PDA博物館
PDA博物館 特別企画

“平成に生まれ 平成に終焉した”プロダクト「PDA」。名機とともに歴史をふりかえる

「平成」が終わるまで、1か月を切った。そこで今回のPDA博物館は、特別企画として、1993年(平成5年)の誕生から約15年間にわたって多くのユーザーに愛されてきた「PDA」(Personal Digital AssistantあるいはPersonal Data Assistant)の歴史をふりかえる。

1993年(平成5年):元祖PDA「Newton」が誕生

歴代の「Newton」

歴代のNewton

PDAという言葉が生まれたのは、1992年(平成4年)。米ラスベガスで開かれた「コンピューター・エレクトロニクス・ショー 1992」の壇上、アップルCEO(当時)だったジョン・スカリー氏が「(われわれは)これから、コンピューターより身近で洗練されたマシンを作る。その新たな端末のことを、私は、Personal Digital Assistant、略してPDAと呼ぶ」と宣言。このとき、PDAという概念が生まれた。

そしてアップルは、初のPDAとなる「Newton(ニュートン)」を開発。1993年、米ボストンのMacworld Expoの会場で初めて販売された。当連載にも登場した、リチャード・ノースコット氏は強い関心を抱き、その会場で入手したという(「アップル影の歴史、Newton発売25周年企画。これがあったからiPhoneが生まれた?」より)。リチャード氏はその後、Newtonアプリ開発会社「エヌフォー」を起業し、Newton専門店「The Newton Shop」を東京・銀座に開店。国内でも気軽にNewtonを購入できる環境を整えた。その後、日本国内にもPDAブームが広がっていく。

1993〜1994年(平成5〜6年):元祖モバイルコンピュータ「HP100/200LX」

HP200LX

HP200LX

Newtonが生まれた年、アメリカではもう1台、モバイル端末の名機が誕生していた。1993年(平成5年)に米ヒューレット・パッカードから発売された“手のひらサイズのIBM PC-XT互換機”「HP100LX」である。

手のひらにのるサイズながら、フルキーボードを備え、住所やアドレス帳、予定表などのPIM(パーソナル・インフォメーション・マネージメント)管理ソフトだけでなく、表計算ソフト「Lotus 1-2-3」やテキストメモまで搭載。さらに、MS-DOSアプリケーションも稼働した。モバイル・コンピュータとして、高いポテンシャルを秘めた端末として当時、多くのユーザーから熱狂的に支持された。

なかでも特筆すべきは、LXユーザーのアクティブな活動である。Newtonは、リチャード氏が先導して日本語化を進めたが、HP100LXの日本語化を進めたのは、NIFTY-Serveの「FHPPC」フォーラムに集ったユーザー集団であった。彼らは、「恵梨沙フォント」というフリーフォントや日本語化に必要なドライバ、ソフトウェアを自作し、すべて無償で提供した(「PDAの黎明期を下支えした恵梨沙(えりさ)フォントが25歳に。その誕生秘話とは?」より)。

そのかいあって、後継機である「HP200LX」が発売されたころには、ユーザー数が拡大。1999年の製造中止発表では、反対の署名運動が行われたほどだった。

1997年(平成9年):「Pilot 1000」。現在の“スマホの形”はここで完成した

Pilot 1000

Pilot 1000

そしてついに、現在のスマートフォンの原型とも言えるデザインを採用した、PDAが誕生した。1997年(平成9年)に発売された「Pilot 1000」からスタートした、「Palm」シリーズだ。

当時、海外で販売されていた「Pilot 1000」を開発キットと一緒に個人輸入し、日本語化を実現したのが、“Palmの神様”と称された山田達司氏。彼が開発した「J-OS」(Palm OS搭載機用の日本語OS)がパッケージ化され、秋葉原に店舗のある「イケショップ」で販売されるようになって以来、日本中のPDAユーザーがPalmを使うようになった。

その勢いはすさまじく、一時は、「イケショップ」が“世界で2番目にPalmが売れる店”になったほどだ。(「Palmが作り上げた“スマートフォンのスタンダード”とは? スマートフォン誕生の影に、PDAという大いなる実験の舞台」「PDAブームの真実。あのPalmを“極東の小さなショップ”が世界で2番目に売っていた!」 より)。

Palmは、複数メーカーにライセンスを供与した。その結果、現在のAndroid端末のように、各メーカーからユニークなPalm機が登場した。「Visor」を生み出したハンドスプリングや、初の日本語Palm「Workpad」を作った日本IBM、「CLIE」で一世を風靡したソニーなど、全盛期には、新製品が毎月発売されるほどだった。しかし、PDA市場がシュリンクするのにしたがって、各メーカーが撤退。日本国内では、CLIEが2005年に開発を終了したことで、国産Palmが終焉をむかえた。

しかし、Palm社で通信機能付きPDAの開発に携わっていた久保芳之氏によれば、「実は、通話機能を搭載したPalmが開発され、発売一歩手前まできていた」という。歴史に“もしも”はないが、仮に、この端末が発売されていたら、現在のスマートフォン市場は少し異なった状況だったかもしれない(「今だから話せる。NTTドコモとPalmが共同開発した「i700」はなぜ発売されなかったのか」より)。

2002年(平成14年):国産インターネットマシン「ザウルス」

SL-A300

SL-A300

日本国内のPDAユーザーにとって、大きな壁となっていたのが、「言語」の問題。これまで紹介してきたPDAはいずれも海外製で、国内ユーザーが利用するには、日本語化が必須だった。しかし、国産PDAにも名機はあった。それが「ザウルス」(シャープ)である。

ザウルスは、電子手帳から進化した国産PDAの代表格。1993年(平成5年)に「PIシリーズ」、1996年(平成8年)に「MIシリーズ」が発売された。

PIシリーズは、電子手帳「液晶ペンコム」からスタートし、ペンで手描きした文字をテキストとして認識する「手描き認識機能」が注目された。Palmのような特殊な入力方法を覚える必要もなく、だれもがすぐに使えるPDAとして、ユーザーに受け入れられた。MIシリーズでは、それまでのザウルスが進化。モノクロだった液晶がカラーになり、ハードウェアキーが搭載された。

さらに、2002年(平成14年)には、OSにLinuxを採用したSLシリーズが発売。PIシリーズやMIシリーズとソフト面での互換性がなく、新たなモデルとして注目された。もっとも特徴的だったのは、フルブラウザーを備え、CFスロットに通信カードを挿せば、パソコンと同様にWebページを閲覧できること。インターネットが市民権を得て、ワールドワイドな情報源としての利用者が増えていたこの時代、「インターネット上の情報を持ち歩きたい」と思うユーザーにとって、ザウルスは魅力的な端末となった(「私がLinuxザウルスを選んだ理由。“リナザウ”SLシリーズを愛用したヘビーユーザーに聞く」より)。

2005年(平成17年):最後のPDA「W-ZERO3」が発売

W-ZERO3

W-ZERO3

2005年(平成17年)、シンボリックなPDAが発売された。本体内に通信機能を持ち、インターネット接続はもちろん、音声通話も可能という、現在のスマートフォンに限りなく近いコンセプトを有した「W-ZERO3」(シャープ)である。夢にまで見た、“通信機能内蔵のPDA”がついに誕生したのだ。日本国内で、「iPhone 3G」(アップル)が発売される3年前、すでにこのような端末が発売されていたのは、驚くべきことだ。

W-ZERO3シリーズは多くのPDAユーザーから歓迎され、順当に進化。新モデルが次々と登場したが、2010年(平成22年)に発売された「HYBRID W-ZERO3」を最後に開発が終了した。

その理由として、スマートフォンの躍進があげられる。この年、「Xperia SO-01B(Xperia X10)」(ソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズ ※当時)や「iPhone 4」(アップル)など、スタイリッシュで魅力的な端末が発売され、スマートフォン市場のすそのが一気に広がった。ここで、PDAの歴史が幕を下ろしたといっても、差し支えないだろう(「スマホ全盛の今こそ、PDAをふりかえる。“Windows発のモバイルOS”とは何だったのか?」より)。

スマートフォンは、従来型の携帯電話(フィーチャーフォン)と同様に、通話やメール、メッセンジャーといった機能を搭載するうえ、インターネットブラウズやPIM管理、アプリによる機能拡張など、かつてのPDAを思わせる機能も少なからず備えている。

そのため、かつてのPDAユーザーに聞くと、口をそろえて、「スマートフォンには、PDAが目指していた未来がある」「スマートフォンには、PDAのDNAが受け継がれている」という声があがる。その意見に、筆者も同意したい。平成5年に生まれ、わずか約15年で終焉したPDAだが、かつてのPDAユーザーが夢見た未来は、間違いなく、今ここ(スマートフォン)にあるのだ。

オフィスマイカ

オフィスマイカ

編集プロダクション。「美味しいもの」と「小さいもの」が大好物。 好奇心の赴くまま、良いモノを求めてどこまでも!(ただし、国内限定)

関連記事
価格.comマガジン「動画」まとめページ
ページトップへ戻る