この数年、次々と話題の新作を投入するなどして存在感をさらに強めつつある「セイコー プロスペックス」ですが、去る2023年7月8日にリリースされた「スピードタイマー ソーラークロノグラフ 1/100秒計測」もまた、クロノグラフファンを始め、世の時計好きの間で大いに注目され、人気を博しています。
セイコー「セイコー プロスペックス スピードタイマー ソーラークロノグラフ 1/100秒計測」。左は「パンダ」と通称されるホワイト×ブラックダイヤルの「SBER001」で、右はシックなブラックダイヤルの「SBER003」。公式サイト価格各110,000円(税込)
上の写真からもおわかりのとおり、この新作(以下、新作「プロスペックス スピードタイマー」)の最大の特徴は、四つ目構成のフェイスデザイン。しかも、通常であれば時刻表示用のメインダイヤル上に設けられるはずの各サブダイヤルが完全に独立してレイアウトされた、いわゆる独立多眼式というユニークなデザインです。また、これらに呼応するかのように、2/4/8/10時位置に配置された大ぶりのプッシュボタンとりゅうずの存在も非常に印象的なのです。
ということで、今回の「新傑作ウォッチで令和を刻む」では、この異色の新作クロノグラフ「プロスペックス スピードタイマー」の魅力について検証します。
そもそも「スピードタイマー」は、スポーツ&アウトドアに対応する機能を備えた腕時計ブランド「セイコー プロスペックス」のクロノグラフコレクション。1969年にセイコーが発表した革新的クロノグラフ「スピードタイマー」(以下、「1969 スピードタイマー」)に由来しており、クロノグラフの歴史において記念すべき存在とされるこの名品のスピリットを現在に継ぐものとして、2021年11月に「セイコー プロスペックス」の1コレクションとして立ち上げられました。
と、ここで話をそらしてしまいますが、セイコーのクロノグラフの歴史について簡単に触れたいと思います。まず、1964年のこと。秋に「東京オリンピック1964」および「東京1964パラリンピック」が開催されましたが、セイコーはこのとき、同社として初めて公式スポーツ計時を担当しました。そして、これに合わせて同年、民生用として「クラウンクロノグラフ」なる手巻き式のクロノグラフを発売。このモデルがセイコー初のクロノグラフでした。
そして、その5年後に登場したのが、上述した世界初の垂直クラッチ式クロノグラフ「1969 スピードタイマー」でした。このモデルに関しては、本連載でも紹介しており、その「世界に先駆けてセイコーが“創造”した垂直クラッチとは?」の項にて垂直クラッチに関しても解説していますので、そちらをご覧ください。ここで認識したいのは、現在、セイコーのみならず他社製においても機械式クロノグラフの多くに、この機構が採用されているという事実です。すなわち「1969 スピードタイマー」の出現は、時計史における大いなるエポックメイキングだったわけです。
新作「プロスペックス スピードタイマー」の印象的な特徴であるアナログ式1/100秒計測は、1992年発売の「アナログクオーツクロノグラフ」、いっぽう独立多眼フェイスは、1999年発売の「キネティック クロノグラフ」がそれぞれ起源です
ところで、セイコーは同じ1969年にもうひとつの偉業を打ち立てています。それは世界初のクオーツウォッチ「クオーツ アストロン」の誕生させたこと。機械式を圧倒する高精度を誇るこのクオーツ腕時計の出現は世界を震撼させ、時計界の様相を一変させることとなったわけですが、実は、そのクオーツにおけるアナログ式クロノグラフもまた、セイコーが他社に先駆けて1983年に実現しており、さらに1992年には、アナログ式クオーツにおいて世界で初めて1/100秒計測を可能にしたキャリバー「7T59」を搭載するモデルを発表。これが、今回ご紹介している新作「プロスペックス スピードタイマー」(モデル名に「1/100秒計測」を謳ってさえいます!)の元祖モデルのひとつだったと見なすことができるでしょう。
この1/100秒計測と並ぶ、新作「プロスペックス スピードタイマー」の大きな特徴と言えば、上述のとおり、ストップウォッチ用の各サブダイヤルがメインダイヤルから完全に独立して配置された独立多眼のフェイスです。「セイコーの世界初」が続きますが、実は、この独立多眼式クロノグラフの世界初もセイコーによってもたらされています。それは1999年2月発売の「キネティック クロノグラフ」(通称「キネクロ」)。この1/10秒クロノグラフのフェイスは、新作「プロスペックス スピードタイマー」と同様にメインダイヤル×3面サブダイヤルの独立多眼構成で、しかも、そのフェイスが鉄仮面をまとったかのように異様であったことから当時、大変話題を呼んだものでした。
こうしたことから理解できるのは、この新作「プロスペックス スピードタイマー」が「1969 スピードタイマー」のスピリットを継ぐものであるに留まらず、クロノグラフの分野においてセイコーが成し遂げてきた、「世界初」を含むさまざまな革新をひとつにすることで結実した存在だということでしょう。
以上を踏まえたうえで、このモデルのデザイン&機能について触れていきましょう。
現行の「プロスペックス スピードタイマー」には、自動巻き式とソーラークオーツ式の2系統が存在しますが、そのうち、この新作「プロスペックス スピードタイマー」は後者に属します。すなわち、光を電気エネルギーに換え、2次電池に蓄えて駆動するクオーツクロノグラフであるわけです。ちなみに搭載されているソーラークロノグラフムーブメント「キャリバー8A50」は、独立多眼と1/100秒計測を両立させるべく、今回、新たに開発されました。
セイコーが誇るスポーツ計時テクノロジーが手元で実感できる、1/100秒単位対応の高精度ストップウォッチ機能を搭載。とりわけ2時位置にある1/100秒針の高速回転には圧倒されてしまいます
ダイヤルを見てみましょう。
本来ならフェイス全面で表示されるはずが、このモデルではスモールダイヤルとして6時位置に配置されているメインダイヤルでは、通常時には「時」と「分」の時刻が示されているわけですが、これがストップウォッチ作動時には時・分積算計に切り替わります。つまり、ストップウォッチのモードにセットすると、両針が瞬時に「0」位置に移動し、スタートとともに分針が秒ごとに1目盛りずつ進み、これが1周すると時針が1目盛り進むという具合です。
残り3つのインダイヤルはいずれもクロノグラフ専用(通常時には各小針は停止している)で、12時位置は小針が1分で1周する秒積算計です。また、10時位置は1秒で1周する1/10 秒計であり、2時位置にあるのが例の1/100 秒計となります。ストップウォッチを作動させますと、この1/100秒計の小針が高速で回転。目にもとまらぬその速さは何と1秒間に10回転! そんな超絶的な動作を目の当たりにすれば、きっと誰もが感動を覚えるに違いなく、デジタル表示ならさほど驚くことではないものの、それをあえてアナログ表示で実現してみせたセイコーの技術力の高さに、改めて感服することでしょう。
なお、1/10秒針と1/100秒針は、ともにスタート後の1分間は運針するものの、実は、そのあとは12時位置で各小針を留めます。とはいえ、ムーブメントは引き続き1/10秒と1/100秒を計時し続けており、ストップ、またはスプリット操作があったとき、各小針が動いて、それぞれの計測値を表示するという仕組みです。
ところで、ここでもうひとつ注目したいのが、大変印象的な3つのプッシュボタンでしょう。スムーズ、かつ確実に操作できるようにハンマー形状が採用されたボタンは、4時位置に設けられたりゅうずとともに大きく張り出して存在感を主張しており、この時計をアクティブ、かつラギッドな姿に見せているのです。
ちなみに、2時位置のボタンはストップウォッチのスタート/ストップ用であり、8時位置は時刻表示とストップウォッチ表示のモード切り替え用。そして、10時位置のものはスプリットタイム(途中経過時間)測定やリセットの役を担っており、これらを迷うことなく使いこなせるように、ダイヤル外周の見返しリングにそれぞれの役割が記載されています。
写真からもわかるとおり、夜光塗料「ルミブライト」は時刻を知らせるメインダイヤルの針とインデックスのみに塗布されています
加えて、暗所にいても時刻が確認できるように、メインダイヤルに「ルミブライト」が使用されています。これは、太陽や照明の光を短時間で吸収して蓄え(約10分間で500ルクス以上)、暗い中で長時間(約3〜5時間)、鮮やかに発光し続ける高輝度蓄光塗料。放射能などの有害物質をまったく含んでいないので、人体や環境に安全というのもうれしいポイントです。
では、新作「プロスペックス スピードタイマー」の試着です。定番として展開されているレギュラーモデルには、ホワイトベース×ブラックインダイヤルの、いわゆるパンダダイヤル「SBER001」と、オールブラックダイヤルの「SBER003」の2モデルがラインアップされており、今回はその両方を装着してみました。
4つ目が際立つパンダダイヤル「SBER001」は、ことにスポーツカジュアルの手元によく似合うでしょう
まずは「SBER001」から。
パンダダイヤルは伝統的なレーシングクロノグラフを想起させるもので、すこぶるアクティブでスポーティーな印象です。とはいえチープさはなく、風格さえ感じられて、モノトーンのハイコントラストで大人カジュアルの手元をキリッと引き締めてくれそうです。
聞けば、独立多眼式の採用は、ストップウォッチ表示を計測単位別で完全に独立させることで視認性や判読性を高めようという意図によるものなのだとか。そのため、針とサブダイヤルそれぞれをコントラストの高いカラーリングにしているのですが、「SBER001」ではダイヤルのベースカラーがホワイトだからでしょう、このメリハリにより、各計器がさらに読み取りやすいのです。
シックな表情の黒顔「SBER003」。こちらはビジカジからスポーツまで、さまざまなスタイルにマッチしそうです
いっぽう、「SBER003」は端正なオールブラックフェイス。主張はやや控えめですが、だからこそカジュアルのみならず、オンスタイルにも違和感なく合うはずです。ちなみに、各ダイヤルの視認性と判読性では「SBER001」に軍配が上がりますがが、こちらは航空機のコックピットを想起させるフェイスが魅力的です。
新作「プロスペックス スピードタイマー」のケース径は、クロノグラフとしては標準的な42mm。一般的な男性の腕元に無理なく、秀逸にマッチするサイズ感と言えましょう。また、りゅうず&プッシュボタンは大きく張り出しているものの、3時位置から上下に外した位置に設けられているため、手の甲に干渉せず、手首を返した際にも不快感がなく、着け心地は上々なのです。
上記で紹介している「SBER001」と「SBER003」はともにレギュラーモデルですが、新作「プロスペックス スピードタイマー」にはそれらと同時発売された限定モデル2種類も存在しています。もちろんサイズや機能などはレギュラー2モデルと同じですが、デザインやカラーリングを異にしたことで、独特の味わいが感じられる姿に仕上がっております。
ということで、簡単ではありますが、以下ではその限定モデルについて触れておきます。なお、国内販売はわずか各700本。なので、購入したくば、お早めが正解かと思います!
「セイコー プロスペックス スピードタイマー ソーラークロノグラフ 世界陸上ブダペスト23記念限定モデル SBER007」。裏ブタに同大会の公式ロゴやシリアルナンバーなどの刻印あり(写真右)。限定ボックス付属。世界限定4,000本(うち国内700本)。公式サイト価格は121,000円(税込)
この「SBER007」は、2023年8月19〜27日にハンガリー・ブダペストで開催される「第19回世界陸上競技選手権大会」にて、セイコーが公式計時を担うことを記念する限定モデルです。陸上競技場のトラックのような型打ちパターンで装飾されたブラックダイヤル×ブラック硬質コーティングが施されたケース&ブレスレットという雄々しい漆黒を背景に、針、およびインダイヤルの外周リングに取り入れられた栄光の象徴、ゴールドカラーがきらめきます。
写真左が「セイコー プロスペックス スピードタイマー ソーラークロノグラフ アナログクオーツクロノグラフ40周年記念限定モデル SBER005」。裏ブタにシリアルナンバー入り。限定ボックス付属。世界限定4,000本(うち国内700本)。公式サイト価格は115,500円(税込)。写真右は、同社から1992年に発売された、世界初の1/100秒計測アナログクオーツクロノグラフ
上述したとおり、アナログ式クオーツクロノグラフは1983年、セイコーによって実用化されました。「SBER005」は、その世界初アナログ式クオーツクロノグラフをオマージュする40周年記念限定モデル。グレーを基調としたダイヤル、オレンジカラーの針、センターコマにブラック硬質コーティングが施されたバイカラーのブレスレットなど、新作「プロスペックス スピードタイマー」にも備わっている1/100秒計測機能を世界で初めて搭載した1992年のクロノグラフに由来するものです。
「プロスペックス スピードタイマー」は、ファーストモデルの登場からまだ2年足らずという比較的新しいコレクションです。「1969 スピードタイマー」のエッセンスを継ぐ既存モデル群は、(陳腐な言いようになってしまうのですが)どれもが思わず「カッコイイ!」と口にしてしまうほどに魅力的で、大好評を博しているのも「むべなるかな」と納得しました。
それは、この新作「スピードタイマー」も例外ではありません。ことに独立多眼式というユニークなフェイスでありながらも、決して奇をてらった印象はなく、むしろ普遍性さえ感じられて、年齢を問わず、いつまでも飽きさせないデザインが誠に絶妙。しかも、これに1/100秒計測というギミックが加わって、視覚的な面白さと操作する楽しさも堪能できるとあれば、これはもう売れ筋モデルになるのも必然というものです。
ということで、今回紹介した新作「プロスペックス スピードタイマー」もまた、他人のモノとはちょっと違う、大人の個性派クロノグラフをお探しの時計党にぜひおすすめしたい「令和傑作時計」なのです!
●写真/篠田麦也(篠田写真事務所)
【SPEC】
セイコー
「セイコー プロスペックス スピードタイマー ソーラークロノグラフ1/100秒計測」
※以下、全型共通仕様
●駆動方式:クオーツ(ソーラー)
●キャリバー:「8A50」
●防水性能:10気圧
●ケース&バンド材質:ステンレススチール
●ガラス:カーブサファイアガラス(内面無反射コーティング)
●ケース幅:42mm
●ケース厚:12.9mm
●主な機能:ストップウォッチ(1/100秒計測 60分計)、針位置修正、過充電防止、電池寿命予告など
東京生まれ。幼少期からの雑誌好きが高じ、雑誌編集者としてキャリアをスタート。以後は編集&ライターとしてウェブや月刊誌にて、主に時計、靴、鞄、革小物などのオトコがコダワリを持てるアイテムに関する情報発信に勤しむ。