重:1,415kg
トランスミッション:7AT[PDK]
駆動方式:後輪駆動
エンジン:4.0L水平対向6気筒
最高出力:500PS/8,400rpm
最大トルク:450Nm/6,750rpm
最高速度:315km/h
0-100km/h加速:3.4秒
車両価格:18,780,000円
試乗車価格:26,860,000円
1973年大阪生まれの自動車ライター。免許取得後に偶然買ったスバル車によりクルマの楽しさに目覚め、新車セールスマンや輸入車ディーラーでの車両回送員、自動車工場での期間工、自動車雑誌の編集部員などを経てフリーライターに。3台の愛車はいずれもスバルのMT車。