こんにちは、ファイナンシャル・プランナー(FP)の豊田です。
「相続税」という言葉を聞いて、どんなイメージが浮かびますか?
相続税は亡くなった人の財産を親族などが受け取ったとき、その金額が一定額以上になった場合にかかってくる税金です。すべての人にかかる税金ではいので、他人(ひと)事としてとらえ「一部のお金持ちの話でしょ。実家も特別裕福でもないし、私には関係ない」と思う人もいるかもしれません。ところが、2015年に相続に関する法律が改正され、もはや富裕層のみが負担する税金ではなくなっています。
今回はそんな相続税の仕組みと、相続税の負担を軽くするための手段として、6つの生前贈与について紹介します。
相続税には、遺産総額のうち、この金額までだったら非課税になる(税金がかからない)「基礎控除額」があります。法律が2015年に改正され、基礎控除額が以下のように縮小されました。
2014年以前:5000万円+1000万円×法定相続人の数
(法定相続人が妻と子ども1人の家庭の場合)
5000万円+1000万円×2=7000万円までの遺産だったら、税金がかからない。
2015年以後:3000万円+600万円×法定相続人の数
(法定相続人が妻と子ども1人の家庭の場合)
3000万円+600万円×2人=4200万円までの遺産だったら、税金がかからない。
上記のとおり、基礎控除額が4割縮小されました。この影響は顕著にデータに出ています。下記のグラフを見ると、基礎控除が縮小された後の2015年(平成27年)には課税対象となる被相続人数が急増していることがわかります。
被相続人数の推移
(国税庁「平成29年分の相続税の申告状況について」より)
また、亡くなった人のうち、相続税の課税対象となった人の割合を示す「課税割合(全国平均)」は法律改正前の2014年が4.4%だったのに対し、2017年は8.3%と2倍近くに跳ね上がっています。
特に土地の評価額が高い東京都では、課税割合が高めになっています。前述したとおり、2017年の課税割合は全国平均で8.3%なのに対し、東京都は倍近い16.2%と高く、次いで高いのが愛知県の13.9%、3番目が神奈川県の13.0%という結果が出ています。
このように、東京都内に親の持ち家がある場合はもちろん、大都市近郊の場合でも、基礎控除額をオーバーする可能性は高くなるのです。
もしも、親に万が一のことがあり遺産を相続する場合、あなたに相続税はかかるでしょうか? 父母が70代になったら(資産が多い場合はもっと前から)、ともに考えておくことが必要かもしれません。
相続税は、亡くなった人が持つ財産を、亡くなった時点の価値で評価します。現金などは、すぐにそのときの時価はわかります。ただ、住宅や土地といった不動産は、評価額を計算するにあたって細かい規定や特例があります。非常に高度な知識を必要とするので、不動産の評価額を知りたい場合、税理士などの専門家に依頼するとよいでしょう。
では、相続税はどのように計算されるのか、ひとつの事例を想定して見ていきましょう。
【事例】遺産総額:1億円、借入金:なし、法定相続人:妻、長男、長女
(1)正味の遺産額を計算
土地・建物や金融資産などから、借入金を差し引く
事例の場合)1億円
(2)課税対象の遺産総額を計算
正味の遺産総額から基礎控除額を差し引く
事例の場合)1億円−4800万円(3000万円+600万円×3)=5200万円
(3)課税対象の遺産総額を法定相続分(民法で決められた相続の割合)で分割
事例の場合)
妻:5200万円×1/2=2600万円
長男:5200万円×1/4=1300万円
長女:5200万円×1/4=1300万円
(4)各人の取得分に応じた税率をかけ、控除額を差し引き、相続税の総額を算出
妻:2600万円×15%(税率)−50万円(控除額)=340万円
長男:1300万円×15%(税率)−50万円(控除額)=145万円
長女:1300万円×15%(税率)−50万円(控除額)=145万円
相続税総額:340万円+145万円+145万円=630万円
(5) 相続税の総額を遺産分割の割合(この例では法定相続分)で分けて、各人の相続税額を算出
妻:630万円×1/2=315万円(※1億6000万円までを限度とする、配偶者の税額軽減が適用でき、妻の相続税は0円)
長男:630万円×1/4=157万5000円
長女:630万円×1/4=157万5000円
この場合、妻は1億6000万円まで非課税となる「配偶者控除」があるので、相続税額はゼロになり、長男と長女はそれぞれ、157万5000円ずつ負担することになります。
(4)で紹介した相続税の税率は、遺産の取得金額に応じて以下のようになっています。
1000万円以下:「税率10%、控除額0円」
3000万円以下:「税率15%、控除額50万円」
5000万円以下:「税率20%、控除額200万円」
1億円以下:「税率30%、控除額700万円」
2億円以下:「税率40%、控除額1700万円」
3億円以下:「税率45%、控除額2700万円」
6億円以下:「税率50%、控除額4200万円」
6億円超:「税率55%、控除額7200万円」
(国税庁HPより)
このように、相続財産が増えるほど税率が上がっていきます。
下記の表はより簡単に試算できる相続税額早見表です。厳密な計算は税理士に依頼するべきですが、大まかな目安を把握したい場合はこちらを参照してください。あくまでも法定相続分によって相続した場合の相続税額で、左半分が配偶者がいる場合、右半分が子どものみの場合を表しています。
相続税額早見表(単位:万円)
・相続人が法定相続分により相続した場合の相続税額(1万円未満を四捨五入)
・相続税額の計算上、配偶者の税額軽減のみ適用。未成年者控除などは考慮していない
[日本実業出版社「いまからはじめる相続対策」(中島典子/豊田眞弓)より]
親に万が一のことがあったときに、相続税がかかってくることがわかった場合、いくつかの方法で相続税を軽減することができます。そのうちの有効な手段のひとつが「生前贈与」です。生きている間に子や孫に財産を贈与することで相続財産を減らし、亡くなったときにかかる相続税を減らすことができます。
通常、財産の贈与を受けると(財産をもらうと)「贈与税」がかかってきます。贈与税は贈与の金額が大きくなるほど、税率も高くなります(詳しくは「国税庁の贈与税の計算と税率」をご覧ください)。
しかし、教育費や住宅購入資金など、贈与を受ける目的によっては、一定の金額までは贈与税がかからない非課税制度が設けられています。こうした非課税制度を上手に活用することで、相続税と、生前贈与の負担を軽くすることができます。ここでは、非課税の対象となりうる6つの生前贈与の例を紹介します。
よく知られている生前贈与の手段として「暦年贈与」があります。暦年贈与とは、こよみ上の1年間(1月1日〜12月31日まで)に受ける贈与を指します。年間に贈与を受けた額が、基礎控除の110万円を超えると贈与税がかかりますが、年間110万円以下の場合は、贈与税がかからず、申告も不要です。ただし、基礎控除の対象になるのは「もらった額の合計」で計算されます。たとえば、父から100万円、母から100万円の計200万円贈与を受けた場合、贈与税がかかってきます。
相続税対策で暦年贈与を利用する場合、非課税範囲となる年間110万円以下を子どもや孫に贈与する形が多いようですが、注意が必要なケースがあります。
贈与をする親が、子や孫の名義の通帳や印鑑を管理している場合、「名義を借りているだけ」と判断され親の相続財産とみなされてしまうことがあるのです。また、「孫の誕生日に100万円ずつ10年間贈与する」などと約束して実行すると、「計画的な贈与」として、最初から1000万円を贈与する予定だったとみなされ、贈与税の対象になるケースもあるようです。
このほか、相続開始(死亡した日)より3年以内に贈与した分は「持ち戻し」と言って、相続財産に加えられる仕組みがあることも頭に置いておきましょう。
110万円まで非課税となる暦年贈与について紹介しましたが、夫婦や親子、兄弟姉妹などの扶養義務者の間では、生活費や教育費として贈与した「通常必要と認められるもの」(国税庁)については、そもそも非課税となります。生活費とはその人が日常生活を送るために必要な費用を指しており、通常ですと、仕送りやアパートの賃料などが該当します。また教育費についても、学校の授業料や文房具代などが、これに該当します。
あくまでも、すぐに必要となる生活費や教育費で、直接こうした支出にあてる分に限られます。生活費や教育費として贈与を受けた資金を銀行に預けたり、株式などの投資資金にあてたりした場合は贈与税の対象になるので、注意しましょう。
婚姻期間が20年以上ある夫婦間で自宅を贈与する場合、2000万円まで非課税となります(これに贈与税の基礎控除110万円を足した2110万円まで非課税)。これは、自分が住む住宅に限らず、住宅を購入するための資金の贈与でも利用できます。ただし、贈与を受けた翌年3月15日にはその家に住んでいて、その後も住む見込みであることが条件です。
父母や祖父母など直系尊属から、自分が住む住宅用の家屋の取得(新築、増改築等も含む)にあてる資金の贈与を受けた場合、一定の要件を満たせば、以下の限度額までは非課税となります。たとえば消費税10%の物件を2020年3月末までに契約すれば、省エネ等の住宅では最大3000万円(実際には基礎控除額110万円をプラスした3110万円)までの贈与が非課税です。
【消費税8%で契約した物件】
2016年1月1日〜2020年3月31日:700万円(一般住宅)、1200万円(省エネ等の住宅)
2020年4月1日〜2021年3月31日:500万円(一般住宅)、1000万円(省エネ等の住宅)
2021年4月1日〜2021年12月31日:300万円(一般住宅)、800万円(省エネ等の住宅)
【消費税10%で契約した物件】
2019年4月1日〜2020年3月31日:2500万円(一般住宅)、3000万円(省エネ等の住宅)
2020年4月1日〜2021年3月31日:1000万円(一般住宅)、1500万円(省エネ等の住宅)
2021年4月1日〜2021年12月31日:700万円(一般住宅)、1200万円(省エネ等の住宅)
(国税庁サイトを参照し筆者作成)
※「省エネ等の住宅」とは省エネ、耐震、バリアフリーのいずれかについて、一定の条件を満たしている住宅のこと
ただしこの制度の適用を受けるには、以下の条件をすべて満たす必要があります。
・贈与を受ける子や孫は20歳以上、合計所得額2000万円以下
・贈与を受けた年の翌年3月15日までに家屋の新築・取得し、その家に住むことが確実であること
・住宅は床面積50平方メートル以上240平方メートル以下で、床面積の1/2以上が居住用であること
また中古住宅の場合は、以下の3点のうちどれか1つを満たしていることが必要です。
・マンションは築25年以内、木造は築20年以内
・一定の耐震基準を満たすことが証明されている
・購入後に耐震改修工事を行い、贈与を受けた翌年の3月15日までに一定の耐震基準に適合すると証明された住宅
(詳細は国税庁「直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の非課税」で確認してください)。
30歳未満の子・孫へ教育資金の一括贈与は、1500万円までなら非課税で行うことができます。教育資金の範囲には、学校に納める入学金・授業料、受験料のほか修学旅行の費用や給食費なども含まれます。500万円までであれば、学習塾や習い事の費用も対象です。
贈与をする父母や祖父母が信託銀行などに子・孫の名義の専用口座を開設し、一括して預け入れることで贈与が完了します。資金を使うときは、金融機関に領収書等を提示してその額の分を引き出します。子や孫が30歳になった時点で残った分は、贈与税の対象になります。
この制度は2019年3月末まで有効なものでしたが、税制改正で2021年3月末まで延長されることが決まりました。ただし、次の点が変更されることは覚えておきましょう。
・贈与を受ける子・孫の前年の合計所得額は1000万円以下(2019年4月以降)
・23歳以上の子・孫については、スキルアップにつながる講座や大学・大学院などに限定。趣味やスポーツなどの費用は対象外(2019年7月以降)
・23歳以上の子・孫に贈与した後に父母や祖父母が亡くなった場合、死亡前3年間の贈与のうち、教育費として使わずに残った分は相続財産として課税(2019年4月以降)
20歳以上50歳未満の子・孫への結婚・子育て資金の一括贈与は1000万円(結婚資金は300万円)までは非課税です。「結婚資金」は挙式や結納、新居を借りる敷金、引越し費用などで、「子育て資金」は妊娠・出産や不妊治療にかかる費用、産後ケアの費用、小学校入学前の子の医療費や保育料・幼稚園代などが含まれます。
教育資金の一括贈与と同じく、父母や祖父母が金融機関に子・孫名義の口座を開設し、一括して資金を預け入れます。期間中に贈与者が亡くなると残額は相続税の対象になり、子・孫が50歳になった時点で残額があるときは贈与税の対象になります。
やはり2019年3月末までの制度でしたが、2021年3月末まで延長されます。また、贈与を受ける子・孫の前年の合計所得は1,000万円以下という条件が加わりました。これは2019年4月1日以降の贈与分について適用されます。
相続税を引き下げる効果が必ずしも高いとは言えませんが、生前贈与のひとつの手段として「相続時精算課税制度」についても触れておきます。
この制度は60歳以上の父母や祖父母から、20歳以上(2022年4月1日以降は18歳以上)の子・孫に贈与をした場合に使うことができる制度です。使いみちは限定されていません。累計で2500万円までの贈与は、いったん非課税となり、2500万円を超えると、超えた分に20%の贈与税がかかります。この制度を利用する場合、贈与を受けた翌年の3月15日までに贈与税の申告を行う必要があります。
ここで注意してほしいのは、税金がかからないのが、あくまで「いったん」である点です。贈与をした父母や祖父母が亡くなると、相続時精算課税制度で贈与を受けた分も相続財産に加えて相続税を計算し、「精算」する仕組みになっているのです。そして、この制度を選択して贈与を受けた場合、その後、先にあげた「暦年贈与」は使えなくなります。たとえ、一時的に非課税で贈与を受けても、相続時に精算されるという点で相続税を引き下げる効果は低いので、制度を利用する際には慎重に検討する必要があります。
さまざまな生前贈与の方法を紹介してきましたが、父母や祖父母が相続税がたっぷりかかるようなお金持ちであるなら、こうした手段をフル活用して相続税を節税する必要があるでしょう。しかし、相続税がかかったとしても少額である場合や、父母や祖父母がそれほどの高齢でない場合は、今後の老後資金や介護資金などのために余力を残しておいてもらうことも必要です。
今どきは95歳、100歳まで長生きをする前提で準備をしておかなくてはならない時代でもあります。生前贈与のしすぎで、老後資金・介護資金不足に陥るのは本末転倒です。親の資産が住宅中心の場合は特に、相続税がかかる状態でも金融資産が少なく、生前贈与を行うと老後資金・介護資金が不足する可能性があります。生前贈与ではなく、生命保険を活用した節税対策(「500万円×法定相続人の数」の非課税枠)を検討するのもひとつの方法かもしれません。悩んだときは自己判断だけではなく、専門家に相談することも大事です。
生前贈与を上手に使いこなすには、父母や祖父母の資産状況をある程度把握している必要があるでしょう。しかし、実際には自分たちのふところ具合を子どもたちに明かしたがらない親も少なくありません。明らかに資産が多い方であれば、父母や祖父母が税理士らにみずから相談をして、早くから対策を採っていることでしょう。
「あわよくば生前贈与を」などという思いで、安易に親の資産状況を聞き出そうとして、親子関係をこじらせたりしては、元も子もありません。普段からしっかりコミュニケーションを取っておくことが大事です。
FPラウンジ代表。経済誌などのライターを経て1994年より独立系FPとして活動。個人相談業務のほか講演、マネーコラムの寄稿などを行う。ライフワークとして子どもや大人の金銭・金融教育にも携わる。小田原短大非常勤講師も務める。