「2020年は、どんな年だった?」って話になると、どうしたって新型コロナウイルスの話に集約されちゃうと思うんですよね。
だって、「オリンピックが世界的なパンデミックで中止になりました」とか、どう考えても後々に世界史の教科書に載っちゃうレベルだと思いますし。
もちろん、文房具業界も“with コロナ”の日常に対応して、自宅ワーカーが快適に仕事をこなせるツールなどが注目を浴びています。
……なんですが、文房具ライターとしては「違う! 2020年に注目すべきはそこじゃねぇ!」と、声を大にして言いたいんですよ。
2020年に発売された、歴史に残るボールペンを徹底解説!
実は2020年は、近年まれに見るボールペンの当たり年だったんです。それこそ、文房具史の教科書が存在したら載っちゃうレベルで。
世間的にコロナが騒がれるのは当然ですし、もう仕方がない。でも、文房具シーンにおいては、きちんと「今、ボールペン、スゴいことになっています」というのをきちんと残しておきたい。
ということで今回は、「このボールペンがスゴい2020」と題して、2020年に発売された絶対注目のボールペンを紹介していきたいと思います。
文房具史において、まずひとつ大きいのが2006年の話。今や誰もが知っている低粘度油性インクの「ジェットストリーム」(三菱鉛筆)が誕生した年です。
それまで、「ボールペンなんて、とにかく書ければ問題ないでしょ」と思われていた中で、いきなり次元の違う“滑らかな書き味のよさ”という概念をブチ込んできたわけで、これは間違いなくひとつの革命でした。
我々ユーザーも「そりゃ、どっちか選ぶなら書き味がいいペンだわ」となりますし、結果として筆記具メーカーは、以降の製品をすべて「普通に書ける」から「書き味よく書ける」へとステージアップせざるを得なかったわけです。
時は流れて2020年。もはや今発売されているペンに「書き味の悪い、ただ書けるだけのペン」はほとんど存在しません。どれで書いてもそれなりに気持ちいい。
技術的にもほぼほぼ成熟し切っており、メーカー間でも「これ以上に書き味で競うのはキツいなー」という状態なんです。
とは言っても、新製品を出す以上は他所と差別化はしなきゃいけない。そこで今戦場となっているのが、「油性インクの先鋭化」と「ゲルインクのインク沼化」です。
端を発したのは、これまた「ジェットストリーム」を生んだ三菱鉛筆です。
2019年末〜2020年頭に発売された「ジェットストリーム エッジ」(以下、「エッジ」)は、油性インクで世界最細となるボール径0.28mmという驚異的なものでした。油性はにじみが少ないため、同じボール径でもゲルより確実に線が細く、さらに低粘度の滑らかさで紙にカリカリと引っかかりにくい。
これは、「滑らかな書き味」だけに慣れ切っていたユーザーにとっても、「滑らか、かつ、すっげー細い!」という新たな衝撃がありました。
特に、手帳に細かく書き込む用途としては、まさに最強と言えるでしょう。
2019年末に発売され、2020年に大いに話題となった最細0.28mmの「ジェットストリーム エッジ」(三菱鉛筆)
となれば、低粘度油性のライバルであるパイロットも黙っていません。
2020年11月に、同社の滑らか低粘度油性「アクロインキ」を搭載した0.3mm径「アクロボール Tシリーズ (激細)」(以下、「アクロ」)で追随します。
見た目の数字では、「エッジ」より0.02mm太い!と思われるかもしれませんが、ぶっちゃけその辺りはあくまで誤差って感じ。視認しても「どっちもすっげー細い!」という感想以外は出ないでしょう。
しかも、「エッジ」が1,000円なのに対して、「アクロ」は150円(どちらも税別)。安い! 個人的には「アクロ」のほうがややカリッとした書き味の硬さを感じますが、それも好みで決めていい範疇だと思います。
同じく低粘度油性で書きやすい0.3mmの「アクロボール Tシリーズ(激細)」(パイロット)
5mm方眼1マスに「アクロボール0.3mm」の10文字が余裕で書けるぐらいに線がシャープ
同じく11月には、三菱鉛筆が3色タイプの「ジェットストリーム エッジ3」を発売したんですが、これもまた衝撃的なギミックを内蔵していました。
従来の多色ペンは、その構造上、どうしてもリフィル(インク芯)を先端から垂直に出すことができません。ペン先は、軸中心に対して3〜5°ほど斜めになってしまうんです。特に0.28mmという超極細ボール径だと、この3〜5°という角度が、引っかかりや書き出し不良の原因になります。
0.28mmのエッジ芯を3色内蔵した「ジェットストリーム エッジ3」。当然ながら油性多色ペンで世界最細!
軸後端のダイヤルを回すと、リフィルが回転しながら前進する特殊な「スピロテック機構」。これなら、常にまっすぐペン先が出てきます
しかし「エッジ3」は、新しい回転繰り出し技術の「スピロテック機構」と、偏心した「ポイントノーズ形状」により、すべてのペン先をまっすぐズレなく出すことができるように作られています。
これによって、超極細字の多色であるにも関わらず、しっかりとインクが出て、書きミスも少ない、完全に新しい多色ボールペンに仕上がっているわけです。
ただ、その構造ゆえか、筆記時にチャカチャカとした芯の揺れがあるのは、今後の解決課題かもしれません。
とはいえ、多色ペンが誕生して以来ずっと解決できないでいた“ペン先斜め問題”をクリアしたということで、これは間違いなく歴史に残る級の1本と言えます。
文房具業界全体で、昨今の流行ワードと言えば「インク沼」。
続々と増殖する万年筆用カラーインクの“沼”に、コレクターたちがハマり続けており、今やカラーインクだけにスポットを当てたイベントも全国各地で開催されています。
そういう前提もあってか、ゲルボールペンも、得意ジャンルであるカラーの多彩さで各メーカーが競い合う状態になっているわけです。
ただ、ゲルボールペンの代表格と言えるゼブラ「サラサクリップ」は、現時点で56色という最強のカラーラインアップを持っています。今からこれに追いつき対抗するのは、なかなかに難しい、というのも間違いないところ。
「ユニ」「ワン」(どちらも「1」の意味)と、かなり気合いを感じるネーミングの「ユニボール ワン」
そこで、三菱鉛筆が取った施策が、クッキリ発色の追求です。
2020年1月に発売された「ユニボール ワン」は、色材である顔料に特殊な改良を加え、紙に沈み込みにくくしました。これによって、顔料が紙表面に残りやすく、これまでにないクッキリとした発色を実現しています。
どれぐらいクッキリしているかと言うと、たとえば黒インクは斜めから光が当たっても反射せず、どの角度から見ても常にクッキリと黒い。実際に他メーカーの黒インクと比較しても、今のところ“世界で最も黒いボールペン”と断言していいでしょう。
ローンチの20色は、中高生に人気の高いピンク系とブルー系にやや偏った印象。どれも非常にクッキリ発色です
カラーラインアップは20色と、まだ「サラサ」に比べると控えめですが、どれも間違いなくクッキリ発色。普通だと明る過ぎて筆跡が読みづらい黄色ですら、筆記色として問題なく使えるのは、もはや衝撃的です。
さらに今秋には、数量限定発売ですが、朝・昼・夜の時間帯にそれぞれマッチする3色×3セット=9色の新色を追加しました。
なかでも、濁り系の色「シトロン」と「ピスタチオグリーン」は、これまでのゲルボールペンにはあまりなかった雰囲気で、非常に斬新。
基本的に濁り色は一種の汚れ感があって避けられがちな色ですが、「ユニボール ワン」のクッキリ発色をもってすれば、深みのあるいい色になるんです。
数量限定販売の「ユニボール ワン」限定カラー9色。爽やかさと深みが混じった面白い配色セットです
もうひとつカラーで注目すべきが、カラーブラックの流行。
カラーブラックとは、黒に近い濃厚なダークカラーのこと。万年筆やボールペンでもおなじみの「ブルーブラック」もこれに当たります。
そもそも仕事用のボールペンと言えば、基本的には黒インク1択。ですが、カラーブラックは「一見すると黒だけど、よーく見るとちょっと違う?」ぐらいのニュアンスなので、しれっと使えばまず周囲にバレることはありません。
そういったビジネスシーンにおけるちょっとした遊びとして、カラーブラックはツウの大人に人気、というわけ。
6色のカラーブラックが揃った「ボールサインiD」(サクラクレパス)。ダークグレー軸が0.5mm、ライトグレー軸が0.4mmです
これがどれぐらい流行っているかと言うと、2020年12月に発売されたサクラクレパス「ボールサインiD」は、何と6色のラインアップすべてがブラック!
色名も「ピュアブラック」、「ナイトブラック」、「モカブラック」、「フォレストブラック」、「カシスブラック」、「ミステリアスブラック」と、全6色が「○○ブラック」で統一されています。
さすが、そう名乗るだけあって、これまでのダークカラーとは明らかに一線を画した黒さ。かなりじっくり見ないと、カラーが混じっていると認識するのも難しいかも。
深みのあるカラーブラックは、少し明るいぐらいの場所で見ると、もう普通の黒と見分けが付かない感じ。この絶妙な黒さが人気です
ここまで濃過ぎるカラーブラックは、さすがにほかのゲルボールペンのラインアップにはありません。つまり、「この色が使いたいから、このペンを選ぼう」というモチベーションにすらなり得ているんです。
いよいよ本格的に、書き味じゃなくてインクの色でボールペンを選ぶ時代が来たのかもしれません。
最新機能系から雑貨系おもちゃ文具まで、何でも使い倒してレビューする文房具ライター。現在は大手文房具店の企画広報として企業ノベルティの提案なども行っており、筆箱の中は試作用のカッターやはさみ、テープのりなどでギチギチ。