PDA博物館
永久保存版! 後世に語り継ぎたいモバイルPCの歴史

1978年“極楽1号”を知っているか? 「月刊アスキー」元編集長がモバイルPCの歴史を語る

これまでPDAやスマートフォンを中心に語ってきた本連載だが、モバイルの歴史を語るうえで、モバイルPCの存在を無視するわけにはいかない。

1940年代のコンピューターは、ひと部屋を占有するほどのビッグサイズだった。しかし、現在のモバイルPCは、ビジネスバッグに収まるのが当たり前のサイズで、長時間持ち歩けるほど、軽量化が進んでいる。このコンピューターの進化の影には、PCメーカーの並々ならぬ努力の歴史があった。

今回、連載に登場するのは、角川アスキー総合研究所の主席研究員、遠藤諭氏。長年コンピューターの進化を見続けてきた立場から、モバイルPCの過去と未来をひも解いていく。(※聞き手=PDA博物館初代館長 マイカ・井上真花)

遠藤諭(えんどうさとし)氏。株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。コンピュータープログラマーを経て、1990〜2002年にかけて、日本を代表するパソコン雑誌「月刊アスキー」の編集長をつとめる。同誌編集人、株式会社アスキー、角川アスキー総合研究所取締役など歴任。雑誌編集部時代には、ミリオンセラーとなった「マーフィーの法則」など単行本や別冊など多数の出版物を手がける。角川アスキー総合研究所では、ネットデジタル関連の調査・コンサルティングを手がける。デジタルの歴史に関しては、著書に日本のコンピューター黎明期に活躍した人たちをインタビューした「計算機屋かく戦えり」など。「カレー語辞典」(誠文堂新光社)に名前で項目が立っているカレー通。
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「月刊アスキー」1周年企画として掲載された“夢の端末”

――遠藤さんからはぜひ、モバイル史全般のお話をうかがいたいと思います。

以前、「モバイル進化系統樹」というのを作ってみたんですよ。この系統樹は、人によって、あるいは見方や切り口によって、内容が異なってくると思います。ツッコミどころのある図なんですが、「実線」は直接関わりのあるもの、「破線」は直接の関わりはないがなんらかの影響を受けたものという、つながりなどを示しています。

遠藤氏が作成した「モバイル進化系統樹」の図

遠藤氏が作成した「モバイル進化系統樹」の図

――電子手帳やWalkmanまで! こうしてみると、日本のモバイル端末は独特な進化を遂げているということがわかりますね……。ところで、Walkmanから伸びている「Typecorder」とはなんでしょうか。

1979年に携帯音楽プレイヤー「Walkman」を発売して大成功を収めたソニーが、「音楽がモバイルになるなら、文書作成もモバイルになるはず」ということで開発した端末です。1980年代前半と言えば、FAXやワープロが企業に導入されたOA(オフィスオートメーション)ブームのころですが、それとは隔絶したところから出てきたのがすごかった。フルキーボードを備えたモバイル端末という意味では、モバイルPCの元祖と言ってもいいかもしれませんね。

ソニーの「Typecorder」。遠藤氏は現物も所有しているが、これはシリコンバレーのComputer History Museumに展示されていたものを、遠藤氏が撮影した写真。後ろに見えるのは、スイスの「Scrib Portable」

――それは知りませんでした。そう言えば、この系統樹には、モバイルPCが含まれていませんね……。

そうなんですよね。実は、PCもモバイルの重要なジャンルなわけですが、その歴史を振り返ってみると、1981から1984年は、PCのカンブリア紀とも言える時期で、多彩なモデルが生み出されているんです。このころに、ほとんどの本体形状や音楽・ビデオなどの用途も提案されています。その中にモバイルPCも登場していますので、ザッと思いつくものをあげて表にしてみました。今回は、フルキーボードを備えたものという条件で選んでみましたが、ポケコンやポータブルワープロ、ポータブル端末などは含んでおりませんので、ご了承ください。


それぞれ、特徴的なトピックを備えた端末です。順番に、その内容を説明していきますね。

1972年に、アメリカの計算機科学者、アラン・ケイ氏が書いた「A Personal Computer for Children of All Ages」に、理想のパーソナルコンピューターとして登場したのが「Dynabook」です。PCの原点がモバイルPCの原点でもあるというのは、大きなポイントではないでしょうか?

1972年、アラン・ケイ氏が書いた「A Personal Computer for Children of All Ages」に登場する理想のパーソナルコンピューターのモックアップ(Computer History Museumの展示より)

1975年に発売された「IBM 5100」(IBM)は、ポータブルを名乗る最初のコンピューターでした。重さ25kgと、現在のノートPCと比べるとかなり大きいですが、「持ち歩こうと思えば、持ち歩ける」という意味では、初代モバイルPCと言えなくもないでしょう。

次の「極楽1号」とは、1978年に「月刊アスキー」の創刊1周年企画として掲載された“夢の端末”です。このとき、私はまだ編集部にいませんでしたが、このページを担当され、当時月刊アスキーでイラストを描かれていた井上泰彦さんに1年ほど前にお会いする機会に恵まれたので、詳しいお話を聞きました。それによると、“みんなの夢をとりまとめたもの”ということでした。

これが「月刊アスキー」創刊1周年記念号(1978年7月号)

これが「月刊アスキー」創刊1周年記念号(1978年7月号)

架空の端末とはいえ、その後のモバイルPCに搭載されている要素が多く含まれているという点では、モバイルPCのコンセプトモデルと言ってもよいのではないでしょうか。事実、1982年にクラムシェル型の「Grid Compass 1100」を発売したGRiDを子会社に持つタンディ社が、後にラップトップPCを発売する他メーカーを特許侵害として訴えたことがあったのですが、この極楽1号が資料になっていたそうです。

月刊アスキー創刊1周年記念号に掲載された「極楽1号」のイメージ図

月刊アスキー創刊1周年記念号に掲載された「極楽1号」のイメージ図

80〜90年代のモバイルPC事情とは?

1981年に発売された「Typecorder」(ソニー)は板のような形状で、フルサイズのキーボードと1行分の液晶文字表示パネルを備えていました。記録媒体は、オーディオ用マイクロカセットを使用。60分のマイクロカセットに、レターサイズ100ページのデータを保存できました。通信機能も備えており、300bpsの速度で文書を送ることも可能でした。

同年4月には、業界初の持ち運び可能なマイクロコンピューターと言われている「Osborne 1」(オズボーン・コンピューター)が発売されました。当時は、その大きさなどから、ポータブルミシンにたとえられることもありましたね。

1982年には、前述の「Grid Compass 1100」(GRiD Systems Corporation)が登場。また、バッテリー駆動を可能とした「HC-20/HX-20」(エプソン)、翌1983年には乾電池でも動く「TRS-80 Model100」(タンディ)が発売されました。

HC-20は、真性モバイルが本格的に使われるようになった時代を象徴するマシンで、このデザインは、海外ではブリーフケース型などと呼ばれていました。TRS-80 Model 100は、京セラが製造し、マイクロソフト製のソフトを搭載。非常にバランスのいいマシンで、NECの「PC-8201」やオリベッティの「M10」も同じ設計をもとにしています。個人的に、M10はデザイン的に最も好きなモバイルPCです。

遠藤氏が「デザイン的に最も好き」と語った「M10」

遠藤氏が「デザイン的に最も好き」と語った「M10」

1983年ごろは、ファミコンや家庭用PCのMSXも登場した時代。先にカンブリア紀とお伝えしたとおりで、モバイルPCが実用で使われるようになった時期です。「PC-5000」(シャープ)は、液晶を搭載し、プリンターも内蔵したユニークなマシンです。

1984年には、MS-DOSが動作してデスクトップ並みの性能を備えた「Data General/One」(Data General)と、キーボード一体型ケースに収められた「Apple IIc」(Apple)が登場。「Apple IIcがモバイルなの?」と疑問に思われるかもしれませんが、専用の液晶オプションもあり、ポータブルとしても打ち出していたんですよ。当時開催された東京サミットで、このマシンを使う海外ジャーナリストの姿をなにかで見た覚えがあります。

このあと、モバイルPCは高機能時代を迎えます。1985年に発売された「T1100」(東芝)は、「ラップトップコンピューター」という言葉を生み出したことで有名ですよね。IBM PC互換で、“現在のモバイルPCスタイル”の始まりと言っていいでしょう。IEEE(米国電気電子学会)マイルストーンに認定されていますね。同年には、16ビットCPU搭載でA4サイズ、20万円を割る19万5,000円の「FM16π」(富士通)も発売されました。

1986年のHDD搭載ラップトップPC「T3100/J-3100」(東芝)の登場は衝撃的でした。デスクトップPCのIBM PC/AT (80286 6/8MHz) と同等かそれ以上の性能を、コンパクトな筐体に収めてしまった。あのサイズの中にハードディスクを搭載していたのは感動的でした。当時は、ハードディスクを買ってくると、説明書に「片方をテーブルにつけて反対側を5cmの高さから落とすと壊れます」とか書かれていたりした時代ですからね。まだ、一般ユーザーの関心までは集めていませんでしたが、業界はこのときに、デスクトップと同じことができるモバイルPCの可能性に目覚めたと言ってよいと思います。

「月刊アスキー」のカリスマ元編集長が語る、モバイルPCの歴史。今回のインタビューは、永久保存版の内容と言えるだろう

1987年には、エプソンが当時のベストセラー機である、NECの98互換のラップトップ機「PC-286L」(エプソン)を投入。当然、NECも黙って見ているわけではなく、国内での“第1次モバイルPC戦争”と言ってもよい状況になりました。

1988年には、海外向けですが、超軽量ノートPC「NEC UltraLite」(NEC)が発売。ここから筐体の小型化が進み、1989年には、私が“ワラジ型PC”と呼ぶデザインの「Poqet PC」(Poqet Computer)が登場します。“ワラジ型PC”とはすなわち、キーボードのフットプリントに本体もディスプレイも収めたクラムシェル型のマシンのことです。

“ワラジ型PC”はほかにも、「Libretto」(東芝)や「VAIO C1」(ソニー)などの名機がありますが、とりあえず手元にあるものを並べてみた写真がありますのでご覧ください。なお、この中にある「MacPocket」は、リュウド株式会社のN社長がジョークで作り、MacWorldで展示した品をもらい受けたもの。ちゃんと起動画面が用意されていて、「Mac Rumors」に掲載され、世界中に拡散してしまったという端末です。

遠藤氏が“ワラジ型PC”と呼ぶ端末。手前右から「ポメラ DM100」、「OASYS Pocket 2」、「ZEOS Pocket」、「PoqetPC」、「PalmBook」、「Mobile Gear II」、「VAIO P」、「MacPocket」。左奥に見える、閉じた端末は「PERSONA」

日本のモバイルPCの歴史では最大のトピック、東芝の「ダイナブック J-3100SS」が登場したのは1989年7月です。A4ファイルサイズで重量は2.7kg、世界標準のソフトも使えます。鈴木亜久里氏が脇に抱えてビルから出てくるテレビCMは、軽さを強調していました。文字通り、「ラップトップ」から「ノート」へと進化したわけですね。

「東芝を追撃せよ」と、エプソンからは「PC-286NOTE executive」が9月に、NECから「PC-9801N」が11月に発売。この、いわば“第2次モバイルPC戦争”と言えるものを制したのは、国内最大シェアを握るNECの「98NOTE」でした。そして、日本は90年代前半にノートPC全盛の時代を迎えます。その影響はとても大きく、世界に比べてWindowsの普及を遅らせる結果になったと私は考えています。

なぜ、日本はそんなにもノートPCの人気が高かったのでしょうか? ひとつは、日本の住宅事情問題が考えられます。自宅の机にしろオフィスにしろ、スペースが狭かった。もうひとつ、セキュリティの問題もあります。ノートPCなら、いざとなれば棚やロッカーにしまえる。そこにカギをかけてしまえば、セキュリティ的にも安心ということで、企業に歓迎されたということなんですね。

1990年代のはじめには、ノートPCというジャンルが確立されたうえで、興味深いハードウェアがいくつか登場しています。この時期のトピックは、以下の通り。


1991年に発売された「OASYS Pocket」(富士通)は、ポケットサイズのワープロ。当時は、ユーザーから「オアポケ」と呼ばれ、親しまれていましたね。先ほどのPoqetPCの流れをくむ技術で作られたものでしたので、個人的によく使い込んだ覚えがあります。そういったわけで、すいません。「ワープロは入れない」と言っておきながら、つい入れてしまいました。

同年、「PDA博物館」でもおなじみの、「Lotus1-2-3」を搭載した「HP 95LX」(ヒューレット・パッカード)、アップルからは、ソニー製とされる「PowerBook 100」(Apple)が発売されました。モバイルがどんどん、おもしろくなってくる時期ですね。HP 95LXは、PCのミニチュアみたいで、かわいかったですよね。

HPの電卓と言えば当時、紀伊国屋アドホックや丸善、秋葉原のつかさ無線が取り扱っていましたが、片っ端から連絡しても予約分はすべて注文分で売り切れ。発売日の入手を断念していたのですが、発売直前に、つかさ無線さんから「1台確保できました」という電話をもらったときは、本当に涙が出そうになりました。忙しくて編集部のスタッフに受け取りに行ってもらったのですが、店員さんは「これはもう電卓じゃないね」と言っていたそうです(笑)。

そして1992年には、前々回の記事に登場した竹村譲氏が話していた「IBM ThinkPad 700」(IBM)が発売されます。トラックポイントを備えたノートPCで、OSにはDOS/Vを採用。日本でずっと主流だったPC-98に対して、ThinkPadがブランドになっていくきっかけになりました。

90年代以降のノートPC市場は、すぐれたマシンがたくさんあって、とても今すべてをここで説明できません。WindowsがノートPC上でも使えるようになって、解像度という制約がなくなり、サブノート的な本当に毎日持ち歩くものから、実際には机の上にデスクトップ的に使うものまで、幅が広がった。市場も活性化していますから、とがったマシンもあればスタンダードを狙ったマシンもある。富士通、パナソニック、シャープ、三洋電機、日立、デル、DEC、コンパック、台湾メーカーが本格的にやって来る前ですが、もうほとんどのメーカーがガンガン出してきましたからね。ワールドワイドでは、1990年代なかばから2000年代はじめまで、東芝が世界シェアトップだった。これは本当に立派だったと思います。

インタビュー中のひとコマ。貴重な「月刊アスキー」のバックナンバーだ

インタビュー中のひとコマ。貴重な「月刊アスキー」のバックナンバーだ

そういった中で、あえてモバイルPCの流れの中で「ユーザーの文化」という観点から特徴的ブランドをあげるならば、「ThinkPad」と「VAIO」でしょうか? いずれも方向性が異なり、Think Padは、背広層のニーズに応えたビジネス向けモデル。キーボードや塗装などこだわり、大人が求める品質を追求しました。いっぽうVAIOは、一般のユーザーにPCの魅力を伝えることを提案していて、本当に持ち歩けて、クリエイティブに使うことや、通信できることをコンセプトにうたって開発されました。VAIOは、デザインや用途が主役で、最新CPUにこだわっていませんでしたからね。

「コンピューターとは?」月刊アスキー元編集長が答える

――およそ20年間のモバイルPC流れをかけ抜けましたが、コンピューターをモバイル化することによって、どんなメリットがあったと思いますか?

コンピューターは、それを使う人の能力を拡大する道具であると思います。コンピューターに関するエピソードで私がいちばん好きなのが、「カリフォルニア・ロール」(ロジャー・L・サイモン著、木村二郎訳、早川書房刊)という本の中に、「チューリップIとIIはデスクの上に乗る小粋な代物で、たとえ、誰もそいつの操作方法を知らなくて、書斎に箱ごと放っておかれたり、ほとんど使われなくても、アメリカに革命をもたらしたのだ」というくだりがあります。

ここでいう「チューリップ」というのは、8ビット機の「アップル」のことですね。で、これの意味というのは、たかだか機械を買うことで「自分でもなにか新しいことができると思う」、これを使って「新しいことにチャレンジする勇気を与えてくれる」ということなんです。人間をポジティブにする機械。「もちろん活用すべきだけど、最悪、実用上役に立たなくても意味がある」と言い切るところがすごい(笑)。

そういう意味では、教育現場にはプログラミングを学ぶとか、そういうこと以上にコンピューターに触れることが必要だと思っています。コンピューターによって自分の能力が拡大できるんだということを、知っておくことこそが重要なんです。以前のコンピューターのように、設置するのに大きなスペースが必要であったり、価格が高かったりすると、教育現場への導入は難しい。それに対して、モバイルPCが進化し、特別な施設がなくても、いつでも、どこでも使えるようになりましたからね。

なので、モバイルPCの話を締めくくる意味では、世界のすべて子供たちにPCをと、マサチューセッツ工科大学のニコラス・ネグロポンテ氏が中心になって作った「OLPC XO-1」に触れたいですね。100ドルコンピューターを目指して開発され、2007年にウルグアイやブラジルなどの児童らに配布された。持ち歩く先がどこでも「学校になる」というコンセプトです。

マサチューセッツ工科大学のニコラス・ネグロポンテを中心とするNPO「OLPC」が開発した「OLPC XO-1」

マサチューセッツ工科大学のニコラス・ネグロポンテを中心とするNPO「OLPC」が開発した「OLPC XO-1」

「コンピューターは、それを使う人の能力を拡大する道具である」と遠藤氏

「コンピューターは、それを使う人の能力を拡大する道具である」と遠藤氏

――最後に、遠藤さんから見たモバイルPCの可能性、魅力を教えてもらえますでしょうか。

PCというのは、そもそも「パーソナル」という意味が含まれているわけなので、それがモバイルで、個人でいつでも一緒にあるというのは理想なんですね。そのときに、それではPCとはなにかというとユーザーの思考と一体化できるものを指すべきだと思っています。いちばん効率的にコンピューターシステムとやりとりできる環境。現在は、それがキーボードであり液晶ディスプレイだから、ノートPCになっている。

将来のPCは、VRヘッドセットになるかもしれないし、ほとんどがクラウドにあって肩の上に乗っている小さなロボットがインターフェイスになるかもしれない。いっぽうで、物理的にデバイスを持ち出すことの魅力も大きいと思います。

意志を持って、なにかを持ち歩くことによって、さきほどのアップルIIを買うことで「自分もなにか新しいことができる」という勇気が持てるのと同じ話です。スタバの「MacBook Air」が、ドヤ顔でもいいじゃないかと思うんです。モバイルというのは、身に付けたり、ふだんの自分と融合することで前向きに進化することなんですよ。

■取材を終えて(井上真花)

2018年8月12日に、「UNBOXING THE PC/初代IBM PC開封の儀」というイベントが開かれるそうです。ここで披露されるのは、完全に未開封の初代「IBM PC」。「初代IBM PC」の発売日である8月12日に、発掘されたうちの1台を実際に箱から取り出して電源を入れるというイベントです。

1981年に発売され、その後、IBM PC/XTやIBM PC/ATに発展、多くの互換機を生み出しながら、2018年現在も世界中の企業や家庭で、あるいはインターネットサーバーとして数億台以上が稼働している、IBM PC。イベントで参加者が目撃するのは、そんなIBM PCの原点に灯が灯る瞬間です。1981年と言えば、モバイルPC市場の夜明け。当時の空気を少し味わってみたい人は、イベントに参加してみてはいかがでしょうか。

<外部リンク>UNBOXING THE PC/初代IBM PC開封の儀

オフィスマイカ

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編集プロダクション。「美味しいもの」と「小さいもの」が大好物。 好奇心の赴くまま、良いモノを求めてどこまでも!(ただし、国内限定)

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