Libraの公式ページには、新興国の活気あるマーケットを思わせるイメージが採用されています。Libraの目指す世界観を象徴しているのでしょうか?
仮想通貨(正式名称は「暗号資産」。本記事では「仮想通貨」で統一)の世界では、もっとも知名度の高い「ビットコイン」をはじめ、「リップル」や「イーサリアム」といったアルトコイン(Alternative Coinの略。ビットコイン以外の仮想通貨を指す総称)など、さまざまな種類が登場しています。
今年2019年6月、世界最大規模のSNSを運営するFacebookを中心とした複数の企業が、新たな仮想通貨「Libra(リブラ)」の発行を予定していることを発表しました。このLibra、従来の仮想通貨とは異なる発想で設計されており、世界中の話題になっています。
そこで今回は、「Libraとは何か?」をテーマに、仮想通貨の動向に詳しく、ブロックチェーンのオンライン学習サービス「PoL」を運営する田上智裕さんにお話をうかがいました。はたして、Facebookが考える通貨の未来、そしてそれが私たちの生活に与える影響とは?
田上智裕(たがみ・ともひろ)さん。ブロックチェーンのオンライン学習サービス「PoL(ポル)」を運営する株式会社techtecのCEO & PdM。チームラボでのアプリ開発やリクルートホールディングスでのブロックチェーン全社R&Dを経て、2018年1月にtechtec,Inc.を創業。2013年からブロックチェーン業界にコミットし、多数のメディアで寄稿や解説を行う仮想通貨の専門家
――(大正谷 以下同)そもそも、「Libra」とは、どんな仮想通貨なのでしょうか?
(田上さん 以下同)簡単に言うと、Facebookが主導となって開発した仮想通貨のこと。ただし、運営するのはFacebookだけではなく、「Libra協会」と呼ばれる団体です。協会のメンバーにはVISAやMastercard®などのクレジット会社や、Uber、Spotify、eBay、旅行・宿泊サイト「Booking.com」を手掛けるBooking Holdingsなどのテック企業など、計28の有名企業・機関が参加を表明しています。「Facebookが始めた」というインパクトに加え、参加するメンバーの豪華さもLibraが話題になる要因でしょう。
――Libra協会は、具体的にどのように運営されるのですか?
Libra協会は「評議会」「理事会」「諮問委員会・経営陣チーム」により構成されます。評議会が協会の運営を行うようです。ただし、誰でもなれるわけではなく、Libraとは別の仮想通貨である「Libra Investment Token(LIT)」を最低でも1,000万ドル分購入する必要があり、1LITにつき1議決権が付与されるという仕組みです。また、議決権には上限があるようです。かつ、年間で約28万ドルの運営費を分担することも求められます。そして、理事会は5〜19人で構成され、任期は1年になっています。
――日本企業の動きはどうですか?
Libra協会のメンバーは、すでに決まっている28企業・団体に加えて、2020年までに100団体を目指しているようです。参加するには技術的要件と企業および学術機関としての評価基準もあります。日本ではSBIとマネックスに声がかかっているとか。これほどの大きなプロジェクトに日本企業が関わっていないと、仮想通貨やブロックチェーン技術の面で大きな遅れになると思っていましたので、このニュースを聞いて個人的に安心しました。また、Libra協会はスタートの段階から5年かけて分散性を高め、将来的には意思決定が完全に偏らないようにするそうです。これも大きな特徴と言えるでしょう。
世界の名だたる企業が参加を表明したことがLibraのインパクトを強めました
――私を含め、一般の人が仮想通貨でイメージするのは、価格の乱高下です。ビットコインも一時は1ビットコインが200万円を超えたものの、その後は急落したこともありました。その点、Libraはいかがでしょうか?
Libraは、価格の変動が少ない「ステーブルコイン」(ペッグ通貨とも呼ばれる)としての特徴を持っています。Libra協会は経済が安定している国の通貨、米ドルやユーロ、ポンド、円などを中心に構成される「Libraリザーブ」という準備金を積み立て、これらと同額分までのLibraを発行します。つまり、法定通貨を中心とした資産を担保にしてLibraの価値を裏付け、価格を安定させる狙いです。ビットコインは市場の需給で価格が変動するのでボラティリティ(価格変動の幅)が大きくなりがちですが、Libraでは極力抑えられると説明されています。ほかの代表的なステーブルコインには米ドルを担保に価格を安定させる「Tether(テザー)」もありますが、Libraではより多くの法定通貨などを採用することで、さらなる安全性を確立させようとしているのです。
「Libraが世界のデジタル通貨に与える影響は大きい。日本企業からも参入していく必要がある」と田上さん
――Libraは2020年にスタートする予定ですが、実際にはどのように使われるのでしょうか?
Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOは「写真を送るような感覚でお金を送れるようにしたい」と講演で口にしています。たとえば、フィリピンの方々は英語などが堪能で、海外に出稼ぎに行くことは珍しくありませんよね。そして海外で得た収入を母国に送金することもあると思います。現在、国際送金ビジネスの市場規模は世界で年間5兆4,000億円と言われていて、その際の銀行の手数料は平均7%と言われています。しかも、相手の口座に入るまでにもタイムラグが発生してしまい不便です。ところが、仮想通貨取引所でドルや円をLibraに交換し、スマホなどで送金すれば、ほぼ手数料はかからず瞬時に相手先にお金を送金できるわけです。これはとてつもないメリットです。
――送金手数料が7%ということは、1万円で700円のコスト負担。これがなくなると、喜ぶ人は多いでしょうね。
そうなんです。それに、世界にはまだまだ銀行口座を持たず金融にアクセスできない人が約25億人いると言われています。ところが、そうした人の多くもスマホを持っていますから、Libraにアクセスすれば多種多様な金融サービスも利用できることになります。銀行が、コストや市場規模などの理由でATMや支店を設置しない場所でも、Libraなら金融サービスを利用できるわけです。
――金融サービスでLibraを利用する段階で、先ほど説明いただいた「価値が安定している」メリットも生きてきそうですね。
そうですね。送金だけでなく決済手段としても活用できるでしょう。低コストで法定通貨からLibraに交換し、Libraで旅行を手配、旅先でもタクシーなどの移動に使えるとなるととても便利ですよね。帰国後は、手数料負担なしで自国通貨に戻すこともでき、使わなくなった外国通貨を持て余すこともないでしょう。たとえるなら、欧州12か国で使える通貨「ユーロ」の規模拡大版といったところ。世界共通で使える決済手段としての仮想通貨を意識していると言えます。これも、ビットコインなどとは異なる点です。
Libraは世界共通の通貨となりうるのか?
――世界中の人にとって、Libraの登場はどのようなインパクトを与えると思いますか?
先ほど申し上げたように、これまで金融にアクセスできなかった人たちにとっては、とても便利なものになると思います。銀行口座を持つことができない人たちがLibraを通じてお金を送ったり受け取ったり、あるいは決済に使えるのは、金融サービスの大きな変化を予感させます。いっぽう、先進国に住む人々にとってもローコストの両替手段、決済手段が増えるということを意味しますので、歓迎されるのではないでしょうか?
――いっぽうで、Libraに対するネガティブな反応もあるようですね?
中国が仮想通貨の取引を禁じているなど、国によって規制や対応に差が見られます。これに対してFacebookも「各国の法律に従い不正を防止する」と明言していますが、国によってはサービスを展開できないケースもあるかもしれません。また、Libraの構想が明らかになってから、アメリカやフランスからもけん制の声があがりました。これまで、通貨の発行は国が担うものであり、「民間企業や団体による協会に、本当にそれができるのか?」という反応です。国家は国民から税金を徴収し再分配していますが、ボーダレスで流通するLibraが浸透すると「国家による課税」という仕組みにも影響が出るでしょう。極論を言えば、「各国の通貨がなくなった後の世界の在り方」を危惧しているわけです。すでにFacebookのユーザーは現段階で27億人もいますので、Libraが動き出すことで各国に与える影響は大きいはずです。
――最後に、田上さんが考える、Libra、そして仮想通貨の意義とは?
Libraに限りませんが、仮想通貨はお金をプログラミングしすべてをデジタルで動かせるのが大きなメリットだと考えます。つまり物理的な障壁がないわけです。これまでは、趣味のコミュニティなどミニマムサイズの集団で「お金」をやり取りするのには、時間やコストがかかっていました。しかし仮想通貨なら、最小限の手間で「価値」を送り合えます。当社の例で恐縮ですが、ブロックチェーンのオンライン学習サービス「PoL」では、学習することで「PoLトークン」が付与され、それを有料の学習コースで使用できる仕組みになっています。労働すること以外でも「お金」、つまり「価値」が得られるとしたら、モチベーション喚起などさまざまな新しい可能性が考えられます。Libraもそうですが、利便性、安全性に優れた仮想通貨が増えていくことで、この流れが加速するはずです。Libraの場合は世界的規模のビッグプロジェクトなだけに、今後の展開に大きな関心と期待を寄せています。
(インタビューは2019年8月20日に実施)
――――――田上さんのお話をうかがい、Libraの持つ可能性の大きさを感じるいっぽう、その可能性が大きいだけに各国首脳が大きな反応を見せているという図式がよくわかりました。
そして、Libraを巡る状況は依然として不透明です。記事作成時点(2019年8月28日)での新たな動きとして、Libra協会への参入を表明していた企業のうち少なくとも3社が「距離を置く」意志を表明しているそうです。この背景には、Libraに対する規制当局の厳しい調査があると言われています。
いずれにせよ、世界に与えるインパクトが大きそうなLibra。Libraの名前の由来は、古代ローマの重さを量る単位の「リブラ」(1リブラ=約320グラム)で、Libraが長い間続いてほしいという願いが込められているそうです。はたして来年2020年に本当にLibraは動き出すのか? しばらく目が離せない状況が続きそうです。
※本記事は、取材者及び執筆者個人の見解です。フリーランスの編集・ライター。資産運用、ビジネス、クレジットカード、副業、医療・介護などのジャンルで取材・執筆。企業の女性活用に関する記事も多数。 著書に「決定版 1万円からはじめるFX超入門」など。