「セイコー プロスペックス(SEIKO PROSPEX)」は、セイコー(1881年、東京・銀座で創業)がスポーツ&アウトドアシーンに対応する本格機能を備えた腕時計を展開するブランド。そんなブランドから2021年11月、同社が1969年に発売し、クロノグラフ史のエポックメイキングとなった名機「スピードタイマー(SPEEDTIMER)」の名を継ぐクロノグラフの新コレクションを発表し、大変注目を集めています。
「スピードタイマー」には、元祖「スピードタイマー」(以下、「1969 スピードタイマー」)の発売時から今日に至るまで、セイコーが培ってきた機械式ストップウォッチの設計思想などを色濃く受け継いだ自動巻き式と、元祖の意匠をベースにしたソーラークォーツの2ラインが存在します。ともに時計好きから好評を得ているんですが、2022年11月11日、後者のソーラークォーツモデルに2色のアルミニウム製ベゼル表示板を備えた3タイプ目が加わったことで、「スピードタイマー」の存在感がさらに高まっているのです。
そこで今回の「新傑作ウォッチで令和を刻む」では、「1969 スピードタイマー」の“偉業”にも触れながら、目下注目したい「セイコー プロスペックス スピードタイマー ソーラークロノグラフ」の3つの新タイプを取り上げ、深掘りしていきます。
セイコー「セイコー プロスペックス スピードタイマー ソーラークロノグラフ」の新色。左から、ホワイト文字盤の「SBDL095」、ブルー文字盤の「SBDL097」、ブラック文字盤の「SBDL099」。公式サイト価格は各79,200円(税込)
1964年に東京で開催された「第18回夏季オリンピック」および「第2回夏季パラリンピック」において、自社開発の専用機器をもってオフィシャルタイムキーパーの役を見事に果たしたセイコーは、スポーツ計時の分野でも存在感を世界に知らしめました。
このとき、手動による計時用としてスタート/ストップ機構にハートカム(歯車の回転運動から往復運動に変換する、ハート形の板状カムを取り入れた機構のこと)搭載の機械式ストップウォッチを開発し、それまで不可能とされていた0.01秒単位の高精度な計時を実現しています。
こうしてスポーツの分野で数々の成果を上げつつあったセイコーは同年、国産初のクロノグラフ「クラウン クロノグラフ」を発売。そして、その5年後の1969年に満を持して発表したのが、世界で初めて垂直クラッチを搭載した自動巻きクロノグラフ「スピードタイマー」でした。
当時はまだクォーツクロノグラフは存在せず、この初代「スピードタイマー」こと「1969 スピードタイマー」は自動巻き式のクロノグラフでしたが、奇しくも同年12月25日には世界初のクォーツ腕時計「セイコークォーツ アストロン35SQ」が発売されています。こちらは3針式です。
ちなみに、世界初のアナログクォーツクロノグラフは、1983年に発売された「スピードマスター」というモデルで、この世界初の偉業もまた、セイコーによって達成されています。
「プロスペックス スピードタイマー」の元祖となった「1969 スピードタイマー」は、タキメーターが印字されたレッド×ブルーのバイカラーベゼルがアイコンでした。今回登場した「スピードタイマー」3色は、この2色ベゼルを踏襲しており、ことに「SBDL097」では、この写真のモデルに近いカラーリングが採用されています
「1969 スピードタイマー」は、タキメーター(Tachymeter)付きのクロノグラフ。ストップウォッチの付加機能の一種であるタキメーターとは、ベゼルトップ、または文字盤外周に記された単位「km/時」の数値をクロノグラフ秒針が指し示すことで、クルマなどの走行時速、ないし平均時速が直読できる計算尺のこと。具体的には、ある1地点でストップウォッチを作動させ、そこから1km先の地点に到達した瞬間にストップウォッチを停止させたときに、クロノグラフ秒針がさすタキメーターの数値が、その1km間における「走行時速」となります。また、その1km間に加速/減速した場合は、その数値は1km間での「平均時速」となるのです。
以上を踏まえたうえで、先ほどの「1969 スピードタイマー」の写真をご覧ください。まず、赤いセンター針は、ストップウォッチ使用時のみに作動するクロノグラフ秒針です。つまり、ストップウォッチ未使用時には、この針は12時位置で停止しているのです。また、タキメーターの各数字はベゼル表示板に記されており、たとえばクロノグラフ秒針がベゼルの赤いゾーンと青いゾーンの境界近くにある数字「250」で停止すれば、時速250kmということになります。
赤いゾーン内の各数字は、クロノグラフ針が1周を超えたときのためのもので、このゾーン内では時速50〜60kmが読み取れます。つまり、このモデルでは時速50〜250kmまでが計測可能範囲であり、このうちの「時速60〜250kmは青いゾーンの数字で、時速50〜60kmでは赤いゾーンの数字で読み取ってくださいね」ということを示すため、ベゼル表示板が2色に色分けされていたということなのです。
ところで、「1969 スピードタイマー」を「世界で初めて垂直クラッチを搭載した自動巻きクロノグラフ」だったと先に述べたのですが、こう聞くと「垂直クラッチって何?」と思う人も少なくないでしょう。本稿の“主役”である「スピードタイマー ソーラークロノグラフ」はクォーツ式なので垂直クラッチとは無関係ですが、時計史に対する「1969 スピードタイマー」の貢献を知るべく、この機構にも触れておきたいと思います。とはいえ、しっかり解説すると複雑で難しい話になってしまいますので、かいつまんだ短い解説に留めますが、どうかご容赦ください。
クラッチとは、1つの機構における回転運動を別の機構に伝達/遮断するための連動装置のこと。機械式クロノグラフにおいては、通常機構(時/分や日付などを刻むためのムーブメント)とクロノグラフ機構を連結させて、通常機構の動力源(ゼンマイ)からの動力をクロノグラフ機構に共用させる役を担っています。
「1969 スピードタイマー」登場以前のクロノグラフでは手巻き式であれ、自動巻き式であれ、そのクラッチ(複数のパーツで構成されています)は(文字盤を天に向けた状態で)水平に組まれており、各パーツも水平に動く仕組みになっていたのですが、対してセイコーはそれを垂直方向に組み上げたのです。
この垂直クラッチでは、ストップウォッチをスタートさせる瞬間、クラッチ板が通常機構に不可欠な四番車に押し付けられて、その四番車の回転運動(1分間に1回転)をクロノグラフ機構に伝達。これによってストップウォッチが駆動します。そして停止の瞬間には、これとは逆にクラッチ板が持ち上がって四番車から離れる、という仕組みです。
ちなみに、乗用車などのクラッチは、その多くが垂直クラッチ。クルマの動力伝達機構をある程度に理解している人には、このクラッチの基本構造はおなじみかと思います。
水平クラッチではムーブメント厚を薄いものにできますが、垂直クラッチは縦に構成されるため、ムーブメントもケースも必然的により厚くなります。しかし、逆に水平方向ではスペースをさほど取らないので、実はローター(腕の振りなどで回転し、その動力でゼンマイを巻き上げるためのおもりのこと)を備える自動巻きムーブメントには好都合。さらには、水平クラッチで起こりがちなスタート/ストップ時の指針ずれや針飛びが発生しにくく、耐衝撃性においても優位性があることから、今では他社製においても、ほとんどの自動巻きクロノグラフに、この垂直クラッチが採用されています。
と、このように現在のクロノグラフでは“当たり前”のように搭載されている同機構を他社に先駆けて搭載したのが、「1969 スピードタイマー」だったのです。今日までにあまたのイノベーションを実現してきたセイコーですが、このクロノグラフもまた、そんな同社の偉業の1つであり、時計史の伝説として讃えられるべき存在であることがご理解いただけたでしょう。
リューズ&プッシュボタンのサイズ感や形状においては、操作性を追求。写真は「SBDL097」
すっかり前置きが長くなってしまいましたが、ここからが本題です。目下、大変な人気を博している「セイコー プロスペックス スピードタイマー ソーラークロノグラフ」(以下、「スピードタイマー ソーラー」)の新色3タイプについてお話ししていきましょう。
なお、先にも述べましたが、元祖である「1969 スピードタイマー」は自動巻き式でしたが、ここで紹介する新作はソーラー発電によるクォーツモデルです。
「スピードタイマー ソーラー」のデザインは、元祖「1969 スピードタイマー」のそれを範としながらも、子細に見れば至るところに大胆な変更が加えられたことで、大変洗練した姿に結実しています。
たとえばケース形状では、元祖モデルが当時のトレンドだったトノー型(樽型)だったのに対し、「スピードタイマー ソーラー」では一般的なラウンド型に変更されています。そのケースならびにブレスレットにおいては、ステンレススチールの表面に緻密な筋目と、鮮やかな鏡面の仕上げ分けが施されており、そこにカーブ型のサファイアガラスを組み合わせたことで、アクティブかつクラシカルな姿に仕上がっています。また、ブレスレットはかん足(ラグ)からバックルにかけてシェイプを効かせつつ、適度な厚みと重量感で快適な装着性を実現。リューズは引き出しやすく、プッシュボタンは押しやすく……と、サイズや形状によって操作性の向上が図られているのです。
ちなみに、ケースサイズについては、モデル名や搭載ムーブメント「キャリバーV192」が同じで、2021年11月から展開されている定番タイプがケース径39mmなのに対し、今回の新色は41.4mmと、ひと回りサイズアップされております。
白い針は通常時用で、赤い針はストップウォッチ用。各針の色分けも元祖由来です。写真は「SBDL097」
次に文字盤を見てみましょう。
元祖「1969 スピードタイマー」を想起させるのはまず、力強さを感じさせる時/分針と幅広のスクエア型インデックスの組み合わせです。クロノグラフ機能の判読性を高めるべく、先端が文字盤外周の目盛りに達する長さを採用しているクロノグラフ秒針、ならびに6時に位置しているインダイヤルの小針がそれぞれ赤く塗装されている点も新・旧モデルで共通。いっぽう、元祖モデルでは3時位置に存在感をもって日・曜表示が設けられていたのに対し、「スピードタイマー ソーラー」では4時位置に日付は配されているものの存在感は控えめであり、しかも曜表示は設けられていない、といった違いがあります。
そして最も大きな相違点は、インダイヤルの数。元祖モデルでは6時位置に、クロノグラフ秒針と連動して経過時間30分まで表示する分積算計のみが備わっていますが、これに対して「スピードタイマー ソーラー」のフェイスは3つ目構成です。このうちの6時位置が分積算計。表示可能な経過時間は元祖の倍の60分で、しかもパワーリザーブ表示の役も兼備しています。また、3時位置のインダイヤルは現在時間の午前/午後が確認できる24時間計で、9時位置のインダイヤルは、元祖には搭載されていなかったスモールセコンド(時/分針がある中心軸から離れた位置に配置された、現在時刻を秒単位で示す指針式計器のこと)という内訳です。
ところで、今回の新色3タイプにおける注目ポイントはと言えば、それは元祖「1969 スピードタイマー」にも採用されていた2色使いのベゼル表示板にあると言えます。元祖のベゼルが「なぜ2色に色分けされていたか?」については、それは必要あってのことで、その理由は先述しました。いっぽう、「スピードタイマー ソーラー」のアルミニウム製ベゼルの2色表示板には実は機能性はなく、単なるデザインなのです。
というのも、タキメーターの計測可能範囲が、元祖では時速50〜250kmに設定されていたのに対し、「スピードタイマー ソーラー」ではクロノグラフ秒針1周内に収まる時速60〜500kmに設定されているからです。赤いゾーンは1周を超えた範囲の時速50〜60kmが計測できるように色分けされたものだったわけですが、「スピードタイマー ソーラー」ではその範囲は廃し、代わりに時速250〜500kmの高速度計測を可能にしています。タキメーターはモータースポーツの計時用として多用された歴史があるので、そうしたモーターマシンの高速化が進んだ現在にあっては、時速250km以上の計測に対応できる仕様がより現実的なのだと思われます。
撮影に先立って「ルミブライト」にしっかり蓄光させたので、針&インデックスがこんなに鮮やかに光りました
「スピードタイマー ソーラー」は、時/分針および各インデックスに「ルミブライト」を使用しており、夜間の使用にも対応。「ルミブライト」は、太陽光や照明器具などの明かりを短時間で吸収して蓄え、暗所では高い輝度で長時間発光する蓄光塗料で、無機質のために劣化が少なく、半永久的に使用可能です。
では、ここで実機を試着してみましょう。
今回は新色3タイプすべてを着用して、その見え方を比べてみました。ちなみに、セイコーウオッチの担当者によれば、「SBDL097」(ブルー文字盤&レッド×ブルーベゼル)、および「SBDL099」(ブラック文字盤&レッド×ブラックベゼル)は、ともに1969〜1970年代当時、人気を博した「スピードタイマー」に近いカラーリングのタイプで、「SBDL095」(ホワイト文字盤&ブラック×グレーベゼル)のみ、今回初登場のカラーだそうです。
ホワイト文字盤(少しシルバーがかっています)のパンダ顔「SBDL095」は、レーシングクロノっぽい印象とあって、アグレッシブな手元を演出します。なお、ベゼルはブラック×グレーがローコントラストゆえに存在感は控えめです
「1969 スピードタイマー」のカラーリングを想起させる「SBDL097」は、ブルー文字盤とレッド×ブルーベゼルの組み合わせがさわやかで若々しい印象。また、クロノグラフではあるものの、ダイバーズっぽい雰囲気も感じられます
新色3色の中でも、とりわけクラシカルでドレッシーな印象が濃い「SBDL099」。ブラック文字盤とレッド×ブラックベゼルのコンビネーションが手元をキリッと引き締めており、大人スタイルを手元から格上げしてくれます
3タイプの試着時の印象は、特に意表を突くようなユニークさはないものの、クロノグラフらしく、手元をアクティブに見せるにふさわしい時計であることと、ケース径41.4mmという少し大きめのサイズによるものなのでしょうか、ラギッドな雰囲気も感じさせるという点です。とはいえ、品を失することはなく、ビジネスからワークやミリタリーといったカジュアルまで、ありとあらゆるスタイルに自然にマッチ。しかも、決してコーディネートに埋もれない、そんな確固とした存在感が備わっているのも、このモデルの優位性であるなと実感できました。
「セイコー プロスペックス スピードタイマー ソーラークロノグラフ」の新色3タイプの写真を最初に目にしたとき、実は「これはきっと売れるぞ」と思ったのです。なぜなら、この3色はどれも、時計好きなら誰もが大好きなカラーリングだから。しかも、デザインはいつまでも飽きの来ない、きわめてベーシックなもの。コーディネートの守備範囲もかなり広そうです。
したがって、すでにほかの時計を所有している人にとってはデイリーで使える実用的なセカンドウォッチとしてふさわしく、いっぽう、腕時計ビギナーからすれば「いろいろ迷ったけれど、やっぱりまず、こういうのを買っておけば大丈夫だよね」と安心して購入できる時計の最有力候補になるはずです。おまけにデザインのルーツとなった元祖「1969 スピードタイマー」にまつわる興味深いストーリーがあって、プライスはと言えば本格クロノグラフでありながら、さほど無理のないアンダー8万円なのですから、これはもう評判になること間違いないと思ったわけです。事実、セイコーウオッチの担当者に聞いてみたところ、「発売以来、大変好評で、とてもよく売れています」との言をいただいて、「思ったとおりだ!」と、恥ずかしくもちょっと威張ってみた次第です。
●写真/篠田麦也(篠田写真事務所)
【SPEC】
セイコーウオッチ「セイコー プロスペックス スピードタイマー ソーラークロノグラフ」
●品番:「SBDL095」(白文字盤)、「SBDL097」(青文字盤)、「SBDL099」(黒文字盤)
●駆動方式:クォーツ(ソーラー)
●キャリバー:「V192」
●防水性能:10気圧(日常生活用強化防水)
●主な機能:時・分・秒表示、日付表示、24時間表示、充電量表示、ストップウォッチ(1/5秒計測、60分計)、タキメーターなど
●ガラス:カーブサファイア(内面無反射コーティング)
●ケース&バンド材質:ステンレススチール
●ケースサイズ:41.4(直径)×13.0(厚さ)mm
●重量:約164g
東京生まれ。幼少期からの雑誌好きが高じ、雑誌編集者としてキャリアをスタート。以後は編集&ライターとしてウェブや月刊誌にて、主に時計、靴、鞄、革小物などのオトコがコダワリを持てるアイテムに関する情報発信に勤しむ。