昨今の炊飯器市場では、炊飯時に「米をいかにしておどらせるか?」や、そもそも「米はおどらせないほうがいい」の論争、開発競争が繰り広げられています。パナソニックのIH炊飯器「おどり炊き」シリーズは、ネーミングのとおり“米をおどらせて炊く”のが特徴。かまどでの炊飯方法を研究し、それを電気の力でいかにして再現するかに力を注いで開発を続けてきた同社のこだわりを、メディア向けセミナーで聞いてきました。
本セミナーでは、最上位モデル「SR-VSX101」とかまどで炊いたごはんの食べ比べも実施
パナソニックのIH炊飯器「おどり炊き」シリーズは、かまど炊きの昔からの言い伝え「はじめチョロチョロ、中パッパ、ブツブツ言うころ火を引いて、ひと握りのワラ燃やし、赤子泣いてもふた取るな」(地域により一部異なる場合もあり)を目指して開発されています。
かまどで炊飯する際の火加減や米の状態変化をまとめると、前炊き(火起こし)の段階、「はじめチョロチョロ」で、弱火で米の中心まで吸水させ、次の、強火でムラなく一気に加熱させる「中パッパ」で米表面のα化がスタート。その後、中火で吹きこぼれるほどの沸騰を維持して米のα化を促進せる「ブツブツ言うころ火をひいて」に移り、さらに、強火で追い炊きする「ひと握りのワラ燃やし」で余分な水分を飛ばすことにより、さらにα化をうながしてごはんの甘みや粘りを引き出します。そして、最後の「赤子泣くともふた取るな」では、火を止めて、水分を均衡化する蒸らしを実行。これが、古くから伝わる、かまどでのおいしいごはんの炊き方です。
かまどでごはんを炊く際に昔から言われている「はじめチョロチョロ、中パッパ」での、炊飯イメージ
また、直火で加熱するかまどでは1,000℃を超える大火力となるため、短時間で吹きこぼれるほどの沸騰状態となります。沸騰によって激しい対流が生まれた釜内で“米がおどる”状態となり、さらに、沸騰時の泡が釜底から上層へと米のひと粒ひと粒の間を通って上がっていくことで、炊き上がったごはんにカニ穴が発生。カニ穴のできたごはんはおいしいとよく言われますが、吹きこぼれるほどの沸騰で生まれたカニ穴は、ひと粒ひと粒の米にしっかり熱が伝わっている証拠なのだとか。つまり、米にきちんと熱が伝わることでα化が促進され、旨みのもとである“おねば”が生成されて米粒が大きくふくらむのだそう。だから、かまどで炊くと粒立ちやツヤ、旨みのあるごはんが炊き上がるのだと言います。
沸騰泡が米のひと粒ひと粒の間を通ることで、ひと粒ずつ芯まで加熱されるのだそう
こうしたかまど炊きの炊飯方法を電気式の炊飯器で再現しようとしても、そもそも約1,000℃にもなる炎と同じ温度を出すことは不可能なうえ、かまどのように吹きこぼしを気にせず沸騰させ続けることもできません。そこで、パナソニックは、かまどで炊いたごはんの味を目指しつつも、IH炊飯器でできる「かまどを超える炊き方」として「おどり炊き」を考案。そのポイントとなるのが、「大火力IH」と、加圧と減圧を繰り返す「可変圧力」という2つの技術です。
まず、「大火力IH」について見ていきましょう。「おどり炊き」シリーズの上位モデルは、ふたから釜底までIHが6段に分かれた構造になっています。その内の下2つに配置された「底IH」と「底側面IH」への通電を高速で切り替えるのが「大火力IH」の特徴。底IHコイルに通電すると内向きの対流が起こり、底側面IHコイルに通電すると外向きの対流が生まれるのですが、この2つのIH加熱を高速で交互に切り替えることで激しい泡の対流を発生させるのです。また、6段のIHを工程に合わせてそれぞれ制御できるのもポイント。通電するIHコイルとパワーを調節することで、かまどのような火加減を再現しています。
IHで全面を包み込むことで大火力を実現。IHの配置を6段に分けることで、部分ごとの火加減調整を可能としました
そして、もうひとつのポイントとなる技術「可変圧力」については、最初に1.2気圧で加圧して沸点を105℃まで高めたあと、一気に1気圧に減圧して温度を100℃に下げるというもの。一気に減圧することで、かまどの火力と同じパワーを持つ爆発的な沸騰が起こると言います。
2013年発売モデルから、「おどり炊き」シリーズとして可変圧力の仕組みを採用。沸騰工程中に1.1〜2.2気圧に加圧炊飯する炊飯器において、「急減圧」を繰り返す技術で特許も取得しているそうです
“米がおどる”というと、内釜内で米が激しく動き回っている状態がイメージされるかもしれませんが、「おどり炊き」シリーズの米の動きは異なります。米のひと粒ひと粒に素早く均一に加熱することを目的としているため、釜底から出る激しい泡が米と米の間を通過することが重要。米をぐるぐる回す必要はなく、上下していればいいのです。その炊飯時の様子を見てみましょう(下の動画参照)。
「おどり炊き」シリーズで、米3合を「白米銀シャリ ふつうコース」で炊いた場合、加圧と減圧は3回繰り返されますが、上の動画は3回目の様子。加圧のあとに一気に減圧したタイミングで、下から突き上げる沸騰泡が米を押し上げます。釜底から出る激しい泡が米と米の間を通過しているので、全体がただ押し上げられているのではなく、ひと粒ひと粒がはねているような印象。また、この激しい沸騰泡により、おいしいごはんの証拠である「カニ穴」もできます。
ちなみに、内釜の鍋肌に近いところは中央に比べて熱が通りやすいため、米をおどらせない場合、鍋肌にある米が熱をバリアしてしまい、水が減ってきた際に加熱ムラが起きやすくなるのだそう。「おどり炊き」は、そのバリア層を爆発的な沸騰で突き破ることで熱の通り道が作られ、釜内の水が少なくなっても均一に加熱できるのも特徴です。
沸騰泡で米をおどらせながら炊飯することで、最初から最後までムラなく加熱できるほか、粒が立ったごはんが炊き上がるのもポイント
なお、米をおどらせて炊くか否かによって、炊き上がったごはんの粒の大きさや食感などに違いが出ることは、データでも証明されています。
おどり炊き機能を搭載した「おどり炊き」シリーズの最上位モデル「SR-VSX1」と、非搭載の同機種を用意し、同一条件で炊飯したところ、米をおどらせて炊くほうが米ひと粒のサイズが約10%も大きく炊き上がったのだそう
さらに、炊き上がったごはんの硬さ、付着性(粘り)、還元糖量、含水率が、おどり炊き機能を搭載した炊飯器のほうが、釜の上層と下層で差異が少ないことも判明。米をおどらせることで、ムラなく加熱されていることがわかります
さて、ここで気になるのが、かまどで炊いた際の炊飯時の米の状態。かまど炊きの原理を追求して製品開発を続けてきたというのですから、本物のかまども「かまど炊き」シリーズと同じように、沸騰泡で米粒が上下に舞い上がっているような動きをしているのでしょうか。
内側が見えるように加工した釜で、炊飯中の様子をウォッチ。ちなみに、全工程のデモンストレーションが行われましたが、かまどの火に息を吹きかけたり、うちわであおいだりと複数のスタッフが入れ替わり、火加減の調整をしていました。改めて炊飯器の素晴らしさを実感
下の動画が、「中パッパ」の時の様子。パナソニックの「かまど炊き」と同じように、舞い上がった米が再び沈んで舞い上がるという上下の動きを繰り返しており、釜内を全体的に激しく移動してはいないことがわかりました。
「おどり炊き」がかまどで炊いたごはんを追求していることは確認できましたが、重要なのは、炊き上がったごはんの見た目や味。最上位モデル「SR-VSX101」で炊いたごはんと、釜の中が見えるように加工されていない普通の釜で炊いたかまど炊きごはんを試食してみました。
かまどで炊いたごはんにも、「SR-VSX101」で炊いたごはんにもカニ穴が! 「SR-VSX101」で炊いたごはんは色つややハリも美しい、見た目には完璧な炊き上がりです
かまどで炊いたごはんは強めのおこげができているため、香ばしさが引き立ち、食欲がそそられます。火加減が少し強かったためか、ふっくり大粒に炊き上がっているものの少々硬め。時間が経つと、パサつき感が気になりました
いっぽう「SR-VSX101」で炊いたごはんは、見た目どおり、みずみずしい。表面にツヤがあり、もっちりと歯ごたえのある食感。かまどで炊いたごはんのような香ばしさはありませんが、ごはんの甘みや旨みがほどよく感じられ、全方位にバランスのいい炊き上がりだと感じました
本セミナーの会場には、パナソニックの炊飯器の歴史をたどることができる展示コーナーが設けられていました。ナショナル時代から始まった、その足跡をご覧ください。
パナソニックが家庭用の自動炊飯器を発売したのは、ナショナル時代の1956年。1979年にマイコンジャー炊飯器、1988年にIHジャー炊飯器、2003年にスチームIHジャー炊飯器をいずれも業界で初めて発売しました。その後、旧三洋電機との融合により、2013年に登場した「スチーム&可変圧力IHジャー炊飯器」が「おどり炊き」の元祖です
左から、パナソニック(旧ナショナル)初の自動炊飯器、世界標準方式のメカ式炊飯器、マイコンジャー炊飯器。デザインや構造が昭和時代のザッツ・スタンダードと言った感じで、1980年代生まれまでの世代にはノスタルジックな炊飯器ですね
1988年発売のIHジャー炊飯器(写真左)と2003年発売のスチームIHジャー炊飯器(写真右)。IH化したことで構造が大きく変わり、見た目も様変わりしました
2011年の発売の「200℃スチームIH炊飯器」(写真左)以降は、デザインも現在のモデルに近くなっています。写真中央が「おどり炊き」シリーズの原点となった、2013年発売「スチーム&可変圧力IHジャー炊飯器」で、写真右が最新モデルの「SR-VSX1(SR-VSX101)」。トレンドに合わせてデザインがスタイリッシュになり、シロモノ家電のひとつであった炊飯器が、いつの間にか“クロモノ”になっているのが感慨深いですね
また、2013年モデルから採用された「可変圧力」の技術も進化を続けています。初期のモデルでは、調圧ボールを使用した原始的な方式でしたが、2015年からはモーター方式に変更されました。パーツが小型化されて減圧穴が約2倍になったことで、沸騰力がアップ。さらに、2018年のモデルからはセンサーで圧力制御を行う方式となり、多段階での圧力調整ができるようになりました。
加圧と減圧を繰り返して激しい沸騰を起こす点は同じですが、進化により、沸騰力や細かい制御が可能に
写真左が古典的な圧力制御方式を採用していた時代の内ぶた。2015年モデル(写真右)からは、モーター制御となったことで調圧ボールなどのパーツが不要となり、お手入れもしやすくなりました
ふた側の内部機構の違い。写真左が調圧ボールと減圧穴から構成されるソレイド方式で、写真右が、モーターが回転することで減圧弁を開いて圧力を下げるモーター方式です
さらに、炊き上がりもトレンドに合わせて微妙に調整しているとのこと。同じ「銀シャリ」コースで炊いたごはんでも、最新モデルの「SR-VSX1」と2017年発売モデル「SR-SPX7」では指標が若干異なります。
数年前まではもちもちとした甘味のあるごはんが人気でしたが、昨今のトレンドに合わせて、最新モデルでは粒立ちのよい弾力のあるごはんに炊き上がるように調整されています
雑誌記者・編集者などを経て、2004年に渡仏。2006年に帰国後はさまざまな媒体において、家電をはじめ“ライフスタイル”的切り口で多ジャンルの記事を執筆。