本連載「スマホとおカネの気になるハナシ」では、多くの人が関係する、スマートフォンなどのモバイル通信とお金にまつわる話題を解説していく。連載第4回は、規制をかいくぐって行われているスマートフォンの大幅な割引を解説。かかっている規制とそれをくぐり抜ける仕組み、そして今後予想される割引の行方に迫ろう。
スマートフォンの春商戦まっただ中。店頭では魅力的な価格をアピールしている。(写真はイメージであり、本記事の内容とは直接関係はありません)
前回、春商戦で販売が大きく伸びるFWA、いわゆるホームルーターの料金に関する話をしたが、今回は春商戦の本命中の本命、スマートフォンの値引き販売について解説しよう。
春商戦は携帯電話業界で最も販売が伸びるシーズンであるいっぽう、夏や冬のボーナス商戦期、そして秋の新iPhone発表シーズンのように、スマートフォン新機種が発表される時期ではない。それゆえ春商戦の携帯ショップ店頭では、既存のスマートフォンをいかに安く販売して他社から顧客を奪うかに重点が置かれることが多く、スマートフォンの値引き販売が非常に活発になる時期でもあるのだ。
スマートフォンの値引き販売といえば、かつては利用者の通信契約に“縛り”を設けてすぐ解約できないようにする代わりに、「実質1円」などスマートフォンを極端に安く販売する手法が一般的だった。だが、そうした大幅値引きができるのは体力のある大手企業に限られる。体力の弱いMVNOなど新興勢力が対抗できないことから競争上問題があるとして、総務省が長年問題視しており、2019年10月には電気通信事業法を改正して規制に乗り出すにいたっている。
具体的にはこの改正によって通信回線とスマートフォンをセットで契約・販売することそのものが禁止され、通信契約の必要なくスマートフォンを単体で購入することが可能になった。そのいっぽう、従来のように通信回線契約の継続を前提としたスマートフォンの値引きはできない。加えて通信契約と同時にスマートフォンを購入した際の値引き額も、一部例外を除いて22,000円(税込)までと非常に厳しく制限がなされている。
総務省「電気通信事業法の一部を改正する法律の施行にともなう関係省令などの整備について」より。2019年の電気通信事業法改正により、通信回線契約の継続を前提にスマートフォンを値引く手法が禁止されるなど、スマートフォンの値引きに大幅な規制が加えられた
それゆえ、法改正以降、一時スマートフォンの大幅値引きは姿を消し、スマートフォンの値段が高騰してしまった。高額なスマートフォンを安く利用するには、スマートフォンを分割払いで購入し、一定期間経過した後にそれを返却することで残債の支払いが免除あるいは減額される、いわゆる「端末購入プログラム」を適用して購入するくらいしか手段がない。この結果、スマートフォンの販売は低迷してしまったのだ。
だが2021年の半ば頃からその状況が大きく変わってきており、再びスマートフォンの販売は活況を呈するようになった。なぜなら携帯電話ショップの店頭で、再び「一括1円」「実質23円」といったスマートフォンの大幅値引きが復活したからだ。
確かに法改正以降、あえて性能を落とし価格を20,000円程度にまで引き下げたスマートフォンも増えており、それらは確かに22,000円(税込)まで可能な値引きを最大限適用すれば0円を下回らない価格、つまり一括1円で販売することも可能だ。ただ最近の動向を見ていると、元々の値段が20,000円以上する最新のスマートフォンが、非常に安い値段で販売されているケースもとても多い。
NTTドコモなどから販売されているシャープ製の「AQUOS wish2」などのように、法規制上限の22,000円(税込)を適用して格安で購入できるよう、性能を抑え価格も抑えたスマートフォンは急増し人気を高めている。
NTTドコモなどから販売されているシャープ製の「AQUOS wish2」などのように、法規制上限の22,000円(税込)を適用して格安で購入できるよう、性能を抑え価格も抑えたスマートフォンは急増し人気を高めている
値引き販売が法律で規制されているのに、なぜそれだけ値引きができるのか? と疑問を抱く人も多いだろうが、実は現在のスマートフォン値引き手法は、法律による規制を回避するため以前の値引き手法とはまったく異なる手法が用いられているのだ。先日筆者もこの値引き手法を用いてauのオンラインショップからグーグルの「Pixel 7」を購入したので、その時の事例で具体的に説明しよう。
同ショップでの「Pixel 7」の価格は87,310円なのだが、購入時には「使い放題MAX」など指定のプランを契約しているauユーザーが機種変更することで、適用される値引き額が5,500円から16,500円に増額されるキャンペーンが実施されていた。こちらは回線契約に紐づいた値引きなので、値引き額は法律上の上限である22,000円(税込)を超えないよう設定されている。
現在主流の値引き手法を活用して購入した「Pixel 7」。元々の値段は87,310円だが、一連の値引きと端末購入プログラムの適用で実質5,000円以下での利用が可能だ
さらに筆者はauの端末購入プログラム「スマホトクするプログラム」を適用して端末を購入している。それゆえ先の値引きを適用し、25か月後に「Pixel 7」を返却すると実質負担金は28,810円となるのだが、重要なポイントはもうひとつの値引きだ。
というのも筆者が購入した際には、スマホトクするプログラムを適用して購入すると23,309円のau PAY残高還元が受けられるキャンペーンも実施されていたのだ。実はこのキャンペーンはauの回線契約がない人が「Pixel 7」だけを購入しても受けられる。通信回線には一切紐づいていないことから端末値引きに規制を設けた電気通信事業法には抵触せず、22,000円(税込)を超える値引きが可能なのだ。
それに加えてauオンラインショップ独自のキャンペーンで、機種変更すると1,000円のau PAY残高還元がなされるキャンペーンも実施されていた。それらを合計すると24,309円のau PAY残高還元が受けられることから、端末を返す必要はあるものの実質負担金は4,501円で済み、非常に安く利用できることがわかる。
つまり現在の大幅値引き手法は、「回線契約に紐づいた上限22,000円(税込)の値引き」+「誰にでも適用される法規制を受けない値引き」の合わせ技によって、改正法の規制を受けることなく実現している訳だ。筆者のケースはオンラインショップでの事例なのだが、量販店など実店舗では法規制を受けない部分の値引き額がより増額され、もっと安い値段で購入できるケースもあると聞く。
だが実は現在、この値引き手法を行政が非常に問題視しており、現在総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」で規制をかけようという議論が進められている。理由のひとつは「転売ヤー」の存在である。
先にも触れたように、法規制を受けない値引きは回線契約に紐づかないので、誰にでも適用される。例えば番号ポータビリティ(MNP)で回線を乗り換えた人に向けて一括1円で販売されているスマートフォンは、回線契約に紐づかない値引きによって元々22,001円で誰でも購入できる状態となっている。これに、乗り換えユーザーに限定して法規制上限の22,000円(税込)の値引きを適用することで、1円という価格を実現していることが多い。
そこで「誰でも22,001円の激安価格でスマートフォンが買える」という部分に目を付けたのが転売ヤーである。とりわけ組織的な転売ヤーは日本で人気が高いことから値引き率が高く、しかも海外では高値で取り引きされることが多いiPhoneの大幅値引き販売に目を付け、携帯電話ショップに列をなして値引きされたiPhoneを買い占めてしまうという事象が多発、問題視されるようになったのだ。
総務省「競争ルールの検証に関するWG」第36回会合資料より。グラフ中で「機種限定特典」とされている法規制を受けない値引きの存在に目を付けた転売ヤーが、値引きされた端末を買い占めるなど大きな問題も発生している
そしてもうひとつの理由は公正取引委員会だ。というのも公正取引委員会は先に触れた値引き販売手法が、商品の価格を採算度外視で著しく安く販売することで競合の事業活動を困難にする「不当廉売」に当たる恐れがあるとし、2022年8月から緊急調査を実施していたのだ。
その調査結果が2023年2月24日に公開されており、極端な廉価販売が大規模かつ継続的に実施される場合は独占禁止法上問題となる恐れがあることから、スマートフォンの価格設定に十分留意する必要があるとしている。現時点で独占禁止法に抵触するとの判断はなされなかったものの、公正取引委員会が動いたこと自体が携帯各社に大きな影響を与えるとともに、総務省を動かして規制に向けた議論を進めるにいたったといえる。
公正取引委員会「携帯電話端末の廉価販売に関する緊急実態調査」概要より。公正取引委員会は調査の結果、大幅値引き販売が継続するようであれば不当廉売の恐れがあるとし、今後も監視が必要と結論付けている
では今後、具体的にどのような形で値引き規制がなされるのか? という点については、執筆時点では総務省が関係各社や業界団体などから意見を聞いている最中で、具体的な方向性はまだ見えていない。実際、NTTドコモなどは中古スマートフォンの販売価格を基に値引き額を決めるべきと主張しているいっぽう、MVNOからは回線契約に紐づかないスマートフォンの値引きも22,000円(税込)にすべきとの意見が出るなど、立場の違いから各者の意見にはばらつきがある印象だ。
総務省「競争ルールの検証に関するWG」第37回会合のNTTドコモ提出資料より。同社は現在の規律を見直し、中古スマートフォンの価格を値引き額の上限とすべきという意見をあげているが、この案がほかの事業者から必ずしも支持を得ている訳ではないようだ
ただ先の有識者会議は2023年夏頃に報告書を取りまとめる予定とされていることから、2023年の後半からは何らかの形で値引き規制がなされることが確実だ。そうなれば再びスマートフォンの大幅値引きは姿を消すと考えられ、消費者目線からすれば現在の春商戦が、スマートフォンを安く買える最後のチャンスとなる可能性が高いと言えそうだ。
福島県出身。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。