ライターとしてキャリアを積んできた私も、気がつけば50歳。
「自分の死」を意識するのはまだ早いとはいえ、周りにはちらほら鬼籍に入る人もいます。
遺産、相続、終活……。
なんとなく聞き流してきたこれらの言葉が頭をちらつく時間が増えてきました。お金はもちろん、今はPCやスマホなど"究極にプライベート"な道具もあります。これらは、自分の死後どうなるのか……?
気になるこれらの疑問について、「デジタル終活」に取り組む弁護士の伊勢田先生に聞いてきました。
伊勢田篤史(いせだ・あつし)さん。弁護士・公認会計士。日本デジタル終活協会・代表理事。相続問題に取り組む中で、デジタル遺品の取り扱いの重要性を認識。メディア出演や、セミナーなどで相続対策やデジタル終活を広めている
――まず、基本的な話から教えてください。遺言がない状態で人が亡くなると、遺産はどうなるのでしょうか?
伊勢田さん: 「遺産は、法定相続人に相続されます。法定相続人は、民法の規定により定められています。まず配偶者(妻・夫)がいる場合には、配偶者は常に『法定相続人』となります。いっぽうで、配偶者以外の親族については、法的に相続の権利の優先順位が決まっており、
被相続人(故人)の直系卑属(子ども等)
↓
被相続人(故人)の直系尊属(両親等)
↓
被相続人(故人)の兄弟姉妹
となります。
たとえば、配偶者がいる方の場合で整理してみましょう。
子どもがいる場合は、『配偶者と子ども』が法定相続人となります。子どもがおらず、両親が健在であれば、『配偶者と両親』が法定相続人となります。子どもも両親もいないというケースでは『配偶者と兄弟姉妹』が法定相続人となります(なお、兄弟姉妹がいないひとりっ子の場合には、配偶者のみが法定相続人となります)。配偶者がいない場合も、基本的にはこの順番が適用されます」
――私は独身ですので、今他界したら、実家の親に遺産が引き継がれるのですね。あまりリアルに考えたくありませんが……。複数の相続人がいる場合は、どんな手続きで分けられるのですか?
伊勢田さん:「まずは『被相続人』(故人)の遺産の全体像を把握することになります。銀行などの預貯金や株券、不動産などの資産や住宅ローン等の負債を洗い出します。本人がエンディングノートなどに一覧でまとめてあれば楽なのですが、そうでない場合、遺族が整理する必要があります。現在、この段階でデジタル遺品がからむことがあり、厄介なトラブルが生じるケースが増えていますが、その問題はあとで詳しく説明します。
すべての資産、負債が明らかになった段階で、相続人全員で、遺産を誰にどう分割するかを協議します」
――スムーズに話し合いが進めばいいですが“骨肉の争い”も生まれそうですね。よくドラマなどで目にしますが。
伊勢田:「民法上は、下記のとおり法定相続分が定められていますが、遺産分割協議においては、自由に相続の割合を決定することができます。また、遺産分割協議においては、全員の同意が必要となるため、ひとりでも納得しない相続人がいれば、遺産分割協議は成立しません。相続人間で、どうしても遺産分割協議がまとまらないという場合には、家庭裁判所の調停等を利用せざるを得ないことになります」
法定相続分
■配偶者と子どもが相続人の場合……配偶者に2分の1 子どもに2分の1(子どもの数で分割)
■配偶者と親が相続人……配偶者に3分の2 親に3分の1(両親が健在なら1/2で分割)
■配偶者と兄弟姉妹が相続人……配偶者に4分の3 兄弟姉妹に4分の1(兄弟姉妹の数で分割)
遺産は、遺産分割協議によって分けられます(写真はイメージ)
――先ほど、デジタル遺品がからんで厄介なトラブルが生じるケースが増えているとおっしゃいました。どういうことでしょうか?
伊勢田さん:「ご存じのようにネット銀行、ネット証券などの登場により、オンライン上での金融資産の口座を持つことが当たり前の時代になっています。取引もすべてオンラインのみでやり取りされる結果、これらの資産は契約者本人以外には見えにくくなっています。配偶者であっても、故人の金融取引の内容を全く知らないというケースは珍しくありません。つまり、PCやスマホ上でやり取りされた “デジタル遺品”によって、遺産分割の前提である資産全体の把握が、非常に困難となるケースが増えているのです。
ひと昔前であれば、銀行の通帳や証券会社からの書類など、取引の証拠となる書類があり、遺品整理の中で発見されて、事なきを得ていたケースもあったと思います。しかし、各取引がオンラインで完結する現代においては、ペーパーレス化も進んでおり、取引の記録が発見できないため、ネット銀行やネット証券の口座の有無についても確認しにくくなっています」
――PCやスマホの中にあっても、IDやパスワードがわからなければ、遺族にとっては “ブラックボックス”になってしまうわけですね……。
伊勢田さん:「佐野さんも親しい方にご自身のPCやスマホのパスワードを教えたりしていませんよね? 配偶者やお子さんがいても、教えているケースはまれです。その状態で、遺言もなく、突然の死を迎えたら、家族に財産を遺せなくなってしまう可能性があります。
また、相続トラブルも起こりやすいと言えます。遺産分割協議が終わったあとに、仮にネット証券口座に100万円分の資産があったと判明すれば、『故意に隠してたんじゃないのか?』と、ほかの相続人とのトラブルの火種にもなりかねません」
――たとえば、故人が生前に「ネット証券で取引をしている」とだけ家族に伝えていた場合、探す方法はありますか?
伊勢田さん:「上場企業の株式の取引であれば、別途調査することは可能ですが、投資信託等の取引の場合には、全国に数百社ある証券会社に1件1件、直接問い合わせするしかない可能性があります。『相続人である』と伝えれば、基本的には、故人の名義で口座があるか否かの情報開示はしてくれるものと思います。ただ、その労力たるや相当なものになるでしょう」
――いっそのこと、放置してしまう選択も考えたくなりますね。
伊勢田さん:「気持ちは理解できますが、それもおすすめできません。たとえば下記のような大きなリスクが生じる可能性があるんです」
【リスク1】為替相場が下落。FXの追加証拠金が発生!
契約者が亡くなっても、相場は動き続けています。相続人が口座にアクセスできない間に、資産が目減りしていくリスクは常に存在するわけです。それでも、元本がゼロになるだけなら諦めることができるかもしれませんが、FX(外国為替証拠金取引)を放置している場合、為替相場が大幅に下落し、追加証拠金を払わなければいけないケースもあります。これは年に1回あるかないか程度のようですが、相続人が100万円程度の追加証拠金を支払わなければならないケースもあるようです。
【リスク2】仮想通貨の死亡時点の利益に税金が!
巨額の仮想通貨を保有していた人物が亡くなった際にも大きなリスクが生じえます。たとえば評価額1億円まで値が上がった段階で亡くなったとしましょう。その後、遺族が口座にアクセスできるまでにタイムラグがある場合、その間に大きく値が下がる可能性があるわけです。仮に遺族が発見した段階で3000万円まで値が下がっていたとしても、実際の課税額は1億円に対してなされてしまう可能性があります。
FXや仮想通貨……。デジタルの金融資産がリスクになる危険性も
――そのようなリスクが今後周知されればされるほど、遺族はなんとかして故人のPCを開こうとするでしょうね。
伊勢田さん:「そのとおりです。それでなくても、家族が故人のPCやスマホを開けようとする動機はいくらでもあります。たとえば、遺影です。いまや写真もデジタルデータとして保存されている場合がほとんどですから、『あのお祝いの席の写真がいい笑顔だったから遺影にしたい』と思えば、なんとかPCやスマホから取り出したいと思うはず。
あるいは、住所録も同様です。訃報の連絡のためには、住所録にアクセスしなければなりません。実際、住所録にアクセスできず、誰にも連絡をできなかった結果、やむを得ず、家族葬で済ませたという話も聞きます」
――連絡が取れなかったので、故人と最後のお別れができないというのは寂しいですね。
伊勢田さん:「そのためにあらかじめエンディングノートを用意しておき、PCやスマホのパスワードを書いておくことをすすめています。また、SNSを通じて知り合った友人は、遺族には把握できない場合が多いですから、SNSしか連絡手段がない人たちには、SNS上で死亡の連絡を入れてほしいと伝えておくのもいいですね」
――なるほど、ネット証券やFXの有無に関わらず、自分のPCやスマホを開いてもらい、どのような処置をしてもらいたいか、伝えておく必要があるわけですね。
伊勢田さん:「ネット銀行やネット証券、FXなどの金融資産のみがデジタル遺品ではありません。多くの方の生活全般にネットが入り込んでいます。無料で登録したコンテンツなら後回しにしてもよいと思いますが、有料コンテンツは適時に解約しなければなりません。たとえば、Amazonの定期便を契約していれば、死後も商品が毎月送られ続けますし、動画視聴サービスに入会しているなら、課金が毎月続きます」
――ちなみに、何も準備せずに亡くなってしまった場合、パスワードのわからないPCやスマホを開ける方法はありますか?
伊勢田さん:「PCのパスワード解除を業者に依頼することは可能です。PCはデジタル遺品整理業者に依頼すれば、パスワード解除してくれます。ちなみにスマホのパスワード解除は難しく、解除できないケースもあるようです。
ただ、いずれにせよ、業者に依頼すれば手間と費用がかかりますので注意が必要です」
家族はあなたのPCをなんとか開こうと手を尽くします
――私は、パソコンやスマホの中に見られたくないデータがたくさん入っているのですが、どうすればよいですか?
伊勢田さん:「見られたくないデータをどう処理すればよいか、というご質問はよくいただきますね。ほとんどの方は、生前、PCやスマホを、自分以外の人間が操作して覗くことを想定しておらず、これらの内部は『秘密の花園』状態となっているケースが多いです。
家族が必要なデータを取り出そうとフォルダーの中をいろいろ探していたら、見られたくないデータを発見されてしまう、という可能性が十分にあります」
――昨年2018年、さる実業家が亡くなり、奥さんが遺品整理していた際、不倫の証拠を見つけてしまったという案件がメディアで報じられて話題になったのを覚えています……。昔であれば、自分の胸の内だけに秘めておけたプライバシーが、遺族に赤裸々になってしまう時代なのですね。どうやって防いでいけばいいのでしょうか?
伊勢田さん:「繰り返しになりますが、あらかじめ見られることを想定し、準備しておくことでしょう。私はセミナーで、普通の終活と同じように『デジタル終活のエンディングノート』を遺すことを勧めています。IDやパスワードを記すだけではなく、金融資産や有料コンテンツに対して、どう処理していくかも具体的に書いておく。それを読んだ遺族に、しっかりと自分自身の意思や希望が伝わるようにしておくのです。
――デジタル終活用のエンディングノートは、どのように作成するのですか?
伊勢田さん:「3つのステップで進めてください。
ステップ1は【棚卸し】です。
まず自分のPCやスマホ内に、どんなデータが保存されているのかを、自分自身で把握する作業になります。長く使っていると、自分でも忘れていた古いデータが残っているものです。この作業は終活の意味だけでなく、仕事やプライベートのデータの整理にもつながるでしょう。
ステップ2は【分類】。
洗い出したデータを『遺したいもの』と『隠したいもの』に分けていきます。できれば、さらに細かく、『絶対に遺す』、『できれば遺す』、『絶対に隠す』、『できれば隠す』と4つのレベルに分けられると理想的です。
ステップ3で【エンディングノートの作成】です。
それぞれのデータについて、エンディングノートに記載する等の対策を行うこととなります」(下記図参照)
※上記フローチャートは、デジタル終活協会提供
▼デジタル終活のエンディングノートに書いておきたい内容
【1】所有しているPC・スマホの一覧と、それぞれのログインパスワード
【2】オンライン上のサービスについての対処
・ネット銀行、ネット証券等の金融機関名(可能であればID、パスワード)
・有料サイト、有料アプリ、通販サイトなどのID、パスワード
・HPやブログ、SNSのID、パスワード
→「死後はブログを閉鎖してほしい」「Facebookの友人に知らせてほしい」など、
必要なものは死後の希望対処方法も記入する。
【3】オフラインのデータについての対処
・写真(特に、遺影に使用するもの)
・引継ぎが必要な業務用データ(文書データ等)
・住所録(葬儀の際の連絡先等)
→上記データが保存されているPC、スマホ上の所在と、死後に希望する対処方法を記入する。
→家族に遺したいデータはデスクトップなど見つけやすい場所へ。
【4】必要な対処が終わったPC、スマホの処理方法
▲上記事項を記入し、紙(アナログ)で保存しておく。
→生前にエンディングノートを見られたくない場合には、銀行の貸金庫の利用なども検討する。
※「デジタル終活のエンディングノートに書いておきたい内容」は、伊勢田さんへの取材を元に筆者が作成
――「絶対に見てほしくないもの」は、どんなふうに処理を頼めばいいのですか?
伊勢田さん:「パスワードや写真、ネット証券の情報など、遺族が必要なものと完全に分けて保存します。やり方はそれぞれですが、たとえば『囲碁』のような、故人以外興味のなさそうな名前をフォルダーにつける、フォルダー内でいくつも階層を作り、容易にたどりつけないようにしたりする“階層化”などですね。そのうえで信頼できる知人に処理を託す人もいますし、ほかの処理がすべて終わった後に、家族に『必要なものを取り出したら、それ以外は中身を見ずに、ハードディスクごと破壊してほしい』と頼む人もいます」
――少々、下世話な考え方かもしれませんが、本人が「これは絶対に中身を見ないで処分してくれ」と言うと、好奇心を刺激された遺族が、あえて中身を見たくなるリスクはないですか?
伊勢田さん:「懸念されるのはわかります。確かに隠したい意思を伝えても、逆に興味を抱いた遺族が見てしまう不安があるという話は耳にします。
そういう方に、私は『だからこそ今からデジタル終活が必要なんです』とお話ししています。デジタル終活は、死に際にパパッと書いて済ませるものではありません。自分の意思をキチンと伝え、実行してもらうために『託す相手との関係の構築』も含めて、長い時間をかけて対応するのがデジタル終活なんです。
『この資産は〇〇に渡してくれ。このデータはクライアントとの関係で部外者には見せられないから完全に消去してくれ』と頼める信頼関係を、生前から構築する必要があるのです。自分の都合だけを押し付けるだけが終活ではないのです。最後まで良好な人間関係を築き上げることも、デジタル終活のひとつだと思います」
――なるほど。デジタル終活は、単に『資産の分配』を決めるだけではなく、自分の人生のきれいな幕引きのために必要なのですね。
伊勢田さん:「お金だけではなくて、自分や家族の未来を守るための活動と思っていただければと思います」
今回の取材は、非常に身につまされる思いがしました。
極端なことを言ってしまうと、お墓や葬式などは遺された人におまかせの「他人事(ひとごと)」で済むかもしれません。しかし、「デジタル遺品」については、死後の自分の評価を一変しかねない「自分事」にほかならないわけです。
「終活」はまだまだ先でいいやと思っていましたが、その考えを改める必要がありそうです。
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※本記事は、執筆者個人の見解です。