PDA博物館
ガジェットにかける思いを聞く

なぜ平成最後の日に「ガジェット鑑定ショー」を放送したのか? 構成担当のPDAマニアが登場

2019年4月30日にNHK総合で放映され、Twitterのトレンドキーワードをにぎわせた「平成ネット史 なつかしガジェット鑑定ショー(以下、ガジェット鑑定ショー)」。本連載でも何度か出演者が登場しているが、今回は、同番組の構成・取材を担当した大嶋智博氏に、ご登場いただいた。

平成最後の日、なぜガジェット鑑定ショーを放送したのか。また、ご自身のガジェットに対する思いとは。(※聞き手=PDA博物館初代館長 マイカ・井上真花)

大嶋智博氏。1973年11月14日東京生まれ。大学在学中から放送作家・ディレクターとして、テレビ、ラジオ番組の企画・制作を始める。制作会社勤務を経て、現在はフリー。近年は、「知られざるコミケの世界」、「平成ネット史(仮)」(ともにNHK)など、自身もオタクであることを生かし、ディープに思われるオタクの世界や熱量をより楽しく、身近に感じてもらえるような特番を手がけている

ガジェット鑑定ショーの舞台裏

――なぜ、平成最後の日にガジェット鑑定ショーを放送することになったんですか?

2019年1月2日と3日にNHK Eテレで放映した「平成ネット史(仮)」という番組がありまして、私は、それに携わっていました。

この番組を企画したのは、まだ30代前半の女性ディレクター。彼女は、平成に育ったデジタルネイティブで、自分の人生をふりかえった時、「私って、ネットとともに育ってきたんじゃないか」と感じたそうです。

そこで、「平成が終わるにあたって、ネットの歴史をふりかえるのは、意味があるんじゃないか」という話になり、主に「Windows 95」の登場以降を中心とした、日本のインターネットの歴史をざっくりまとめた番組を作ることになりました。

ただ、彼女たちが自分の目線だけでネット史を作ると、偏ったタイムラインになってしまう。そこで、オブザーバー的な立場で私が参加することになったんです。

これまで私は、インターネットの話題を扱ったり、取材したりする番組の企画に携わる機会が多く、また、番組Twitterのいわゆる「中の人」を担当してきました。その関係で番組内では、平成時代に日本のネットで起こったできごとや流れをまとめたり、当時のPCや携帯電話、ガジェットなどを集めたりする役割を担当しました。

ガジェット鑑定ショーを放送するまでの経緯とは? その舞台裏を大嶋氏が語る

ガジェット鑑定ショーを放送するまでの経緯とは? その舞台裏を大嶋氏が語る

ところが、平成初期のガジェットをメーカーさんから借りようとしても、実機がなかったり、たとえあったとしても、「動かない」状態のものが多かったりしたんです。それならばと、自分が持っていたガジェットを持ってきたり、いろんな伝手(つて)で借りたりして、何とか集めました。

で、せっかく集めたんだから、この資料や年表を使ったリアルなイベントもやりたいよねという話になり、放送直後の2019年1月11日から14日まで、渋谷ヒカリエ(東京都渋谷区)で「平成ネット史(仮)」展というイベントを行うことになったんです。

そして、せっかく足を運んでもらうのであれば、ただ展示するだけでは申し訳ないということで、何かイベントもやろうということになりました。

実際、どんなイベントをやろうか考えながら、番組宛てに集まった視聴者の声を見ていると、「あのガジェットは今でも持っている」「ほかにもこんなのがあった」というガジェット話が多いことに、気がつきました。みなさん、自分が持っているものについて話したいという気持ちがあったんですね。

そこで、「ガジェットを持ってきてもらって話す、というトークショーをやってみては」ということになり、募集したところ、想像以上に多くの人が集まってきました。先着10名と決めたら、受付開始5分で募集人数に達してしまい、断らなければならなくなったほど。なかには、遠く北海道から来てくれた人もいましたね。みなさん、いろんなものを持っていて、「音響カプラ」なんてものもあったんですよ。

おかげさまで、4日間に訪れた人の数は8000人超。小さい会場だったので、日によっては入りきれないほどの方に、ご来場いただきました。あまりの反響に驚いたスタッフは、「デジタルな話をリアルにやるのもおもしろい」ということを知り、「どうせなら続編やらない?」という話になったんです。

それなら、平成最後の日、お祭り的なノリでやってみようかということになったのですが、まさか、あんな真っ昼間にやるとは(注:ガジェット鑑定ショーは、お昼のニュースをはさみ、午前の部と午後の部が放送された)。出てくる人は「濃い人」ばかりだけど、視聴者に「私たちとは違う」とドン引きされるようなことには、したくありませんでしたね。

そこで、「笑っていいとも」などで、愛ある素人いじりをしてきた関根勤さんにゲストで出てもらうことに。結果的には、それがうまく作用していましたね。視聴者のみなさんや、会場にいるみなさんが温かい目で見てくださったと思います。

――実際にやってみていかがでしたか?

やっぱり面白かったです。日本人の特性なのか、モノ(ガジェット)に思い入れのある人は多い。「某鑑定団」は、そのモノ自体の価値を鑑定する訳ですが、こちらはそうではなく、ガジェットのオーナーの熱量を鑑定しようという方針にしました。そこには、お金では測れない価値がある。ガジェットって、そういうものだと思ったんです。

ガジェット鑑定ショーで「HP200LX」(HP)を披露し、午後の部の優勝を飾った私、井上(画像右)。賞品のタオルを関根勤さんに肩がけしてもらって、胸が一杯になりました。そのタオルとともに、大嶋さん(画像左)と、記念撮影をパチリ

パソコン通信から始まったモバイル端末への興味

――ところで大嶋さんご自身、ガジェット端末はお好きなんですか?

はい。ガジェットに興味を持ったきっかけは、パソコン通信です。

パソコン通信を始めたのは平成元年(1989年)。まず、チャットにはまってしまって、最初の月の電話代が20万円近くまで、跳ね上がってしまいました(笑)。その後、アルバイトを始めましたが、そのアルバイト代はほぼすべて、その通信費の返済で消えてしまいましたね。

私は当時、東京の高校生でしたが、チャット相手は全国にいました。大学の先生から小学生まで(笑)。一気に世界や視野が広がり、夏休みなどはオフ会に出るために、全国を旅して回りました。そのおかげで、それまで行ったこともない場所に行ったり、知らない人と話をしたりして、知見を広げることができました。

ガジェットに興味を持ったのは、大学への通学時間(片道1時間半)を、ログ読み&レス書きに使いたいと思ったから。入学祝いに「PC-9801NS20」(NEC)を買ってもらったので、しばらく、それを持ち歩いていたけれど、本体重量3kgはあまりにも重すぎた! 乾電池駆動の小型モデムとセットで持ち歩き、ISDN公衆電話を使ってネットに接続していましたが、いかんせんバッテリーが1時間ちょっとしか持たないので、しょっちゅうコンセントを探していましたね。

何とかならないかと悩んでいたとき、オフ会で会った人から、乾電池で動くモバイル型ワープロ端末「オアシスポケット」(富士通)を教えてもらいました。それはよさそうだと思い、さっそくオアシスポケット2を購入。これが“人生初のPDA”となりました。

使ってみたらとても便利で、すっかりガジェットの魅力に取り憑かれた私はその後、「ザウルスPI5000FX」(シャープ)や、モバイルギアの初代モデル「MC-K1」(NEC)など、次から次へと買い求めるようになってしまいまして。買って使って、売って買って使うというスタイルで、おそらく現在まで、通算200台以上のガジェットを使ったと思います。

大嶋氏の手元に残っていたPDA。これは、モバイルギア「MC-MC12」(NEC)

大嶋氏の手元に残っていたPDA。これは、モバイルギア「MC-MC12」(NEC)

――200台! それはかなり多いですね。ずっとパソコン通信端末として使っていたんですか?

それもありますが、もうひとつ、仕事のパートナーとして使えるガジェットが必要になったんです。

実は私、在学中から放送作家としての活動を始めまして。そうすると、どこでも原稿を書けて、すぐに入稿できる環境が欲しくなる。当時は「PC-9801 LT2」(NEC)や「Libretto 20」(東芝)、「ThinkPad 535」(IBM)といったB5以下のノートPCなど、主にキーボード付きのPDAやモバイル端末を持ち歩くようになりました。

特に好きだったのは、NECのモバイルギアシリーズです。MS-DOS版モバイルギアに始まり、今日持ってきた「MC-CS12」(NEC)からWindows CEを採用したシリーズを乗り継ぎ、「sigmarionIII」(NTTドコモ)まで、ずっと使い続けました。

現在はクラウドがあるので、ノートPCは必ず持ち歩くわけではありません。しかし、それでも1泊以上する場合は、ノートPCを持って行きます。今は、「レッツノート」(パナソニック)を愛用。今日持ってきたのは「AX3」ですが、「SZ5」も持っています。これらを持ち歩かないときは、「GPD WIN」(GPD)1台と、9.7インチ「iPad Pro」(アップル)の組み合わせで持ち歩いています。

これらに加えて、「iPhone 8」(アップル)と「Xperia XZ1」(ソニーモバイルコミュニケーションズ)と、フィーチャーフォン1台を常に携帯。取材で被災地などに行くこともありますが、どこにいてもネットにつながらないと困るので、すべて違うキャリアにしています。

取材当日、大嶋氏が持ってきた愛機たち。左から「iPad Pro」(アップル)、「GPD WIN」(GPD)、「MC-CS12」(NEC)、「CF-AX3」(パナソニック)

大嶋氏が選ぶ、思い出の1台

――ところで、もし大嶋さんがガジェット鑑定ショーに出るとしたら、何を持っていきましたか?

ものすごく悩みますが、1台に絞るのであれば、1997年に発売された「VAIO C1(以下、C1)」シリーズ(ソニー)ですね。

今ではさほど珍しくありませんが、当時この横長画面を見た時は「なんじゃこりゃ」と驚くばかり。画面上には「モーション・アイ」というインカメラがついていましたが、まだビデオチャットがメジャーでない時代、「こんなものいったい何に使うのか」と不思議でした。

「VAIO C1」(ソニー)。横長の画面と、画面上についていたモーション・アイというカメラが特徴的だった (C)ソニー株式会社

――そのC1に関心を持ったきっかけは?

実は、発売当時は同じ「VAIO」の「505」シリーズを使っていて、C1は特に興味がありませんでした。そんな私がC1を持つようになったきっかけは、あるシンガーソングライターの存在でした。

そのころ、私はラジオの仕事を中心にしていたんですが、ある時、ソニーからデビューしたばかりの新人歌手「THE WATER OF LIFE」こと、清水和彦さんがパーソナリティを務めるラジオ番組を担当することになったんです。私は新人ディレクターで、あちらも新人ミュージシャンということもあって、ウマが合ったんですよね。

彼は、ギター弾き語りスタイルのシンガーソングライターでした。しかし、そのイメージとは裏腹に、実はデジタルの達人。プログラミングもできるミュージシャンで、「日経モバイル」誌でも連載を持っていたんですよ。

――清水さんは、C1で何をしていたんですか?

そのころ、ラジオの世界ってまだアナログで、オープンリールのテープを使っていたりしていました。そんな時代ですから、ほとんどのテレビやラジオ番組は、まだ、ホームページやメールアドレスを持っていませんでした。

しかし彼は、自力で番組のホームページを作り、掲示板でファンと交流したり、メールでの投稿を受け付けたりしていました。その作業を行うためのツールがC1だったんです。

スタジオに入った清水さんは、いつもテーブルの上にC1を置き、掲示板に返事を書いたり、メールを読み上げたりしていました。今でこそ、ラジオのスタジオでパーソナリティがPCやタブレットを持ってしゃべるのは当たり前ですが、それを日本で初めてやっていたのは、おそらく我々だったと思います。

「ラジオの世界で、PCを活用した番組作りは、我々がおそらく初めて」

「ラジオの世界で、PCを活用した番組作りは、我々がおそらく初めて」

ラジオの視聴者だって、まだネットをやっている人の割合は決して多くはなかったと思うんですよ。でも、視聴者もこれをおもしろがり、「実験」と称して、彼と一緒にネット経由でリスナーが参加できる企画を仕かけるようになりました。

たとえば、番組の生配信。まだ、YouTubeはもちろん、ニコニコやUstreamもない時代でしたが、64kbpsのISDN回線で番組生配信をやってみようとしたこともありました。そうすればきっと、電波の届かない地方や海外の人にも聞いてもらえるだろうというのが、彼の考えでした。そのときに活躍したのも、このC1でした。

――確かに、C1にはモーション・アイがありましたからね!生配信にはぴったりです。

そのラジオ番組は2年足らずで終了しましたが、その後も、彼は当時、お台場「メディアージュ」(現アクアシティお台場内)にあったソネットカフェ「www」でネット配信ライブを行うなど、時代を先取りした活動を続けていて、私もずっと応援していました。

ところが2004年のお正月が過ぎたころ、清水さんは生まれ故郷の滋賀県で交通事故に遭い、残念ながら、この世を去ってしまいました。

ノートPCにカメラがついているということも、横長な画面も、ネットにつなげてすぐに配信できるということも、今では決して珍しいことではありません。私にとってC1は、「未来」を先取りして見せてくれた1台でした。もちろん、そのビジョンを見せてくれた清水さんという存在あってのことですが。

忘れられない1台であると同時に、思い出すと悲しくなる1台でもあるんですけど、最近は「当たり前」の「平凡な」ガジェットばかりになっちゃったので、改めて、あのころのC1のような、未来から間違ってやってきちゃった……みたいなガジェットに出会いたいなと思ったりします。

取材を終えて(井上真花)

その風貌とお人柄から「トトロ。」という別名を持つ大嶋さん。テレビ番組やPDA博物館取材でご一緒した際に感じたのは、とてもやさしく情に厚い人なのだということ。ちょっとした言葉や行動から、細やかな心づかいを感じました。そんな彼がふと漏らした「最近の風潮は、ネットVSテレビみたいになっていますが、悲しいですね。私はどちらも大好きなので」という言葉、とても印象的でした。確かに、視聴者にとって大事なのは「何に」配信されているかではなく、「何が」配信されているかということ。私たちのようにコンテンツを作る立場の人間は、もっとそこに注力すべきですよね。

オフィスマイカ

オフィスマイカ

編集プロダクション。「美味しいもの」と「小さいもの」が大好物。 好奇心の赴くまま、良いモノを求めてどこまでも!(ただし、国内限定)

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