平成デジタルガジェット史
パソコンやデジカメは劇的に進化。そしてケータイ全盛の時代がやってくる

激動の平成デジタルガジェット史 第4回:平成10〜12年(1998〜2000年)

30年にわたった「平成」という時代も今年で終わりを告げる。そんな平成という時代は、価格.comとも深い関わりのあるパソコンやデジタルガジェットが急激に成長した時代であった。そこで、平成時代の終わりに、この30年でパソコンやデジタルガジェットの世界がどのように変化してきたかを、3年ごとにざっくりとまとめてみようというのがこの連載企画だ。第4回の今回は、平成10〜12年(1998〜2000年)の3年間にフォーカスして、この時代をデジタルガジェットたちとともに振り返ってみよう。

平成10年(1998年) 「Windows 98」発売! 初代・ボンダイ「iMac」や、MP3プレーヤー「Rio」も登場

マイクロソフト「Windows 98」

マイクロソフト「Windows 98」

この年の7月、大ヒットを遂げた「Windows 95」の改良版とも言えるOS「Windows 98」がマイクロソフトから発売され、インターネットの普及とともに、パソコンブームも絶頂期を迎えていた。そんな中で颯爽と登場したのが、アップルの「iMac(初代)」だった。実を言えば、この前年までアップルのMacintoshは、Windows陣営の勢いに押されるいっぽうで、アップル自体の業績もかんばしくなかった。高価なMacを使うのは、一部のクリエイターと教育関係に限られる。そんな話も出ていたくらいだった。

アップル・初代「iMac」。CRT一体型のかわいらしいボディと、半透明なトランスルーセントデザインが特徴。初代モデルのカラー「ボンダイブルー」も一躍話題となった

しかし、この2年前の1996年にアップルに戻ってきた創業者・スティーブ・ジョブズによって、この状況が一変する。この年の8月アップルは、主にエントリー層に向けた新たなMacのシリーズとして「iMac」を発表。ディスプレイ(15インチCRT)一体型の丸みを帯びたかわいらしいスタイルと、トランスルーセント(半透明)のカラフルなデザイン(初代モデルは「ボンダイブルー」)を身にまとって登場した「iMac」は、一気に大人気となり、それまでパソコンに無関心だった層まで取り込んで、一種のブームを巻き起こした。ちなみに、当時の「iMac」の販売価格は、178,000円。当時としては、ディスプレイまで含んだパソコンの価格としては割安だったこともあって、「iMac」は大いに売れ、赤字体質だったアップルの業績を立て直した。

ソーテック「Micro PC STATION 300」。ディスプレイ込みで99,800円という超低価格で話題をさらった

ソーテック「Micro PC STATION 300」。ディスプレイ込みで99,800円という超低価格で話題をさらった

これに対するWindows陣営でもパソコンの低価格化が進んでいたが、この年の10月に登場したソーテックの「Micro PC STATION 300」は、ディスプレイ付きで99,800円(税別)という10万円を切る価格で登場し、「10万円パソコン」として大きな話題を呼んだ。スペックは、CPUに「Celeron(300MHz)」を採用し、メモリーは32MB、HDDは3.2GB、これに24倍速CD-ROMドライブが搭載されるという最小限構成ではあったが、この破格の安さは多くの消費者に衝撃を与え、この後、これに続くような低価格パソコンが数多く販売されることとなる。なお、こうした低価格パソコンの流れを先導したのは、それまでのいわゆるパソコンメーカーではなく、大手PCショップがメーカーとして製造する「ショップブランド」と呼ばれる製品だった。また、デル、コンパック、ゲートウェイ2000といった、外資メーカーによる直販系パソコンも、パソコンの低価格化に大きく寄与した存在と言っていいだろう。

ダイアモンド・マルチメディア・システムズ「Rio PMP300」。MP3プレーヤーという製品ジャンルを切り開いた記念すべき製品

こうして、平成10年は空前のパソコンブームとなっていたわけだが、パソコンの楽しみ方もこの頃かなり多様化しつつあった。この頃、一部ユーザーの間で話題になっていたのが、音楽CDのリッピング(データ取り込み)で、「MP3」形式による音楽のデジタルデータ化が進みつつあった。こうした流れの中で登場したのが、携帯可能なMP3プレーヤーである。韓国で生まれた「mpman」と、この開発元であったDigitalCast社を買収したダイアモンド・マルチメディア・システムズ社が「mpman」を改良して作った「Rio PMP300」が、この年一部のパソコンマニアの間で話題となり、この頃から「音楽をデータ化して持ち歩く」という、今の音楽リスニングスタイルが生まれた。ちなみに、この流れを決定的にしたアップルの「iPod」が生まれるのは、これより3年後の2001年(平成13年)のことだ。

また通信分野では、この年NTTドコモから、携帯電話に取り付けて電子メールを作成できる「ポケットボード」が登場している。本製品は、まだ「iモード」や「ezWeb」などの、携帯電話でインターネットを簡単に利用できる仕組みがなかった時代(翌年に登場)ならではのアイデア製品とも言えるが、携帯電話から利用料10円(2Kバイト以下)で電子メールが送受信できるとして、当時かなりの話題となった。それくらい、まだ当時のモバイルインターネット環境は整っておらず、電子メールはパソコンやPDAなどの端末を通して、有線回線で送受信するものだったのである。

このほか、ゲーム機では、この年、ソニーの「プレイステーション」にやや押され気味となっていたセガが、まさに社運をかけて開発した次世代ゲーム機「ドリームキャスト」が話題となった。アナログモデムの標準搭載でネットワーク対戦に初対応したほか、OSに「Windows CE」を採用したり、「ビジュアルメモリ」と呼ばれるメモリーユニット(単独でも使用可能)をコントローラー内に装着できるなど、かなり先進的かつ斬新な設計で話題を呼んだ。しかし、それ以上に話題となったのはそのCMで、「湯川専務」が出演するテレビCMをご記憶の方も多いことだろう。このように、いろいろ斬新だった「ドリームキャスト」だが、結局「プレイステーション」の勢いに勝つことができず、しかも、まさに社運をかけたプロダクトであっただけに、今後セガは家庭用ゲーム機のハード開発から撤退することになってしまう。

セガ「ドリームキャスト」。ネットワーク時代を見据えた先進的な機能を満載していたが、時代が少しばかり早かったのか、セールスは不調に終わった悲運のハードである

ちなみに、世間的にはこの年、2月に長野オリンピック・パラリンピックが開催されたほか、サッカーワールドカップのフランス大会に日本チームが初めて出場するなど、特にスポーツ関係で大きな話題が多かったが、いっぽうで、バブル崩壊後の余波として、長銀や日債銀などの銀行の経営破綻が相次ぐなど、不景気感が高まってきていた。筆者は、パソコン雑誌の編集者としてすでに3年が経過していたが、この年、新雑誌の創刊メンバーに選ばれ、まさに不眠不休の状態で猛烈に仕事をこなしていたのを覚えている。

●この年発売された主なデジタルガジェット

・富士写真フイルム「FinePix700」
150万画素という高画素ながらポケットに入るコンパクトサイズを実現し、人気となったデジタルカメラ。ユニークな縦長のボディと、「スマートメディア」という記録メディアを使っており、個性の強いデジカメでもあった。

・任天堂「ゲームボーイカラー」
モノクロ液晶しか搭載していなかった「ゲームボーイ」も発売から10年でついにカラー化。ゲームボーイの上位互換機で、それまでのゲームボーイのソフトもプレイできたことから、安定したヒットとなった。

平成11年(1999年) iモード、EZwebなどがサービス開始。ケータイでインターネット始まる!

「2000年問題」を目前にIT業界が戦々恐々としていたこの年、通信分野では劇的な変化が起こっていた。それが、NTTドコモが開始した「iモード」、KDDI陣営(DDI、IDO、Tu-Ka)が開始した「EZweb」、J-PHONE(後のソフトバンク)の「J-スカイ」など、携帯電話によるインターネット接続サービスが開始されたことだ。スマートフォン全盛の今となっては信じられないことかもしれないが、今から20年前の平成11年時点では、まだ携帯電話ではインターネットを利用できなかったのである。それが、これらのサービス開始とともに、インターネットを手軽に利用できるようになった。基本的には、携帯電話の画面サイズなどに合わせた専用サイトを、各サービスのポータルページからリンクして利用するという限られたものであったが、それでも、携帯電話からさまざまなサービスが利用できるようになったことは大きなインパクトを呼び、この頃から、携帯電話用のさまざまなインターネットサービスが勃興していくことになる。

なお、インターネット業界では、この年に巨大掲示板として、後の日本のネット文化に多大な影響を与えることになる「2ちゃんねる」がサービスを開始している。ある意味では、この年がネットのサブカル、クチコミ文化の始まりとも言えるかもしれない。

日立「FLORA Prius DECK 610M」。液晶一体型の本体内にTVチューナーとDVDドライブを備えたAVパソコンの走りとなった

もちろん、パソコンおよびインターネットのブームはまだまだ続いており、パソコンのスペックが上がるにつれ、AV(オーディオ&ビジュアル)をパソコンで再生するということも普通になっていた。それまでのCD-ROMドライブに代わって、新たにDVD-ROMドライブが搭載されたパソコンが登場したのもこの頃のこと。別途DVD再生ソフトをインストールすることで、DVD-Videoなどの動画作品をパソコンでも再生できるようになり、AV機器としてのパソコンの価値が高まった。このほか、TVチューナーカードを増設することで、パソコンでTV番組を再生できるようになったのもこの頃のことだ。

世界初のDVDレコーダー、パイオニア「DVR-1000」。この頃のパイオニアは非常に先進的なAV製品を世に送り出していた

そんな中で登場した日立の「FLORA Prius DECK 610M」は、DVD-ROMやTVチューナーを内蔵したうえに、26GBという当時としては大容量のHDDを搭載し、TV番組をMPEG2形式で録画できるということで話題となった。いわゆる「テレビパソコン」の走りである(それ以前にも、TVチューナーを搭載したパソコンはあった)。また、この年の12月には、パイオニアが世界初のDVDレコーダー「DVR-1000」を発売。HDDは搭載しておらず、DVD-RWメディアに直接記録するという方式だった。価格は25万円。これ以降、パソコンのHDDやDVDメディアにTV番組を録画するという文化が定着していき、これが後のHDDレコーダーなどにつながっていくことになる。

オリンパス「CAMEDIA C-2020ZOOM」。200万画素を超える高精細CCDセンサーに、大口径F2.0の明るい高性能3倍ズームレンズというバランスのいい製品として人気を得た名機

また、デジタルカメラもこの時期、技術進化が著しく、CCDセンサーはわずか2年前に100万画素を超えたと思ったら、この年は200万画素を超えた。その代表格のモデルが、オリンパスが発売した「CAMEDIA C-2020ZOOM」であろう。総画素数211万画素の1/2サイズのCCDセンサーを搭載し、大口径F2.0の明るい高性能3倍ズームレンズを搭載した本モデルは、その高画質とバランスのよいボディサイズ、113,000円という比較的手ごろな価格などから人気を得た。

ニコン「D1」。プロ向けデジタル一眼カメラとしては、当時破格の65万円という低価格で話題に。その後の、デジタル一眼レフカメラのスタンダードとなった

いっぽう、プロフェッショナル向けの一眼レフカメラの分野では、ニコン単体が初となるデジタル一眼レフカメラ「D1」を発売した。当時の価格は65万円。それ以前にも、デジタル方式の一眼レフカメラは存在していたが、そのほとんどが100万円オーバーという価格であったことを考えると「D1」は非常にリーズナブルであり、このことから大きな人気となった。

ソニー「AIBO」(初代)。ロボットペットという新ジャンルを定着させたソニーの発明。愛用者も多く、長く家族としてつきあってきたというユーザーもいる

このほか、ソニーから電子ペット「AIBO」が発売されたのもこの年のこと。まだ、AIやロボットの技術もさほどではないこの時代に、こうしたプロダクトが作られていたことは驚異と言っていいだろう。もちろん、今のように多くのことができたわけではなかったが、その愛嬌のある仕草などから、ペットを飼えない多くの人に長く愛されることになった。当時のソニーの先進性がよくわかる事例であろう。

●この年発売された主なデジタルガジェット

・アップル「Power Mac G4」
前年に「iMac」を発売し息を吹き返したアップルから発売された上級モデル。トランスルーセントなど「iMac」とデザインモチーフを同じくしており、同年発売されたノート型の「iBook」とともに、新制アップルを象徴づける製品となった。

・AMD「Athlon」
同年に発売されたインテルの「Pentium III」に対抗すべく、AMDが開発したプロセッサー。それまでのAMD製CPUはインテル互換であったが、この「Athlon」から独自のアーキテクチャーを採用し、ソケットもマザーボードも別になった。なお、初期の「Athlon」は、性能こそすぐれていたものの発熱量がすごく、強力なCPUクーラーとセットでないと使えないという側面も持っていた。

平成12年(2000年) 20世紀最後の年。iモードとブロードバンドが本格化。ネットはさらに進化する

平成12年は、20世紀最後の年、つまり西暦2000年となる。直前までIT業界を戦々恐々とさせた「2000年問題」もさほどの混乱はなく、インターネットはさまざまな方面からますますその進化を加速させていった。

この年、NTT東西によるADSL接続サービス「フレッツADSL」が開始される。ADSLは、従来の電話回線(メタル回線)の非使用領域を使った高速インターネット回線で、光回線(FTTH)やISDNなどの専用デジタル回線に比べて導入が簡単で、回線使用料も安く済むことから、一気に人気が高まった。また、従来のようなダイヤルアップが必要なく、定額で常時インターネット回線を利用できることから、「ネット常時接続」の先駆け的な存在となった。なお、ADSLサービス開始当初の実行通信速度は、およそ200〜300Kbps程度だったかと思うが、それでもアナログモデムの最高速度56Kbpsや、ISDNの128Kbpsと比べても、よほど高速だった。

こうしたインターネットサービスの盛り上がりにしたがって、この頃からいわゆる「EC」(電子商取引)が盛んになってくる。ネット銀行としては、この年「ジャパンネット銀行」がサービスを開始しており、B2Cの小売り業としては、米Amazon.comの日本版「Amazon.co.jp」がサービスインしている。ちなみに「Yahoo!オークション」がサービスを開始したのもこの前年9月のことだった。

元祖折りたたみケータイの「デジタル・ムーバ N502i HYPER」(NTTドコモ/NEC)。この年、カラー液晶に改良された「 N502it HYPER」も発売されている

また、前年にサービスインしていた「iモード」などの携帯インターネットサービスでも、これを使った多くのWebサービスが登場し、iモード関連のビジネスがいろいろ生まれた。特に流行ったのが「着メロ」である。「着メロ」自体はこの数年前から存在していたが、携帯電話端末側の音楽再生性能がさほど高くなかったため、あまり複雑な音楽を再生することはできなかったが、この年、クアルコム製の16和音再生に対応したLSIが登場したのをきっかけに、対応端末が増加。複雑な和音で奏でられる着メロ・着うた文化が花開いた。ちなみに、この年、DDI、KDD、IDOの3社が合併してKDDIが生まれ、携帯電話のブランドを「au」として統一している。

カメラを搭載し「写メール」という言葉を流行らせた「J-SH04」(J-PHONE/シャープ)

カメラを搭載し「写メール」という言葉を流行らせた「J-SH04」(J-PHONE/シャープ)

そんな盛り上がりを見せる携帯インターネット文化の中で、端末側も進化する。後の折りたたみ式ケータイの元祖とも言える「デジタル・ムーバ N502i HYPER」(NTTドコモ/NEC)や、カメラを搭載し「写メール」という言葉を流行らせた「J-SH04」(J-PHONE/シャープ)などはその代表格だろう。この年以降、携帯電話は折りたたみ式のカラー端末が普通になり、着メロや着うた機能を備え、カメラで写真を撮ってメールで送れ、iモードなどのインターネット接続サービスを使えば、さまざまな検索なども行えるようになった。「いつでもどこでも」を意味する「ユビキタス」という言葉が流行ったのもこの頃のことだ。

ソニー(SCE)「PlayStation 2(PS2)」。据え置き型ゲーム機の主導権を完全にソニーが手中にしたスーパーゲーム機

いっぽう、それ以外のデジタルガジェットでは、何と言っても、この年に発売されたソニー(SCE)の「PlayStation 2(PS2)」が、ゲーム界に大きな衝撃を与えた。当時のワークステーション並みの性能を持ったゲーム機と言われ、あまりの高性能さに、旧共産国への輸出禁止製品リストにものぼったほど。何よりAV機能がすぐれており、メディアとしてDVD-ROMを採用し、DVD-Videoが再生できたこと、光デジタル音声出力なども装備していたこと、39,800円という比較的リーズナブルな価格で発売されたことなどから、発売当初は、高性能なDVDプレーヤーとして購入する人も多かった(当時のDVDプレーヤーは5万円以上が普通だった)。このPS2の発売によって、家庭用据え置きゲーム機のシェアは一気にソニー(SCE)に流れ、ライバルのセガ、任天堂を一気に突き放すこととなった。

キヤノン「IXY DIGITAL」。そのスタイリッシュでコンパクトなボディは、さすがキヤノンというべきもの

キヤノン「IXY DIGITAL」。そのスタイリッシュでコンパクトなボディは、さすがキヤノンというべきもの

このほか、デジタルカメラもますます進化を遂げ、デザインもよりスタイッリッシュに進化していた。その代表格とも言えるのが、キヤノンの「IXY DIGITAL」と、ソニー「サイバーショット DSC-P1」であろう。「IXY DIGITAL」は、それまでキヤノンがAPSカメラとして製造してきた「IXY」シリーズのデジタル版。手のひらに収まるほどのコンパクトばボディは、スタイリッシュなシルバーボディで、非常にオシャレだった。CCDは211画素で光学ズームは2倍と、スペック面はやや弱かったが、これ以降長く続くシリーズとなった。

ソニー「サイバーショット DSC-P1」。コンパクトなのに本格派という、その後のサイバーショットシリーズのスタイルを決めた名作

いっぽうの「サイバーショット DSC-P1」は、やはり手のひらに収まるほどのコンパクトボディながら、334万画素CCDと光学3倍ズームを搭載した本格モデル。iモードの携帯電話に写真を送れる機能などを搭載するなど機能も豊富で、後のソニーのデジタルカメラ作りの基本となった製品と言っていいだろう。

●この年発売された主なデジタルガジェット

・ソニー「VAIO PCG-SR9/K」
「バイオノートSR」の名でヒットしたノートパソコン。当時としてはハイスペックな「モバイル Pentium III プロセッサー/600MHz」などのパーツを採用し、10.4型液晶を備えたモバイルノートで、バイオらしいデザインのよさとも相まって人気を博した。変わったところでは、当時のソニー製品に多かった、機能をすぐに呼び出せるジョグダイヤルメニューを搭載したことなどがあげられる。

・シャープ プラズマクラスターイオン空気清浄機「FU-L40X」
今では、シャープの代表的技術となった「プラズマクラスター」。これを初めて搭載した空気清浄機。フィルターでホコリや浮遊物を濾過して取るというそれまでの空気清浄機の世界に、イオン放出による空中除菌という新機軸をもたらした記念すべき製品。

鎌田 剛(編集部)

鎌田 剛(編集部)

価格.comの編集統括を務める総編集長。パソコン、家電、業界動向など、全般に詳しい。人呼んで「価格.comのご意見番」。自称「イタリア人」。

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