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大正3年創業。老舗金庫店の3代目“鍵師”が生解説

キャッシュレス時代に何を守る? 老舗金庫店の鍵師に聞いた“金庫の話”が深かった!

「墨田区にある『金庫と鍵の博物館』がちょっとおもしろそうなんですよ」

夏のさなか、日々お得なマネーネタを追っている価格.comマネー編集部との打ち合わせで出たのがこの話題。なんでも、「世界に1台の昭和12年頃の機密金庫」や「古代エジプトの模造錠」、「江戸時代の因幡錠」などをはじめ、金庫の逸品が陳列してあるそう。マネーと金庫は古くから切っても切れない関係だし、キャッシュレス時代の今、あえて金庫に注目してみるのもおもしろそう、ということでさっそく取材にうかがうことに。少々長めの記事ですが、マネー読み物としてお気軽にお楽しみください。

そういえば、ドラマとか映画で聴診器を使って金庫を破るシーンがありますよね。これについてもぜひ聞いてみたいところ

そういえば、ドラマとか映画で聴診器を使って金庫を破るシーンがありますよね。これについてもぜひ聞いてみたいところ

東京の下町にある「金庫と鍵の博物館」

東京・墨田区にある「金庫と鍵の博物館」。大正時代から続く老舗「杉山金庫店」に併設されています。取材に対応してくれたのは館長の杉山泰史さん。杉山金庫店の3代目で、現役の鍵師としてご活躍中です。

杉山泰史(すぎやま・やすし)さん。金庫と鍵の博物館 館長。1966年生まれ。大正3年創業の「杉山金庫店」の3代目。現役の鍵師として鍵の製作や金庫のメンテナンス、開かなくなった金庫の解錠などを請け負う。ドラマや映画作品の金庫や解錠シーンを監修することもあるほか、鍵師養成の講師なども務めるプロ中のプロです

都営線「森下」駅徒歩3分。すぐ近くには東京スカイツリーも見える下町風情あふれる一画に「金庫と鍵の博物館」はありました

〈page1. index〉
“鍵師界のレジェンド”だったお父さんのコレクション
ふつうは捨てられてしまう廃金庫
【逸品1】絶対に開けられてはならない! 「大日本帝国陸軍特注の金庫」
【逸品2】まるでタンス! エスプリ感が際立つフランス「フィシェ社の金庫」
【逸品3】真打登場! イギリス「チャブ社の最強金庫」

“鍵師界のレジェンド”だったお父さんのコレクション

まず目に入るのは、所狭しと並べられた金庫の数々。これらはどうやって集められたのでしょうか?

「ここにある金庫の数々は親父(故 杉山章象氏)のコレクションですね。ウチはもともと、祖父が大正時代に創業した金庫店で私は3代目になります。先代にあたる親父は13年ほど前に引退しましたが、メディアによく登場して業界ではちょっとした有名人でした。早いうちから家業を継いでとにかく研究熱心でしてね。金庫がどういうメカニズムで、どんなダイヤルがあって、錠前にはどんな種類があるのかなど、海外メーカーの金庫まで研究していました。アメリカで“鍵のプロ”と認められるロックスミス(錠前師)のライセンスまで取得したぐらいです。当時の日本でライセンスを持っていたのは1人か2人しかいなかったんじゃないかなぁ」(杉山さん)

そこかしこに並べられた金庫と鍵

そこかしこに並べられた金庫と鍵

ふつうは捨てられてしまう廃金庫

「古い金庫って、あまり残らないんですよ。保管場所が必要だし、重いから動かしにくいしと手間がかかりますから。だから買い換えると古いほうは鉄クズ扱いで処分がほとんど。それが金庫好きの親父には忍びなかったんでしょうねぇ。昭和30年ぐらいから、自分の眼鏡にかなった金庫を集め始めました。当時は趣味であり、商売であり、研究材料でありといったところです。同業者に声をかけて珍しい出物があると譲ってもらっていました。あるいは、開かなくなった金庫の解錠に足を運ぶ際、『これは』と思った金庫は手間賃代わりに引き取ってきたりもしたようです。そんな形で、古今東西の金庫がそろえられていきました」(杉山さん)

見回してみると、ひと口に金庫と言ってもさまざまな形や大きさがあります。なかには一見金庫に見えないタイプもあり、興味を引きます。

「昔は一般には公開していませんでした。ただ1985年から墨田区で『すみだ3M運動』(※)が実施されて、その一環で区内の小さな博物館を紹介していく動きが持ち上がったんです。それでウチにもお声がかかりまして『変わった金庫とか錠前を展示して、博物館として公開してもらえませんか』と。それで現在に至ります」(杉山さん)。

※すみだ3M運動
1985年にスタートした、墨田区の産業PRとイメージアップ、地域活性化を図る事業。「小さな博物館」(Museum)。工房と店舗の機能を備えた、製造と販売が一体化した「工房ショップ」(Manufacturing shop)。付加価値の高い製品を創る技術者である「マイスター」(Meister)の3つの頭文字をとって「3M(スリーエム)運動」と呼称。3つの運動を有機的につなぎ合わせ、優れた産業と生産品が「正当な評価」「より高い評価」を受けることを目指すとともに、ものづくりの素晴しさや大切さをアピールする活動。(墨田区HPより抜粋)

某有名作家も取材に来る

「客層はさまざまです。鍵や金庫に純粋に興味がある方や、夏休みの自由研究とか、修学旅行で東京に来た学生さんなどですね。

でも、意外と多いのは仕事がらみですね。映画監督、脚本家、推理作家の方なんかが取材でいらっしゃる。『作品の中で、金庫や錠前をこういうシチュエーションで使う設定を考えていますが、鍵師の方から見ておかしくないですか?』とか、『解錠にこんな道具を使うのはリアリティがありますか?』とか確認しに来るわけです。私もできるかぎりお答えしますし、撮影現場で監修することもあります。名前は出せませんが、誰もが知っている有名作家さんが来たこともあって密かな自慢です(笑)」(杉山さん)

【逸品1】絶対に開けられてはならない! 「大日本帝国陸軍特注の金庫」

それでは、博物館の展示品を紹介してもらいます。まずは逸品中の逸品。1937(昭和12)年頃に大日本帝国陸軍が民間の佐倉金庫(廃業)にオーダーをして作らせたこちらの金庫。軍の最高機密である「暗号解読書」を保管する金庫として当時30台ほど作られたもののひとつで、特注品ならではの厳重な仕掛けが施されていると言います。

激動の時代を潜り抜けてきた風格が漂う……

激動の時代を潜り抜けてきた風格が漂う……

3つ目の鍵を破るのは至難の業

「鍵が3段仕掛けになっています。まずは数字の組み合わせで解錠する【ダイヤル錠】。
次に、鍵穴に鍵を入れて解錠する【錠前】。
ほとんどの金庫はこの2つによって守られていますが、これにはさらに難関が待ち構えている。
それがこの扉に設置された【押しボタン錠】(下写真)です」(杉山さん)

こちらが【押しボタン錠】。解錠のための5つのボタンの組み合わせは200万通り。クラシカルなカタカナの書体も味があります

こちらが【押しボタン錠】。解錠のための5つのボタンの組み合わせは200万通り。クラシカルなカタカナの書体も味があります

「縦列に5個、横列に10個のメカニカルな仕掛け。鍵師のレジェンドと呼ばれたウチの親父が『あとにも先にもこんな仕掛けの金庫は見たことない』と唸っていたほどです。製作の際にお手本にしたものもないでしょう。おそらく日本が独自に開発したんです。解錠するには5個のボタンを間違えずに押す必要があります。1個でも間違えたら失敗になり、最初からやり直しです。6個目を押してしまってもダメ。そもそも、部外者はボタンを何個押せば正解なのかすら見当がつかないわけです。2個なのか7個なのか。ちなみに、ランダムに5個の正解にたどり着く確率は次の計算式で求められます。

50×49×48×47×46
――――――――――
1×2×3×4×5   =2,118,760

とまあ、正解にたどり着く確率は、約200万の1になるわけです」(杉山さん)

こんな歴史的遺物がなぜここに?

「ふつうなら、戦後にアメリカ軍が接収するでしょうね。入手したのはやはり私の親父です。断片的に聞いていた入手の経緯をまとめますと、昭和30年代のある日、親父がある同業者を訪ねました。その流れで倉庫に行くと片隅にこの金庫が置いてあったそうです。親父は見た瞬間に陸軍が特注した戦前の金庫だとわかったそうです。日本全体で30台ほど製作されたものの1台だと。でも同業者はそのことを知らない様子でした」(杉山さん)

扉を開けると中には桐箱が。日本の金庫によくある意匠なのだそう

扉を開けると中には桐箱が。日本の古い金庫によくある意匠なのだそう

鍵を開けた回数がカウントされている

「そこで『この金庫、ずいぶん変わってるねぇ』とすっとぼけて聞いたそうです。さらに『俺はこういう変わったヤツを集めてるから、よかったら譲ってくれないかな』と水を向けてみるも『考えておくよ』と返事は保留にされた。目にした以上、すでに親父のコレクター魂には火が着いてますからね。仕事に行く度に倉庫を確認した。それからどれぐらいの期間が経ったんでしょうか。ある日、所有者が『よし、杉山さんに譲るよ』と許可してくれたそうです。気が変わったらたまらんと、親父は即座にトラックを手配してすぐに積んで家まで運んできた、と。これが経緯です」(杉山さん)

いや〜、もし、杉山さんのお父さんが動かなかったら、この貴重な金庫も鉄クズとして処分され、現存してなかったかもしれませんね。

「あとね、この金庫の扉がすでに開いた状態だったからよかったんです。譲り受けたとき、もし閉まっていたら親父の腕をもってしても無傷で開けられたかどうか……」(杉山さん)

ちなみにこの金庫、製造が80年前なのにまだ問題なく動きます。スパイなどの内通者対策として、「何回鍵が開けられたか」をカウントする機能もついていて、今も動くのだとか(ちなみに取材当日は83回目。100回に達するとゼロにもどる仕組み)。まさに当時の日本の最高の技術力の結晶。「国を守る金庫」にふさわしい逸品と言えそうです。

【逸品2】まるでタンス! エスプリ感が際立つフランス「フィシェ社の金庫」

「次はフランスの金庫です」と杉山さんが示したのはどうみてもタンス。これ、金庫なんですか?

一見、タンスに見えるこちらの金庫はフランス製

一見、タンスに見えるこちらの金庫はフランス製

「フランスを代表する金庫メーカー、『フィシェ社』の金庫です。盗難防止のために家具に偽装しているわけです。じつは、この引き出しの木枠をズラすと、本物の鍵穴が姿を現すんですね」(杉山さん)

引き出しに見える木枠のひとつを下げると鍵穴が出現。博物館に来るほとんどのお客さんが驚く瞬間だそう

引き出しに見える木枠のひとつを下げると鍵穴が出現。博物館に来るほとんどのお客さんが驚く瞬間だそう

わざと盗ませる

「高校生の頃、親父に『開けてみろ』と言われたことがあったんですが、この鍵穴を見つけられませんでしたね。ちなみに、この金庫の特性を最大限に生かすには、“いかにも金庫っぽい金庫”を近くに置いておくことが大切なんだそうです。そして、その中にわざと盗まれてもいい額のお金を入れておく。そうすれば、その収穫に満足した泥棒はおとなしく去るでしょう? で、隣のフィシェの金庫の中にある『本当に大事なもの』が守られると。こういう使い方をするそうです」(杉山さん)

なるほど。「絶対盗ませない」と頑張るのではなく、「わざと盗ませて、本当に大事なものは守る」わけですか。これは深い!

【逸品3】真打登場! イギリス「チャブ社の最強金庫」

「では、真打として金庫メーカーの世界チャンピオンに登場してもらいましょう」と紹介されたのはイギリスの「チャブ社」の金庫。一見、何の変哲もない金庫に見えますが、この金庫のすごさとは……?

こちらがイギリス「チャブ社」の金庫。なんとも無骨なたたずまいです

こちらがイギリス「チャブ社」の金庫。なんとも無骨なたたずまいです

世界に冠たる宝石店の御用達

「産業革命が起きたイギリスですからね。財産を守る金庫にも伝統があります。世界の名だたる宝石店がチャブ社の金庫を導入していますよ。盗難対策の最高峰の金庫と言っていい。たとえば、ウチにあるこの金庫の重量は650kgです。大人3人がかりでも持ち上がりません。ちなみに世界で一番高価な某宝石店の日本支店もチャブ社の金庫を使っています。じつは保険会社のご指名なんだそうです。“チャブ社以外の金庫”に入れていた宝石を盗まれた場合は、保険金が下りませんよ、と。世界トップの保険会社は『宝石をチャブ社のグレード〇以上の金庫に保管すること』という条項を契約書に盛り込んでいるんです」(杉山さん)

と、杉山さんがおもむろに取り出したこの金庫の鍵がこちら。

マンガなどで描かれるデフォルメされた“金庫の鍵”のようなウソのような長さ!

マンガなどで描かれるデフォルメされた“金庫の鍵”のようなウソのような長さ!

「まず、この金庫の鍵は圧倒的に長い。厚さ5cmほどの鉄扉の奥にある錠前まで届かせなければならないからです。この金庫の鉄扉は防錐鋼板でドリルの攻撃を一切通しません。まったく歯が立たないと思いますよ」(杉山さん)

鍵が長くないと鍵の機構まで届かないのだとか

鍵が長くないと鍵の機構まで届かないのだとか

物理的な破壊攻撃で、”開かなくなる工夫”が

「また鉄扉の裏には、タコ糸を張り巡らせて、”ある仕掛け”が施してあります。タコ糸の先に分銅が吊られているのですが、もし仮に強力な破壊攻撃を受けて鉄扉がダメージを受けたとしましょう。その際、タコ糸が切れてしまうと、分銅が落ちますね。するとロックが永久にかかったままになる仕様なんです。この状態になったらたとえ持ち主だろうと開けられないんです」(杉山さん)

タコ糸が切れて、この分銅が落ちると永遠にロックされる仕組みに

タコ糸が切れて、この分銅が落ちると永遠にロックされる仕組みに

(page2. では杉山さんに「家庭用金庫の買い方」について聞いていきます)

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