2020年は新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)に振り回された年として記憶されることは間違いありませんが、もうひとつ、「株価が上がった年」としても記憶される可能性があります。2020年12月9日に付けた日経平均株価「2万6,817円」という数字は、バブル期以来、実に29年ぶりとなる高い水準です。経済活動がダメージを受ける中、株価はなぜここまで上がっているのか? マーケットアナリストの藤本誠之さんが具体的な企業名を交えて解説します。
(本記事の日付は特別な記載がない限り2020年のもの。株価は2020年12月18日の記事執筆時点のものです)
2020年秋以降、株価は上昇。日経平均は29年ぶりの高値に(2020年12月18日撮影)
前出のとおり、2020年後半、日経平均株価は大きく上昇しました。年初来安値は、新型コロナの影響が大きくなり始めた3月19日の1万6,552円。そして、年初来高値は12月9日に付けた2万6,817円(2020年12月11日時点)で、29年ぶりの高値となりました。まずは、そんな2020年の株価の流れを藤本さんに振り返ってもらいます。
解説:藤本誠之(ふじもとのぶゆき)さん。「相場の福の神」の愛称を持つマーケットアナリスト。年間300社を超える上場企業経営者とのミーティングを通じて、個人投資家に真の成長企業を紹介。ラジオNIKKEIで4本の看板番組を持ち、テレビ出演、新聞・雑誌への寄稿も多数。日興証券、マネックス証券、カブドットコム証券、SBI証券などを経て、現在は、財産ネット株式会社の企業調査部長。日本証券アナリスト協会検定会員、ITストラテジスト。近著に「株は社長で選べ! コロナ継続・収束問わず確実に勝ち続けるたった一つの株式投資術」(かんき出版)がある
昨年(2019年)10月、消費税が10%に上がりました。2020年の株式市場は、その影響から幕を開けます。
「1月にいったん上がりかけたものの、2月はなかなか株価が上がりませんでした。これには消費税率引き上げによる消費の落ち込みが影響していたと思います。その後、2月末ごろから新型コロナの影響が本格化します。経済が止まる可能性が出てきたことから、当然それが株価にも影響を及ぼしましたし、株などのリスク資産の価値が下がる恐怖感が高まったことで、『リスクオン』から『リスクオフ』(※)に一気に移り、世界的に株が安くなったという構図です」(藤本さん。以下同)
※リスクオン、リスクオフは投資家の心理や投資状況を表す金融用語。リスクオンは、リスクを取ってリターンを狙いたくなる状況を表し、リスクオフはリスクを避けて資産を安全な金融資産に移したくなる局面を表します
2020年の日経平均株価の1年チャート。3月の大きな落ち込みから、2万円台への回復、秋以降の上昇と動きの大きな一年に
しかし、大きく落ち込んだ株価は意外なほど早く持ち直します。日経平均は5月に2万円台を回復すると、その後は2万2,000〜3,000円台のレンジ(株価の高値と安値の幅)が続きます。
「株価が回復した要因のひとつは、『新型コロナの経済への影響は一時的なものではないか?』との見方が出てきたからでしょう。ワクチン開発の声が聞こえるようになり、経済の回復の可能性もあるとの見方から、比較的早く株価が戻ったのだと思います。また、企業の業績を見ても、外食や旅行、交通機関など、大きなダメージを受けた業界があるいっぽう、業績を伸ばした業界があることも大きかったと思います。これに加えて、日本、アメリカ、ヨーロッパなどの中央銀行による金融緩和策や、日本の特別定額給付金のような支援対策を市場が好感した面もあります」
アメリカ大統領選挙が行われた11月ごろから、株価は世界的に上昇します。それにともなって、日経平均株価も高い上昇を見せます。
「株式市場は先行きの不透明感を嫌いますが、大統領選後は、不透明感にいったん終止符が打たれるとの見方から、株価が上がる傾向があります。個人的には、バイデンさん、トランプさんのどちらが勝っても株価は上がっていたと考えます。また、世界的な低金利も株価の上昇要因でしょう。たとえば、アメリカの10年国債の利回りは0.88%。高金利通貨で知られるオーストラリアの10年国債でも0.98%。先進国の10年国債で1%を超える利回りのものが存在しないのです(2020年12月11日時点)。年金基金や投資信託などの機関投資家の投資マネーが行き場を失い、必然的に株式や不動産に向かったと考えられます」
では、2020年に大きく株価を伸ばした企業は具体的にどんなところだったのでしょうか? 藤本さんに代表的な企業を6社ピックアップしてもらいました。
新型コロナに揺れた2020年に株価を伸ばした企業とは?
テレワークの推進や、菅内閣が推進する「脱ハンコ」の流れの中でがぜん注目度が増したのが、弁護士ドットコム株式会社(以下、弁護士ドットコム)が運営するクラウド型の電子署名サービスの「クラウドサイン」です。
「クラウドサインは、電子上で契約締結できるサービスのこと。契約締結から書類の管理まで、Web上で完結できます。テレワークの普及とともに、クラウドサインの電子契約サービスの利用者が右肩上がりで増えていきました」
弁護士ドットコムは、もともとWeb上での弁護士向け営業支援と、一般会員向け法律相談サイトを展開してきた企業です。クラウドサインのサービス開始は2015年10月。IT業界などで一定のニーズをつかんでいましたが、このサービスが2020年に大きくブレイクしたわけです。
弁護士ドットコムの株価推移(1年チャート)
「政府が打ち出した『脱ハンコ』の動きが追い風になったのは間違いないでしょう。弁護士ドットコムの株価は3月13日の年初来安値3,035円から、10月21日の年初来高値1万5,880円にまで、一時、5倍以上の高値を付けました」
(編集部注:12月18月時点の株価は1万620円)
今年、給付金支給の遅れなどで、政府・自治体のデジタル化の遅れが露呈したのは記憶に新しいところでしょう。行政のDX(デジタルトランスフォーメーション)が課題として明らかになり、菅政権のデジタル庁新設にもつながっていきました。そんな、国策ともいえるDXの流れで強さを見せたのが、株式会社チェンジ(以下、チェンジ)です。
「チェンジは、地方公共団体や企業に対して、IT技術やデジタル人材育成サービスを提供している会社です。DX人材が少ない地方のニーズにうまくはまった形です」
2018年、チェンジは、株式会社トラストバンク(以下、トラストバンク)を子会社化しています。トラストバンクは、ふるさと納税仲介サイトの「ふるさとチョイス」を運営している企業です。藤本さんは、これが大きなシナジー(相乗効果)を生んでいると指摘します。
チェンジの株価推移(1年チャート)※チェンジは2020年8月に1対2の株式分割を実施しています
「日本には自治体数が1,788あるのですが、ふるさとチョイスは約1,400の自治体と契約しています。つまり、それだけ地方自治体と強いパイプを持っているわけで、当然、DXをサポートするチェンジの事業にとって大きなプラスになります。2020年にチェンジがマーケットから高い評価を受けた大きな理由でしょう。株価は4月3日の年初来安値1,170円から、9月28日の年初来高値1万2,780円へと、約10倍にまで上昇する局面も。株価10倍以上のテンバガー(※)となりました」
(編集部注:12月18月時点の株価は7,960円)
※株価が10倍に”大化け”した銘柄を指す金融用語。英語表記は「ten-bagger」で、「bagger」は野球の塁打(ヒット)の意味。勢いよく株価が上がる様子を、1試合で10塁打を記録する大活躍と重ね合わせて使われています。
リモートワークの導入などDXが迫られたのは企業も同じです。「企業のDX」というテーマで注目されたのが、株式会社パシフィックネット(以下、パシフィックネット)。もともと企業向けのPCレンタルが主力事業の企業です。
「新型コロナでテレワークへの対応に追われた企業を対象にした、『まるっとテレワーク』というサービスが同社の業績を伸ばしました。これは、PCやルーターなど、テレワークに必要な機材のレンタルや、機材の設定、社員から寄せられる問い合わせの対応などの業務をまとめて提供するもの。これを月額課金のサブスクモデルで提供しています。多くの企業にとって、PCの調達や、社員から寄せられる故障やソフトの更新の相談などのPCのサポートが大きな負担になっている話を聞きますが、パシフィックネットはそれらを一手に代行してくれます」
今年、多くの企業が取り組んだテレワークなどのDX。それが、パシフィックネットの業績や株価にも反映されたようです。
パシフィックネットの株価推移(1年チャート)
「パシフィックネットは今期の決算で過去最高益を記録しました。企業のDXは今後も課題なので、まだまだ伸びしろがありそうです。同社の株価は3月23日の年初来安値660円から、10月22日の年初来高値2,694円に上昇。一時、4倍以上の成長を見せています」
(編集部注:12月18月時点の株価は2,414円)
医療の現場でも新型コロナ対策として「オンライン診療」に注目が集まりました。エムスリー株式会社(以下、エムスリー)は、オンライン診療関連銘柄のひとつとして知られています。
「エムスリーはソニーの関連会社で、日本最大級の医療従事者向けのサイトを運営しています。従来、製薬会社のMR(Medical Representives)が医療従事者向けに行っていた対面での営業に変わって、オンライン上で製薬会社が医療情報を提供する『MR君』が主力事業です。そのほか、グループ会社が提供するシェアナンバー1のクラウド電子カルテ『エムスリーデジカル』の導入件数が2,000件を突破するなど、医療のIT化の面で注目されています」
エムスリーは、2019年にLINEと共同出資で合弁会社「LINEヘルスケア」を設立。クリニックの検索・予約から実際の診察・決済まで、すべてLINE上で完結できるオンライン診療サービス「LINEドクター」を2020年11月より提供開始しています。
エムスリーの株価推移(1年チャート)
「エムスリーの株価は3月13日の年初来安値2,319円から、12月1日の年初来高値9,900円に上昇。約4倍以上となりました。オンライン診療関連ではメドピア(東証1部:6095。年初来安値→高値で株価7倍以上)やケアネット(マザーズ:2150。年初来安値→高値で株価10倍以上)なども大きく値を上げています」
(編集部注:エムスリーの12月18月時点の株価は9,345円、同メドピア6,830円、同ケアネット5,640円)
コロナ下の“巣ごもり需要”の恩恵を受けた会社のひとつが、株式会社バンダイナムコホールディングス(以下、バンダイナムコ)。ご存じ、ゲームや玩具、映像ソフトなどを手がける総合エンタメ企業です。
「今年、自宅で楽しめるエンタメのニーズが高まり、バンダイナムコにとっても追い風に。ガンプラの品薄が報じられたこともありました。ただ、プラモデル事業は同社にとってさほど大きな比率は大きくありません。私は、同社の強みを、ガンダム、ドラゴンボール、セーラームーンなど、世界に売れるコンテンツをたくさん持っていることだと見ています」
キャラクターの著作権などのIP(知的財産)ビジネスの観点から注目集めるバンダイナムコ。株価は3月17日の年初来安値4,570円から、12月1日の年初来高値9,795円に上昇。
バンダイナムコホールディングスの株価推移(1年チャート)
「IPの分野では中国企業なども追い上げを見せていますが、バンダイナムコにはまだまだ優位性があります。東証1部の大型株(※)の場合、株価を大きく動かすのは外国人の投資家のマネーの力になりますが、海外市場で売れるコンテンツをたくさん持っていることで、バンダイナムコに対する外国人投資家の評価が高かったのでしょう」
(編集部注:12月18月時点の株価は9,358円)
※東京証券取引所では、規模別株価指数の算出で、東証1部上場銘柄のうち時価総額と流動性が高い上位100銘柄を「大型株」に分類しています。大型株に次いで高い400銘柄が「中型株」、それより低い銘柄が「小型株」と分類されます。今回の記事では、エムスリー、バンダイナムコ、日本電産が大型株に当たります。
アメリカの次期大統領就任が確実視されているバイデン氏ですが、大統領就任後に目玉となりそうなのが環境政策です。地球温暖化など環境関連は以前から株式相場のテーマでしたが、バイデン氏優勢の動きが明らかになるにつれ、投資対象としての注目度が急速に上がっています。そんな中、環境関連の銘柄として買われたのが日本電産株式会社(以下、日本電産)です。
「日本電産は世界ナンバー1の総合モーターメーカーとして名を馳せています。そのモーターは高効率かつ省エネとして世界市場で知られており、精密機器や家電などさまざまな製品に使われています。実は、モーターが全世界で消費する電力は、全世界の消費電力のおよそ半分を占めると言われています。つまり、高効率のモーターに切り替えた際の消費電力削減のインパクトは絶大です。環境問題の解決に大きく貢献する企業として日本電産に投資家の目が向いたわけです」
日本電産は3月23日に年初来安値4,838円を付けます。そこから急速に回復し、11月30日には年初来高値となる1万3,585円にまで上昇しています。
日本電産の株価推移(1年チャート)※日本電産は2020年3月に1対2の株式分割を実施しています
「日本電産が手がけるモーターの中でも売れ行き好調なのが電気自動車(EV)用モーター。EVは今後も拡大が見込まれている市場なので、日本電産にとってEV用モーターが大きな成長の源泉になっています。来年以降も注目していい銘柄だと思います」
(編集部注:12月18月時点の株価は1万2,805円)
電気自動車用のモーターも注目されている日本電産(画像はイメージです)
今年株価が好調だった6つの企業を藤本さんに解説してもらいましたが、目立ったのはやはりDX関連銘柄です。
「今年の株価の動きを特徴づけるのが新型コロナ、そしてDXでしょう。これまで諸外国に比べて遅れていると見られていたデジタル化が、新型コロナという外圧によって一気に進み、日本のホワイトカラーの生産性の向上が期待されたわけです。また、欧米と比べると新型コロナの感染者数が少ないことも、日本株に投資マネーが流れ込んだ一因じゃないかと思います」
「もうひとつ、日本電産の項でも触れましたが、今後、環境政策が目玉となりそうなことも、日本株にとっては大きかったと思います。バイデンさんは、温室効果ガス削減や地球温暖化対策の国際的な枠組み『パリ協定』への復帰に意欲を見せるなど、環境分野で積極的な動きを見せています。世界的に環境分野への投資熱が高まる中、この分野で高い技術力を持つ日本企業が注目され、2020年末の日経平均上昇の要因に。そして、この動きは今後も続くと見ています」
29年ぶりの高値となった日経平均株価。躍進した個別企業も続々と登場しました。では、来年2021年はどんな企業が注目されるのでしょうか? 藤本さんは「環境」に加えて「国土強靭化(老朽インフラの再整備)」を注目テーマとしてあげています。具体的な企業名については、本記事の後編として2021年1月にご紹介する予定です。ご期待ください。
※本記事は、取材者及び執筆者個人の見解です。特定の銘柄を推奨するものではありません。
フリーランスライター。副業をはじめ、投資、貯蓄、節約などマネー企画全般を取材。ビジネスや働くママのジャンルでも取材経験豊富。雑誌、Web、夕刊紙、書籍などで執筆。「真に価値ある情報提供」を使命とする。