2023年5月11日、ステランティスジャパンはフィアットの新型ミニバン「ドブロ」を発売した。「ドブロ」は、同じくステランティスジャパンに属するシトロエン「ベルランゴ」やプジョー「リフター」の兄弟車になる。「ドブロ」の魅力や兄弟車との違いなどについて解説しよう。
※本記事内の価格はすべて税込表記
2列シート5人乗り仕様の「DOBLÒ」(右、価格は399万円)と、3列シート7人乗り仕様の「DOBLÒ MAXI」(左、429万円)の2グレード構成
まず、「ドブロ」のラインアップについてだが、2列シート5人乗り仕様の「DOBLÒ」と、3列シート7人乗り仕様の「DOBLÒ MAXI」の2グレードが日本へ導入される。搭載エンジンは、どちらも1.5Lディーゼルターボで、最高出力は96kW(130ps)/3,750rpm、最大トルクは300Nm/1,750rpmを発生させる。トランスミッションはともに8速ATだ。
「ドブロ」の外観デザインは、シトロエン「ベルランゴ」やプジョー「リフター」と基本的には共通なのだが、フロントフェイスの違いによって各車の差別化が図られている。
「ドブロ」は、フィアットに共通するシンプルな顔立ちで、昨今のミニバンに多く見られるメッキ加飾や押し出し感の強いデザインではない。すっきりとしており、筆者としては好印象だ。バンパーをブラック化することによって、フィアットらしいシンプルさが強調されている。
ブラックバンパーが、ほかの兄弟車と大きく異なる点だ。ボディカラーは写真の「ジェラート ホワイト」のほか、「マエストロ グレー」「メディテラネオ ブルー」の全3色
比較として、シトロエン「ベルランゴ」(上)とプジョー「リフター」(下)を並べてみた。3車それぞれ、フロントフェイスの違いによって異なるキャラクターが演出されている
「DOBLÒ MAXI」(右)と「DOBLÒ」(左)。両グレードの外観デザインは、ほぼ変わらない
「DOBLÒ」のボディサイズは、全長が4,405mm(「DOBLÒ MAXI」は4,770mm)全幅は1,850mm、全高は1,800mm(同1,870mm)で、ホイールベースは2,785mm(同2,975mm)。
たとえば、トヨタの「ノア」は全長4,695mm、全幅1,730mm、全高1,895mm、ホイールベース2,850mmなので、「DOBLÒ」と「DOBLÒ MAXI」の間に「ノア」が入るイメージだ。ただし、全幅は「ノア」よりも「ドブロ」のほうが広いので、取り回しに関しては注意が必要かもしれない。だが、「ベルランゴ」や「リフター」に乗った経験から言えば、車幅感、特に左側は意外とつかみやすいので、それほど気にしなくてもいいだろう。
全長は、3列シート7人乗りの「DOBLÒ MAXI」(奥の青色)のほうが365mm長い
「ドブロ」のスライドドアは、初期の「ベルランゴ」や「リフター」と比べると、若干だが軽くなっているようだ。それでも一般的なミニバンと比べればやや重めではあるので、日本仕様ではオプションでもいいので電動化を望みたいところだ。
「ドブロ」のスライドドアは、兄弟車よりもやや軽いと言っても重めなので、国産ミニバンのような電動化を期待したい
また、テールゲートの開き方はほかの2台と同様に、テールゲートそのものが跳ね上げ式であるとともに、リアウインドウのみ開く機構も備えているので、後方の駐車スペースをそれほど確保しなくても、荷物の出し入れが可能だ。
「ドブロ」には、テールゲートを開けずにラゲッジルームへとアクセスできる「リアオープニングガラスハッチ」が採用されている
インテリアについても兄弟車と比べていこう。「リフター」には「i-Cockpit」と呼ばれるプジョー独自のコックピットレイアウトが採用されているが、「ドブロ」は「ベルランゴ」と共通のデザインで、比較的シンプルなインパネが採用されている。
「ドブロ」には、シンプルなデザインのインテリアが採用されている。ステアリング表皮はレザーで、中央には8インチのタッチスクリーンが備わる
「ドブロ」と「ベルランゴ」のインテリアは共通とはいえ、いくつかの装備に違いが見られる。まず、「ベルランゴ」に採用されている「モジュトップ」と呼ばれるルーフを前後に貫く小物入れが「ドブロ」にはなく、さらに「ベルランゴ」に備わるガラスルーフも採用されていない。
その理由のひとつとして、「ドブロ」には使い倒せる“道具感”を持たせたかったことがあるようだ。「ベルランゴ」は、「モジュトップ」があることによって室内高が限られ、自転車を積むときにステアリングを外さないと載せられないとか、ルーフレールを利用してルーフに荷物を載せると、せっかくのガラストップの意味がない、といった声が少なからず聞かれたそうだ。
「ベルランゴ」のインテリア。ルーフへ縦に設置されているのが「モジュトップ」と呼ばれる半透明の収納トレイだ
そこで、「ドブロ」では装備が見直され、優先度が付けられた結果として、前述した2つの装備は外された。いっぽう、兄弟車と同様に安全運転支援システムなど安全装備の充実や、3列目シートの取り外し(「DOBLÒ Maxi」)などは可能である。
その結果、「ドブロ」の車両本体価格は「ベルランゴ」の420万円〜、「リフター」の436.8万円〜に対して、399万円〜と、400万円を切る戦略的な価格設定が可能となったのだ。
現在のフィアットのラインアップは、「500」「500e」(BEV)「パンダ」「500X」と、小型車がメインとなっている。また、フィアット車の購入ユーザーは、ほかのブランドに対して年齢が比較的若く、女性比率が高いそうだ。このあたりは、ロングセラーの「500」が大きく影響しているのだろう。なにしろ、2012年に発売されて以来、いまだに年間4,000台を上回る販売台数を誇っている人気車種だからだ。
いっぽうで、フィアットのブランドテーマのひとつに「ファミリー・フレンドリー」という言葉がある。「フレンドリー」は確かに「500」などで感じられるが、「ファミリー」はどうだろうか。ステランティスジャパン 代表取締役社長の打越晋氏はそこに疑問を感じていたと言う。「ファミリーのクルマといえばミニバン。それがないのはおかしい」と。
そこで今回、「ドブロ」が導入されたのだ。もちろん、打越氏の社長就任以前から「ドブロ」の日本導入は決まっていたはずだが、打越氏の意見が十分な後押しとなったことは間違いないだろう。
「ドブロ」発表会にて、ステランティスジャパン 代表取締役社長の打越晋氏
気になるのが、フィアット「ドブロ」、シトロエン「ベルランゴ」、プジョー「リフター」の3車種を、ステランティスジャパンとしてはどのように差別化して売っていくのだろうか。商品性としては前述したような装備の差はあっても、それは決して大きなものではなく、まさにフロントフェイスの好き嫌いによってのみ語られることもあるだろう。
その点について、ステランティスジャパン マーケティング部 ブランドマネージャーの熊崎陽子さんは、「フィアットというブランドを考えたときに、『ドブロ』の導入がどのような意味を成すかという視点では、間違いなく新しいチャンスになります。新たなお客様を取り込めるという意味です。フィアットオーナーやファンから見れば、『ドブロ』が入ってくることで選択肢が広がります」と言う。フィアット車に乗っていたがミニバンがないことからほかに流れたユーザーも戻ってきてくれるかもしれない。
さらに、ステランティスジャパンというグループ単位で考えた際には、「たしかに、兄弟車のベースこそ同じですが、シトロエンはフレンドリーなクルマ作りをしているブランドで、コンフォートがキーワードです。いっぽう、プジョーはすごく精悍な顔立ちや『i-コックピット』など、先進のテクノロジーというイメージがあります。そして、フィアットに関しては、なるべく装備を削って求めやすい戦略的な価格に設定されているのと、フィアットらしい顔立ちも特徴的です。『ドブロ』を見れば、フィアットファミリーのクルマだとわかっていただけるでしょう。イタリアンなクルマが欲しいと思っている方に、『イタリアのミニバンがあった!』といった感じで、『ドブロ』を見つけてもらいたいのです」と語った。
熊崎さんの話を踏まえた上で筆者が考えるのは、「ベルランゴ」はある程度の豪華な装備によって家族で楽しく遊びに行くミニバン。「リフター」は少しスポーティーで、アクティビティーなどを楽しむクルマ。そして、「ドブロ」は質実剛健、必要最低限(といっても十分ではあるが)の装備を持たせつつ、あとはオーナー自身が工夫して自分好みの仕様に仕立てられる余地のあるクルマ、という位置付けになるだろう。そうなると、「ドブロ」は旧型のルノー「カングー」にも通じるものがありそうだ。個人的には、先代「カングー」のオーナーが買い換えるとなったとき、「ドブロ」に魅力を感じるのではないのだろうかと思う。
実は、日本へ導入される「ドブロ」の乗用モデルかつディーゼル仕様は本国にはなく、日本仕様として作られたものである。本国では、「Eドブロ」という電気自動車のみの販売なのだ。本国には、商用車のディーゼルがあるので、そのパワートレインと乗用車の「Eドブロ」を組み合わせて、乗用車仕様に仕立て直されたのが日本仕様の「ドブロ」なのだ。それだけ、日本市場に期待が大きいとも言えるだろう。
だからこそ、ここからは我が儘なことを述べてみたい。せっかく「ベルランゴ」と「リフター」があるのだから、「ドブロ」はもっと大きく差別化を図ってもよかったのではないだろうか。たとえば、本国にある観音開き式のテールゲートを採用するのもいいだろう。さらには、左ハンドルやMT仕様を限定車でもいいので導入するのも差別化のひとつだ。実際、「カングー」はそういう限定車をときおり導入し、好事家たちから人気を得ていた。
これは、ステランティスジャパンを俯瞰した視点だけでなく、ユーザー視点でも同様だ。欲しいクルマを探したときに、同じカテゴリーに「カングー」を含めてラテン系ミニバンには4モデルあることを考えればわかりやすい。もちろん、選択肢が増えるのはうれしい限りだが、それであればさらに差別化してほしい。そうすれば、クルマ自体はとてもよくできているので、ユーザーは自分好みの選択がよりしやすいだろうし、売り手側もターゲットユーザーが明確になるのでグループ内でのカニバリが減って、販売もしやすくなるはずだからだ。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かし試乗記のほか、デザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。