2022年も残すところあとわずか。今年もキャッシュレス決済には注目すべき動きがいくつもありました。その中から、キャッシュレス関連専門のコンサルタントである山本正行さん(山本国際コンサルタンツ代表)が特に注目した話題を4つピックアップして解説します。
(以下、山本正行さん語り。聞き手は価格.comマネー編集部 野洋介)
マイナンバーカードの普及促進や消費喚起を目的とし、最大で2万円相当のポイントが付与される「マイナポイント第2弾」。その対象となるマイナンバーカードの申請期限が、2023年2月末に迫っています。
画像はマイナポイント公式サイトより
政府は2023年3月末までに、ほぼ全国民にマイナンバーカードを交付する狙いがあるようですが、2022年11月末に総務省から発表された情報によると、マイナンバーカードの申請率は60%にとどまっています。「マイナポイント事業」は、いわば、ポイントのおトクさを“鼻先のニンジン”としてマイナンバーカードの普及を図る施策ですが、2021年末まで実施された「第1弾」、そして今年の「第2弾」を受けてのこの結果を見る限り、ポイント付与に魅力を感じてマイナンバーカードを申し込む層にはすでにカードが行き渡っている印象を受けます。
また、私はキャッシュレス決済の専門家として、立場的にどうしてもキャッシュレス決済の側に立って見てしまうのですが、マイナポイント事業に関してはキャッシュレス決済との「抱き合わせ感」がぬぐえません。本来であれば、「健康保険証としての利用」や「将来的な運転免許証との一体化」など、マイナンバーカードを持つ意義やメリットを伝え、それに納得した人がカードを作るのが筋のはずですが、それが困難なため、ポイントのおトクさに頼っている印象を受けます。
これらのことから、「マイナポイント事業によってマイナンバーカードの申請率が60%まで上がった」という見方ができるいっぽうで、「マイナンバーカードを持つ意義を知らせる難しさをあらためて浮き彫りにした」とも言えると思います。
私については、地方自治体のDX(デジタルトランスフォーメーション)に関係する仕事も増えているのですが、今後のマイナンバーカードの普及の鍵となるのは、地方自治体がいかに行政サービスにマイナンバーカードを取り入れられるかにかかっていると考えます。
総務省のサイトでマイナンバーカードの自治体ごとの交付率を見ると、地域によってばらつきがあることがわかります。都道府県別に見ると、最も交付が進んでいるのが宮崎県で68.5%です。いっぽう、最も交付率が低いのが沖縄県で43.3%にとどまっています(2022年11月末時点)。この交付率の違いには、各地域のデジタル化への取り組みの差が如実に表れていると感じます。
たとえばマイナンバーカードの普及率が87%を超えている宮崎県都城市では、オンライン申請や電子母子手帳、図書館カード、おくやみ窓口(死亡に関係する申請書に記入する氏名・住所などの情報をマイナンバーカードから読み取り、申請書に自動的に記載)、デジタルケア避難所(災害時の避難所への入所時にマイナンバーカードを利用)など、マイナンバーカードを活用した行政サービスの普及に力を入れ、そのメリットを市民に伝えるとともに、カードの申請サポートを手厚 くすることでカードの普及につなげているようです。
今後のマイナンバーカード普及の鍵となりそうな「デジタル田園都市国家構想」。画像は内閣府公式サイトより
政府は現在、岸田政権の肝いりで「デジタル田園都市国家構想」を掲げています。これは、人口減少、少子高齢化、過疎化など地域の課題をデジタルの力で解決するために、マイナンバーカードを含むデジタル基盤を全国に整備しようという取り組みです。「デジタル田園都市国家構想」では自治体に対して交付金が出ますが、その申し込み条件として、自治体におけるマイナンバーカードの申請率(申請の直近月末時点)が「53.9%」(2022年11月時点の“交付率”の全国平均)を上回っている必要があります。つまり、政府はカードの普及に向けた自治体のさらなる努力を求めていることがわかります。
前出のとおり、ポイントのおトクさを打ち出したマイナンバーカードの普及には限度があるように感じます。今後は、自治体サービスのDX化やマイナンバーカードとの連携など、マイナンバーカード本来の意義を通じた普及が期待されます。
2022年10月26日に開催された厚生労働省の労働政策審議会にて、給与(賃金)をデジタルマネーで支払える制度(通称「給与デジタル払い」)の導入を盛り込んだ労働基準法の省令改正案が承認されました。これにより、2023年4月より、労働者の同意があればデジタルマネーでの給与支払いが可能になる見込みです。
現在、労働基準法によって給与は現金払いが原則で、例外として銀行口座や証券総合口座への振り込みが認められています。ここに、新たな選択肢としてデジタルマネーでの支払いが加わることになり、これまで銀行口座を作りにくかった外国人労働者への給与の支払いが容易になったり、給与を支払う企業側の手数料負担が軽減することにより、「月に複数回」など、より柔軟な給与の支払い方ができるようになるなどのメリットが期待されています。
「給与デジタル払い」解禁で、スマホ上の決済アプリの残高に給与が直接支払えるように(画像はイメージ)
ただ、現状明らかになっている情報を見る限り、解禁後すぐに“使われる制度”になるかは疑問です。仕組み上、改善の余地が多く残されていると感じられるからです。
たとえば、1回あたりの振込額と、振込先の決済サービスの1アカウントで保有できる限度額の問題があります。給与デジタル払いの対象(振込先)となるのは、制度上は「資金移動業」に分類される業者です。資金移動業は、“銀行以外で為替取引を業として行う者”として「資金決済法」によって規定されている業者で、「PayPay」「d払い」「au PAY」などの決済サービスの運営企業が含まれています。資金移動業には3種類あり、給与デジタル払いの対象となるのは「第2種」に該当する資金移動業です。
「第2種」の場合、1回あたりの送金額の上限が100万円までに制限されています。制限のない「第1種」の場合、デジタル払いで受け取った給与は原則として銀行口座に即座に振込む(払い出す)必要があるため、実質的に銀行振込と変わりません。厚労省の資料によると、100万円を超えた分についてはユーザーが指定する銀行口座や証券総合口座に自動で送金される仕組みが検討されているようです。1回あたりの給与が100万円を超える人が多いとはいえないかもしれませんが、課題になるのは、受け取ったデジタル給与を「PayPay」などの残高で持つ場合に、持てる残高の上限額も100万円に抑えられている点です。給与デジタル払いのメリットのひとつに「銀行口座を作りにくい外国人労働者への給与支払い」という点がありますが、結局デジタル給与払いは銀行の代替にはならないという課題が残ります。
このほか、キャッシュレス化が進んでも現金のニーズがなくなることはないと思います。「受け取ったデジタルマネーの現金化」ですが、ATMでの引き出しや銀行口座への振込の際に手数料がかかることもあります。厚労省は月に1回程度、無料で現金として引き出せる仕組みを決済サービス側に求めているようですが、これもどうなるかはまだ不透明です。
現在主流の銀行振込では、もちろん銀行口座から無料で現金を引き出せますし(ATM手数料は考慮する必要はありますが)、それをチャージすれば決済サービスでも使えます。給与を決済サービスのウォレットで受け取ることにどれほどの価値があるのかがはっきりと見えてこないのが正直なところです。こうしたことから、給与デジタル払いの解禁後も、普及するまでにはしばらく時間がかかると見ています。
このように、実用的な面では疑問符がつく給与デジタル払いですが、個人的には、別の側面から注目しています。それが、日本政府が2023年よりメガバンクと実証実験を始める予定と報じられている(2022年11月23日付け日本経済新聞)、「中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)」、通称「デジタル円」導入への布石としての意味合いです。
現状日銀は、「デジタル円を発行する計画はない」との立場を示していて、実験の目的はあくまでも今後発行するか否かを判断するためとしています(前出の日経新聞の報道では、2026年に発行するか否か判断するとあります)。ただ、もしデジタル円が実用化されることになれば、“ユーザーのウォレットに直接通貨が入ってくる状態”が当たり前になるわけです。
給与デジタル払いも、まさにこれと似た体験をユーザーにもたらすものですので、実際に運用されることでメリット・デメリットを含め、さまざまな情報が可視化され、デジタル円の実用化にも役立てられる可能性はあるでしょう。このように、デジタル円実用化の実験的な位置付けとして給与デジタル払いを見てみると、また違った意味が見出せるのではないかと思います。
今年、三井住友フィナンシャルグループ(以下、SMBCグループ)が2つの提携を発表し大きな話題となりました。そのひとつが、6月に発表されたSBIグループとの資本業務提携。2つめが、10月に発表されたカルチュア・コンビニエンス・クラブ(以下、CCC)との資本業務提携です。
画像はSMBCグループ公式サイトより
まず、SBIグループとの資本業務提携ですが、これによりSMBCグループはSBIグループの第三者割当増資を引き受けて796億5,000万円を出資し、約10%の議決権を持つ株主になっています。提携の目的は「未来型の金融体験の提供」とされており、具体的なサービスはまだ見えてこないものの、発表されている資料によると、三井住友銀行、三井住友カード、SBI証券をアプリベースで組み合わせた個人向けのデジタル金融サービスの提供を予定しているようです。
SMBCグループはもともと、2005年からNTTドコモと提携を結んでいましたが、この関係性が徐々に弱まる中で次の一手を模索していた印象を持っていました。次の相手が、みずほ銀行をメインバンクとするSBIグループだったことにはやや驚きもありましたが、ここ数年、SBI証券と三井住友カードが組んだ「クレカ積立」などを展開していたことを考えると納得感のある相手とも言えます。
メガバンクがどういった企業と組むかは常に投資家やユーザーの注目を集めるものですが、三菱UFJ銀行は2021年にNTTドコモと「デジタル金融サービス提供に向けた業務提携」を提携。今年12月には、NTTドコモのdアカウントと連携してdポイントが貯まるなどの特徴を持つ新サービス「dスマートバンク」を誕生させ、早くも提携の成果を具体化させています。
みずほ銀行については、2022年3月にグーグルとDX分野で提携したことが発表されたものの、今のところ具体的なデジタル金融の将来像は見えておらず、やや遅れを取っている状況と言えます。
2つめのCCCとの提携に関しては、共通ポイントの競争激化の中における合理的な選択だったように感じます。
画像はSMBCグループのプレスリリースより
CCCの「Tポイント」は、2003年にサービスをはじめた共通ポイントのはしりとも言える存在です。しかし、「楽天ポイント」「dポイント」「Pontaポイント」などの後発ポイントが加盟店や会員数を伸ばす中で、ポイントとしての魅力や存在感が薄れてきていたことは明らかです。決済サービスとして圧倒的な規模を誇るPayPayの「PayPayポイント」も共通ポイント化を模索していると伝えられており、Tポイントの生き残りのためにはなにかしらの手を打つ必要があったことは間違いありません。
SMBCグループの「Vポイント」に関しては、三井住友銀行と三井住友カード共通で貯めて、使うことができ、さらに専用のスマホアプリを使えば加盟店での買い物にも使えるなど使い勝手を向上させてきた流れがあります。最近は「Vポイント」のテレビCMを打つなど積極的にPRしている印象を受けていましたが、あくまでも「グループ内の共通ポイント」として、知る人ぞ知る存在にとどまっていたように思えます。
今後両社は「Tポイント」と「Vポイント」を統合し、2024年春をめどに新たなポイントサービス誕生を目指すことを明らかにしています。この新ポイントが共通ポイントとしてどの程度存在感を示すことができるのかは、多くの注目を集めることでしょう。
主要ポイントサービスを会員数などで比較したグラフ。「Vポイント・Tポイント」の会員数を単純計算で足すと、ライバルのポイントに引けを取らない規模感になります(公開情報をもとに編集部が作成)
共通ポイントの勢力争いがどうなるかは未知数ではありますが、個人的には、ポイントの使い道が豊富で知名度もある「楽天ポイント」、キャッシュレス決済の代名詞的存在となった「PayPay」の「PayPayポイント」、そして財政基盤の強いNTTドコモの「dポイント」の3つを、au系の「Ponta」と、SMBC×CCCの新ポイントが追いかける展開になると予想しています。いずれにせよ、今回のSMBCグループとCCCの提携は、共通ポイント業界の大きな節目となることは間違いなく、今後も目が離せない展開が続きそうです。
最後は、キャッシュレス決済の現状として、「キャッシュレス決済の重層化」に触れたいと思います。日頃キャッシュレス決済を使っている人はお気づきのことと思いますが、現在使われているさまざまなキャッシュレス決済の多くは、スマホをインターフェイスとして、その下のレイヤーでさまざまな決済手段を用いて支払うケースが増えています。
たとえば、ここ数年ですっかり市民権を得た「PayPay」「楽天ペイ」などのスマホ決済(コード決済)の場合、支払いには「残高」を使いますが、この残高を得るにはクレジットカードや銀行口座からチャージする必要があります。スマホ決済サービスによっては、支払時に利用金額分だけをクレジットカードからリアルタイムでチャージ(オートチャージ)できるものや、与信の枠内で支払いができ、翌月に使った分だけ口座から引き落とす方法、あるいは携帯電話などの料金とまとめて支払う「キャリア決済」ができるものもあります。いずれにせよ、「スマホで支払う」というレイヤーの下で、別の決済手段が動いていることになります。
キャッシュレス決済はさまざまな決済レイヤーが重なり重層化。その弊害も指摘されています(画像はイメージ)
キャッシュレス決済の決済額を手段別で見た場合、依然としてクレジットカードが占める割合がトップであることには変わりはなく、最終的にはクレジットカードで支払われているケースが多いものの、その仕組みが複雑になり、ユーザー側から見て「自分が今、どういった仕組みで支払っているか」が見えにくくなっていると言えます。
これにより、いわゆるデジタル・ディバイド(情報格差)の問題や、決済のトラブル発生時の対応の難しさといった弊害が以前にも増して指摘されるようになっています。特に後者に関しては、私が仕事で関係している各地の消費生活センターや国民生活センターの相談業務においても、「トラブル発生源の洗い出し(決済のどの段階で起きたトラブルなのか)」や、「どの決済サービス事業者に問い合わせるべきかの見極めの難しさ」などが問題になっています。また、決済サービス事業者によって、相談員の相談あっせんに対する対応に差があるのも事実で、それも問題解決を難しくしている要因のひとつとなっています。
重層化したキャッシュレス決済の構造自体がすぐに変わることは考えにくく、現状考えられる対策としては、やはり消費者への啓発ということになってくるのだと思います。国は2025年までにキャッシュレス決済比率を4割程度に引き上げる目標を立てていますが、キャッシュレス決済の普及とともに、トラブルを防止するための知識や情報の浸透がより重要性を増してきています。
以上、今年のキャッシュレス決済を振り返りました。来年に向けて個人的に注目しているテーマのひとつが「AI与信」です。今年11月、メルカリが独自の与信でポイント還元率や限度額を決める「メルカード」というクレジットカードを発表。従来型の年収や職業などで決まる静的な与信とは異なり、メルカリでの「売る」「買う」などの行動によって与信が変化する点が目新しく話題となりました。AIやビッグデータの活用という意味で、今後の展開が気になる動きのひとつです。
もっとも、こうした動きに対しては、自分の行動が逐一チェックされることに対する警戒感や、集めたデータが不正に利用されるなどの懸念も残ります。また、本記事の「4」でも触れたとおり、ユーザーの側にも正しい知識に基づく自衛意識を持つことがますます求められるようになるはずです。このあたりは来年以降のキャッシュレス決済における重要テーマとして意識されてくると見ています。
インテル等を経てマスターカード、ビザに勤務後、山本国際コンサルタンツを設立。あらゆるキャッシュレスサービスに精通し専門紙誌での執筆・連載多数。大学講師、政府系委員会、専門家向け教育等にも携わる。