「平成」がまもなく、その31年の歴史に幕を下ろそうとしています。国内外でさまざまな出来事があった平成ですが、漫画のトレンドはどのように変化し、どのような作品がヒットしてきたのでしょうか。「漫画の変遷」という視点から、平成を振り返ってみることにしましょう。
平成が始まった頃、日本はバブル景気真っ只中でした。ただ、平成3年にはバブル景気は泡とはじけ、日本の経済界は長い景気低迷期へと突入していきます。新幹線「のぞみ」の誕生や、「Jリーグ」の開幕、「たまごっち」が流行したのもこの時期ですね。
漫画界はというと、「週刊少年ジャンプ」「週刊少年マガジン」「週刊少年サンデー」の黄金時代でした。今ではあまり見られなくなった光景ですが、電車やバスに乗ると多くの人が漫画雑誌を読んでいましたし、電車の網棚の上にはよく誰かが読んだ後の漫画雑誌が置いてありました(笑)。特に、「週刊少年ジャンプ」の人気はものすごかった。平成7年には歴代最高発行部数となる653万部を記録するなど、いわゆる“「ジャンプ」全盛期”で、当時はほとんどの子どもが「週刊少年ジャンプ」を読んでいたように思います。
昭和後期に人気だった「おもしろいけど万人受けしない作風」から、「老若男女、幅広い層に支持される作風」へ。これが平成初期に見られた作風の変化であり、「努力」「友情」「勝利」「バトル」など、少年漫画に必要な要素が詰まった“王道漫画”が人気を集めていた印象です。「伝説的漫画」と称される、数々の名作の連載がスタートしたのもこの頃です。
高校バスケットボール部を題材にした漫画「SLAM DUNK」は、平成2年から平成8年にかけて「週刊少年ジャンプ」で連載されました。バスケットボールという枠を超えた、スポーツ漫画の代名詞的存在と言える作品だと思います。
(C)井上雄彦I.T.Planning,Inc.
「幽☆遊☆白書」は、平成2年から平成6年にかけて「週刊少年ジャンプ」で連載されました。主人公が死亡するところから物語が始まり、生き返って人間界と霊界の平和を守るために妖怪と戦う、という斬新なストーリーに魅了される人が続出しました。
(C)冨樫義博 1990-1994年
平成6年から平成11年にかけて「週刊少年ジャンプ」で連載された「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-」は、「人斬り抜刀斎」として恐れられた剣客、緋村剣心が宿敵たちと戦いを繰り広げる物語です。
(C)和月伸宏/集英社
「はじめの一歩」は、平成元年に「週刊少年マガジン」で連載スタートし、現在も連載中のボクシング漫画です。「強さとは何か?」。その答えを探し求め続け、プロボクサーとして、また人間としても成長していく主人公、一歩を応援している人は多いでしょう。
(C)森川ジョージ/講談社
推理漫画の王道中の王道となった、「名探偵コナン」。連載が開始されたのは平成6年で、「週刊少年サンデー」史上最長の連載期間を今なお更新中です。海外でも漫画、テレビアニメが刊行・放映されるなど、国境を越えて支持される大人気漫画です。
(C)青山剛昌/小学館
パソコンやインターネットが急速に普及し始めた平成中期。平成11年には、携帯電話のIP接続サービス「iモード」の運用が始まり、携帯電話の可能性がグンと広がりました。平成14年には、サッカーの日韓ワールドカップが開催され、日本中が熱狂の渦に巻き込まれましたね。
漫画界はというと、平成初期に全盛だった「王道漫画」から徐々に作風が変化し始めます。騙し合いや駆け引き、ダークファンタジーといった新しい切り口の作品が次々に登場してきたのです。作品の切り口が多様化し、新しいジャンルの漫画が次々に生まれた平成中期はまさに、「漫画戦国時代」の幕開けと言えるのではないでしょうか。
たとえば「週刊少年ジャンプ」では、「ONE PIECE」「HUNTER×HUNTER」「NARUTO -ナルト-」といった王道作品に加えて、「DEATH NOTE」に代表される駆け引きや頭脳戦を切り口にした作品が掲載されるようになりました。さらに、マイナーな漫画雑誌からヒット作が登場するようになったのも特徴で、特に「月刊少年ガンガン」で連載された「鋼の錬金術師」は、錬金術というアングラな題材を扱った作品にも関わらず、コミック累計売上部数7000万部を超えるほどの人気作品に。一躍、同雑誌の看板作品となりました。
平成15年に連載が開始された「DEATH NOTE」は、名前を書いた人間が死ぬという死神のノート「デスノート」を巡る頭脳戦を描いた漫画です。「これまでのジャンプでは考えられない斬新な切り口」と話題を呼びました。
(C)大場つぐみ・小畑健/集英社
「鋼の錬金術師」は、平成13年から平成22年まで「月刊少年ガンガン」で連載されました。錬金術というマイナージャンルを扱った、ダークファンタジー漫画の代名詞と言える作品です。
(C)Hiromu Arakawa/SQUARE ENIX
「ONE PIECE」を知らない人はいませんよね? コミックの国内累計発行部数が日本漫画で最多の3億8000万部を突破している、言わずと知れた超大作です。
(C)尾田栄一郎/集英社
平成10年から「週刊少年ジャンプ」で連載されている「HUNTER×HUNTER」は、連載中の作品の中では「ONE PIECE」に次ぐ長期連載作品です。休載が多いことでも話題に上がりますが、再開されるとネットニュースで掲載されるなど、熱心なファンが多いことでも有名です。
(C)POT(冨樫義博) 1998-2019年
平成11年から平成26年まで「週刊少年ジャンプ」で掲載された「NARUTO -ナルト-」は、忍者を題材にした人気漫画です。平成18年には主人公のうずまきナルトが「世界が尊敬する日本人100」に漫画・アニメキャラクターとして唯一選出されました。
(C)岸本斉史 スコット/集英社
デジタル改革が著しく進んだ平成後期。スマートフォンが登場したことも大きなトピックですね。
そんな平成後期は、読者的にも作者的にも、漫画雑誌のとらえ方について変化が現れてきます。これまでヒット作と言えば、「週刊少年ジャンプ」を始めとする少年誌に掲載される作品がほとんどでしたが、「週刊ヤングジャンプ」掲載の「キングダム」や、「ビッグコミック」掲載の「BLUE GIANT」など、これまで少年誌に後塵を拝していた青年誌からもヒット作が生まれるようになったのです。「人気のある漫画雑誌に掲載されているから売れる」のではなく、コンテンツ力のある「本当におもしろい作品が売れる」ようになってきたのが平成後期の特徴ですね。
電子書籍やWeb漫画、漫画アプリの登場もそうした流れのひとつと言えるでしょう。出版社や漫画雑誌の実力に左右されず、作者が描きたいものを描き、自由な掲載方法を選ぶという時代へと移り変わりました。
作風に関しては、エリートサラリーマンが魔法世界の少女に転生する「幼女戦記」や、巨人と人間が戦うという設定で、コミック累計発行部数7800万部を突破した「進撃の巨人」など、これまであまり見られなかったマニアックな題材の作品に人気が集まっています。
音楽漫画としてはニッチなジャズを題材とした「BLUE GIANT」。担当編集者が「ヤマハ大人の音楽レッスン」でサックスに挑戦するなど、コラボレーション企画も行われている話題の漫画です。
(C)石塚真一/小学館
平成23年に小説投稿サイトで連載が開始された「幼女戦記」。平成25年10月からはWeb版を改稿する形で刊行されており、書籍版をベースに漫画やアニメ、映画などが展開されています。
(C)東條チカ・カルロ・ゼン・篠月しのぶ/KADOKAWA
「別冊少年マガジン」で連載中の「進撃の巨人」は、平成21年の連載当初から話題を呼んでいましたが、平成25年にアニメされたことで、さらに人気を集めました。ハリウッドでの実写映画化も予定されており、名実ともに平成後期の超大作と言えるでしょう。
(C)諫山創/講談社
「僕のヒーローアカデミア」は、主人公がヒーローを目指して成長していくヒーロー漫画。平成26年の第1巻発売時には即完売状態で、単行本2巻が発売された頃には「次世代少年マンガの雄たる作品」とも評されました。
(C)堀越耕平/集英社
平成18年より「週刊ヤングジャンプ」にて連載が続く「キングダム」は、第17回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞作品です。この4月には実写映画化もされた人気漫画です。
(C)原泰久/集英社
戦後の漫画やアニメに絶大な影響を及ぼした手塚治虫先生は、奇しくも平成元年に亡くなりました。つまり漫画界にとってこの30年余りは、“手塚治虫以後の時代”だったわけですが、偉大な先輩の作品に負けないくらい魅力的な作品が続々と誕生した平成は、「漫画と言えば手塚治虫」のイメージから脱却した時代になったのではないでしょうか。
そして現在、漫画の表現方法や作風などがこれまで以上に多様化してきています。今後もデジタル化の流れは続いていくでしょうし、デジタル配信限定の漫画で、国民的ヒット作となるような漫画が登場する日も近いはずです。そういった意味でも、今は漫画界にとって分岐点と言える時期です。5月1日からは新元号「令和」となりますが、令和がどのような時代になり、漫画によってどのような彩りが与えられるのか、楽しみでしかたがありません。
取材・記事/雪か企画