多くの人が関係する、スマートフォンなどのモバイル通信とお金にまつわる話題を解説していく「スマホとおカネの気になるハナシ」。連載第9回は、フラッグシップスマホのコスト増加の一因である5Gの「ミリ波」を取り上げる。ほとんど使われていない現状でもなぜ必要なのか、その背景に迫ろう。
2023年は出足が遅く、スマートフォンの新モデルがなかなかリリースされなかったが、夏商戦が近づいた5月に入り、各社から相次いで新製品が発表されている。
その夏商戦で注目されるのは、やはり各社が力を入れるフラッグシップモデルだろう。ここ最近、どのメーカーも自社技術をふんだんに盛り込み、最高水準の機能・性能を備えたフラッグシップモデルの開発に力を入れる傾向にある。
なかでも特に各社が注力するのがカメラだ。シャープの「AQUOS R8 Pro」は、前モデルの「AQUOS R7」に続いて1インチの大型イメージセンサーとライカカメラが監修したレンズを採用したカメラを搭載しているし、サムスン電子の「Galaxy S23 Ultra」は2億画素の高画素なイメージセンサーを搭載。ソニーの「Xperia 1 V」も、自社開発の新たなイメージセンサー「Exmor T for mobile」を採用し、より暗い場所での撮影に強くなったカメラを搭載している。
シャープの「AQUOS R8 Pro」は1インチのイメージセンサーとライカカメラ監修のレンズに加え、光の色や強さを測定する「14chスペクトルセンサー」の搭載によって人間の見た目により近い色合いを表現できるようになった
そのいっぽうで気になるのが価格で、先にあげたフラッグシップモデルのうち、執筆時点で価格が公表されていない「AQUOS R8 Pro」を除くと、価格はいずれも軒並み20万円クラス。機種やモデルによっては25万円を超えるなど非常に高額で、ほとんどの消費者には購入の候補にさえ上がらない存在かもしれない。
フラッグシップモデルがなぜそれほど価格が高いのかと言えば、最新の性能を備えたチップセットやイメージセンサーなどの価格が高くなっていることと、2022年なかばから続く円安が非常に大きく影響しているのだが、もうひとつ「ミリ波」の存在も少なからず影響しているようだ。
ミリ波とは5G向けに割り当てられた高周波数帯のこと。厳密には30GHz以上の周波数帯のことをさすが、国内では30GHzに近い28GHz帯がミリ波と呼ばれている。4Gで使われていた周波数はおおむね3GHz以下、なかでもいわゆる「プラチナバンド」は1GHz以下とされていることを考えると、ミリ波の周波数がいかに高いかがわかるだろう。
ミリ波に対応するには、端末側にミリ波対応のアンテナやモデムなどを搭載する必要があるためコストがかかる。なので、国内の状況を見ると、ミリ波に対応した5Gスマートフォンはハイエンドモデルの中でもフラッグシップモデルが中心で、下位モデルでミリ波に対応するのは、サムスン電子の「Galaxy S23」などごく少数しか存在しない。
サムスン電子の「Galaxy S23」シリーズはフラッグシップモデルの「Galaxy S23 Ultra」だけでなく、下位モデルの「Galaxy S23」もミリ波に対応しているが、現状ハイエンドでも下位機種までミリ波に対応させるケースは非常に少ない。
ただし、メーカーによっては、フラッグシップモデルでも一部においてミリ波への対応を見合わせる場合がある。たとえば「Xperia 1 V」の場合、携帯各社から販売するモデルはミリ波に対応しているものの、自社で販売するオープン市場向けモデル(いわゆる「SIMフリー」)はあえてミリ波を削除し、ユーザーニーズが高いメモリーやストレージを増量している。このモデルの市場想定価格は20万円以下で、販路の違いはあるものの、価格が判明しているau版「SOG10」の210,240円(いずれも税込)よりも安い。
ソニーの「Xperia 1 V」は、携帯各社から販売されるモデルはミリ波に対応しているが、オープン市場向けモデルはユーザーニーズが低いミリ波を省き、メモリーやストレージに重きを置いている
「Xperia 1 V」のオープン市場向けモデルがミリ波に非対応なのは、ミリ波が現状まったくと言っていいほど使われていないからである。総務省の「令和4年度携帯電話及び全国BWAに係る電波の利用状況調査の調査結果」を見ると、月間総トラフィックのうちミリ波が占める割合はほぼゼロだ。
総務省「令和4年度携帯電話及び全国BWAに係る電波の利用状況調査の調査結果」概要より。月間の総トラフィックに占めるミリ波の割合はゼロに等しい状況にあることがわかる
5G向けとしてはミリ波と同時に3.7GHz帯や4.5GHz帯も割り当てられており、携帯各社もそれらすべてを用いた基地局の整備を進めているはずなのだが、ミリ波だけが使われていない。そこには電波の特性上、ミリ波が広範囲に飛ばないことが大きく影響している。
電波は周波数が高いほど障害物の裏に回り込みにくく、減衰もしやすいので遠くに飛びにくくなる特性がある。それゆえプラチナバンドのような低い周波数帯の電波が広範囲をカバーしやすいことは知られているが、いっぽうで周波数が最も高いミリ波はカバーできる範囲が非常に狭く、その範囲はWi-Fiスポットと同程度と言われている。
ではなぜ、狭いエリアしかカバーできず使いづらいミリ波を5Gで使うことになったのか? と言うと、使いにくいだけあって周波数が空いているからだ。実際、携帯各社に割り当てられているプラチナバンドの帯域幅が10〜15MHz、5G向けの3.7GHz帯や4.5GHz帯が100MHzであるのに対し、28GHz帯は400MHzと非常に広い。
そして電波の帯域幅が広いほど、データが通る道幅が広くなるので従来以上の高速大容量通信を実現できる。将来5Gの高い性能をフルに発揮するにはそれだけ広い帯域幅が必要だからこそ、5Gでミリ波が使われるようになったのだ。さらに、2030年代に実用化される6Gではミリ波以上の高周波数帯が使われると言われている。将来を考えるとミリ波をあきらめることはできないのである。
総務省「5Gビジネスデザインワーキンググループ」第1回会合資料より。周波数が非常に高いミリ波は広域をカバーするのが難しくスポット的な利用にとどまるいっぽう、帯域幅は非常に広く高速大容量通信にとても適している
それだけに携帯各社も、ミリ波の電波をより広い範囲に届け、有効活用するための技術開発を積極的に進めている。だが、その技術が開発途上で有効活用する手段が明確に確立されていないことから、利用が進まず端末も増えず、携帯各社も基地局整備に消極的になる……という悪循環に陥っているわけだ。
そしてミリ波を巡る問題は携帯電話会社だけでなく、ミリ波の免許を割り当てる国をも悩ませている。実際、総務省は2023年1月から有識者会議「5Gビジネスデザインワーキンググループ」を実施し、どうすればミリ波を有効活用できるのか? という議論を進めている状況だ。
ではミリ波の活用が進むには何が必要なのだろうか? 筆者の見立てでは、カギを握るのは「iPhone」だ。実はアップルのお膝元である米国ではミリ波を取り巻く状況が日本とやや違っている。5Gの商用サービス開始時点でミリ波しか割り当てられていなかったこともあって、米国で販売されている5G対応スマートフォンは多くがミリ波に対応しているのだ。
それは「iPhone」も例外ではなく、5Gに初めて対応した「iPhone 12」シリーズから、米国向けモデルではミリ波に対応している。いっぽうで日本をはじめとしたそれ以外の国や地域では、5Gにミリ波以外の周波数帯も用いて整備がなされていたことから、アップルは米国以外でミリ波対応の「iPhone」を投入していない。
米国のアップルのプレスリリースより。米国では5Gに初めて対応した「iPhone 12」シリーズからミリ波に対応している。本体右側面に、日本向けモデルにはない、ミリ波のアンテナ部分と思われる色違いの部分がある
それゆえ、もしアップルが、次の新しい「iPhone」でミリ波対応モデルを日本に投入するとなれば、携帯各社もミリ波対応基地局を整備するモチベーションが大幅にアップし、その活用も急速に進むのではないかと考えられる。ミリ波対応端末を購入しても有効活用しづらい状況が当面続く可能性は高いが、アップルの動向によっては一気に解消されるかもしれない。日本のミリ波の命運はアップルが握っていると言っても過言ではないだろう。
福島県出身。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。