平成デジタルガジェット史
パソコンブーム来たる! Windows 95の発売とインターネット時代の幕開け

激動の平成デジタルガジェット史 第3回:平成7〜9年(1995〜1997年)

30年にわたった「平成」という時代も今年で終わりを告げる。そんな平成という時代は、価格.comとも深い関わりのあるパソコンやデジタルガジェットが急激に成長した時代であった。そこで、平成時代の終わりに、この30年でパソコンやデジタルガジェットの世界がどのように変化してきたかを、3年ごとにざっくりとまとめてみようというのがこの連載企画だ。第3回の今回は、平成7〜9年(1995〜1997年)の3年間にフォーカスして、この時代をデジタルガジェットたちとともに振り返ってみよう。
(※本記事内の価格表記は基本的に税別です)

平成7年(1995年) 「Windows 95」発売! インターネット時代の幕開け

平成7年(1995年)は、パソコン・デジタル業界にとって、非常に大きな意味を持つ年である。最大のトピックは何と言っても、マイクロソフトから新OS「Windows 95」が発売されたことだろう。もっとも日本語版が発売されたのは、年末に近い11月23日のことだったので、「Windows 95」というネーミングではあるが、実際の普及は1996年のほうが近かったとも言える。

「Windows 95」の起動画面(「Wikipedia」より)

「Windows 95」の起動画面(画像は「Wikipedia」より)

「Windows 95」は、さまざまな点で新しいOSだった。それまでメインで使われていた「Windows 3.1」もGUIを駆使したOSであったが、こちらはある意味で「MS-DOS」上で動くシェル的構造のハイブリッドOSであった。しかし「Windows 95」は、MS-DOSが一体化されたネイティブOSであり、また32ビット命令を処理できるようになった点で大きな進化を遂げた。またGUIもさらに洗練されたものとなり、デスクトップ上にファイルを保存できるようになったほか、ファイルコピーなどの際にはさまざまなアニメーションアイコンが表示されるなど、表現が豊かになった。また、マウスの右クリックによる右クリックメニューや、「スタート」ボタンから始まるスタートメニュー、タスクバー/タスクトレイといった要素も「Windows 95」から始まった機能で、当時GUIでは先を行っていたMacOSを超えるほどの機能を備えたと評されている。

さらに、「Windows 95」が新しかった点に、インターネットへの標準対応がある。それ以前のOSでは、インターネットに接続するためには、インターネットプロトコルの「TCP/IP」に対応した接続ソフトや、「Netscape Navigator」などのブラウザーソフトを別途用意する必要があったが、「Windows 95」は標準で「TCP/IP」に対応していたほか、標準ブラウザーとして「Internet Explorer」がバンドルされており、LANやモデムによるダイヤルアップ接続でインターネットに簡単に接続することができた。これを機に、さまざまなインターネットプロバイダーが登場し、ダイヤルアップによる接続ソフトを、雑誌付録のCD-ROMなどで配布したり、あるいはパソコンにプリインストールするようになったため、「Windows 95」搭載パソコンを買ってくれば、すぐにでもインターネットに接続できるようになった。つまり、今に至るインターネットの発展には、この「Windows 95」が大きな役割を果たしており、「Windows 95」の登場をもって、この年が実質的なインターネット元年となったのである。ちなみに、当時の「Windows 95」のテレビCMでは、スタートボタンに関連して、ザ・ローリング・ストーンズの「Start Me Up!」が音楽として使われたのが、記憶に新しい。

また、この年には、通信サービスも大きく変化した。携帯電話サービスはすでに開始されてから3年ほどが経っていたが、まださほど一般的なものではなかった。前年の平成6年(1994年)に、それまでレンタルだった携帯電話の売り切り製がスタートしたばかりで、端末の価格も10万円以上という、一般庶民にとってはまだまだ高嶺の花だった。そんな中、この年に登場したのが「PHS」である。

「PHS」端末(画像は「Wkiopedia」より)

「PHS」端末(画像は「Wkiopedia」より)

「PHS(Personal Handy-phone System)」は、携帯電話ほどの強力な電波を使わない微弱電波を使った通信システムで、それまでも家の中で利用されていた電話機の子機(デジタルコードレス電話)を発展させたもの。基本的に、電波が微弱で遠くまで届かないため、基地局を狭い範囲に多く設置する必要があったが、都市部を中心に基地局が増えてくると、端末価格の安さもあり、携帯電話の代用品として多く利用されるようになった。ただ、この年はまだサービスが、NTTパーソナル(後のNTTドコモ)、DDIポケット(後のウィルコム)、アステルグループの3社によって開始されたばかりで、まだそれほど浸透してはおらず、若者のコミュニケーションツールとしては「ポケベル」のほうが一般的だった。

PHSと並んでこの年に開始されたのが、有線デジタル回線の「ISDN」サービスである。一般の電話回線はアナログ通信であるが、ISDNはすべてをデジタル化した回線であり、データ通信をより高速に行うことができるほか、音声通話の品質も高い。このISDN回線を自宅に引き込んで、ターミナルアダプター経由でインターネット通信を行える「INSネット」のサービスがこの年開始され、インターネットをより快適に利用したいという企業や個人ユーザーから人気を得た。なお、ISDNの1回線あたりの通信速度は64Kbpsであったが(後に2つの回線をひとつに束ねて使う128Kbpsのサービスもできた)、この当時一般的だったアナログモデムの通信速度は14.4Kbps/28.8Kbpsだったので、これと比べると圧倒的な速さだった。

ISDNターミナルアダプター「」

ISDNターミナルアダプター。NTT-ME「MN128 SOHO」(画像は「Wikipedia」より)

このほか、デジタルカメラの原点とも言える製品、カシオ「QV-10」が発売されたのもこの年のこと。25万画素のCCDセンサーと2MBのフラッシュメモリー、回転式のレンズと1.8型のTFT液晶カラーモニターを搭載した「QV-10」は、どこかしらオモチャっぽい作りの製品だったが、65,000円という比較的手ごろな価格と、撮影してすぐに確認できるというデジタルカメラならではの楽しさが受けて、デジタルカメラの普及に大きく貢献した。翌年にはこの改良版である「QV-10A」が39,800円で発売されるが、筆者も初めて購入したデジタルカメラはまさにこの「QV-10A」だった。画素数は少ないし(当時すでに30万画素が一般的だった)、ホワイトバランスが若干おかしかった(赤が朱っぽくなってしまう)など、いろいろ不満もあったが、とにかく撮影するのが楽しくて、いろいろなものを撮影したのを覚えている。

カシオ「QV-10」。今のデジタルカメラの原点とも言うべき記念すべき製品

カシオ「QV-10」。今のデジタルカメラの原点とも言うべき記念すべき製品

なおこの年、日本国内では、1月に発生した「阪神大震災」や、3月に起こったオウム真理教による「地下鉄サリン事件」など、暗い出来事が多かった。かくいう筆者も激動の時期を迎えており、いろいろあった末、イタリアに1年間海外逃亡するという暴挙に出たのもこの年のこと。それゆえ、この年、日本国内で起こったほかの出来事や流行については、ほとんど記憶がない。何しろ、当時インターネットは普及していなかったし、海外にいて日本の情報を得る手段は、新聞以外にはほぼなかったからだ。今や、インターネットで、どこにいても瞬時にあらゆる情報を手に入れられるが、平成7年のこの頃は、まだそんなことは遠い未来の話であった。

●この年発売された主なデジタルガジェット

・ソニー「DCR-VX1000」
それまで主流だった8ミリビデオ(Hi8)に代わって登場したデジタル方式の「miniDV」を採用した初のビデオカメラ。デジタル信号で映像と音声をテープに記録し、パソコンとIEEE1394(i-LINK)インターフェイス経由で接続することで、パソコン内にデータをそのまま取り込むことができた。この「miniDV」は、その後しばらくビデオカメラのスタンダードとして利用されていくが、徐々にHDDやフラッシュメモリーによって代替されるようになり、テープメディアとしては最後の方式となった。

・NEC「PC-9821V7(VALUESTAR)」
「Windows 95」の登場とともに発売された、NEC版の「Windows 95」を搭載して発売されたパソコン。デスクトップパソコン用の新ブランド「VALUESTAR」の名前を初めて冠した製品で、ここからNECの「PC-98」シリーズも完全にWindowsマシンとしての歴史を歩むことになるが、この時点では、内部のハードウェアなどはNEC独自規格のままだった。

平成8年(1996年) 実質的インターネット元年。DVDや液晶テレビが登場

前年の11月に発売された「Windows 95」と、これを搭載したパソコンの発売を機に、空前のパソコンブームが到来した。と同時に、インターネットが爆発的な普及を遂げたのが、この平成8年である。実質的にはこの年こそが、日本国内における「インターネット元年」と言って差し支えないだろう。

とはいえ、まだまだ世間的にはインターネットで何ができるの?というレベルであり、この頃はまだパソコン好きな人たちが、手書きのHTMLで「ホームページ」を作っているというレベルであった。インターネット上の情報検索もまだスタンダードとなるものはなく、「Yahoo!」「Infoseek」などさまざまな検索エンジンがサービスを開始し始めたところだった。なお、「Yahoo! JAPAN」がサービスを開始したのもこの年のことであった。

ちなみに、前年末にイタリアから帰国した筆者は、このインターネット元年に、たまたま某パソコン関連企業でパソコン雑誌の編集者として働くことになった。そこで目の当たりにしたのが、まさに動いているインターネットであった。しばらく遠ざかっていたパソコンの世界に再び戻ってきたと思ったら、いきなりインターネットで、その時代ギャップに最初の1か月くらいはただただ驚いていたことを覚えている。仕事のからみで、パソコンのことをもっと知りたいと思い、久々にパソコンを購入したのもこの年のこと。当時のWindows 95搭載パソコンは、ディスプレイとセットで安くても20万円くらいはしていたのだが、当時は駆け出しでとにかくお金がなかったので、型落ちのWindows 3.1パソコンを10万円そこそこで安く購入し(それも分割で)、自力でWindows 95にアップデートしたりしていた。しかもCPUやメモリー周りがあまりに非力だったため(当時は「486DX2/66MHz」とかだった)、自力でCPU換装やらメモリー増設やらをやったりして、おかげでパソコンにはだいぶ詳しくなった。

そんなわけで、空前のパソコンブームが起こったこの年、前年のNEC「VALUESTAR」シリーズや、富士通「FMV DESKPOWER」シリーズといったメジャーメーカーに続いて、ソニーが「VAIO」ブランドを立ち上げ、パソコン市場に参入した(日本国内では翌年)のが大きなニュースになった。ソニーと言えば、それまでパソコンは8ビット機の「MSX」(HiTBiTシリーズ)くらいしか作っておらず、当時パソコンメーカーという印象はすっかりなくなっていたのだが、このVAIOで本格的にパソコンを生産することになった。しかも、このVAIOはデザイン性にすぐれており、パープルで統一されたカラーリングで、他メーカーの製品とは一線を画したかっこよさを持っていた。なお、この当時は、上記以外にもさまざまなメーカーがパソコンを生産しており、「Dynabook」の東芝はもちろんのこと、松下電器産業(現:パナソニック)、シャープ、日立、三菱電機、三洋電機といった大手の家電メーカーが相次いで、Windows 95搭載パソコンをリリースしており、なかなかにぎやかな時代だった。

パナソニック「Let's note(AL-N1)」。今でも多くのモバイラーから愛されているシリーズの記念すべき第1号モデルだ

また、持ち運べるノートPCの分野でも、薄型化・小型化という技術革新が起こりつつあった。それまでもIBMの「ThinkPad 2xx」シリーズなど、サブノート系のノートパソコンは存在したが、この年、パナソニックからB5サイズの「Let's note(AL-N1)」が発売されたほか、東芝からは、さらにコンパクトなミニノート「Libretto 20」が発売され、大きな話題となった。これについては、次章で詳しく紹介しよう。

東芝「Libretto 20」。衝撃的なコンパクトボディでWindows 95が動作するとあって、モバイラー必見の伝説的マシンとなった

いっぽう、パソコン以外のデジタル家電でも、この年はいくつかの新しいデバイスが登場している。まず、意外なことだが、今では当たり前過ぎる存在の「DVD」はこの年登場した。実はDVDの誕生からはまだ20数年しか経っていないのである。それまで映像ソフトは、ビデオテープ(VHS)が主流で、この頃はまだレンタルビデオ店が全盛だった。なお、DVD登場以前に、CD-ROMに映像データを保存する「ビデオCD」という規格もあったが、データ容量が小さいため画質が粗くほとんど流行らなかったという経緯がある。

ちなみに初めて発売された民生用のDVDプレーヤーは、この年11月に発売された東芝「SD-3000」。価格は77,000円であった。

世界初の民生用DVDプレーヤー東芝「SD-3000」。価格は77,000円

世界初の民生用DVDプレーヤー東芝「SD-3000」。価格は77,000円

もうひとつ、この年に生まれたものとして「液晶テレビ」がある。それまでも、コンパクトサイズのポケットテレビ的な液晶テレビは存在していたが、比較的大型サイズの液晶パネルを使った据え置き型の液晶テレビとしては、この年発売されたシャープの「液晶ウィンドウ(LC-104TV1)」が最初。とはいえ、まだその画面サイズは10.4インチで、まだかなり小さな製品だった。しかし、この「液晶ウィンドウ」を開発したことが、その後の「AQUOS」シリーズの大成功につながっていくことになる、ある意味でシャープにとって記念碑的な製品となった。

シャープ「液晶ウィンドウ(LC-104TV1)」。今に至る液晶テレビの先駆けとなった製品(画像は「Wikipedia」より)

●この年発売された主なデジタルガジェット

・エプソン「カラリオ PM-700C」
それまでCMYKの4色だったインクジェットプリンターの常識を覆す、6色インクシステムを採用したこと画期的なプリンター。特に写真印刷の表現力は、それまでの4色インクシステムから大きく飛躍しており、これ以降、「写真プリントといえばカラリオ」という評価が定まっていく。

・バンダイ「たまごっち」
空前の大ブームを呼んだ玩具。たまご型をしたアクセサリーの中で、「たまごっち」と呼ばれる生き物の世話をするというだけの非常にシンプルなオモチャなのだが、これが女子高生などを中心に爆発的な人気に。その後もさまざまな派生系が作られ、今でもまだ続いている息の長いシリーズとなった。

・任天堂「ポケットモンスター 赤・緑」
ゲームボーイ向けに任天堂が発売したRPG「ポケットモンスター」の第1作。小学生を中心に大ヒットを飛ばし、コミックやアニメなどのメディアミックスでも成功を収めた希有なゲームとなった。ポケモンを集めてポケモン図鑑をコンプリートするという、今の「ポケモンGO」にまでつながる基本システムはこの当時完成していた。

・任天堂「NINTENDO64」
32ビット機の「セガサターン」や「プレイステーション」から遅れること2年、任天堂から発売された次世代(64ビット)ゲーム機。後発だけに処理性能は高く、3Dゲームなどを得意としたが、次世代機参入の出遅れと、サードパーティー製ソフトの少なさから、セールス的には不調に終わった。価格は25,000円。

平成9年(1997年) モバイルノートやPDAなど、モバイル端末が多数登場! モバイラーが増加

「Windows 95」の発売とともに起こった空前のパソコンブームはますます熱を帯び、インターネットもさらなる普及を遂げていた。インターネットを通じて商行為を行う商用サイトなども登場してきており、インターネットのショッピングモール「楽天市場」が、この年サービスを開始した。ちなみに、我が「価格.com」の前身となる「¥パソコン価格情報¥」なるサイトが公開されたのもこの年のことだ。消費税が5%に引き上げられたのもこの年のことである。

そんなパソコンブーム、インターネットブームの中で新しいデバイスが登場してきた。それが前年あたりから登場してきた「モバイルノート」あるいは「PDA」的な端末である。モバイルノートとしては、前年に上記の「Let's note」シリーズや、東芝のミニノート「Libretto」シリーズが登場しているが、この年「Let's note」シリーズからは、トラックボールを搭載したB5ノート「AL-N2」が登場して人気となった。また、「Libretto」シリーズからも、コンパクトなサイズ感はそのままに処理性能がアップした「Libretto 60」が発売され、こちらも大きな話題を呼んだ。このほか、前年にスタートしたソニーの「VAIO」シリーズからは、スリムノートとして爆発的なヒットを呼んだ名機「バイオノート 505」がこの年登場している。このように、この平成9年という年は、モバイルノートが飛躍的に完成の域を高めていった年と言える。

ソニー「バイオノート 505」。そのスリムなボディとスタイリッシュなデザインから、当時のモバイラーあこがれの存在となった

いっぽう、モバイルシーンでは、これらWindows 95搭載パソコンとは別の動きも起こっていた。それが「PDA」の進化である。この年は、日本国内のPDAにとっても非常に重要な年で、マイクロソフトの「Windows CE」搭載デバイスが発売されるとともに、「Palm OS」を搭載した「Palm」デバイスもこの年から国内販売が始まった。Windows CEでは「カシオペア A-50/51」(カシオ計算機)がキーボード付きのハンドヘルドPC型デバイスとして登場し、Palmからは、手のひらサイズの「Palm Pilot」が登場し、いずれも当時の「モバイラー」から熱い注目を浴びた。このほか、前年1996年から発売されていたMS-DOSベースのハンドヘルドPC型デバイス「モバイルギア」(NEC)も、Windows CE対応となって再発売された。

「カシオペア A-50/51」(カシオ計算機)。日本国内初のWindows CEデバイスとして登場。コンパクトながらフルキーボードを搭載し、バッテリーで25時間駆動するなど、便利さが話題となった

これらのPDA製品は、パソコンほどの処理能力は持っていないが、タッチパネル式のモノクロ液晶ディスプレイを搭載しており、付属のスタイラスペンなどを使った手書き入力が行えるのが特徴。メモを取ったり、住所録を管理したり、といった手帳代わりの諸機能に特化している代わりにバッテリー持ちがよく、当時のノートパソコンは2時間程度しか駆動できなかったのに対して、20時間以上の長時間(「カシオペア A-50」の場合、25時間)の駆動が可能だった点が便利だった。また、インターネットブラウザーや電子メールソフトを搭載しており、製品によってはモデムを内蔵していたことから、そのまま電話回線に接続してダイヤルアップでインターネットを利用することもできた。筆者も、パソコン雑誌の編集者という仕事がら、本格キーボードを搭載し、モデム内蔵でメールも送れた「モバイルギアII」(NEC/1998年発売)にはかなりお世話になった経験がある。

このように、モバイルノートやPDAなど、数多くのモバイルデバイスが登場し、市場をにぎわせていたのが、平成9年という時代だった。インターネットにダイヤルアップ接続するためのモデムも33.6Kbpsから56Kbpsまで高速化されたり、街中の公衆電話がISDN対応になり、デジタル通信用のモジュラージャックが搭載されるようになったり、データ通信が行えるPHSのモデムカードが発売されるなど、モバイルデバイスを活用しやすい環境も徐々に整ってきていたことも、モバイラー増加を後押ししたように思う。

そのほかの分野に目を向けてみると、パソコン界では、ついにNECが従来の「PC-98」シリーズのアーキテクチャーとは異なる、完全「IBM PC/AT互換機」となる新シリーズ「PC98-NX」シリーズを発表している。これ以降、NECも独自路線をやめ、ほかのメーカーと同様の「IBM PC/AT互換機」の生産に舵を切ることになる。

パイオニア初のプラ図7間テレビ「PDP-501HD」。50インチの大画面で、価格は250万円!

パイオニア初のプラズマテレビ「PDP-501HD」。50インチの大画面で、価格は250万円!

家電の分野では、この年、富士通ゼネラルとパイオニアが初の民生用プラズマテレビを発売している。富士通ゼネラルは42インチの「PDW4201」、パイオニアは50インチの「PDP-501HD」。いずれも当時の価格では100万円を超えており、「PDW4201」が120万円、「PDP-501HD」に至っては250万円という、一般家庭ではとても買えない高価なシロモノであった。

●この年発売された主なデジタルガジェット

・オリンパス「CAMEDIA C-1400L」
100万画素を超える141万画素(有効約131万画素)のCCDセンサーを搭載したデジタルカメラ。光学3倍のズームレンズを備え、仕事でも使えるレベルの本格派デジタルカメラとして一世を風靡した。価格は128,000円と、比較的リーズナブルだったことも人気を後押しした。

オリンパス「CAMEDIA C-1400L」。従来の80万画素レベルから100万画素を超え、仕事でも使えるデジタルカメラと話題に

・トヨタ「プリウス」
デジタルガジェットではないが、初のガソリン+電機のハイブリッドエンジン搭載車ということで、世間を驚かせた。発売当時のテレビCMでは、鉄腕アトムがキャラクターとして採用され、「21世紀に間に合いました。」というコピーで一世を風靡した。

次回・連載第4回(平成10〜12年)は、2019年3月23日(土)掲載予定です。お楽しみに!

鎌田 剛(編集部)

鎌田 剛(編集部)

価格.comの編集統括を務める総編集長。パソコン、家電、業界動向など、全般に詳しい。人呼んで「価格.comのご意見番」。自称「イタリア人」。

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