今年は例年以上の猛暑。立秋を迎えても気温が下がることはなく、それどころか晩秋まで夏のような暑さが続くという予報すらなされている。当分のあいだは、山歩きのウェアに半袖を選ぶ人が多そうだ。
しかし、いくら気温が高いといっても山の天気は変わりやすく、急に肌寒さを覚えることもあるだろう。そんな時に活躍するのがウインドシャツやウインドシェルだ。近年はデザイン性や素材の性能がアップし、いくつものおもしろいアイテム、たとえば“半袖”のウインドシャツまで生まれている。
今回ピックアップするのは、カリマー「ベクターウインドシャツ S/S」。これに加え、一緒に組み合わせて使える「ベクターウインドパンツ」である。
シャツはXS〜XLの5サイズ展開で、シルバーグレー、ブラックの2色が用意されている。パンツはXS〜XLの5サイズで、ダークネイビーとブラックの2色をラインアップ
そもそもウインドシャツとは、文字通りに「冷たい風から身を守るため」のものだ。簡単に言えば、防寒具の1種である。一般的にアウトドアでの防寒性をウェアによって高める方法は、「半袖を長袖に変更する」や「生地を厚くする」といったところだが、ベクターウインドシャツ S/Sは半袖で生地も極薄。ウインドシャツとはいいながらも、半袖なので外気を取り込みやすく、過度な熱気は逃げていきやすい構造と生地なのである。つまり一般的な防寒着とはかなり性質が異なっており、過度な温かさは求めてはいけない。
しかし、半袖でも内臓を含む体幹部分は覆われるので、体を過度に冷やすことを防いでくれる。そのいっぽうで、腕が露出しているため、過度に暑すぎることもない。温暖な時期の体調管理には、ちょうどよいのだ。ただ、防寒性が高いのか低いのか、いくぶん“中途半端”なことも事実で、わざわざ山中に持っていくほどでもないウェアともいえる。ひと昔前ならば、生まれ出てこなかったタイプの製品かもしれない。
だが、現代は素材が進歩した。「PERTEX EQUILIBRIUM」という薄手で軽量なナイロン生地を使ったベクターウインドシャツ S/Sの重量は、わずか60gである。いくら半袖とはいえ、昔ならば考えられない軽量性だ。これならば温暖な時期の「プラスα」のウェアとして活用したくなる。
シャツ、パンツともに、素材はPERTEX EQUILIBRIUM。超軽量で撥水性にすぐれ、汗ばんだ肌に張り付きにくい生地だ
PERTEX EQUILIBRIUMは非常にやわらかい素材でもあり、襟にも硬さを感じず、肌なじみもいい。実際は数枚の生地パネルを縫い合わせているのに、まるで全体が1枚の布地でできているような着心地だ。
襟に芯のようなものは入れておらず、非常にやわらか
やわらかな素材なので、襟を立てると首によくなじみ、ほどよく冷気をさえぎってくれる
フロントを開閉するのは一般的なボタンではなく、小さなスナップボタン。若干小さすぎて、指が太い人には閉めにくいかもしれない。だが、これもまたウェア全体のしなやかさを保つことに貢献している。
フロントに装備されたスナップボタンは、着用時に違和感が少ない小ぶりのタイプ
暑い時はスナップボタンをはずして前を広げれば、適度に風が通る
ベクターウインドシャツ S/Sの丈は、ちょうど腰を覆う長さだ。海外メーカーのシャツには丈が長すぎて着用しにくいものが多いが、カリマーはイギリス発祥のブランドながら日本人向けのサイズ設計がなされており、ムダのないシルエットなのである。
薄手の生地はバックパックのハーネス類とのあいだに挟まれても、よい意味でほとんど存在感がない
シャツ本体のサイズ感に不満はないが、胸もとのポケットについては個人的に変えてほしいと感じた。僕の所有しているスマートフォンは中程度の大きさなのだが、ポケットにきれいに収まらないのである。正確に言えば、大きさや深さは足りているものの、ポケットの開口部内側に配置されている面ファスナーが張り付かず、前かがみになるとスマートフォンが外にこぼれ出てしまうのだ。このポケットにスマートフォンを入れたくなる人は多いと思われるので、あと数cmポケットが深いとよかったかもしれない。
もう少し深さがあるほうが、開口部の面ファスナーを生かして収納できるものが増えたはずだ
一見では簡素なベクターウインドシャツ S/Sだが、実は、ディテールが充実している。裾にはドローコードが付けられ、強風の侵入を軽減。そのいっぽう、脇の下に小さな換気用ベンチレーターが設けられ、熱気の排出をうながしている。シンプルなルックスの中に、さりげないポイントが散りばめられている印象だ。
寒い時には、裾に装備されているドローコードを占めれば冷気の侵入を和らげることができる
発汗量が多い脇の下には小孔が設けられ、無用な湿気の排出に貢献
次に、「ベクターウインドパンツ」を見ていこう。ベクターウインドシャツ S/Sと同じ生地「PERTEX EQUILIBRIUM」を採用しているものの、丈が長いため、着用してすぐにシャツ以上の温かさを感じる。とはいえ、それはあくまでも同じ生地を使ったウェアとしての比較で、極薄の生地を使ったベクターウインドパンツの保温性は、さほど高くはない。一般的なロングパンツよりは涼しく、ショートパンツよりは温かいといったところだ。この微妙な防寒性が、夏から秋にかけての山には便利そうである。
薄手の軽量な生地なので、重量は150gと軽い
驚くほどのストレッチ性を持つ生地も開発されている現代のアウトドアウェアの中では、ベクターウインドパンツの生地の伸縮性はあまり高いとは言えない。だが、実際に着用して歩いてみると、伸縮性の低さはほとんど気にならなかった。膝を中心に立体裁断がなされたデザインによって、足さばきは軽やか。これは予想以上だった。
伸縮性が特別高い生地ではないが、ぴったりとフィットしていてもきゅうくつには感じない
足を大きく曲げても生地が引きつれる感覚はわずか。見た目以上にソフトな生地である
前述のとおり、カリマーのウェアは日本人の体型にあわせて設計しているので、パンツの裾が過度にあまることもない。裾にはドローコードが取り付けられているため、いくぶん裾がたるんだところで、地面に引きずるようなこともなく安心だ。
裾にドローコートがあるので、シューズの上に裾を固定したり、短くまくり上げたりできる
今回の山行では、上半身はベクターウインドシャツ S/Sの下にTシャツを着ていたが、下半身は肌の上に直接ベクターウインドパンツを履いていたため、歩行を続けて発汗量が上がると、生地が汗で湿ってきた。だが、あくまでも湿る程度で、張り付くような不快感はない。これは、生地の裏地に線状の凹凸があり、生地の全面が肌に触れないようになっているからだ。これだけのことで着用感は格段に向上する。
パンツの生地の裏面には、細いラインのような凹凸が目立つ。これが、汗をかいた肌への張り付きを低減してくれる
ウエスト部分にはゴムが使われており、伸縮する。小さなバックルが装備されたベルトも付属し、歩行中にずり下がりにくいのもいい。
フロント部分に使われているバックルは非常に薄手のタイプ。バックパックのハーネスと干渉しても異物感が少ない
ポケットは、腰もとの両サイドのほか、右の太ももと右のお尻にひとつずつ装備。メッシュの裏地で肌触りがよく、通気性もアップにも貢献している。ただし、太もも部分のポケットは浅く、ここにもスマートフォンが入れづらいのは残念だ。最近はスマートフォンに入れた地図アプリを利用して登山をする人が増えており、手がすぐに伸びる場所のポケットにスマートフォンが収められると便利なのである。この部分のポケットは、もう少しだけ深いほうがよさそうだ。
右の太ももにあるポケットは、スマートフォンを入れるには少し小さい
ポケットの裏側はやわらかなメッシュ素材。通気性を向上させる役割も持つ
ところで、ベクターウインドパンツは、いわゆるパッカブル仕様になっている。お尻のポケットにパンツ本体を収納でき、コンパクトに持ち運べるのだ。パンツはシャツ以上にかさばるものだけに、この工夫を喜ぶ人は多いに違いない。また、ベクターウインドシャツ S/Sも胸のポケットにシャツ本体を収納可能だ。
お尻の右側にあるポケットにはファスナーが付いており、入れたものが飛び出しにくい
ヒップポケット内にパンツ本体を収納すると、手の平に載るサイズ感になる
ちなみに、PERTEX EQUILIBRIUMという生地は、撥水性の高さでも知られる。だが、テストを行った日に雨は降らなかった。そこで、ペットボトルに入れた水をベクターウインドパンツの表面にかけてみた。すると、生地が薄いので水の冷たさはダイレクトに感じるものの、生地の裏面への浸透はほとんどない。もちろん、水をかけ続ければ撥水性は落ち、次第に浸水してくることは避けられないが、短時間であれば、小雨や朝露を弾き飛ばしてくれそうだ。もちろん、同生地でできたベクターウインドシャツ S/Sでも同じ効果が期待できる。
撥水性は上々。朝露に濡れた登山道などで重宝しそうだ
風の影響を軽減し、防寒性を高める「ウインドシャツ」なのに、半袖で涼しげなベクターウインドシャツ S/S。そして、ほどよい保温性でさわやかな肌触りのベクターウインドパンツ。ベースレイヤーやレインウェアほど重要なウェアではないが、山中で体感温度を心地よく微調整できる「あると便利」な存在であることは間違いない。街着としても着用したくなるようなデザインでもあるので、山中ではあえて着用せず、帰宅用の着替えとしてバックパックの中にキープしておくのもよさそうだ。
上下合わせても、わずか200g強。プラスαのウェアとして出番が多そう
僕は、これまでベクターウインドシャツ S/Sのようなウェアは使ってこなかった。しかし、1度試してみるとその便利さがよくわかる。なにしろ、シャツは60g、パンツは150gと超軽量。素材がこれほど進化する前なら2〜3倍の重さになっていたはずなので、このウェアをわざわざ持参する気にはならなかっただろうが、これほど軽量であれば荷物のひとつに加えたくなる。特に肌寒さが増してくる、これからの季節には重宝しそうだ。アウトドアウェアのデザインや素材の進化はまだまだ止まらないようである。
テント泊での登山を中心に1年の半分近くは野外で過ごす、山岳/アウトドアライター。好きな山域は北アルプス。「山道具 選び方、使い方」など、著書も多数。