2010年に「ノーベル物理学賞」を受賞した「グラフェン」は、鉄の200倍の強度がありながら、曲げ伸ばしや折りたたみが可能で、原子1層分の薄さと軽量性を確保した夢の素材。今後、幅広い分野での活躍が期待されているが、イングランド湖水地方を拠点に高機能シューズを作り続けているブランド、inov-8(以下、イノヴェイト)が、この「グラフェン」をアウトソールに使用したプロダクトをリリース。さっそく、そのパフォーマンス性能を体感してみた。
世界で初めて「グラフェン」を使用した新3モデル。上から「TERRAULTRA G 260 UNI」、「F-LITE G 290 UNI」、「MUDCLAW G 260 UNI」。「MUDCLAW G 260 UNI」(税込20,520円)のみ、2018年秋に発売予定
イノヴェイトは、イングランド発のスポーツシューズブランドとして、トレイルランニング、ロードランニング、そしてクロスフィットを始めとしたフィットネスアクティビティにおいて高い評価を得ているブランドだ。
そんなイノヴェイトは、2018年に入って画期的なプロダクトを発表したことで、アスリートから高い注目を集めることとなった。それが「ノーベル物理学賞」を2010年に受賞した「グラフェン」をアウトソールに使用した3種類のモデルで、現在(2018年9月25日時点)では、フィットネスアクティビティからランニングまで幅広く使用できる「F-LITE G 290 UNI」と、トレイルランニングシューズ「TERRAULTRA G 260 UNI」(税込21,060円)が発売されている。
今回筆者がトライしたのは、「F-LITE G 290 UNI」。これまでも、さまざまなアクティビティに対応する「F-LITE」シリーズを何足か履いてきたが、足を入れたときの感触はこれまでの同シリーズのものと似ていると感じた。前足部が若干スリムな気もしたが、窮屈さはない。これくらいフィット感が高いほうが、横方向の動きにしっかりと対応してくれそうな気がした。
「F-LITE G 290 UNI」の公式オンラインショップ価格は、21,600円(税込)
次にゆっくりペースで走ってみた。薄手のミッドソールだけに脚力を効率よく路面に伝えてくれるタイプで、ミッドソールの硬度はどちらかと言うと硬め。
そして左右方向や斜め方向にクイックに動いてみると、アッパーがしっかりとホールドして足をシューズ内部の正しい位置に保持してくれるのがわかった。これには、アッパーに使用される繊維素材「ケブラー」が大きく貢献しているのだ。
アッパーには、耐久性にすぐれた「ケブラー」素材を採用。激しい動きにもビクともせず、足をシューズ内部の正しい位置にキープしてくれる
履き口内側のライニングを凸凹状に成形することで、シューズと足をピッタリとフィットさせ、ブレを防止する「HEELLOCK」を採用
そして、このシューズの最も大きなウリである「グラフェン」を使用したアウトソールについて。最初にスポーツジムのフローリング部分で使ったときは滑るような気がしたが、これは本モデルのアウトソールが通常のゴム素材よりも硬いためであり、しばらく履いているうちに高いグリップ性を発揮するようになった。この日はフローリング以外にカーペットやトレッドミル(ランニングマシン)といった種類のサーフェス上でも着用してみたが、いずれの床面においても抜群のグリップ性能を発揮してくれた。
鉄の200倍の強度がありながら、曲げ伸ばしや折りたたみができる夢の素材「グラフェン」をアウトソールに使用。実際に履いてみて判明したことだが、その耐久性の高さは想像以上だった
そして翌日、アスファルトやコンクリートといった路面でのロードランニングを実施。屋外でも高いグリップ性を発揮してくれて、気持ちよく日課の6kmランを終えた。
終了後、アウトソールを見てみたが、表面がまったくと言っていいほど削れていないことに気づく。一般的なスポーツシューズに使用されているラバー素材では、1度でも履けば表面が摩耗しているのが目に見えてわかるが、「グラフェン」を使用したアウトソールでは、6km程度のランでは減りはほとんど確認できなかったのである。
これ以降もマシントレーニングで使用してみたが、純粋なランニングシューズと異なり、シューズに体重以上の負荷を与えた状態でも、強いホールド力を誇る「ケブラー」製のアッパーが足をしっかりとサポート。安定性のあるアウトソールを使用していることもあいまって、安全にトレーニングを行えた。
バーベルなどの重いモノを持ち上げるリフティングをサポートするため、踵部が前足部よりも40%硬度の高い「POWERHEEL」システムを採用
また、「F-LITE」シリーズはクロスフィットのような複数のフィットネスアクティビティを組み合わせたプログラムにも対応しそうなので、1足あるだけで本当に便利な存在となるだろう。
クロスフィット時など、ロープを昇り降りするときの滑り止めになる「ROPE-TECグリップ」。この意匠は、サイド方向のクイックな動きの際にも高いホールド性を発揮してくれた
以上のように、あらゆる面で完成度の高い「F-LITE」シリーズだが、ネガティブな要素が2つほどあげられる。
ひとつ目は、税込21,600円という価格設定。最近の日本のスポーツシューズ市場では、15,000円を超えるスポーツシューズはガクンと販売足数が落ちるが、2万円を超えるプロダクトとなるとなおさら心配になる。先述したような本モデルの多機能性を考えれば、決して高くはないのだが……。
そして2つ目は、「F-LITE G 290 UNI」の1番のウリである耐久性が、みずからを苦しめる“諸刃の剣”になりかねないということだ。実はこの原稿を書いている時点では、8回ほど着用したあとであったが、アッパー、ミッドソール、アウトソールのいずれのパーツもほとんど劣化が見られない。この調子だと、ヘビーローテーションで履いても一般的なスポーツシューズの軽く3倍は持ちそうな気がするのだ。このことは、ユーザーにとっては朗報であるいっぽうで、メーカーにとっては買い替え需要が減るというジレンマを抱える原因になると言えるだろう。
結論としては、「生産コストはもちろん大事だが、不整地において、とにかく自分自身が本当の意味で納得するシューズを作りたい!」という熱い思いからイノヴェイトを創業したウェイン・エディ氏の意思が、このシューズにも注入されているような気がした。「F-LITE G 290 UNI」は、履いてすぐに実感できるような機能は搭載していないが、“ホンモノがわかる大人のアスリート”に気に入られそうな1足と言えるだろう。