オーブントースターの概念が変わるほどおいしいトーストが焼けることで有名なバルミューダ「BALMUDA The Toaster」が、デザインをリニューアル。といっても、新旧モデルを並べた上の写真を見てもわかるように見た目はほぼ変わっていません。基本構造やイメージを継承しつつ、使い勝手を向上させた新モデルの改良点を紹介するとともに、BALMUDA The Toasterに込められたこだわりと開発秘話を立ち上げ時に開発・デザインを担当した松藤さんに聞いてきました!
BALMUDA The Toasterが発売されてから5年目というタイミングでのモデルチェンジということもあり、本来であれば大幅にデザインを変えたほうがアピールしやすいのですが、バルミューダが考える理想のカタチは初代モデルで完成されていたため、イメージは“あえて”そのままにしたといいます。それは、おいしそうなパンが焼き上がりそうなカタチ。ある映画の石窯での調理シーンを見たバルミューダの代表取締役社長 寺尾さんが、石窯の小さな窓から熱のこもり具合や焼け具合をのぞきこむ所作さえもおいしそうに見えることにインスパイアされ、そのイメージを具現化したのです。ポイントとなったのは、小さなのぞき窓(ガラス部)とその窓を奥まらせたこと。焼き上がりをのぞき見る感じや重厚感を再現しているのだそう。また、ガラス部は小さいほうが庫内の熱が外に逃げにくくもなるので、機能的にも理にかなった形状だったのです。このようなことは調理家電を作り続けていれば当然わかるものなのでしょうが、バルミューダはそれまでオーブントースターはおろか、調理家電の製品開発をしたことがなく、全員が手探りの状態。ゼロの状況から半年間試行錯誤し、松藤さんを含む4人のデザイナー陣が2,000案くらいデザインを考えてたどり着いたカタチなのだそう。
おいしいパンが出てくるようなイメージを追求し、のぞき窓のまわりにある縁取りも、パン屋の外観によく使われるような装飾を施したそうです。写真は前モデル
このようにイメージを継承した新モデルですが、カラーバリエーションと配色、文字のサイズ、そして、のぞき窓の奥行きなど、外観の細かい部分が変更されています。
新モデルは3色あるカラーバリエーションの内、「ショコラ」が「ベージュ」に変更。「ホワイト」と「ブラック」も線や文字の色を変えるなど、より上質感が出るように微調整されています
天面に記されているモードも見やすいサイズに調整。水を入れる量や給水口の大きさは変わっていませんが、給水カバーが新モデルは小さくなりました
よく見比べないとわかりませんが、新モデルはのぞき窓がより奥まった設計に
もちろん、リニューアルされたのは外観だけではありません。新モデルは、使い勝手を大幅に向上させる微調整が施されています。扉の持ち手の幅が若干広くなり、すべりにくいように脚の底面にゴムが装着され、焼きアミも取り外しやすい機構に変更。さらに、ダイヤルに電源ON/OFFボタンを追加したほか、ダイヤルも少しサイズアップし、モードの選択がよりわかりやすくなりました。これらは、2019年に北米で販売する際に改良された部分ですが、使い勝手がいいため、日本国内で発売する今回のモデルにも採用したといいます。
扉を開閉する際に使用する取っ手が幅広になるとともに、ダイヤルも若干大きくなりました。実際に使ってみると、見た目以上に手になじみ、使いやすくなったことを実感できます
焼きアミも着脱しやすい機構に改良されました
前モデルは庫内奥にある軸に焼きアミのフックを引っかけて装着する仕様だったのですが、取り付け方がわかりにくいという声もあったため機構を見直したといいます
改良された新モデルは、フレームに焼きアミを載せるだけ! 間違いようがありませんし、フックを引っかける手間がないので着脱もスムーズ。使用後のお手入れもラクになりました
BALMUDA The Toasterはヒーター加熱だけでなく、スチームを併用するのが特徴。天面の給水口から水を入れ、ボイラー(矢印の部分)で熱されることでスチームとなるのですが、使用時はここにカバーを装着します。そのボイラーカバーも形状が変更されました
前モデルと新モデルのボイラーカバー。新モデルのほうが大きいのがポイントです
実は、前モデルではボイラーカバーはほぼ載せているだけの状態だっため、本体を持ち運んだ際にズレてしまうことも
新モデルのボイラーカバーは前側まで覆う形状とすることでしっかり装着され、一般的な運び方であればズレる心配がなくなりました
新たに装備された電源ON/OFFボタンは北米で販売するにあたり、その国の規格に合わせて追加されたものですが、使わない時に電源を遮断できるのは回路などへの負担が減らせるのでよさそう
脚も太くなったそうなのですが、これはよく見てもわかりませんでした(笑)。脚底にゴムが装備され、すべりにくくなったのは◎
ちなみに、BALMUDA The Toasterにはスチームと温度の自動制御で焼くパン用のモードがあるのですが、このモードを使う際には5ccの水を入れなければなりません。ただ、これは一般的なオーブントースターでは必要のない作業。そのため、少しでも手間に感じない工夫が初代モデルから施されています。まず、別途タンクを装備するのではなく、本体に給水する仕様とし、左右どちらからでも入れやすいように、給水部は中央に配置。そして、扉と連動して給水カバーも開閉するようにすることで、手数を削減しました。しかも、給水カバーは庫内へのアクセスをじゃましない位置に倒れるようになっています。これらはすべて、代表取締役社長 寺尾さんのアイデアなのだそう。
パン用のモード「トーストモード」「チーズトーストモード」「フランスパンモード」「クロワッサンモード」を使用する際は、付属のカップで5ccの水を入れなければなりません
扉を開く動作は一般的なオーブントースターと同じなので無意識でしたが、給水カバーを外す作業が発生しないのはすごく便利! なお、給水カバーが小さくなったことで重量も軽くなったのか、扉を開閉する際の手への負担も少なくなった印象です
本来なら左の写真のように給水カバーが立った状態になりますが、じゃまにならないように倒れる工夫がされているのもポイント
給水カバーがじゃまにならないので、スムーズにパンを出し入れできます
細かい部分が改良されているものの、基本的な構造が変わっていないのであれば、新モデルは簡単に作れそうなものですが、完成までにはかなり時間がかかったといいます。特に大変だったのが、スチームと温度制御で焼き上げるパン用のモードの調整。このモードの加熱方法を説明しておくと、まず、空気よりも熱伝導率が20倍以上高い水分の特性を生かし、庫内に充満させたスチームでパンの表面を薄い水分の膜で覆い、素早くパンの表面だけを焼きます。その後、温度制御による加熱がスタート。デンプンがα化され、パンのやわらかさや風味が復活する60℃前後の温度、表面がきつね色になり始める160℃前後の温度、焦げつきが始まる220℃前後の温度という3つの温度帯を細やかに制御することで、パンの食感や香りのバランスを最大限に引き立てて焼き上げるのです。この温度制御は少々タイミングや温度が異なるだけでも仕上がりが変わるため、わずかな改良であったとしても新モデルに合わせたプログラム調整が必要になるとのこと。普通なら、設計に合わせて少しデータを調整するくらいで済ませられるのかもしれませんが、初代モデルでたどり着いた理想のおいしさを変えないよう温度制御の調整には相当な時間を要したそうです。
パン用のモードのひとつ、トーストモードの加熱イメージ。オーブントースターは上下のヒーターをオン/オフして庫内の温度を制御するものなので、トーストモードでは上の図のようなタイミングでオン/オフが細かく切り替えられます
パン用のモードはトーストだけでなく、チーズトーストモード、フランスパンモード、クロワッサンモードの4種類用意されており、パンの種類に合わせて最適な庫内温度になるようモードごとにヒーターのオン/オフの切り替え方を制御。もちろん、すべてのモードが新モデルに合わせて調整されています
肝心の焼き上がり具合をチェックするため、新旧モデルで焼き比べてみました。どちらも遜色ない焼き上がりで、表面がサクサクで中はもっちり。BALMUDA The Toasterで焼いた、あのおいしさが味わえました。
トーストモードで焼き始めると、すぐにガラスが曇り、庫内にスチームが充満したことがわかります
上下ヒーターがオン/オフを繰り返して焼かれていますが、残り1分になっても焼き色はまったくついていません(左)。スチームでふっくらさせて、中火で温め、最後にぐわっと焼き上げる加熱方法だと言われたとおり、終盤に一気に焼き色が広がりました
どうでしょう! BALMUDA The Toasterを使ってる人なら、「そうそう、この焼き色!」となる焼き上がりです
新旧モデルで焼いたトーストを比較してみましたが、どちらも焼きムラもなく見るからにおいしそう。トーストモードで焼いた食パンは、表面と中のコントラストが絶妙で、食感までおいしい! 特に、クラスト(パンの耳の部分)のサクサク感はたまりません。水分を閉じ込めることで香りも保持されるのも、風味を引き立てるポイントです
さらに、前モデルと変わらない焼き上がりを保持しているだけでなく、新モデルは温度制御が進化しているのだそう。2枚焼きや連続してのトーストなどでの焼きムラが解消され、より安定したおいしさを実現しているといいます。
ところで、このBALMUDA The Toasterならではの加熱方法が誕生するまでのヒストリーをご存じでしょうか。前述のように、初めて作るカテゴリーとあって知見もまったくなく、イチからデータを収集する日々。その道のりは、なかなか泥くさいものでした。しかし、「おいしいパンを焼きたい」という信念に吸い寄せられるかのように起こったいくつかの偶然と、地道な作業の積み重ねにより導き出されて生まれたそれまでになかったオーブントースターの開発秘話を紹介しておきましょう。
代表取締役社長 寺尾さんが17歳の頃、ひとりで旅したスペインで、心細く疲れ切った状態で食べた小さな焼きたてのパン。その感動のおいしさと強烈に感じた食べることが与えてくれるエネルギー。そんな体験を届けたいというところから、オーブントースターの開発が始まりました。しかし、それまで扇風機や空気清浄機、加湿器といった空調家電を作っていた開発チームにとっては、まったく未知の世界。オーブントースターの完成形どころか、おいしいパンを焼くためのヒントすら見えていませんでした。そんな中、定期的に開催されている社内でのバーベキューイベントの際、たまたまグリルでパンを焼いてみたところ、衝撃を受けるほどおいしい焼き上がりに! 炭火が鍵を握るのではないかと別日に再び同じ機材で焼いてみたものの、なぜかあの時のような食感や風味になりません。違いは何かと考えたところ、バーベキューをした日は大雨だったのです。これを機に、水分(スチーム)を使った「スチームトースター」という片鱗が見えてきました。
どしゃ降りの中開催されたバーベキューイベントが、まさかヒントをくれるとは……
※写真はイメージです
とはいえ、炭火で焼いたこともおいしさにつながっているのは間違いありません。しかし、直火と同じ熱量を電気で再現するのはとうていムリなこと。直火×スチームでないと、あのバーベキューで焼き上がったパンのおいしさにはたどり着けないかもしれないという不安もあったといいます。そんな時、あることでつながりができた東京都の吉祥寺にあるパン屋「ダンディゾン」で、厨房を見せてもらうことができました。きっとガス火の窯を使っているに違いないと思っていたのですが、そこにあったのはスチーム機能を搭載した電気窯。もちろん業務用なのでパワーは別物ですが、電気と水のチカラでパンはおいしく焼けるという自分たちのアイデアは間違っていなかったと確信を持ったそうです。
連日行列ができるほどの有名店で確信を得られたことは、大きな自信にもつながったとのこと
水分がパンの焼き上がりを左右すると気付いたものの、まだオーブントースターの形状も水を入れる機構もできてない状況。一般的にデザイナーといえば、デザインするのが仕事ですが、松藤さんはプログラム(ソフトウェア)の開発もしたのだそう。しかも、ほぼひとりで。参考文献や科学的なメカニズム、経験則などから前述の60℃前後、160℃前後、220℃前後の温度帯を効果的に与えることでおいしく焼けることはわかっていたので、あとは実験するだけ! と、連日、トーストして食べる作業を繰り返しました。原理試作の間は注射器で水を注入し、スチームを発生させたりもしながら、最適な水の量、上下ヒーターの切り替えタイミングなどを模索。風味や味、食感、焼き上がりの色、焼き上がりといった細かい指標を作り、ファイリングしていったといいます。
松藤さんが焼いて食べてを繰り返し、集めたデータ。焼き上がりの温度を計るだけでなく、サーモグラフィーカメラで撮影したり、焼きムラをマッピングするなど、前例がないのでやり方も独自で編み出したのだそう。後方にあるファイルは、焼いたトーストそれぞれの食感や風味などを細かくメモしたもの。これをひとりでやり続けた努力に脱帽しました
多い時には、1日10斤くらいのトーストを焼いては試食することもあったとか。しかも、温度が自動制御されるモードは4種類あります。そのモードを設定するため、パン屋で売られているパンを購入し、実際に焼いて検証を重ねたのだそう。このようなソフトウェアの開発と同時並行でデザインの企画も行うという怒濤の日々を半年以上続け、ようやく完成したのがBALMUDA The Toasterなのです。
今でこそ、スチーム機能を搭載したオーブントースターは一般的なものとなりましたが、BALMUDA The Toasterが登場した2015年頃は非常にめずらしいものでした。新機能を備えたモノを作るのではなく、おいしさを追求した結果、必要となった機能。リニューアルしてもこの芯の部分はブレておらず、不要な改良はされていませんが、それがむしろいい。新モデルは、すでにBALMUDA The Toasterを使っている人が次もやっぱり選びたくなるような進化を遂げていると思います。
モノ雑誌のシロモノ家電の編集者として6年間従事した後、価格.comマガジンで同ジャンルを主に担当。アウトドアからオタク系まで意外と幅広くイケちゃいます。