改正民法が今年(2020年)4月に施行され、生活に関わる契約のルールが変わったのをご存じでしょうか?
民法が明治時代に制定されて以来、契約のルールを定める民法の規定(債権法)については初の大幅な改正となります。変更された項目は約200にのぼりますが、賃貸物件を借りる際に取り交わす契約についても変更点がありました。アパートやマンションなどを契約している人、これから契約したり、更新したりする人はどういった点に気をつければよいのか。不動産を最も得意な分野とする吉田修平法律事務所の吉田修平弁護士に取材し、具体的な事例を交えながら解説してもらいました。
〈吉田修平さん〉
吉田修平法律事務所の代表弁護士。1982年に弁護士登録をして以来、法律相談や裁判だけではなく、不動産関連の法整備や制度確立に力を入れてきた。国土交通省や厚生労働省の各種委員のほか、大学講師なども歴任する
――改正民法が今年4月に施行されましたが、今回の改正の狙いはどこにありますか?(編集部、以下同)
(吉田弁護士、以下同)今回の改正は変更点が幅広く、生活に影響する項目も数多くあります。狙いもさまざまですが、これから説明していく「賃貸借契約」に関しては、消費者(借り主)の権利を守り、これまで積み上げてきた判例を明文化したものが多いと言えるでしょう。
〈賃貸借契約〉
当事者の一方が、ある物の使用・収益を相手方にさせることを約束し、相手方が賃料を支払うことを約束することで成立する契約。たとえば、アパートの一室や自動車などを賃料を支払って借りる契約がこれに該当する。物件を貸す人を「貸し主」「賃貸人」、物件を借りる人を「借り主」「賃借人」と呼ぶ。
――それでは、具体的な事例を交えながら変更された点を教えてください。以下のケースの場合、改正民法ではどう判断されるのでしょうか?
〈ケース1〉
AさんはBさんから、アパートを借りて住んでいる。台風でAさんの部屋の窓ガラスが割れてしまい、Bさんに修理を求めたが、2週間以上たっても応じてくれなかった。そこで、Aさんは自分で業者に依頼し、修理を行い、その代金をBさんに請求した。
民法が改正されたことで、Aさんはみずから修繕し、Bさんに費用負担を求めることができます。
賃貸物件は貸し主が所有するもので、借り主が勝手に手を加えることはできません。修繕義務も貸し主にあります。旧民法では、借り主が勝手に修理をしてしまった場合、貸し主は「無断で建物を改造した」などとして、契約解除の主張をすることもありえました。しかし、修繕に応じてくれないと、不便な思いをするのはその部屋に住んでいる借り主です。このようなトラブルを避けるために、今回の改正で、借り主の「修繕権」が認められることになりました。
ただ、無条件で修繕が認められるわけではありません。以下の2つの条件のいずれかを満たす必要があります。
(1)借り主が貸し主に修繕が必要であることを知らせた(あるいは、貸し主が知った)のに、相当の期間内に必要な修繕をしないとき
(2)急迫の事情があるとき
〈ケース1〉の場合、2週間以上たっても修繕に応じてくれていないので、「相当の期間」は経過していると言えますし、また、窓ガラスが割れていれば雨風が入り、生活にも支障をきたすので「急迫の事情」も認められ、修繕権が認められると言えるでしょう。ただし、元のものより高価な窓ガラスに交換することは認められません。
――部屋の設備が壊れたのに、大家さんがなかなか修繕をしてくれない、という事例は多いのでしょうか?
統計的なデータとしては把握していないので「多い」とは言えませんが、大家さんの中には、貸している部屋の設備が壊れたとしても、お金がなかったり、修繕するのが面倒だったりする人もいるでしょう。あるいは「古い木造アパートを取り壊し、新しいアパートに建て替えたい」と思っている大家さんがいた場合、壊れたり、傷んだりする箇所をあちこち修繕していたら、建て替えが進まない可能性もあります。このように、喜んで修繕する大家さんばかりとは限りませんので、今回、「修繕権」が認められたことで、不便な状態を早く解消できるようになったのは、借り主にとってメリットと言えるでしょう。
ただ、今回認められた借り主の「修繕権」は任意規定と呼ばれるもので、特約で異なる内容を定めていた場合、特約のほうが優先されます。貸し主(大家さん)からすると、了承していないのに修繕を進められるのに抵抗感を持つ人はいると思います。そこで、契約時に「借り主が修繕をしてもよいのは、障子やふすまの張り替えなど、軽微なものに限る」「修繕したいときは、貸し主の了解を得なければならない」などの特約を入れることは十分に考えられますので、よく確認しておいたほうがよいでしょう。
――続いては、家の一部が使えなくなったり、設備が壊れたりした場合、家賃はどうなるのか、ということもうかがいます。以下のケースはいかがでしょうか?
〈ケース2〉
AさんはBさんから、アパートの1階を借りて住んでいる。台風で1階が浸水し1週間部屋が使えなくなり、エアコンも2週間使えなくなった。この場合、Aさんの家賃は減額される?
旧民法でも、災害などで建物が倒壊し、減失してしまった場合には家賃の減額の規定がありましたが、今回の民法改正で、そこまでの状態にならずとも、建物の一部や設備が使えなくなった場合にも家賃が減額されることになりました(借り主に責任がない場合)。
――どの程度、減額されるのでしょうか?
部屋についてはシンプルに、7日間部屋を使えなかったのであれば、7日分の家賃が日割り計算で減額されることになります。ただ、エアコンについては、減額されるとしても、どれくらいの金額が妥当なのかは定まっていません。日本賃貸住宅管理協会が設備不具合のガイドラインを示していますが(※)、これはひとつの目安にしか過ぎません。今後、判例が積み重なることで決まっていくと思われますが、エアコンを必要とする季節なのかどうか、あるいは建物の状況によっても異なり、一概には言えないと思います。
〈※編集部注〉
日本賃貸住宅管理協会の設備などの不具合による賃料減額ガイドラインは以下の表のとおり。たとえば〈ケース2〉のように、エアコンが2週間使えなかった場合、
5,000円(1か月の減額割合)÷30日=166.6円=1日あたりの減額=
166.6円×(14日−3日=免責日数=)=1,832円
となり、ガイドラインでは1,826円減額できる計算になる。
――借り主が賃貸住宅から退去するときに、通常どおり使っていたつもりなのに、原状回復の費用を請求されたというケースもあります(国民生活センターによると、2019年度「賃貸住宅の敷金・原状回復トラブル」に関して寄せられた相談件数は10,956件)。以下のケースではどうでしょう。
〈ケース3〉
AさんはBさんから借りているアパートを退去することになった。その際、Bさんから、
(1)家具の設置によるカーペットのへこみ
(2)冷蔵庫の後部壁面の黒ずみ(電気ヤケ)
(3)カレンダーを貼っていた、通常の大きさの画びょうの穴
(4)タバコのヤニ・ニオイ
(5)飼っていたペットによる柱などの傷
について、原状回復にかかる費用を敷金から差し引くと言われた。これにはどこまで応じるべき?
(1)(2)(3)は通常、借り主の負担とすることはできません。(4)のタバコや(5)のペットによる汚れは借り主の負担となります。
借り主は貸し主に対し、借りていた部屋を元の状態に戻して返す「原状回復義務」を負っています。今回の民法改正で、借り主が負わなければならない義務の範囲が法的に明確になりました。従来、借りている住宅で通常の生活を送っていて生じた損耗や経年劣化については、毎月の家賃をもらっている貸し主が修復するべきで、借り主の負担とすることはできないという趣旨の、最高裁の判例がありましたが、これが明文化されたのです。これまでも多くの現場では、最高裁の判例に基づき判断することが一般的でしたが、明文化されたことで、退去時のトラブルが一層減ることが期待できそうです。
〈ケース3〉の話に戻すと、(1)(2)(3)は普通に生活していたら、誰もが生じさせてしまう損耗や経年劣化と言えるので、借り主の負担とすることはできないでしょう。いっぽうで、(4)のタバコを吸う、(5)のペットを飼うことが、通常の部屋の使い方に該当するとは言えないので、借り主が負担しなければならないでしょう。
また「修繕権」の項目でも説明しましたが、こちらも「退去時には新築同様にして返す」などの特約があれば、それが優先され、経年劣化による傷みでも原状回復の費用負担を求められることがあるので、注意が必要です。
――アパートを借りるなどの、賃貸借契約を結ぶ際は保証人を立てることが一般的ですが、次のケースでは保証人はどこまで負担しなければならないのでしょうか?
〈ケース4〉
AさんはBさんからアパートを借りていたが、Aさんのタバコの不始末でアパートを全焼させてしまった。Aさんの保証人になっていたCさんは、Bさんから建て替え費用7000万円の支払いを求められた。Cさんに支払う義務はある?
2020年4月1日以降に結ぶ保証契約では、契約時に極度額(保証の上限額)を定めていない限り、保証契約は無効となります。また、極度額を定めている場合は、それを上回る分についての支払い義務はありません。つまり、「ケース4」の場合、たとえば極度額を300万円と定めていれば、300万円を超える分について支払う必要はありません。また、極度額を定めずに個人を保証人とした保証契約はそもそも無効です。
建物の賃貸借契約における保証人は、借り主が支払うべき一切の債務、たとえば家賃の滞納をはじめ、室内を汚したり、設備を壊したりした損害についても、いわば「青天井」で負担する必要がありました。ただこれだと、保証人になる際、どこまで負担しなければならないかはっきりせず、保証人の負担が重すぎる。事例のように、失火でアパートを建て替えるといった場合には、保証人になったことで、何千万円もの負担をしなければならず、破産してしまうこともあるかもしれない。そこで、個人が保証するときは、極度額を決めない限り無効ですよ、という保証人を保護するルールが作られました。
――極度額を設定する際の目安はあるのでしょうか?
具体的な金額が法律に示されているわけではありません。月額家賃の24か月分程度がひとつの目安になるのではないか、とも言われていますが、保証契約を結ぶ際に個々に決める必要があります。
また、極度額を決めなければいけないのは、「個人」が保証する場合です。家賃保証会社(※)による保証は、極度額を設定する必要がありません。今回の改正は、保証人を保護する目的の改正ですが、これまでは明記されることのなかった保証の上限額が具体的に出ることで、保証人になることを尻込みする人が増える可能性もあります。いっぽう、貸し主からすれば、「家賃の24か月分の限度額だと、保証としては物足りない」という声が出る可能性もある。そうなると、今後は、個人による保証ではなく、家賃保証会社の利用が必須、という賃貸借契約が増えていくことが予想できます。
※編集部注
〈家賃保証会社〉
入居者の家賃を大家さんに保証する企業。入居者が家賃を滞納した際、保証会社が家賃を立て替えて支払ってくれる。入居者が支払う家賃保証会社の保証料の相場は以下のとおり。
契約時:物件の月額賃料などの合計に対し約30〜100%
更新時:更新保証料として月額賃料などの合計に対し10%or1万円程度
――新民法は2020年4月1日から施行されましたが、それ以降に新たに契約したときに適用される、ということでしょうか?
たとえば、2018年4月に契約し、2020年7月に賃貸物件を退去する場合は、旧民法が適用されることになります。2020年4月以降に契約を結んだり、再度契約書を取り交わすなどして、更新した場合(これを「合意更新」と言います」)は新民法が適用されることになります。更新について合意をしなくとも法律の規定により更新したものとみなされる「法定更新」の場合は、更新の時期が2020年4月1日以降でも旧法が適用されます。これに対し、契約書の規定により期間が満了しても双方に異議がないときは自動的に契約期間が更新されるとする「自動更新」の場合は、新民法が適用されます。上記で説明した保証人の極度額も同様なので、2020年3月以前に取り交わした保証人契約では、極度額の設定がなくても有効となります。
――今回の民法改正に限らず、マンションやアパートを借りる際、注意するべきことがあれば教えてください。
1回限りの売買などとは異なり、賃貸借契約では、契約内容が長期にわたって影響してきます。
契約書では、家賃や契約期間だけではなく、「設備が壊れたときに修繕をどう進めればよいか」「退去するときに、どこまで責任を負う必要があるのか」などについて、契約書できっちりと確認する必要があります。今は、後になって「知らなかった」という言い訳が通用しない時代です。日本の法律では、契約期間が満了しても、アパートを突然追い出されることはないなど、借り主が比較的手厚く護られていますが、借り主の側も契約内容を確認する意識を徹底する必要があるのではないでしょう。
以上、吉田弁護士にお話をうかがいながら、民法改正に伴う賃貸借契約の変更点や注意点をまとめました。原状回復義務や修繕については、契約の際、特約が付けられていることも多く、吉田弁護士もたびたび、「契約内容をしっかり確認すること」の重要性を指摘していました。ただ、契約書を読んでいて不明な点や疑問点が出てくるケースもあるかもしれません。また、読んでいたとしても、退去時に大家さんとトラブルになるケースも考えられます。自分で調べてもわからない場合は、以下の専門機関に相談するとよいでしょう。
〈消費生活センター・国民生活センター〉
188(局番なし)
10時〜12時、13時〜16時(土日祝日、年末年始を除く)
〈法テラス・サポートダイヤル〉
0570-078374
平日9時〜21時、土曜日9時〜17時(祝日、年末年始を除く)
〈一般財団法人不動産適正取引推進機構〉
03-3435-8111
9時30分〜17時(土日祝日、年末年始を除く)
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