朝井麻由美の、ぼっち充のススメ

クリスマスだからこそ、1人で神社巡りをしてみた

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1人BBQ、1人遊園地など、1人行動をこよなく愛するライター朝井麻由美が、玩具やデジタルグッズを使ったぼっちライフを追求していく連載です。

「クリスチャンでもないのにクリスマスを祝いたがるのはおかしい」とは、クリスマスをくさすときによく使う言い回しである。私もこれにはたいそううなずいていた。確かに普段さしてイエス・キリストを熱心に信仰しているわけでもないのに、毎年12月24日と25日、つまりイエス・キリストの誕生日とその前日にだけ急にスポットを当てるのは不自然だ。なんなら、キリストばかりが祝われて、ほかの神々はたいして祝われないのは不公平だ、くらいに思っていた。

けれど、はたしてそういうことを言える資格が自分にあるのか、と言われたら、答えに窮する。というのも、確かに私はキリスト教徒ではないが、だからといって仏教徒でもなければイスラム教徒でもなく、神道を信仰しているわけでもない。もしこれが、熱心な仏教徒だったとしたら、「キリスト教徒じゃないから、クリスマスは何もしませーん」と言えるだろう。筋が通っている。だが、そうではない自分にはこんなことを言える資格などないのではなかろうか。

少したとえ話をしたい。今からする話は、実際の人物や団体とは関係はありません、と前置きした上で、たとえ話をする。別に仏陀(ブッダ)ちゃんと付き合っているわけでもないのに、「仏陀ちゃんがヤキモチやいちゃうから、キリストちゃんの誕生日であるクリスマスは祝いませーん」と言っているような感じがするのだ。仏陀ちゃんと付き合っているならわかる。仏陀ちゃんという恋人がいながら、キリストちゃんの誕生日に2人きりで過ごすなんてやめてあげてほしい。たとえ仏陀ちゃんが帰宅した僕をただ、ふふ、と笑って何も言わずに受け入れてくれるとしても、だ。目の前の恋人である仏陀ちゃんのことだけを見つめていてほしい。それがどうだろう。別に何も信仰していないのに、クリスマスを「キリスト教徒じゃないから〜」という理由でくさすのは、別に誰とも付き合ってもいないのに、「仏陀ちゃんやアラーちゃんや八百万の神ちゃんたちがヤキモチやいちゃうから、キリストちゃんの誕生日は祝いませーん」と言っているということなのだ。これはカッコ悪い。付き合ってもなければ告白されてもいないのに、勝手に恋人気取りになっているやつである。これで一連のたとえ話は終わるが、実際の人物や団体とは関係はありません、と念のためもう一度繰り返しておく。

さて、この状況をどうにかすべく、私はクリスマスのこの時期に敢えて、神社巡りをすることにした。要は、きちんと熱心に信仰していれば問題ないのだ。本来ならば当日が望ましかったが、原稿の締切などの事情でクリスマス前に行ったのはお許しいただきたい。なお、「クリスチャンでもないのに〜」とクリスマスをくさした経験のある何人かに、一緒に神社巡りをしよう、と声を掛けたところ、誰にも理解されなかった。残念である。

私は1人、原宿へやってきた。きらびやかに飾り付けられたクリスマスツリーを無視して、東郷神社へ向かう。

手水で身を清め、お参りをし、カバンから御神酒(おみき)を取り出した。お供えするために事前に買っておいたのである。東郷神社の人に聞いたところ、御神酒をお供えしたい場合は、お賽銭箱の上に置いておけばいいらしい。

この御神酒はれっきとしたお酒なため、飲むこともできる。本来はお供えしたあとに、神様のお下がりとして飲むものらしいが、お供え用のほかに自分用に1本だけ余分に買っておいたものを飲むのならば問題ないだろう。東郷神社での参拝を終えた後、公園に寄って一杯ひっかけることにした。

火を使わずに外で飲み物を温めることのできる「携帯おかん器」を使い、熱燗を作る。袋状の「おかん器」に、付属の発熱剤を入れ、水をそそぐ。すると、すぐにぶくぶくと沸騰し始めた。そこに御神酒を入れ、しばらく待つ。

みんなはシャンパン、私は御神酒。どう考えても私のほうが位が高そうだ。謎の優越感を抱きながら、ありがたく御神酒をいただいた。

次は恵比寿にやってきた。恵比寿ガーデンプレイスに鎮座する大きなクリスマスツリーを例によって無視して、目黒の大鳥神社へ向かう。

大鳥神社の主祭神は日本武尊(やまとたけるのみこと)。由緒ある古い神社である。大鳥神社では御神酒はお賽銭箱に直接置くのではなく、社務所の人にお渡しするのがよいとのこと。このあたりは神社によって異なるようだ。

最後は赤坂氷川神社へ向かった。身を清め、お参りし、御神酒をお供えする。赤坂氷川神社でも、御神酒は社務所の人にお渡しするほうがよいと言われた。お賽銭箱にそのまま置いておいてもいい神社のほうが珍しいのかもしれない。

1日で3軒も神社をまわると、なんだかすごく心身が浄化されたような気分になってくる。今、たぶん私の中に邪気はない。その効果が出ているのか、おみくじを引いてみたら大吉だった。

ただ、確かもともとこの神社巡りは、「私は神道ちゃんと付き合っているから、キリストちゃんの誕生日であるクリスマスは祝わないもんね」というロジックのもとに始めていた。けれど、そもそも神道は神社によって祀られている神様が違う。それはなんというか、浮気みたくならないのだろうか。神社を巡りまくることははたして正しかったのだろうか。

赤坂氷川神社を後にした私は、けやき坂のイルミネーションを無視しながら歩く道中、よくわからなくなっていた。そして思った。私は今日、「クリスチャンじゃないからクリスマスは祝いませーん」と言いたいがために、当てつけのように神社巡りをして急に神道を信仰した。たとえるならこれは、「キリストちゃんの気を惹きたいがために、当てつけで神道ちゃんと付き合った人」みたいではないか。こういうの、少女漫画ではよくある。

本当に言い訳みたくなってしまうが、不純な気持ちでは決してなく、東郷神社、大鳥神社、赤坂氷川神社と、今回掲載許可をいただいた神社には、心を込めてお参りさせていただいた。クリスマスが今年もやってくる。誰かの気を惹きたいがために、当てつけと一時的な寂しさから付き合った2人が、クリスマスの夜を過ごす。そしてきっと、年が明ける頃には別れているのだろう。

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朝井麻由美

朝井麻由美

ライター・編集者・コラムニスト。最新刊に『「ぼっち」の歩き方』(PHP)。ほか著書に『ひとりっ子の頭ん中』(KADOKAWA)など。一人行動が好きすぎて、一人でボートに乗りに行ったり、一人でBBQをしたりする日々。Twitter:@moyomoyomoyo

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2017.3.27 更新
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