PDA博物館
HP200LXのヘビーユーザーに聞く

「アキバの喫茶店で、はんだごて片手に改造!」あのころ、HP200LXユーザーグループはアツかった

前回登場した「恵梨沙(えりさ)フォント」は、海外で販売されていた「HP100LX」および「HP200LX」(いずれもHP)を日本語化するためのフォントだったが、これを作り出したのはメーカーではなく、ユーザーグループだった。HP100LX/200LXのユーザーグループは当時、どのようにつながり、どのような活動をしていたのか。HP200LXのヘビーユーザーとして知られる、文市(あやち)氏を取材し、当時の様子について話を聞いた。(※聞き手=PDA博物館初代館長 マイカ・井上真花)

文市(青野宣昭)氏。自称、「小箱(=モバイル端末)の好きな会社員」。「文市の小箱茶室」には、さまざまなモバイル端末の情報が掲載されている。お気に入りのPDAは、向かって左側のスマートフォン「Gemini PDA limited edition」(Planet Computers)と、右側のミニPC「HP200LX」

“最初の1台”は、「HP100LX」

――文市さんは、たくさんのモバイル端末をお持ちですよね。最初に買ったのは何ですか?

1993年に購入したHP100LX(以下、LX)が最初ですね。その後、富士通のワープロ端末「オアシスポケット3」を1994年に買いました。

「オアシスポケット」は、「THE POQET PC」というベンチャー企業が開発した技術を、富士通が買い取って開発した端末で、もともとはワープロ専用機だったんです。それが、「オアシスポケット3」になって初めて、MS-DOS(以下、DOS)が動くようになった。つまり、DOSで動作するアプリケーションが使えるようになったんです。LXもそうですが、DOSのアプリをモバイル端末で使えるというだけで、僕にとってたいへん魅力的でした。

「オアシスポケット3」(富士通)。「親指シフト」キーボードを搭載し、文字入力環境に注力したモバイル端末として、ファンも多かった

たとえば、LXユーザーに愛用されていた市販のエディタソフト「VZ Editor」(以下、VZ)はDOS用アプリだったので、オアシスポケット3でも使えました。もちろん、そのままでは動かないので、ファイラー機能を搭載したビューアアプリ「MIEL」の作者であるPaciさんの手によって移植されたのですが、いずれにせよ、どちらもDOSが動く端末でしたから、そのようなこともできたんです。

オアシスポケット3は、とても魅力的な端末でした。まず、キーボード配列が「親指シフト」という特殊な配列であること。さらに、IMEの変換効率が高く、日本語を快適に入力できるという点も、高評価でした。つまり、オアシスポケット3は、文字入力ツールとして、とてもすぐれていたんです。

それなら、「オアシスポケット3だけ使えばいい」と思われるかもしれませんが、LXにはLXのよさがあります。たとえば、レジューム機能です。レジュームとは、電源を切る前の作業状態を保存し、次に電源を入れたときに、すぐにその画面が開き、続きを作業できるという機能ですが、LXはそれがとても速い。大げさではなく、電源のオン/オフで瞬時に切り替えられます。このキビキビとした動きに慣れてしまうと、なかなか、ほかの端末では満足できない。そこでどうしても、LXも一緒に持ち歩くようになってしまうんです。

手のひらサイズでMS-DOSが使える「HP200LX」(ヒューレット・パッカード)。HP100LXの後継機だ

手のひらサイズでMS-DOSが使える「HP200LX」(ヒューレット・パッカード)。HP100LXの後継機だ

PDAを愛用するきっかけは「NIFTY-Serve」

――そもそも、文市さんがPDAを使うようになったきっかけは、何だったんですか?

パソコン通信の「NIFTY-Serve」です。NIFTY-Serveが始まったのが1987年。僕は当時、まだ学生だったので、モバイル端末はおろか、パソコンも持っていませんでした。そこで、父のワープロ専用機「文豪ミニ」(NEC)にモデムを接続し、電話回線をつなげてNIFTY-Serveにアクセス。これですっかり電話代が高くなってしまい、よく親に怒られたことを覚えています(笑)。

もともと本を読むのが好きで、よく雑誌を買って読んでいたんですが、NIFTY-Serveには紙の雑誌でしか得られないような情報がすべて無料(もちろん通信料金はかかりますが……)で読めました。毎月、雑誌が発売されるのを心待ちにしていた僕にとって、いつでも、いくらでも情報が読めるパソコン通信は、まるで夢のよう。夢中になりました。

就職後は、自分専用のパソコンを購入し、NIFTY-Serveを楽しむようになりました。しかし、会社員ですから、朝から夜まで仕事をしていて、なかなか家でパソコンを開くことができません。通勤時間は片道2時間だったので、何とかこの時間を有効に使えないかと思い、携帯できる端末を探したところ、LXを見つけたんです。

LXにはシリアルポートが備わっていたので、モデムと電話を使って、NIFTY-Serveにアクセスできました。読みたいフォーラムを巡回し、LX内にフォーラムのログをダウンロードしておけば、通勤時間を使ってじっくり読むことができますし、必要に応じて、レスを書くこともできます。

僕はテキストビューア「LogExpress」が好きで、これを使ってログやテキストを読んでいました。前回の記事に登場した恵梨沙フォントは、すばらしいフォントで、普段はそれを使うのですが、じっくりテキストを読むときは、明朝体にしたいと思っていました。そんな折、LogExpressが「FONT.14」という明朝体フォントに対応してくれたんです。うれしかったです。

LXを起動すると、システムマネージャー画面が開きます。そこには、スケジューラや電話帳、メモなどの基本的なPIM(個人情報管理)はもちろん、カスタマイズできるデータベースや表計算ソフト「Lotus 1-2-3」、世界時計など、さまざまなアプリがプリインストールされていました。どのアプリも非常に使いやすく、このPIMを使いたいがために、ほかの端末に移行できないというユーザーも多く存在したほどです。

しかし僕は、モバイル端末が進化していくなかで、PIMが必ずしもLXでなければならないとは思いませんでした。なかには、とても使いやすいものもありましたし。ただ、どうしても、ゆずれないのは、テキスト入力環境です。まず、前述の通り、レジューム機能がすばらしい。だから、思いついたことをすぐに、メモできます。

しかも、DOSが使えるので、独自のメモではなく、汎用テキストファイルに記録できる。僕にとっては、これが大きなメリットでした。仕事やプライベートで使うメモは、いつかほかのモバイル端末を使う日が来ても、継続して使えるようにしておきたい。そのためには、どんな端末に変えても参照できるフォーマット、つまり“汎用のプレーンテキスト”でなければならないと考えていました。

レジュームが使えてすぐにメモできるということと、プレーンテキストが使えるということ。この2つのこだわりだけは、どうしてもゆずれなくて。ほかのPDAやスマートフォンを使ってみても、なかなか満足できる製品には、出会えませんでした。

たとえば、IBMが販売していたA5型のパソコン「Palm Top PC 110」は、パソコンですからもちろん、汎用テキストファイルが使える。その点はいいのですが、いかんせん起動が遅い。LXは電源ボタンを押せば、一瞬でテキストを入力できる状態になります。その間は、1〜2秒以内です。これが3〜5秒であってはいけない。その数秒の間に、記録したかったことを忘れてしまうかもしれません。忘れる前にすぐに記録するには、LX並みに早くレジュームできる端末でなければいけないんです。

HP200LXの「Memo Express」というアプリで、文字を入力した画面。文市氏は、ひとつのキーを押すだけで、カーソルがテキストファイルの最上段に移動し、タイムスタンプを入力するという仕組みを作った

ユーザーのつながりを実感できた、オフ会の魅力

――ところで、前回の記事でNORIさんにお聞きした話だと、LXユーザーはユーザー同士のつながりが強かったとのことですが、文市さんもそう感じていらっしゃいましたか?

確かに、そうでしたね。NIFTY-Serveでは、NORIさんがシスオペをしていた「FHPPC」というフォーラムをよく見ていましたが、そこに集まるユーザーはコミュニケーションが活発で、よくオフ会も開いていました。週末になると、秋葉原の決まった喫茶店に集まり、LXに関する四方山話(よもやまばなし)をしていました。

オフ会にはもちろん、みなさん自分のLXを持ってきます。いろいろ話しているうちに、誰かが、「こんなことができないか」と言い出すと、その場にいるみんながアイデアを出し合い、「試しにやってみよう」と作り始めたりするわけです。

たとえば、ソフトウェアの作者さんが自作のアプリをその場で披露し、みんなで使ってみて、意見を出し合うということもありました。なかには、「漢字」を表示できないビューワというようなジョークアプリもあり、どうやって使うんだろうと思っていたら、「テキストをひらがなで書けばいい」という無茶なユーザーが出てきたり……(笑)。

ジャンクショップに行って数百円で買った、フラッシュカードを自慢し合うというようなこともやりました。当時のフラッシュカードの中には、数百キロバイトしかデータを保存できないものがあり、「こんなのどうするんだよ」と言えば、「こうやって使えばいい」と妙案を出したりして。そんな、なんでもない時間が、とても楽しかったんですよ。

ハードウェアの改造も、よくやっていましたね。LXは標準の水晶をそのまま使うと処理速度が遅いため、周波数が2倍になる水晶に変えてクロックアップするということが流行っていました。自分でできない人は、LXと倍速化用の水晶を“例の喫茶店”に持っていき、ユーザーさんたちにクロックアップ作業を依頼すると、誰かがその場でガス式のはんだごてを取り出し、テーブルの上ではんだ付け作業をするということも日常茶飯事(笑)。

もちろん今なら、お店の人に怒られそうですが、当時は何となくわかってくれていたのか、特に注意されることもありませんでした。そんなユーザーさんたちの熱量というか、エネルギーが感じられたということも、LXの魅力のひとつだったと思います。

当時の僕は、そんなユーザーの中のひとりでした。LXに依存しすぎて、常に携帯していないと、落ち着かないという状態。LXユーザーたちは当時、LXを「電脳パンツ」と呼んでいて、その心は、「はいているのが当たり前で、はいていないと落ち着かないのがパンツ。LXもそれと同じ」ということだったのですが、まさにそんな状況でした。

しかし、そのいっぽうで、「いつまでもLXがあるわけじゃない」という不安もありました。そこでLXの代替機を探すため、次から次へとPDAを買い続けるようになってしまったのです。

持っていたPDAを合計すると、数百万円以上!

――ずいぶんたくさんお持ちでしたよね……。合計、何台ぐらいありました?

数えたことはなかったので正確にはわかりませんが、かなり持っていたのは確かです。オフ会で一度、「今持っているPDAを全部出してみて」と言われて、ずらりと並べてみたことがありました。そのとき、誰かが「これって合計、いくらぐらいだろう」と言い始め、計算したところ、ざっと150万円でした。持っているものを全部持ってきていたわけではありませんし、その前後にも買い続けていたわけですから、それがすべてということはありません。おそらく、PDAに費やした金額は、数百万円にはなると思います。

文市氏の持つモバイルの一部。左下から順に、L-04C(LG)、Gemini PDA limited edition(Planet Computers)、Gemini PDA(Planet Computers)、iPhone(アップル)、ZTE Open(ZTE)、DM200(キングジム)、HUAWEI P20(ファーウェイ)、922SH(シャープ)、BlackBerry KEY2 LE(BlackBerry)、T-Mobile G1 HTC Dream(HTC)、SL-C760(シャープ)、BlackBerry 8707h(BlackBerry)、GooApple(GooApple)、Nokia Lumia 830(ノキア)、SL-C3100(シャープ)、LYNX SH-10B(シャープ)、HP200LX(HP)、Nokia E70(ノキア)、Nokia 6630(ノキア)、Palm Top PC 110(日本IBM)、オアシスポケット3(富士通)、HP100LX(HP)、INTERTop(富士通)、PSION 5mx(PSION)

ところが、ほかのPDAを試せば試すほど、LXの代替機はないということが、身に染みてわかりました。LINUXザウルス、IS01、インターネットマシンなどを試してみて、なかにはおもしろいものもあったけど、なかなか、「これは」というものは見つかりませんでした。

「Optimus chat L-04C」(LGエレクトロニクス・ジャパン)。キーボードが秀逸なAndroidスマートフォン

「Optimus chat L-04C」(LGエレクトロニクス・ジャパン)。キーボードが秀逸なAndroidスマートフォン

「インターネットマシン」という愛称が付けられた「SoftBank 922SH」(シャープ)。ソフトバンクによる、キーボード付きガラケーの名機だ。数か月後に「iPhone 3G」(アップル)が発売され、消えていった

2008年に発売された「T-Mobile G1 HTC Dream」(HTC)。Androidスマートフォンの初号機。キーボードを標準搭載していたのが特徴だ

「Zaurus SL-C3100」(シャープ)。 OSはLinuxで、HDDを搭載していた

「Zaurus SL-C3100」(シャープ)。 OSはLinuxで、HDDを搭載していた

「Zaurus SL-C760」(シャープ)。 OSはLinux。軽量でスタイリッシュなのが魅力だ

「Zaurus SL-C760」(シャープ)。 OSはLinux。軽量でスタイリッシュなのが魅力だ

「Nokia E70」(ノキア)。本体を開くと、QWERTYキーボードがあらわれる携帯電話

「Nokia E70」(ノキア)。本体を開くと、QWERTYキーボードがあらわれる携帯電話

しかし、ここにきて、「これならLXの代わりになるかも!」と思える端末がでてきました。「Gemini PDA」というAndroidスマートフォンです。やっと出会えたかな、という手応えを感じています。これからしばらく使ってみて、本当にLXの代替機になるかどうか、試してみたいと思います。

「Gemini PDA」(Planet Computers)。2018年には、日本国内で正式販売が開始された

「Gemini PDA」(Planet Computers)。2018年には、日本国内で正式販売が開始された

画面上が「HP200LX」、画面下が「Gemini PDA」。Gemini PDAなら、LXの代替機になれる……かも?

画面上が「HP200LX」、画面下が「Gemini PDA」。Gemini PDAなら、LXの代替機になれる……かも?

取材を終えて(井上真花)

個人的に、LX時代からお世話になっている文市さん。日本HPがLXの生産中止を発表したときに「HP200LX生産中止反対署名運動」を始めたり、「LXユーザーの手でLXを作ろう」という「モルフィーワン・プロジェクト」に出資したりと、LX継続のために全力を尽くしていました。きっと、それだけ、LXに愛情があったんですね。そんな文市さんが「これならLXの代わりになるかも」なんていうものだから、取材のすぐあとに買ってしまいましたよ、Gemini PDA。そう言えば、山根博士を取材した際にも、「これは絶対に買い」と言われた覚えが。これだけPDAやスマートフォンに造詣の深い方々がすすめる1台なのだから、きっと間違いないはず。

オフィスマイカ

オフィスマイカ

編集プロダクション。「美味しいもの」と「小さいもの」が大好物。 好奇心の赴くまま、良いモノを求めてどこまでも!(ただし、国内限定)

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