新型コロナウイルスに関連し、一時期「マスクの転売で書類送検」などのニュースがメディアを騒がせました。フリマアプリやネットオークションが人気の今、一般の人も「どんな売買が違法になるのか」程度のことは知っておいたほうがよさそうです。そこで、「転売に関わる法的ルール」について、弁護士の理崎智英さんにお話をうかがいます。
理崎智英(りざき・ともひで)さん。弁護士。高島総合法律事務所所属。1982年生まれ。一橋大学法学部卒業後、2010年に弁護士登録。わかりやすい法律解説が好評で、テレビ、雑誌などのメディアでも活躍。※取材は2020年6月下旬に実施。撮影時のみマスクをはずしていただいています
2020年6月下旬に似たようなニュースがたて続けに報道されました。問題となったのは、政府が配布した布製マスク「アベノマスク」の寄付と、そのお礼としての「割引券」でした。岐阜県美濃市のある旅行代理店では、未使用のアベノマスクと「500円分の旅行補助券」を交換。また、愛知県豊川市の焼き鳥店は、未使用のマスク(アベノマスクに限らず)を寄付した人に、店で使える「1,000円割引券」を渡していました。ところが、これらの行為に対し、「古物営業法違反に抵触する可能性がある」との理由で、警察から「待った」がかけられたのです。
結論から言うと、この2件とも、後日、警察から「問題なし」との見解が出されて事なきを得ました。しかし、そもそもなぜ「マスクの寄付」に違法性の疑いがかかったのでしょうか?
善意で行われた「アベノマスクの寄付」が法律違反を疑われた理由とは?
「問題となったのは『古物営業法』でした。これは1949年5月に制定された古物営業に関する業務を規制する法律で、もともと、盗品の売買や流出を防ぐ目的で作られました。たとえば、美術品や宝石、自動車などを盗んだ犯罪者は盗品をお金に換える必要がありますよね。その際は、古物商に持ち込むことが多いと考えられます。
そこで、中古品をビジネスとして扱える古物商を許可制にすることで、そこに盗品を持ち込む犯罪者を見つけやすくするというわけです。古物営業法で認可された古物商は中古品を買い取る際に相手の身元を確認する義務がありますので、何か盗まれた品物がある場合、古物商に『最近、こういう品物を売りに来た人物はいませんか』と問い合わせることができます。古物営業の認可を受けるには、公安委員会への申請が必要で、各都道府県の公安委員会には古物商の名簿があります」(理崎さん)
今回の「マスクの寄付と交換」が、古物営業法に抵触しかけたのはなぜでしょうか?
「古物商は中古品を買い取るだけでなく、それを販売することで利益を得ます。つまり『中古品を買い取り、その中古品をまた売る』という行為に、古物営業法に規定された古物商許可証が必要になるわけです。
たとえ未使用でも、人の手に一度渡っているものは法律的に中古品とみなされます。したがって、今回の『店に寄付されたマスク』は中古品として扱われます。さらに、マスクをただ寄付してもらうのではなく、割引券などの対価と交換だったことで、形式的に『店が中古のマスクを仕入れた』形になります。そうやって集めたマスクを店側が『転売』して利益を得るのではないかということで、古物営業法に抵触する疑いが持たれたのです。
ただし、今回のケースではお客さんに寄付してもらったマスクを、必要としている人や施設に届くようにあらためて寄付するのが店側の本当の目的でした。つまり、店側に転売して儲けようという意図がなかったのは明らか。なので、最終的に『問題なし』となったわけです」(理崎さん)
結果的には、「違法」とならなくてよかったわけですが、知らずに法を犯してしまう怖さを感じる一件と言えそうです。ちなみに、古物営業法への抵触が疑われたお店の中には、警察からの指摘後に古物商許可証を取得したところもあったそうです。
古物商許可証を取得するには、営業所、管理者、取り扱う品目(複数可)を決め、略歴書、誓約書、住民票などの必要書類を用意し、営業所を管轄する警察署に申請します。すると、約40日程度で、許可、不許可の結果が知らされます。ただし、刑の執行が終わってから5年以内の前科者や反社会的組織の構成員には古物営業の許可を取得する資格はないそうです。また、古物商許可証を取得後、古物商許可証の番号や主に扱う品目などが記載された「古物商プレート」を営業所に掲げる決まりになっています。
多くの人が、「中古品を買って、いらなくなったら売る」(≒『中古品を買い取り、その中古品をまた売る』)という行為を、フリマアプリやネットオークションで日常的に行っていると思います。これも古物営業法に関係してくるのでしょうか?
フリマアプリやネットオークションを安心して楽しむために知っておきたい「古物営業法」
「転売、つまり個人間の売買に関して、私的な売り買いの範囲であれば問題にはなりません。『ネットオークションで買いましたが、使わなくなったのでおゆずりします』という表記を目にすることがありますが、これも私的な範囲なら問題ありません。
また、新品を買って転売する行為も、中古品を買ったわけではないので古物営業法には抵触しません。たとえば、デパートや家電量販店で新品の商品を買って、不要になった後に売る、といったケースなどでしたら問題ないわけです。スマホやゲームなどを買って、すぐにネットに出品する人がいますが、これも個人としては違法ではありません。もちろんマナーとしてどうかという話にはなりますが……。
ただし、中古品の売り買いが『業として』行われる場合には、古物商許可証が必要になります。『業として』というのは、『反復継続して利益を得る目的でやっているかどうか』ということです。『反復継続』の解釈に関しては、個別具体的な判断になります。2〜3回繰り返す程度では問題ないでしょうが、中古の書籍や、ゲームソフトなどを購入し、購入価格以上の値段での転売を繰り返す場合は、古物営業を営んでいると判断される可能性はあります。
また『反復継続』に加えて『リアル店舗の有無』も関係してくる可能性があります。店舗を構えて『不要品を買い取ります』などと告知していたら、たとえ取引は1回だけでも、今後も継続して営業をする意志があると判断される可能性があると思います。古物営業法違反の場合、3年以下の懲役か、100万円以下の罰金が科される可能性があります(併科の場合も)」(理崎さん)
転売に関わる法律は、古物営業法だけではありません。新型コロナ騒動下では、マスクやアルコール消毒液の転売によって摘発された人もいましたが、これには異なる法律が関係しているといいます。
マスクや消毒液の値段の高騰に対応すべく、既存の法律の範囲が拡大
2020年6月、大阪府箕面市の男子大学院生が、購入価格よりも高い価格でマスクを転売したとして、マスク転売として全国で初めて書類送検されました。また同月には、ドラッグストアで1,966円で購入したアルコール消毒液6本を4,000円で転売した疑いで、愛知県名古屋市の女性も書類送検されています。
「これらは『国民生活安定緊急措置法』が関係しています。この法律は、第一次オイルショック(1973年)のときに、トイレットペーパーの買い占めおよび値段の高騰などによる社会不安を解消するために制定されました。『生活関連物資等の供給が著しく不足するなど国民生活の安定または国民経済の円滑な運営に重大な支障が生じるおそれがあると認められるときは、当該生活関連物資等を政令で指定し、譲渡の禁止などに関し必要な事項を定めることができる』旨が規定されています」(理崎さん)
今年2020年、新型コロナウイルスの影響で、マスクやアルコール消毒液の需要が急激に高まりました。ドラッグストアを何店舗も回っても「完売」の棚ばかり……。ネットの通販サイトで、元値の10倍以上の価格で出品されているのを筆者も見たことがあります。こうした状況を改善するために、オイルショック時の法律の適用範囲が広がったわけですね。
「2020年3月15日に『衛生マスク』が国民生活安定緊急措置法に指定されました。さらに5月26日には『アルコール消毒液』も対象に。これにより、マスクとアルコール消毒液の『購入価格を超える価格での譲渡』が禁じられ、違反した人は1年以下の懲役か、100万円以下の罰金が科されるようになりました(併科の場合も)。ただし、購入価格を超えない場合の譲渡(転売)は禁じられていません」(理崎さん)
※2020年7月31日の一部報道によると、マスクの供給量が増えたことから、政府はマスクの転売規制を、2020年8月中にも解除する方針を固めたと伝えられています。
フリマアプリやネットオークションを見ていると、時々、「こんな商品を売ってもいいのかな」と感じる商品があります。たとえば、個人が「酒類」を出品することは問題ないのでしょうか?
希少なお酒の場合、驚くような高値がつくことも
「これは『酒税法』が関係します。大量に仕入れ、仕入れ値を大幅に上回って売っていたり、何度も継続して販売していたりする場合は、酒税法にもとづき酒類の販売免許が必要になる場合があり、違反すると、1年以下の懲役または50万円以下の罰金の可能性があります(併科の場合も)。しかし、個人が不要なものを売る程度では問題にはなりません。
ちなみに、『転売禁止』と明記している酒造メーカーや酒蔵などがありますが、販売後は買い手に所有権が移るので、法律的に規制するのは難しいところです。『転売が判明した場合は今後の販売を禁ずる』など、販売元の個別対応になります」(理崎さん)
ほかに、転売で注意すべき商品はありますか?
「『薬機法』(医薬品、医療機器等の品質、有効性および安全性の確保等に関する法律。旧『薬事法』)に抵触するものは売買が禁じられています。具体的には、
・医薬品
・医療機器(一般医療機器除く)
・個人輸入した化粧品(海外製化粧品)
・国内で医薬品に指定されている成分を含む海外製のサプリメント
などになります。これらを許可なく販売することは禁じられていて、たとえ1回でも違反となり、3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金が科される可能性があります(併科の場合も)。特に、海外製の化粧品やサプリには日本で認可されていない成分が使用されていることもあるため要注意です。」(理崎さん)
「また『偽ブランド品』にも気をつけましょう。偽ブランド品を転売すると『商標法』に違反する可能性があります。問題となるのは故意かどうか。つまり、偽ブランド品だと知りつつネットなどで販売する場合です。この場合、10年以下の懲役、または1,000万円以下の罰金、あるいはその両方が科せられる可能性があります」(理崎さん)
最後は「チケット」の転売について聞きます。徐々にではありますが、プロ野球やサッカー、アーティストのライブ、テーマパークなど、エンタメ業界が営業を再開しつつあります。とはいえ、「密」を避けるために入場制限がかけられる場合が多く、チケットの「プラチナ化」も懸念されています。
2020年に開かれる予定だった五輪に向け、チケット転売に関する新しい法律が施行
チケット転売を規制する新しい法律が、2019年6月に施行されました。「チケット不正転売禁止法」です。すでに2019年11月には、宝塚歌劇団やプロ野球のオールスター戦のチケットを高値で販売した容疑で、東京都北区の男性が逮捕されています。
「チケット不正転売禁止法は、儲けることを目的にチケットを仕入れる行為を禁じる法律です。チケットの転売自体は可能ですが、販売価格より1円でも高い金額で売ることはできません。2020年7月に開幕する予定だった東京五輪の開催を見越して制定された法律で、対象となるチケットは下記のとおりに規定されています。該当する場合は1年以下の懲役か100万円以下の罰金が科せられます(併科の場合も)。
1. 興行主等が、販売時に、興行主の同意のない有償譲渡を禁止する旨を明示し、かつ、その旨を当該入場券の券面等に表示しているもの
2. 興行が行われる特定の日時および場所並びに入場資格者または座席が指定されているもの
3. 興行主等が、販売時に、入場資格者または購入者の氏名および連絡先を確認する措置を講じ、かつ、その旨を当該入場券の券面等に表示しているもの
また、この法律で特に注意すべきなのは、『購入した側』も罰せられる可能性があることです。転売で購入した人が、さらに転売する目的を持っていた場合に違法となります。こちらもやはり、1年以下の懲役か100万円以下の罰金が科せられます(併科の場合も)」(理崎さん)
今までも、各都道府県や市町村の「迷惑防止条例」によって、チケットの高額転売は禁じられていたと思います。チケット不正転売禁止法は何が違うのでしょうか?
「従来からダフ屋行為を禁じる条例はありましたが、各自治体によってそれぞれ条件や罰則が違いました。たとえば、『インターネット上での販売は違反に当てはまらない』などのケースもありました。しかし、今回の法律によって全国的に一律に禁じられたわけです」(理崎さん)
「酒類」の項でも少しお話が出ましたが、チケットに限らず、ネットショップや店舗などの「販売主」が「転売禁止」をルール化しているケースがあります。その場合の法的効力はどれぐらいありますか?
「マスクや医薬品、チケットなどのように法律で禁止がされていなければ、当事者同士のルールの話になります。転売禁止と告知したうえで、購入した客が転売したのなら、契約違反として返品要求や、ネットショップであればアカウント停止などの対応はできるかもしれません。さらに対応を強めて、販売側が『転売しないという契約書にサインした人にだけ売ります』という売り方をすれば、かなりの抑止効果があるのではないでしょうか」(理崎さん)
筆者も、「買い手」「売り手」の双方で、フリマアプリやネットオークションをよく利用しています。サイトが定めている「販売禁止物」などのルールはなんとなく理解していましたが、「転売の法的ルール」については盲点でした。
マスク、アルコール消毒液、医薬品などを売買することはありませんし、「反復継続的に中古品を仕入れて売る」という点にも該当はしていません。それでも、「中古で買ったものが、ちょっと高く売れる」程度のことは日常的に体験しています。これからも安心して売買を楽しむために、「転売の法的ルール」についても少し気にかけておいたほうがよさそうです。
※本記事は、執筆者および取材者の見解です。