フードアナリストの独自視点で、知られざるフードや銘酒を深掘りするコラム連載企画「食のやりすぎ“推し”伝説」。記念すべき第1回は、味/価格/アルコール度数/存在感など、あらゆる面でインパクト抜群の中国酒ブランド「貴州茅台酒(きしゅうまおたいしゅ)」を中心に紹介します。
今回の主役「貴州茅台酒」。これだけあれば、優にクルマ1台買えます
昨今、中国出身の料理人が現地そのままの味を提供する「ガチ中華」の店がジワジワ増えています。それと同時に盛り上がっているのが、白酒(ばいじゅう)。こちらは、日本での知名度は低いものの、中国では定番酒のひとつです。
それどころか、ウイスキー、ブランデーと並び称される世界三大蒸溜酒のひとつであり、そもそも世界一飲まれている蒸溜酒が白酒だという情報も(中国は人口が世界一多いからという背景もありますが)。さらに2022年には、「一般社団法人日本中国白酒協会」が設立され、これから日本でも存在感を増していくことは必至です。
「一般社団法人日本中国白酒協会」設立パーティーにて、同協会の菊池一弘理事。「我々は“ガチ中華には“ガチ中国酒を”を合い言葉に、白酒と白酒にまつわる文化の魅力発信に取り組んでいきます」とのこと
そこで今回は、白酒のなかで最も有名で、とはいえ高嶺の花である銘柄「貴州茅台酒」にスポットを当て、知られざる魅力をレポートしていきます。
お酒には、穀物や果実などの原料を酵母によりアルコール発酵させた醸造酒(ビール、ワイン、日本酒など)と、この醸造酒を蒸溜して作る蒸溜酒(ウイスキー、ブランデー、焼酎など)があり、白酒は後者の蒸溜酒。なお、白酒は「固体発酵」という独自の製造法で作られているのも特徴です。
また、たとえば焼酎は芋/米/麦などが主要な原料ですが、白酒は高粱(コウリャン)と呼ばれる穀物が主原料(ほかに、とうもろこし/キビ/米/麦など)として使われます。ちなみに、紹興酒はもち米が主原料の醸造酒で、現地では調理酒としても重宝されているとか。
そのほかの白酒の特徴としては、色が透明でアルコール度数が主に50%以上と高く、パワフルな甘い香りも魅力です。中国の宴会では、紹興酒よりも白酒が振る舞われることが多く、乾杯と言えば白酒が定番。アルコール度数が高いため「焼酒」や「火酒」とも呼ばれますが、飲み方はストレートが王道で、炭酸水などで割る飲み方は現地の人からするとありえないとか。
こちらは、1368年から作られているとされる、特に歴史深い白酒「五粮液(ごりょうえき)」。飲み方は、やはりストレートが王道です
ここからは、本題の白酒「貴州茅台酒」に迫っていきます。
貴州というのは、同商品の産地、中国貴州省のことで、茅台とはいわゆるメーカー名の略称(正確には、貴州茅台酒股份有限公司)。具体的には、中国の貴州省北西部の仁懐市茅台鎮でのみ生産されている、伝統的な特産品が「貴州茅台酒」です。
同社は、蒸溜所の設立が1627年と、約400年の歴史がある老舗。「貴州茅台酒」は海外での評価も高く、1915年に開催された「サンフランシスコ万国博覧会」では金賞を獲得しています。そして1953年には、香港やマカオを経由し、世界各国で販売が開始されました。
「貴州茅台酒」は箱に入っており、その中には小さいパンフレットと専用グラス2脚も同梱
日本では、1972年に日中国交正常化式典の宴席で、時の田中角栄首相と周恩来総理が「貴州茅台酒」で乾杯したことから認知が浸透。そう、歴史的な酒席で飲まれたため、日本で最も有名な白酒が「貴州茅台酒」なのです。
では、なぜ高価なのか。理由のひとつは、手間と時間がかかっているからです。約1年間かけて原酒を作り、3年間以上貯蔵して調味・配合を行ったのち、さらに1年間寝かせるため、出荷までに5年以上かかります。
パンフレットには、歴史や製法などがいろいろと書いてありますが、日本語訳はなし。「高品位」「神秘」「伝統工芸」などと書いてあるので、ハイクオリティを伝えたいということは何となく理解できます
そのうえ、中国における酒文化の中心をなす最高峰のお酒という位置づけのため、贈答品としての価値が高く、供給が需要に間に合わず、あっという間に売り切れてしまうのも高価な理由のひとつ。現在、中国では、メーカー希望小売価格が3,300元前後(約67,000円/2022年10月28日時点)で、日本でのメーカー希望小売価格は61,600円(税込)。また、日本にある高級な中国飯店では、「貴州茅台酒」の500mlボトルが80,000円〜100,000円で提供されているとか。なんとブルジョワな!
アルコール度数は53%。なお、中国国内では偽物販売が横行しているため、その対策としてホログラム入りラベルが採用されています
さて、前置きはこのくらいにして、レビューに移ります。
「貴州茅台酒」を緊張しながら開封し、グラスへ。もうこの時点で、エレガントな香りがブワッと広がります。そしていよいよテイスティングへ。アルコール度数53%ということで、恐る恐るペロッとひとなめ……。うおぉ、これはスゴい!
香りは、実に甘やかで妖艶。そして非常にダイナミック
アルコール度数の高さからくるビッキビキなアタックもさることながら、原材料の凝縮した甘みと旨味が少量でもググッと押し寄せます。セクシーとも言えるフルーティーさで、果実は梨、メロン、白ブドウ、ライチなどのニュアンス。どこかパイナップルのような南国系の風味も感じます。
力強い凝縮感がありながらも、味わいはクリアでトゲはなし。余韻も長めですが、洗練された上品なキレも感じます
本場の中国では、ストレートが王道とのことですが、日本において炭酸水割りは慣れ親しんだ飲み方。「一般社団法人日本中国白酒協会」では、これを「バイボール」として認めてもいますし、筆者も実践してみました。
うん! 香りが広がるうえ、爽やかな炭酸の刺激が甘くフルーティーな「貴州茅台酒」とマッチ。やはり日本人には、こちらの飲み方のほうがなじみやすいと思います。
炭酸水割りは、アルコール度数が下がって飲みやすくもなります。食事とも幅広く合うのは、こちらの「バイボール」でしょう
ここまで「貴州茅台酒」を紹介してきましたが、1本6万円以上というのはなかなかハードルが高いでしょう。その点、試し飲みにおすすめなのが「茅台王子酒(マオタイオウジシュ)」。こちらは「貴州茅台酒」の姉妹品であり、メーカー希望小売価格5,720円(税込)という比較的ロープライス(とはいえ十分なお値段ですが)な1本です。
右が「茅台王子酒」。ボトルの背は「貴州茅台酒」より高いですが、パンフレットやグラスは同梱されていません
「貴州茅台酒」との違いはいくつかあり、たとえば「貴州茅台酒」は貴州省産一級品のコウリャン100%であるのに対し、「茅台王子酒」は中国の東北地方産もブレンド。また、3年以上貯蔵するという厳格な決まりはありません。この製法の違いも、安価な理由のひとつでしょう。
左が「貴州茅台酒」で右が「茅台王子酒」。ボトルを流用した偽物が出回らないよう、ともに詰め替えができない特殊なキャップ構造となっています
ということで、こちらも「貴州茅台酒」と飲み比べながらテイスティング。おっ、華やかなアロマや甘みのあるタッチは「貴州茅台酒」譲りですが、シャープで若々しいニュアンスも。香りは、「茅台王子酒」のほうが梨のニュアンスを強めに感じました。
アルコール度数は同じ53%ですが、力強さは「茅台王子酒」のほうが感じます
世界にはさまざまな蒸溜酒がありますが、白酒もきわめて個性的。特に「貴州茅台酒」と「茅台王子酒」はオリエンタルで情熱的な香り、力強くエレガントな飲み口が印象的でした。あえて近しいカテゴリーを言えば、テキーラやメスカル(メキシコの蒸留酒。元々はテキーラもメスカルの1種)、ブラジルのカシャッサ(ピンガ)などが思い浮かびます。
まずは「茅台王子酒」からでも、お試しあれ
冒頭では「ガチ中華」に触れましたが、本格的な中華によく使われる八角やシナモン、クローブといった甘め系、花椒(ホアジャオ)などのシビ辛系スパイスには白酒が実によく合うでしょう。また、楊貴妃やチャイナブルーがあるように、中国をモチーフにした独自のカクテルベースにするのも面白そうですね。
ガチな中国レストランでは、グラスで白酒を提供しているお店もあるので、見つけたらぜひトライしてみてください。
食の分野に詳しいライター兼フードアナリスト。雑誌とWebメディアを中心に編集と撮影をともなう取材執筆を行うほか、TVや大手企業サイトのコメンテーターなど幅広く活動中。