ルノー・ジャポンは、両側スライドドアにダブルバックドアを備えた同社のヒット車「カングー」をフルモデルチェンジし、2023年3月2日から販売を開始した。今回、その新型「カングー」に試乗したので、実車に触れた印象などをレビューしたい。
観音開きのバックドアが特徴的な、両側スライドドアを備えるルノー「カングー」がフルモデルチェンジ。プラットフォームの刷新によって、より乗用車ライクになった乗り心地のよさや使い勝手の高さなどを、ディーゼルエンジンとガソリンエンジンの2種類のパワートレーンに試乗しつつ、お伝えしたい
■ルノー 新型「カングー」のグレードラインアップと価格
-1.5Lディーゼルターボエンジン搭載車-
INTENS:4,190,000円
CREATIF:4,190,000円
Premiere edition(特別仕様車):4,245,000円
-1.3Lガソリンターボエンジン搭載車-
INTENS:3,950,000円
CREATIF:3,950,000円
ZEN(受注生産車):3,840,000円
Premiere edition(特別仕様車):4,005,000円
「カングー」のフルモデルチェンジにおけるポイントは、大きく2つある。ひとつは、ルノー、日産、三菱3社のアライアンスによって開発された、ミドルクラスの車種に採用されるCMF-C/Dプラットフォームが、新型「カングー」に採用されたことだ。その意味するところは、これまでの商用車セグメントだけでなく、乗用車セグメントにおいてもさらに競争力を増すことにある。すなわち、競合他社を凌駕するレベルのスムーズな運転や、しなやかな乗り心地を目指したということだ。それを裏付けるように、サスペンションメンバーの一部にはルノーの最上級ミニバンである「エスパス」のものが採用されるとともに、ステアリングレシオが17対1から15対1となったことも、乗用車市場を見据えたものといえる。
いっぽう、商用車市場もおろそかにはしていない。新型「カングー」の商用車バージョンでは、最大積載量を850kgから1,000kgまで増加。これも、プラットフォームの刷新が大きく影響しているようだ。また、当然のことながら乗用車よりもはるかに過酷なテストが行われており、耐久性についても向上させている。
さらに、新型「カングー」はデザインについても大幅な見直しが図られている。その体躯は、安定感や頑強さ、ダイナミックさなどをテーマにデザインされるとともに、内外装の品質向上とプレミアムな雰囲気が感じられるような上級志向を命題としてデザインされた。
新型「カングー」のボディサイズは、全長は210mm拡大して4,490mmに、前幅は30mm拡大して1,860mmになった(全高は変わらず1,810mm)。最小回転半径は5.6mになる(画像のグレードは「INTENSE(インテンス)」で、ボディカラーはブラウン テラコッタM)
具体的には、Aピラーを寝かせることで空気抵抗を低減させて燃費を向上させており、流線型によってダイナミックな印象が感じられるようなエクステリアとなっている。また、サイドのグラスエリアをわずかに薄くすることで、安定感やダイナミックさを表現。さらに、から見て前方から後方へまっすぐに落とすのではなく、わずかにスラントさせることで商用車のイメージを低減させている。
真後ろから見ると、ショルダー部分が張り出して下に向かって幅広くなっているが、これによって安定感や頑強さが表現されているほか、荷室容量を大きく見せる効果も狙っているという。
先代の「カングー」で好評だった観音開き式のバックドアは、新型にも踏襲されている。荷室容量は、5名乗車時で775リッター(先代から+115リッター)、リアシートをすべて倒すと最大2,800リッター(先代から+132リッター)まで拡大する
インテリアは、近年のルノー車と同様のレイアウトで、先代の商用車感はまったくと言っていいほどになくなった。インテリアにはクロームパーツが奢られ、ダッシュボードパネルのシボやブラッシュアルミ調のパネルなどにも配慮しながら、質感を向上させているとルノー・ジャポンは説明する。
新型「カングー」のインテリアは、近年のルノー車と同様のレイアウトで、質感も申し分ないものとなっている
また、これまでは単なるオートクルーズやABSなどしか装備されていなかった運転支援システムは、今回のフルモデルチェンジによって、ようやく現代レベルに追いついたと言えそうだ。具体的には、アクティブクルーズコントロールとレーンセンタリングを組み合わせた「ハイウェイアンドトラフィックジャムアシスト」を始め、「ブラインドスポットインターベンション」(後側方車両検知警報)など、先進の運転支援システムが備わっている。
2種類のパワートレーンについてだが、まず1.3Lガソリンターボエンジンは、ルノー、日産、三菱のアライアンスとダイムラーが共同開発したもので、最高出力131ps/5,000rpm、最大トルクは240Nm/1,600rpmを発生させる。
もうひとつの1.5Lディーゼルターボエンジンは、先代の最後に投入されたものと同じエンジンをベースに、最高出力は変わらず116ps/3,750rpm、最大トルクは10Nm増えて270Nm/1,750rpmというスペックになった。組み合わせられるトランスミッションは、これまでの乾式6速から湿式7速DCTへと変更されている。
さて、これまでの「カングー」の限定車は、ブラックバンパーなどいかにも商用車然としたエクステリアが人気だった。そこで、日本へ導入される新型モデルも、ボディカラーやグレードによってブラックバンパーが選べるようになっている。ちなみに、乗用車仕様でブラックバンパーを選ぶことができるのは日本のみといううれしい配慮である。
ブラックバンパーやホイールが特徴的なグレード「CREATIF(クレアティフ)」
では、いよいよ新型「カングー」に乗り込んでみよう。まず、ディーゼルエンジン搭載車から試乗した。運転席に座ると、少し高めのヒップポイントのせいもあって、新型「カングー」の見晴らしは良好だ。先代のドライビングポジションはアップライト気味で、いかにも商用車然とした特徴のあるものだったが、新型ははるかに乗用車的で、初めて乗っても違和感は覚えないだろう。ゆっくりとステアリングを切りながらスタートさせると、ステアリングの応答が先代よりもはるかによくなったことに気づく。先代よりもステアリングを切る量が少なくて済むので、乗用車のような感覚を覚える。
新型「カングー」は、一般道を走らせていてもクイックと言えるほどではないが、かといって鈍くもない適切なギヤ比によって、快適に走行できる
そして、何よりも進化が感じられたのが乗り心地だった。フラットさを増しながらも、とてもしなやかな乗り心地は、もはや感動的といってもいいほどの進化ぶりだ。先代も、乗り心地は決して悪くはなかった、と言うよりもかなりよかったのだが、荒れた路面などで若干バタつくこともままあった。だが、新型はそういったことすら一切感じられず、路面をなめるように走っていく。
新型「カングー」はコーナーリングなども抜群に安定しており、高い全高もまったく気にならず、きわめてスムーズに走ることができる
それは後席に座っても同様の印象で、下手なミニバンよりもはるかに乗り心地がいい。これは、ひとクラス上のプラットフォームが採用されていることと、EV化を視野に入れていることも大きく影響していると思うが、ボディ剛性が非常に高くなったことから、交差点やコーナーなどでフロントが旋回を始めてから、わずかに遅れて後席がついてくるような先代の印象が、新型では皆無になったことが喜ばしい。先代だけでなく、国産ミニバンなどにもよく見られる傾向として、このリアの応答遅れが酔いの大きな原因のひとつになる。つまり、自分が思ったタイミングからわずかに遅れて体に遠心力がかかってくるので、この差が三半規管に影響して酔いを誘発するのである。個人的には、ミニバンの後席で遠出をするなら新型「カングー」がいいと思った次第である。
新型「カングー」は、後席の乗り心地も抜群にいい。売れている国産ミニバンよりも、乗り心地のよさは勝っていると感じた
そして、先代にも増して視界がいいことも、うれしい発見だった。たしかに、リアの観音開きのテールゲートは中央に死角が発生してしまうので気にはなるのだが、後側方やななめ前方の視界はとてもいい。特に、フロントはドアミラーの前に小窓が設けられており、これが非常に役に立っている。欲をいえば、ドアマウントのドアミラーになればなおさらよかったことだろう。
いっぽう、フロントシートについて少々気になったことがある。フランス車のシートというと、しなやかで体を包み込んでくれるようなイメージがあるのだが、新型「カングー」はパンと張ったような生地で、かつ背面中央あたりに少し出っ張るような違和感があり、この点が先代に及ばなかったのは少々残念だった。
少し硬めのフロントシートは、フランス車の「カングー」としては少々気になる点だ
もうひとつだけ、気になったのがアイドリングストップだ。ブレーキを踏んでアイドルストップが介入し、すぐにスタートしようとしてもワンテンポ遅れる傾向がある。また、再始動時にブルンという振動が伴ったのが少々興ざめだった。せめて、プジョーやシトロエンのディーゼルのように、オルタネーターを利用して再始動させるなどの工夫がほしかった。また、これはあとに乗るガソリンエンジン車でも同様なのだが、再始動時の遅れや振動が気になった。
ここで、ガソリンエンジン搭載車に乗り換えてみよう。当然、基本的にはディーゼルエンジン搭載車に準じているので、ガソリンエンジン搭載車固有のポイントのみ述べておきたい。すぐに気づいたのは乗り心地で、ディーゼルと比べて少々固く、路面の継ぎ目や段差を比較的明確に伝え、また、少々落ち着きがない印象だった。もちろん、先代に比べたらはるかにいい乗り心地なのだが、先にディーゼルエンジン搭載車の乗り心地のよさを味わってしまった後だったため、気になってしまう。これは、100kgの重量差が影響しているのだろう。
ガソリンエンジンは、排気量が小さいからか少しアクセルを踏み気味で走ると少々せわしなくシフトアップダウンを繰り返す仕草が少々気になった。ダウンサイジングターボなので致し方ないとはいえ、もう少し余裕のある走りがほしかった
今回、ディーゼルエンジン、ガソリンエンジンの両方に乗って、大幅に進化した新型「カングー」を知ることができた。はるかに乗用車ライクになって、もはや商用車ベースと窺えるものは少ない、見事な進化と言えるだろう。
実は、せっかく新型「カングー」に乗れるからと、今回はシトロエン「ベルランゴ」を連れていった。
ルノー 新型「カングー」(左)とシトロエン「ベルランゴ」(右)
ルノーサイドとしては、新型「カングー」は質感がアップしたので、「ベルランゴ」ではなくプジョー「リフター」が競合と述べていたが、「リフター」だとSUV色が強くなるので、やはり「ベルランゴ」のほうが競合になるだろう。「ベルランゴ」も、「カングー」と同じように商用車を基本軸にしており、シルエットも比較的近い。エンジンは、1.5Lディーゼルターボに8速ATが組み合わされ、130ps/3,750rpmという最高出力と、300Nm/1,750rpmの最大トルクを発生させる。つまり、出力、トルクともに「カングー」を上回っている。ただし、これは3列シートの「ベルランゴロング」も同じパワートレーンを使うからで、そのために高スペックにしているものと思われる。ボディサイズは、全長4,450mm、全幅1,850mm、全高1,850mmで、わずかに全長が短い程度の差だ。
新型「カングー」と比較しながら「ベルランゴ」を走らせてみると、パワー差はあまり感じられず、同じようにたおやかな走りである。しかし、やはり「ベルランゴ」のほうがベーシックなイメージがぬぐえない。それは、エンジン音や乗り心地からも感じられる。ただし、そういったものが欠点とは感じられないのが不思議だ。その理由は、「ベルランゴ」はあくまでも“ベーシック”と潔く割り切っているからにほかならない。これは、先代「カングー」にもつながるところなのだが、必要にして十分、それ以上でも以下でもない。これ以上を望むなら、自身でモディファイしてみてはいかが、と言われているような気がするのだ。実際、そのようにして先代「カングー」に乗っている人たちが多くいるし、自分仕様に仕上げていく楽しみでもあるようだ。
さて、結論に入ろう。まず、新型「カングー」の中でディーゼルエンジンとガソリンエンジンのどちらを選ぶか。ここまで読まれた方のご想像どおり、ディーゼルエンジンだ。洗練された乗り心地や静かさ、過不足のない走りは、文句のつけようがないものだった。フルモデルチェンジした「カングー」を最も味わえるのはディーゼルだ。
では、「ベルランゴ」と比較するとどうだろうか。実は、これについてはとても悩ましい。価格差などが大きくあれば判断しやすいのだが、ディーゼルエンジン同士ではほぼ一緒になる。たしかに、乗り心地は「カングー」の方が上手だし、内装などの質感も遥かに乗用車然としているので、クルマそのものの評価としては「カングー」が上回る。では、何が引っかかるのか。それは“愉しさ”だ。先代「カングー」にあった、あっけらかんとした愉しさが、新型「カングー」では減ってしまったように思えたのだ。たぶん、それはインテリアの加飾やフロントグリル周りのメッキなどで大人っぽく、かしこまってしまったことが要因と思う。もちろん、それを否定するつもりはないし、クルマとしてマーケットを見据えたときに必要なことだったはずだ。いっぽう、「ベルランゴ」にはその愉しさが感じられる。その1例が、「モジュトップ」だ。これは、頭上に広がるパノラミックガラスルーフと多機能ルーフストレージが一体になった空間のこと。中央の多機能ルーフストレージは半透明で、外光をあまり遮らずにそこにモノが置ける仕組みになっている。ただし、そこにモノを置くと仕切りがあまりいないので、どこかへ行ってしまいそうだし、埃が入ったりするかもしれない。それでも、こういうところにも収納があるという“夢”が大事で、ここに何を入れようかと愉しい気持ちにさせてくれる。また、最後端のルーフ上に室内からも外からも取り出し可能な収納ボックスも取り付けられているのも愉しい。新型「カングー」にも、先代と同様に運転席の上部に左右方向に収納棚が設けられているが、Bピラーあたりにあったボックスはなくなってしまった。そう、たぶん新型「カングー」には遊び心が減ってしまったのかもしれない。だからこそ、筆者は迷ってしまうのだ。
そういったことを踏まえると、初めてこういったRV、文字通りレジャービークルを購入する方には新型「カングー」がいいだろう。癖なく普通に乗れて、かつ、スペースユーティリティーは抜群。最新の運転支援システムも完備しているからだ。ただし、7人乗りがほしい、また、一度でもRVを所有したことがある、もっというと先代「カングー」を所有している方には、「ベルランゴ」がおすすめだ。十分に先代「カングー」の香りは感じられるだろうし、先代に足りなかった安全運転支援システムも完備しており、何より愉しさがある。筆者としては、もし「カングー」のディーゼルモデルにモジュトップのような愉しさがあれば、迷わずにこちらを選ぶだろう。だが、それはないものねだりなのである。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かし試乗記のほか、デザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。