正直に言います。この時計を最初に目にしたときのひと言目は「何だ、これ! 形がユニーク過ぎない?」というものでした。ところが、目になじんでくるにつれ、不思議にも「あれ? もしかして、これってカッコいいんじゃない?」と、印象が変わっていったのです。そして、このすこぶる無骨な姿が、アウトドアファンの多くが憧れるというプリミティブなキャンプスタイル「ブッシュクラフト」をテーマにデザインされたものと知り、大いに納得したのです。
今回の「新傑作ウォッチで令和を刻む」で取り上げるのは、カシオ計算機の本格アウトドアウォッチブランド「プロトレック(PRO TREK)」から2022年10月8日にリリースされた「PRW-6900」です。
今まで見たことのない独創的な姿で強いインパクトを与える、この個性派アウトドアモデルの真なる魅力を知った際には、きっとその‟カッコよさ”に魅了されること請け合いでしょう!
ラインアップは、カーキバンドタイプ「PRW-6900Y-3JF」(写真上)、ブラックバンドタイプ「PRW-6900Y-1JF」(写真左)、ブラウンバンドタイプ「PRW-6900YL-5JF」(写真右)。公式サイト価格は各68,200円(税込)
「PRW-6900」のデザインモチーフであるブッシュクラフト(bushcraft)とは、森林などの自然環境下における生活の知恵や手段のことであり、または斧やナイフといった最低限の道具のみを使い、みずからの知識や経験を駆使しながら、自然の中で過ごすアウトドアスタイルをさすものです。これに似た概念にサバイバル(survival)がありますが、それが「帰還」を前提にしているのに対し、ブッシュクラフトは自然環境における「生活」それ自体を目的としています。ちなみに、この用語と概念はなんと19世紀には存在していたとかで、南アフリカの原住民たちのライフスタイルに端を発し、それが針葉樹林の広がる北欧で受け入れられ、発達&定着していったという歴史があります。
そのブッシュクラフトでは、ライターやマッチなどではなく、より原始的な火打ち石などを使ってたき火を起こし、食材は可能な限り現地で調達します。それは生活材も同様で、化学繊維のテントなどの使用は避け、キャンバス地や木材、皮革といった天然素材でシェルターを自作し、そこで寝泊まりをする……といった具合。すなわち、これはキャンプライフに快適性を求める昨今のトレンドとは対極的な、熟達者のみに許される究極のアウトドアスタイル。レジャーとしてはかなり大儀なものに思えてしまいますが、だからこそ多くのキャンパーたちの憧憬を誘うのでしょう。
そんなタフで質朴なアクティビティーのエッセンスを多機能ウォッチのデザインに取り込んだことで、「PRW-6900」は既存のアウトドアウォッチとは一線を画した独創的なたたずまいを身にまとうことになりました。そして子細に検証すると、さまざまなディテールにそのためのアイデアや工夫が凝らされていることが理解できるのです。
このモデルを無骨に見せるのに最も貢献しているベゼルは、実は薪割り斧がモチーフ。写真は「PRW-6900Y-3JF」
全体のフォルムはいわゆる角型に分類できますが、写真からもわかるとおり、正確にはオクタゴン(八角形)シェイプです。ほとんどがラウンド型で展開されてきた「プロトレック」においては「異形」と呼んで差し支えのない、個性あるケース形状と言えましょう。
本モデルのアイコンでもあるステンレス製ベゼルも、このケースにならったオクタゴンのフォルム。しかも、そのさまは際立って精悍です。メーカーに聞くところによると、薪割りの際に使われる斧(真横から見るとハンマーのような形状の手斧)をモチーフにしているとかで、鋳造技術により鋭利に研ぎ上げられた鎬筋(しのぎすじ/刃身側面の切っ先刃と棟の切り替え部分のこと)を思わせる独特の面構成で成型されています。しかも、上面は円周上に細かい線を施す挽き目加工で、斜面と側面ではヘアラインとミラー加工で磨き分けされており、そこにIP処理(イオン化した金属を被加工物に蒸着させる表面処理のこと)を施したことで、美しく、力強く、シャープな印象の、存在感あるベゼルに仕上がっているのです。
文字盤に目を移しましょう。こちらでもサバイバルツールから着想を得たエッセンスが取り込まれています。まず文字盤表面を見ますと、ザラついたシボが施されているのがわかります。これは、ダッチオーブンにも見られる、鋳物の荒々しい質感をクリアマット印刷(透明ツヤ消し加工を施す印刷技術のこと)で表現したものとか。ちなみにダッチオーブンは、分厚い鋳鉄製のフタ付き鍋の一種で、その厚さから熱が均等に伝わりやすく、煮物や蒸し料理、スモーク料理など、さまざまな用途で使える万能鍋。ルーツはヨーロッパにて暖炉の上に置いて使われた調理器具で、これが米国に伝わって野外用に改良され、西部開拓時代(1860〜1890年代)に多用されたそうです。
堂々たる印象のベゼルや荒々しい仕上げの文字盤に呼応するかのように、時分針とインデックスも大ぶりにデザインされており、それぞれが存在感を見せつけています。ことに幅広の時分針については、アウトドアウォッチとはいえ、その極太具合は半端なく、大変個性的です。また、アプライド・インデックス(別部品として製作され、文字盤に装着されたインデックスのこと)も太く、立ちが高い堂々たるもの。しかも、そのトップ面に挽き目が施され、メタリック蒸着で質感が高められてもいます。ちなみにユニークな配色の秒針では、「FIRE GRADATION」と名づけられた多色印刷を施すことで、キャンプファイアの炎が表現されています。
ラブリーなインダイヤル小針は、アウトドアナイフがデザインモチーフです。写真は「PRW-6900Y-1JF」
9〜11時位置に配置された大ぶりのインダイヤルは、モード表示用です。その外枠はケース&ベゼルの形状にならってオクタゴンにデザインされており、何気に愛らしい小針はブッシュクラフトのメインツールであるアウトドアナイフがモチーフです。切っ先刃に当たる部分がホワイトにペイントされているので、視認性も上々です。
なお、プッシュボタンの操作によりこのモード針を動かして、現在どのモードにあるかが確認可能。そのモードの種類は次のとおり。
「■」=時刻モード
「R/C」=受信モード
「WT」=ワールドタイムモード
「AL」=アラームモード
「TR」=タイマーモード
「ST」=ストップウォッチモード
「REC」=高度記録
「TEMP」=温度計測
「BARO」=気圧計測
本モデルの文字盤には、センターの「時」「分」「秒」の3針と、モード表示用インダイヤルに加え、カレンダーや各種の計測値などを液晶フォントで表すデジタル表示が下部に配置されています。そう、「PRW-6900」はいわゆる“アナデジウォッチ”なのです。また、3時位置の「PRO TREK CASIO」の下の「TOUGH MVT.」の記載から、本モデルが「タフソーラー」(カシオが独自に開発した、太陽光や蛍光灯などの光を動力に変え、各機能を安定的に駆動させるソーラー充電システム)を搭載していることもわかります。
カシオ独自の技術「トリプルセンサー」など、多彩な機能を搭載。写真は「PRW-6900Y-3JF」
プッシュボタンは2/4/8/10時位置に、それぞれがベゼルに隠れるように配置されており、これらを操作することでモードの切り替えやストップウォッチの作動などが行えます。なお、9時位置の張り出しはボタンガードで、6時位置のボタンはライト点灯用です。
「プロトレック」のほとんどの機種に搭載されている「トリプルセンサー」も、もちろん標準装備。これは「方位」、「気圧&高度」、「温度」を計測するカシオ独自の革新的機能で、磁気センサーによって自分がいる位置が確認でき、圧力センサーで高度や天候の変化がわかり、現在地のみならず目的地の天候予測もできるというものです。また、ほかにも10気圧防水や、世界6局の標準電波を受けて自動的に時刻修正する電波受信機能、世界29都市+UTC(協定世界時)のワールドタイム、1/100秒ストップウォッチなど、多彩な機能を搭載。アウトドアシーンではもちろんのこと、日常でも、あるいは海外旅行においても活用できる実用時計に仕上がっています。
なお、上の写真の例では、時刻モードで液晶はカレンダー表示。「SU 6.30」は「日曜/6月30日」を示しています。また、その液晶左上では、「ALM」でアラームが、「SIG」で時報がON状態にあることを伝えています。
6時位置のボタンをプッシュしてLEDライトを点灯。漆黒の環境下でも文字盤を鮮やかに照らし出します。写真は「PRW-6900Y-1JF」
夜間での視認性についても万全です。文字盤と液晶を照射する2つの高輝度「フルオートダブルLEDライト」を搭載。6時位置にあるボタンを押すと、このライトに採用された「スーパーイルミネーター」が鮮やかな光で文字盤を明るく照らし出します。月明かりに頼れない夜に街灯もないキャンプサイトにいても、これなら時刻確認が容易。そのうえ、ボタンを押さずとも、時計を40度傾けただけで点灯させられる「オートライト機能」が併載されているので、たとえばキャンプでの作業中にクイックに時間が知れるのもうれしいポイントでしょう。
「PRW-6900YL-5JF」のレザーバンドには、火の粉が付着しても燃えにくい難燃素材を採用
正面から見ると大ぶりのベゼルに隠されて存在が希薄なケースですが、こうして背後から確認すると、ベゼルと同様、ケースもオクタゴンの形状だということがわかります。そして、そのケースと裏ブタ、ならびに「PRW-6900Y-1JF」と「PRW-6900Y-3JF」に標準装備されているソフトウレタン製ストラップには、トウゴマの種やトウモロコシから抽出した成分を含むバイオマスプラスチックが採用されています。石油由来の樹脂素材に代えて、再生可能な有機資源由来の物質を原料とするバイオマスプラスチックは、CO2排出の抑制に貢献するとあって、循環型社会の実現につながる素材として目下注目を集めています。
いっぽう、「PRW-6900YL-5JF」に標準装備されているブラウンカラーのバンドは、難燃性合成皮革製です。難燃素材は、調理やキャンプファイアの際、飛んできた火の粉を受けても穴が開きにくく、延焼しにくいとあって、昨今、アウターやエプロン、グローブ、キャンプチェア、テントなど、さまざまなアウトドア用品に多用されていますが、「PRW-6900YL-5JF」ではそれをバンド素材に取り入れたのです。ちなみに難燃性バンドは、本モデルが「プロトレック」では初採用とのことです。
以上のように、「PRW-6900」は、さまざまなアクティビティーシーンに応える多彩な機能に、ブッシュクラフトをモチーフとするユニークなデザインを巧みに融合させているだけでなく、最新テクノロジーを活用することで自然環境と安全性にも配慮した、実にイマドキなアウトドアウォッチに仕上がっているわけなのです。
では、「PRW-6900」を腕に装着すると、どんな印象になるのでしょうか? ということで、カーキバンドタイプの「PRW-6900Y-3JF」を試着してみました。
大ぶりでゴツいモデルだけに、装着すればラギッドな手元に仕上がります。写真は「PRW-6900Y-3JF」
ケース幅は44.8mm、ケース厚は14.7mm。これはいわゆる‟デカ厚系”に含めてよいサイズと言ってよいでしょう。そして、このボリューム感に無骨なデザインが相まって、なにやら強そうというか、ガツッとラギッドな手元ができあがりました。ブッシュクラフト専用モデルというわけではないにせよ、大自然の中でタフに活動するブッシュクラフターやサバイバーらの手元にも、きっとよく似合うことでしょう。
もちろん、そんなアウトドアシーンに限らず、デイリーのカジュアルスタイルとも秀逸マッチ。ルーズシルエットのワークやミリタリーといった着こなしに直球でハマるのは当然として、逆にスリム&タイトなカジュアルに、あえてポッテリなワイドサイズのブーツとともに本モデルを組み合わせることで、スタイルに強弱をつけてみるのもカッコいいのではと思いました。
本稿の冒頭で、本モデルを最初に目にした際に「ユニーク過ぎる」との印象を持ったと記しましたが、ここで改めて訂正させていただきます。そう、「プロトレック PRW-6900」は目になじむほどにどんどんカッコよくなっていき、腕に装着すればさらにカッコいい、すこぶる魅力的なアウトドアウォッチなのです。しかも、そのたたずまいには男気があって、無骨であることがこの上なくすてきに感じられる、そんな稀有な時計であるなと感じた次第。キャンプなどに親しんでいる人たちにはもちろんですが、そうした遊びには無縁でも、「街着コーディネートにラギッドなエッセンスを加えてみたいな」と思っているファッション好きの人たちにもおすすめです。
●写真/篠田麦也(篠田写真事務所)
【SPEC】
カシオ計算機「カシオ プロトレック PRW-6900」
●品番:「PRW-6900Y-1JF」(ブラックバンド)、「PRW-6900Y-3JF」(カーキバンド)、「PRW-6900YL-5JF」(ブラウンバンド)
●駆動方式:クォーツ
●電源:ソーラー充電システム「タフソーラー」
●耐環境性能:耐低温仕様(-10℃)
●防水性能:10気圧
●ガラス:無機ガラス
●ベゼル材質:ステンレススチール
●ケース材質:バイオマス樹脂
●ケースサイズ:44.8(横)×49.6(縦)×14.7(厚さ)o
●重量:約65g(「PRW-6900YL-5JF」のみ約63g)
●時刻修正機能:電波時計(日本・北米・ヨーロッパ・中国地域対応マルチバンド6)
●ワールドタイム機能:世界29都市(29タイムゾーン、サマータイム設定機能付き)+UTC(協定世界時)の時刻表示など
●センサー機能:「トリプルセンサー」 ※以下、内訳。
・方位計測:16方位・方位の角度(0〜359度)、磁気偏角補正、方位補正など
・気圧/高度計測:計測範囲:260〜1100hPa、気圧傾向グラフ、気圧差インジケーター、気圧傾向インフォメーションアラーム、相対高度計(計測範囲:-700〜10000m)、高度メモリー、高度傾向グラフなど
・温度計測:計測範囲:-10〜60℃
●そのほかの機能:12/24時間制表示切り替え、フルオートカレンダー、ストップウォッチ、タイマー、アラーム、ダブルLEDライトなど
●バンド材質:「PRW-6900Y-1JF」「PRW-6900Y-3JF」/バイオマス樹脂ソフトウレタン、「PRW-6900YL-5JF」/難燃性合成皮革
東京生まれ。幼少期からの雑誌好きが高じ、雑誌編集者としてキャリアをスタート。以後は編集&ライターとしてウェブや月刊誌にて、主に時計、靴、鞄、革小物などのオトコがコダワリを持てるアイテムに関する情報発信に勤しむ。