「埼玉県で造られたウイスキー54本セットが、香港の競売で約1億円で落札」
2019年8月、こんな話題がニュースで相次いで取り上げられました。香港で競売にかけられ、9750万円で落札されたのは「イチローズモルト・カードシリーズ」の54本セット。「イチローズモルト」は埼玉県秩父市に蒸溜所がある「ベンチャーウイスキー」が発売しているウイスキーで、小規模な蒸溜所ながら、国際的にも非常に高い評価を受けています。
このニュースが象徴的に示すように、今、日本で造られた「ジャパニーズウイスキー」が世界的にも高い評価を受け、高騰しています。「イチローズモルト・カードシリーズ」は数量限定で発売され、希少性が非常に高かったため、極端な例となりました。しかしこうした限定品だけではなく、かつては百貨店などで数万円台で売られていた「山崎」や「竹鶴」などのジャパニーズウイスキーも、今では定価の数倍以上の値段が付くことも珍しくありません。
このように、10年前、20年前に自分で購入したり、贈答品としてもらったりして、自宅に眠らせていた国産のウイスキーに思わぬ高値が付くこがもあります。今回はウイスキーの買い取りを数多く手がける大黒屋の「買取鑑定団・団長」を務める、WEBマーケティング課・課長の武捨佑介(むしゃ・ゆうすけ)さんに取材。この「バブル」とも言える状況の行方や高値が付きやすい商品、売る際のポイントなどを聞いてきました。
日本で造られた「ジャパニーズウイスキー」が高騰している。定価の数倍以上の価格で取引されることも珍しくない(写真は大黒屋公式サイトからの提供)
――そもそもの話ですが、「ジャパニーズウイスキー」の高騰の背景は何なのでしょう?(編集部、以下同)
(武捨さん、以下同)直接的な要因としては、2000年代初めごろから、サントリーの「山崎」「響」、ニッカウヰスキー(アサヒグループ)の「竹鶴」などのジャパニーズウイスキーが国際的な品評会で、相次いで賞を受賞したことが挙げられます。
これにより、「海外での人気が非常に高まる」→「国産ウイスキーの輸出が一気に増加(2010年に17億円だった輸出額が2015年には約6倍の104億円)」→「国内で原酒不足」→「取引相場が高騰」といった流れをたどり、2015年から今の「バブル」とも言える状況が起こり始めました。
国内的には、ハイボールブームや、ニッカウヰスキーの創業者をモデルにしたNHKの朝ドラ「マッサン」(2014年度放送)で、ウイスキーに脚光が当たったことも拍車をかけた面があるでしょう。
――最近、サントリーなどのメーカー各社が設備増強するとのニュースも聞かれていますが、原酒不足は改善されるのでしょうか?
確かに、各社ともに原酒の生産量を増やす取り組みを進めています。ただ、ウイスキーは一般的に5年や10年といった長期間にわたり樽に詰めて熟成させます。そのため、設備を増強したと言っても、出荷量を短期間で増やすことはできず、原酒不足をすぐに解消するのは難しいと思います。
余談になりますが、長期熟成という意味で言うと、今、世界的に高い評価を受けているジャパニーズウイスキーは、日本でウイスキー人気が下火の1980年代後半や90年代に造られたものです。そうした不遇の時代にも、ウイスキー造りを地道に取り組んできた成果が今になって現れてきた、という見方もできます。
ウイスキーは一般的に、樽で長期熟成されて造られる
――2015年ごろから始まった「ジャパニーズウイスキー」の高騰は今でも続いていますか?
一部の銘柄は今も価格が上がり続けていますが、全体的として見れば、従来のような極端な右肩上がりの直線を描く銘柄は少なく、落ち着いてきた印象があります。ただ、原酒不足が短期間で解消するわけではないので、じわじわと上がり続けることはありえるかもしれません。
そのいっぽうで、下がる可能性がまったくないかと言えば、そうとも言えません。特に海外で人気の高い銘柄は、為替相場の影響を受けます。極端な円高に振れると海外では実質的に値上がりとなり、結果として海外の取引が停滞、それに引っ張られる形で国内の相場が下がる、という事態は起こりうるかもしれません。現在のジャパニーズウイスキー高騰の理由のひとつに、中国などのコレクターが数多く買っている、という事情もあるようなので、為替は無視できない要因でしょう。
――現在、高値が付いているのは具体的にどんな銘柄ですか?
ジャパニーズウイスキーの中でも、熟成年数が10年以上のものは希望小売価格よりほぼ値段が上がっています(編集部注:年数が入っている銘柄は、○年以上熟成された原酒で造られていることを意味しています。「山崎18年」なら18年以上熟成された原酒で造られています)。
たとえば、サントリーの「山崎18年」の希望小売価格は2万5000円です。ところが、大黒屋の買取価格は2017年には3万円前後、現在(19年10月時点)は5万8000円前後に上昇しています。
同じくサントリーの「山崎25年」の希望小売価格は12万5000円。こちらは、2009年の買取価格は7万円前後でしたが、現在は60万円と定価の5倍近い価格で買い取っています。販売終了となっているニッカの「余市15年」の希望小売価格は1万円でしたが、14年には1万5000円、現在は4万5000円で買い取りをしています。「山崎18年」や「山崎25年」はかつては定価で百貨店などで購入できましたが、今やそれはほぼ不可能でしょう。
「山崎25年」は現在60万円近くで取引されているという(写真は大黒屋公式サイトからの提供)
このほか、希望小売価格12万5000円の「白州25年」(サントリー)は現在22万円〜25万円に、希望小売価格2万5000円の「響21年」(サントリー)は3万8000円〜4万4000円の買取価格になっています。
限定品に関しては、もっと極端に値上がりしています。ベンチャーウイスキーの「イチローズモルト エース・オブ・スペーズ ファーストリリース」は限定商品で1万8000円で売り出されましたが、2015年には45万円、現在は160万円前後の買取価格となっています。
「山崎」「響」などは国際的な品評会で高い評価を受けているので、根強い人気があります。「イチローズモルト」に関しては、国際的な評価に加えて、希少性が大きく価格を押し上げています。
「イチローズモルト エース・オブ・スペーズ ファーストリリース」の買取価格は驚きの160万円前後だという(写真は大黒屋公式サイトからの提供)
――ジャパニーズウイスキーの相場を予測することは可能なのでしょうか?
予測するのは非常に困難ですが、販売を休止する「休売」になると品薄になり、価格上昇のきっかけになりやすい面があります。たとえば、サントリーの「白州12年」(希望小売価格8,500円)は2018年6月ごろ休売しましたが、その前に、下記のように大幅に上昇しました(価格は大黒屋の買取価格)。
2018年1月:6,000円(ネット上で「休売するのでは」と噂になり始める)
2月:3万円(噂を知った人が数多く購入したとみられ、価格が急上昇)
4月:3万8,000円(サントリーが6月ごろをめどに休売すると発表)
5月:4万円(最高値で高止まり)
6月:3万円(価格が少しずつ下落を始める)
2019年10月:1万2000円〜1万3000円前後で落ち着いた状態
ネット上の噂を基に、価格が上がることを見越して買い求める人が急増したためか、2018年1、2月ごろから価格が急騰しました。そして、今度はサントリーが休売を発表したのを境に、どんどん売り出したのでしょう。休売となった2018年6月から下がり始め、2019年10月時点では、1万2000円〜1万3000円前後で落ち着いています。すべての銘柄が同じ推移をたどるとは限りませんが、参考になるでしょう。
また、価格の予想をするうえで、ネットオークションも判断基準のひとつになります。一般的に、需要が少なくなれば価格は下がるので、入札件数が数件しかないようであれば、さらなる価格の上昇は見込めないかもしれません。
――大黒屋では、買取価格をどのように決めているのですか?
「ヤフオク!」などのオークション相場や自社の在庫などの状況に応じて、銘柄によっては日々、買取価格を変えています。買い取った銘柄の価格が低くなると損失が出てしまう場合もあるので、私たち自身の目利きも大事になってきます。
ジャパニーズウイスキーについて話す大黒屋の武捨さん。自身もウイスキー好きだという
――国産ウイスキーの買取を希望するお客さんはどういった方が多いのですか?
ニュースなどで、ジャパニーズウイスキーが高騰していることが浸透してきたので、買取希望のお客様は増えています。最近多いのは、いわゆる「終活」をされているシニアの方。いろいろなものを整理する中で、今まで飲まずに集めていたジャパニーズウイスキーの査定を依頼するケースが多くなっています。また遺品として、亡くなったご親族が集めていたものを持ってくる方もいます。
かつて贈答用でもらったけど、自分は飲まないので査定を依頼するケースもあります。今はなかなか手を出せないような国産のウイスキーも、10年前、20年前は1、2万円で購入できたものも数多くあるので、こうしたケースは意外と多いと思います。
――できるだけ高く買い取ってもらえるポイントはありますか?
やはり、出荷当時の状態を保っているかどうかは大事なポイントです。箱付きで売られていたものは箱付きで、ラベルの汚れやはがれがない商品のほうが高い査定額になります。「○○社創業50年」などの法人名はOKですが、プライバシーの観点から「○○さん結婚記念」などと個人名が刻印されたものは買取できません。
また、一度開封したものも原則、お断りしています。ただし、一部の高級品に限った話ですが、中身のない空ボトルを買取対象にしているケースもあります。こうした商品はクリスタル製品として、一部のコレクターからの需要もあるので、買取をしています。
――自宅で保管するにあたって注意点はありますか?
よく台所(流し台)の下の収納スペースに保管している方がいらっしゃいますが、長期保管する場合は、箱やラベルにかびが生えやすいので避けたほうがよいですね。直射日光に当たらず、できるだけ冷暗で風通しがよい場所で保管しておくとよいでしょう。
長期保管のリスクも覚えておいてほしいポイントです。ウイスキーは未開封の状態であっても、年月とともに蒸発して目減りします。もちろん、短期的には微量ですが、長期間積み重なると目視でも確認できてしまうぐらい減ってしまうケースがあります。そうなると、買取価格も下げざるを得ません。
また、横にしたまま保管すると、コルク栓から中身がしみ出てしまうことがあります。この場合、目減りに加えて、ラベルや箱を汚してしまうケースがあります。値上がりを期待して、長期保管するのもひとつの選択肢ですが、長期保管にもリスクがあることは覚えておいてほしいポイントです。
ウイスキーは未開封でも、蒸発で容量が目減りすることも
――贈答品としてもらったり、飲まずに取っておいたりして、現在高値が付いているジャパニーズウイスキーを持っている人は幸運とも言えますが、高値が期待できそうな「限定品」を今から手に入れることは可能ですか?
高級なお酒を扱う酒屋さんや百貨店が抽選販売したり、オープン記念で限定販売したりするケースがありますので、そうしたお店のホームページを定期的にチェックするのもひとつの方法です。また、店主の方と仲良くなると、こうした商品を入荷したら教えてくれるケースもあるそうです。
また、北海道の厚岸など、新興の蒸溜所が全国各地に誕生しています。これらのウイスキーが確実に値上がりするとは言えませんが、「青田買い」のように、新興の蒸溜所のウイスキーを買っておくという方法もあります。ただ、これらのウイスキーも抽選販売としているケースが多くなっています。今は「ジャパニーズウイスキーは値上がりする」という雰囲気ができあがっているので、入手にはいずれにしても「運」が必要になっていると言えそうです。
「山崎 ミズナラ ザ・ローリング・ストーンズ 結成50周年記念」の買取価格は200万円前後。限定品は取引価格が高騰しやすい(写真は大黒屋公式サイトからの提供)
以上、ジャパニーズウイスキー高騰の現状を中心に紹介してきました。プロでも今後の買取相場の行方を見通すのは簡単ではなく、結論としては元も子もありませんが、「適正な売り時を見極めるのは非常に難しい」ことが取材を通じて伝わってきました。
ただ、武捨さんが「オークションの入札件数やネット上の口コミなど、さまざまな情報を集めたうえで買取価格を決めている」と話すとおり、ひとつの情報に頼らず、さまざまな情報を総合して判断する、という姿勢は参考になりそうです。また、値上がりを期待して新たにジャパニーズウイスキーの入手を考えている方は、情報のアンテナを高く張っておく必要があるでしょう。
取材に対応してくれた武捨さんもウイスキー好きとのこと。筆者も記事内で取り上げた銘柄を飲むことはありませんが、「角」などの手ごろなウイスキーはよく飲んでいます。だからなのでしょうか、取材の最後に武捨さんがもらした「かつては少し背伸びをすれば飲めた国産のおいしいウイスキーが、遠い存在になったのは寂しいですね」というひとことが胸に響きました。
参考HP:大黒屋「お酒買取」公式サイト
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