近年、金融の分野で従来なかった新しいサービスが生まれています。そのひとつ、スマホのみで申し込みから各種手続きまで完了する「デジタルバンク」について、前回の記事で「みんなの銀行」「UI銀行」の2行を比較しながら解説しました。
今回は、デジタルバンクの動きとも関連し、近年急速に進んでいる「非金融企業が手がける銀行サービス」の動きについて、野村総合研究所のプリンシパル・アナリストで、金融サービスとデジタルの最新事情に詳しい城田真琴さんへの取材をもとにご紹介します。
銀行を取り巻く状況の急激な変化にともなって、私たちの銀行の選び方も変わりつつあります。ぜひ、今後の参考にしてください。
ヤマダデンキ、JAL、CCC、高島屋など、銀行サービスを始める企業が相次ぐワケとは?(画像はヤマダNEOBNAK)
※前回の記事はこちら
銀行の最新型!? 登場相次ぐ「デジタルバンク」とは? ユーザーのメリットは?(価格.comマガジン)
https://kakakumag.com/money/?id=18454
非金融企業が手がける銀行サービスのような取り組みは「エンベデッド・ファイナンス」と呼ばれています。英語で書くと「Embedded Finance」、日本語では「埋め込み金融」や「組み込み金融」などと訳される言葉で、近年、フィンテック(金融とIT技術を組み合わせた革新的なサービス)の分野で注目を集めている新しい動きです。
「エンベデッド・ファイナンスを簡単に言い表すと、金融以外の事業を展開する『非金融企業』が、既存のサービスに金融サービスを組み込んで提供することを意味します。海外では、小売・通信・サービス・ITなどさまざまな非金融企業が取り組み始めており、日本でも近年動きが活発になっています」(城田さん。以下同)
〈取材協力・解説〉城田真琴さん
野村総合研究所プリンシパル・アナリスト。総務省「スマート・クラウド研究会」技術WG委員、経済産業省「IT融合フォーラム」パーソナルデータWG委員などを歴任。NHK Eテレ「ITホワイトボックス」などTV出演多数。著書に、「FinTechの衝撃」、「クラウドの衝撃」、「エンベデッド・ファイナンスの衝撃」(いずれも東洋経済新報社)などがある。
エンベデッド・ファイナンスでポイントとなるのは、非金融企業がどのようにして既存のサービスに金融サービスを組み込むか、という点です。そのカギを握るのが『BaaS(バース=Banking as a Service』という仕組みです。
「BaaSは、決済・預金・融資・保険などの金融サービスを、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)を介して機能単位で事業者に提供する仕組みを指します。非金融企業はみずから金融サービスを作って提供することができません。そこで、金融機関やフィンテック企業が提供するBaaSの仕組みを利用し、自社のサービスに金融サービスを組み込むわけです」
前回取り上げたデジタルバンクと同様に、BaaSの動きも海外が先行しています。たとえば、世界有数の投資銀行として知られる米ゴールドマン・サックスは、BaaSを利用してAppleに金融機能を提供。これがAppleの「Apple Card」誕生につながったことは、BaaSの成功例として知られています。
「日本では、デジタルバンクのひとつ『みんなの銀行』がすでにBaaSの提供を始めています。もうひとつのデジタルバンクである『UI銀行』も、将来的にBaaSを提供することを明らかにしています」
BaaSのイメージ図。城田真琴さん著「エンベデッド・ファイナンスの衝撃」をもとに編集部が作成
日本では、すでにネット銀行大手の「住信SBIネット銀行」がBaaSを積極的に展開。その動きが注目されています。
「住信SBIネット銀行は2016年3月、国内銀行で初めてAPIを公開し、フィンテック企業との連携を推進してきました。その流れの中で、『NEOBANK(ネオバンク)』というブランド名でBaaSの提供を開始。非金融系の企業と組んで、エンベデッド・ファイナンスを推進しています」
家電量販店のヤマダデンキを展開する「ヤマダホールディングス」、航空会社の「日本航空(JAL)」、Tポイントで知られる「カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)」。これらはいずれも、NEOBANKを活用し、実際に金融サービスを提供している企業です。
2022年6月には、ここに百貨店大手「高島屋」も加わり話題を呼んでいます。これらの非金融企業に、「黒子」として金融インフラを提供しているのが住信SBIネット銀行というわけです。
住信SBI銀行のNEOBANKと提携している企業例。画像は、住信SBIネット銀行公式サイトより
住信SBIネット銀行のNEOBANKは、パートナー企業が、住信SBI銀行の機能の中からAPIを通じて必要なものだけを選んで利用できるようになっています。それによって、各社はそれぞれ既存のサービスと融合させ、既存の銀行にはない特徴ある商品やサービスを提供しています。以下は、各社のNEOBANKの活用例です。
ヤマダホールディングスの「ヤマダNEOBANK」は2021年7月にスタート。預金、振込などの銀行の基本機能を備えるほか、同社ポイントの「ヤマダポイント」との連携に特徴があります。
たとえば、銀行取引に応じてヤマダポイントが貯まるほか、口座開設すると発行されるデビットカードを使ってヤマダデンキの店舗で買い物をすると、0.5%相当のヤマダポイントが貯まるなどポイントの獲得機会が豊富です。また、ヤマダグループの住宅購入者限定で「ヤマダNEOBANK住宅ローン」を提供。家具や家電の購入費用もこの住宅ローンに組み込めるとしています。
2020年4月にJALからリリースされたのが「JAL NEOBANK」。アプリの中で預金や振込などが完結し、利用に応じてJALのマイルが貯まるのが特徴で、たとえば、外貨預金なら月末残高に応じて月に3〜500マイル貯まります。2021年7月には、住宅ローンの取り扱いもスタート。借入金額に応じて月に10,000〜80,000マイルが貯まる仕組みです。
このほか、海外で力を発揮する多通貨プリペイドカード「JAL Global WALLET」も、NEOBANKを活用して発行されています。
T会員専用の銀行サービス「T NEOBANK」は2021年3月にスタート。こちらもやはり、預金、決済、融資などの銀行機能を備えています。特徴は、給与の受け取りなどに加え、馬券購入など公営競技やスポーツくじの取引でTポイントが貯まる点です。
Tポイント付与の対象はJRA(中央競馬)、地方競馬、競輪(3競技合計で月2万円以上購入で5ポイント)、スポーツくじのBIG・toto(ひと口1ポイント)の4つ。いずれも高い付与率ではありませんが、取り組みとしてはユニークです。貯まったTポイントはカードローンの随時返済やスポーツくじの購入などに使えます。
2022年6月にスタートしたのが、大手百貨店の高島屋が手がける「高島屋NEOBANK」です。基本的な銀行機能のほかに、12か月積み立てると満期で1か月分のボーナスがもらえる「高島屋のスゴイ積立(通称:スゴ積み)」というかなりおトクなサービスを打ち出しています。たとえば、毎月1万円のコースで積み立てると、1年後には13万円分として戻ってくるわけです。
もっとも、戻ってくるのは、高島屋でのみ使える「お買い物残高」です。百貨店には元々、積み立て期間に応じて商品券などでボーナスを提供する「友の会」という仕組みがあり高島屋でも提供されていますが、「スゴ積み」は友の会をデジタル化したサービスと言えそうです。
高島屋NEOBANKの「スゴ積み」の操作画面。画像は高島屋のプレスリリースより
デジタルバンクの2行や住信SBIネット銀行に加え、新生銀行(ブランド名「BANKIT」)やGMOあおぞらネット銀行(ブランド名「かんたん組込型金融サービス」)など、BaaSに取り組む銀行は少なくありません。なぜ銀行はBaaSに積極的なのでしょうか。また、いっぽうの非金融企業側が金融サービスを取り入れる理由は何なのでしょうか。
まずは銀行側の事情から。低金利や人口減など、昨今、銀行の経営環境は厳しさを増しています。駅前の一等地に店舗やATMを構え、客を待っていれば経営が成り立った時代は過ぎ、「いかに顧客との接点を持つか」が銀行の課題になっています。その意味で、顧客層の拡大が金融機関側の一番の目的だと城田さんは指摘します。
「住信SBIネット銀行のNEOBANKですと、JALマイレージバンク会員は約3,000万人、Tポイント会員は約7,000万人、ヤマダデジタル会員は約6,000万人の顧客基盤があります。銀行だけでこの規模のユーザーにアプローチするのは簡単ではないはずです。パートナー企業はそれぞれのブランドでNEOBANKを運営するので、ユーザー自身は住信SBIネット銀行のサービスを使っている認識は低いはずですが、着実に同行のユーザーは増えることになります。これが銀行側から見たBaaSの魅力と言えます」
銀行側にはユーザーとの接点を増やす狙いが
いっぽうの非金融企業側の“銀行化”の狙いは?
「必要な金融サービスをいいタイミングで提供することで顧客を逃さない、というのが非金融企業側の狙いと言えます。イメージとしては海外旅行の保険を思い浮かべるといいかもしれません。旅行前のあわただしさで保険加入が後回しになっていた人にとって、『空港で保険に入れる』という提案はとても魅力的に聞こえるはずです。これと考え方は同じで、自社の製品を売る際に発生する顧客の金融ニーズにタイミングよく応える狙いがあるわけです」
たとえば、ヤマダホールディングスのヤマダNEOBANKが提供する住宅ローンを例にあげます。同社は2019年に大塚家具、翌2020年に木造住宅建設やリフォーム事業を手がけるヒノキヤグループを傘下に収めるなど、住環境に関わる商材をまとめて提案する『暮らしまるごと』戦略を掲げています。そこで大きな役割を担うのが住宅ローンです。
「住宅ローンのような大きな金額の場合、普通は金融機関の融資に頼るわけですが、住宅購入を検討する場面で別途金融機関へローンの相談に足を運ぶのは、顧客側にとっては2度手間です。しかし同社でローンの相談もでき、かつ家具や家電の購入代金もローンにまとめられるとあれば、顧客体験の向上につながり、購入への障壁をひとつ取り除けることになるかもしれません」
このように、顧客側に発生する金融ニーズにスムーズに対応し、かつ独自の付加価値を付けて提案する導線を作ることが、非金融企業の狙いになっていると考えられます。
「暮らしまるごと」戦略を掲げるヤマダホールディングスにとって、住宅ローンが提供できる意味は大きい!?
日本の例として住信SBIネット銀行のBaaSを利用するヤマダホールディングス、JAL、CCC、高島屋をあげましたが、このほかにもBaaSを活用して金融サービスを実装する非金融企業は増えています。
各社のBaaS活用事例(カッコ内はBaaS提供企業)
オープンハウス「おうちバンク」(住信SBI銀行)
pixiv「みんなの銀行ピクシブ支店」(みんなの銀行)
パーソルテンプスタッフ「みんなの銀行テンプスタッフ支店」(みんなの銀行)
など
※各社公式サイトに記載の事例より編集部が抜粋
「エンベデッド・ファイナンスの潮流はこれからも勢いを増していくはずです。非金融企業が自力で金融サービス提供に必要な資金や各種要件をクリアし、ライセンスを取得するのはハードルが高い。BaaSで必要な機能を提供してもらったほうが断然早く金融ビジネスに参入できるからです。エンベデッド・ファイナンスと相性がよさそうなのは、日常的に顧客と多くの接点を持ち、デジタル会員のIDを多数保有しているような非金融企業が想定されます」
日本でも広がってきたエンベデッド・ファイナンスをめぐる動きですが、ユーザーにはどんなメリットが考えられるのでしょうか?
「非金融企業側の狙いでも少し触れましたが、最大のメリットは利便性や顧客体験が高まることでしょう。たとえば、大きな買い物をするその場でスマホアプリを使って簡単にローンが組めたらシンプルですし楽だと思います。また、今国内外で普及が進む『BNPL』(後払い決済、Buy Now, Pay Laterの略)も、BaaSの仕組みで『融資』を組み込んでいるものが少なくありません。これも『すぐ欲しい』という顧客の金融ニーズに応えたものですよね」
BNPLとは?
後払いの決済方法のひとつ。基本的には、ユーザーが買い物をした代金をBNPLを提供する事業者が立て替え、後から事業者からユーザーに利用代金が請求される仕組み。ユーザーは所定の期間内に、コンビニの店頭や振り込み、口座振替などで代金を支払います。仕組みとしてはクレジットカードと似ているものの、利用前の審査や手続きがクレジットカードと比べると簡単で、期限内に返済すれば、手数料などユーザー側の負担が原則ないのがBNPLの特徴となっています。
「いっぽう、当然ながら、やみくもに利用するのはNGです。タイミングよく提案されたローンが、金利や条件などの面でベストな商品ではない可能性もありますし、BNPLにしても、便利だからと使いすぎるのは本末転倒です。実際アメリカではBNPLによる支払い債務の増加が問題視され、法規制を検討する動きも出てきています。このあたりは最低限のリテラシーとして身に付け、賢く付き合っていくことが必要になるでしょう」
前回取り上げたデジタルバンクや、今回のテーマである「非金融企業の銀行サービス」など、銀行を取り巻く状況はかなり変化の大きい状態と言えます。そんな流れの中、既存の銀行の今後の展開の見通しは?
「店舗運営を主体とする従来型の銀行は、今後ますます存在意義を問われることになると思います。金利や手数料が横並びで、どこに口座を作っても変わらない状態では、かつてのような『自宅の近くに店舗やATMがあるから』という理由で使われるケースは少なくなっていくはずです。今後、オンラインでほとんどの手続きが済ませられるようになると、なおさらです」
銀行選びの基準も変化していくのかもしれません
「その代わりに今後は、『どんな利用体験ができるか』や『どんなサービスを提供しているか』が、銀行選びの理由として重視されるのではないでしょうか。その意味で、異業種との提携がどの銀行でも進んでくる可能性もあります。実際、大手行でもそのような動きが出てきています」
既存の都市銀行や地方銀行と比較して、比較的新しい存在と見られているネット銀行についてはいかがでしょうか?
「ネット銀行は今のところ、住宅ローンの金利が非常に低いなどの特色を持っています。日本で登場したデジタルバンク2行はまだ住宅ローンを扱っていないため、差別化は図られていると言えるでしょう。ただ今後、デジタルバンクで住宅ローンを扱う可能性は十分ありますし、ネット銀行のほうも、デジタルバンクが得意としている『アプリの機能やUI/UX』の向上が予想されます。そうなると、ネット銀行とデジタルバンクの区別は徐々になくなってくるのかもしれません」
今後ますます変わっていきそうな銀行や金融サービス。今回の取材を通して、「スマホだけでなんでもできる銀行」や「タイミングよく金融サービスが提供される未来」をかい間見た気がします。皆さんも、銀行をめぐる今後の動向に注目していただき、ご自身の目的に合った銀行を選んでもらえればと思います。
※本記事は、取材対象者および執筆者の見解にもとづくものです。
フリーランスライター。副業をはじめ、投資、貯蓄、節約などマネー企画全般を取材。ビジネスや働くママのジャンルでも取材経験豊富。雑誌、Web、夕刊紙、書籍などで執筆。「真に価値ある情報提供」を使命とする。