腕に着けると、それはまるで腕に貼り付いているかのよう。愛用者なら、着けていることをつい忘れてしまうことさえあるかも――。
そんな薄さに誰もが驚かされるシチズンの「エコ・ドライブ ワン(Eco-Drive One)」は、世界最薄(※)の「光発電ムーブメント」搭載ウォッチのコレクションです。
シチズンのフラッグシップと呼ぶべき「エコ・ドライブ ワン」は、去る2022年1月11日、ブランド初となるスモールセコンド(小秒針表示)搭載の3モデルがデビューし、目下話題になっています。そこで今回の「新傑作ウォッチで令和を刻む」では、そのうちのブラック文字盤タイプ「AQ5010-01E」を取り上げて、「エコ・ドライブ ワン」の魅力と真価を浮き彫りにしていきます。
※アナログ式光発電ムーブメントとして。2021年12月現在、シチズン時計調べ
シチズン「シチズン エコ・ドライブ ワン AQ5010-01E」。公式サイト価格は、330,000円(税込)
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シチズンの核心的技術にして、他社に先駆けて独自開発された光発電技術「エコ・ドライブ」。そのルーツは、1976年に発売された世界初のアナログ式光発電ウォッチ「クリストロンソーラーセル」です。時計史に残る快挙となった同モデルの後、同社はこの技術にさらなる磨きをかけていき、今日、「エコ・ドライブ」は室内のわずかな光も電気に変え、フル充電状態では暗所でも時計を長時間駆動させることができるまでに進化を遂げています。
そして2016年、アナログ式光発電時計誕生から40周年の集大成として、「エコ・ドライブ ワン」が誕生。世界最薄の1mm厚ムーブメントを搭載するこの光発電時計は、同年にスイスで開催された世界最大規模の時計展示会「バーゼルワールド」にてお披露目され、その驚異的な薄さで世界に衝撃を与えました。
ちなみに、「エコ・ドライブ ワン」という名称には、持ち得る技術と技能のすべてを厚さ1mmに注ぎ込んだ、シチズンの技術者たちの誇りと情熱が込められているとのことです。
ここで言いたいのは、精度や性能を犠牲にすることなく、ムーブメントを激薄にするには開発段階において、豊富ですぐれた知識、すこぶる高い技術力、柔軟で大胆な発想が求められるということ。同社開発スタッフの言に耳を傾けてみましょう。
「厚さ1mmという限られたスペースに80を超える部品を収めるべく、部品の構造や加工そのものを根本から見直し、ひとつのパーツに2役を担わせるなど、これまでの常識を覆す構造を開発しました。たとえば、動力源であるローターは通常、3体構造なのですが、これまでにない溶接技法を駆使して2体構造にすることで、大幅なサイズダウンを図りました。また、『エコ・ドライブ』で得たエネルギーを貯める二次電池については、高エネルギー密度の新電池を開発し、0.87mmの薄さながら、長期間の駆動に必要な容量を確保したという具合です」
こうして技術者たちが、気が遠くなるほどの時間と手間を費やして生み出した「エコ・ドライブ ワン」は、2016年秋リリースの初号機「AR5014-04E」(現在はディスコン)を皮切りに、ジルコニアセラミックベゼルのモデル、チタニウム素材のモデル、防水性能を高めたモデルなど、さまざまなバリエーションへと発展していきました。そして、これらはいずれもが、多彩な最先端技術を生み出し、発展させてきたハイテクウォッチメーカー、シチズンの象徴として存在し続けています。
「AQ5010-01E」は、そのシンプルさゆえに、年齢を問わず、末永く使い続けることができる時計です
では、ここからは本稿のお題である「エコ・ドライブ ワン」の新作「AQ5010-01E」について掘り下げていきましょう。
先述したとおり、これは同時発売された2モデル(後述)とともに、「エコ・ドライブ ワン」史上初のスモールセコンド(以下、スモセコ)付きモデルとなります。
ちなみにスモセコとは、文字盤の中心から離れた位置に軸芯が配置された秒表示のこと。機械式時計においては、実はセンターセコンド(こちらは軸芯が文字盤の中心にある秒表示)よりもシンプルな機構で済むことから、スモセコ付きモデルは少なくありません。
いっぽう、「エコ・ドライブ」を含むクォーツ式においては、多くの場合、スモセコ付きにすることで時計をクラシカルに見せる意図があると考えられます。なお、既存の「エコ・ドライブ ワン」にはセンターセコンド付きは存在していないので、今回の新作3型は「エコ・ドライブ ワン」初の秒針搭載モデルでもあるのです。
ケースサイズは、細い腕にも着けやすく、見た目にも違和感のない36.6mmの小径で、素材はステンレス製。その表面には、シチズンファンにはおなじみの「デュラテクト」が施されています。シチズン独自の、この表面硬化技術が施されることで、金属は高い耐傷性を得て、その輝きや仕上げの美しさを末永く保つことができます。と同時に、この加工には美しく繊細な色調をもたらすという副次的効果もあります。「デュラテクト」にはいくつかのバリエーションが存在しますが、このうち「AQ5010-01E」では、「デュラテクトプラチナ」という技術が採用されており、これがベゼルやケースなどを上品、かつ明るく透きとおるようなシルバーカラーに見せています。
写真は、既存キャリバー「8826」。外周部にソーラーセルがドーナツ状に敷かれています。これは、スモセコ付きのキャリバー「8845」も同様です
言うまでもなく「エコ・ドライブ ワン」シリーズの核心は、アナログ式光発電ウォッチにおいて世界最薄である1mm厚のムーブメントなのですが、この特徴は「AQ5010-01E」を含むスモセコ付き3型に搭載されているキャリバー「8845」においても揺らぐことはありません。すなわち、スモセコが追加されていながらも、その厚みは変わることはなく、なんと計89個ものパーツがわずか1mmの激薄ムーブメントを構成しているというのですから驚きます。
ちなみに、「エコ・ドライブ」用のムーブメントには、基本構造においていくつかのバリエーションが存在しています。そのうちで最もベーシックなものは、光を透過する素材から作られた文字盤の背後にソーラーセル(光エネルギーを電気に変換するためのパーツ、いわゆる太陽電池のこと)が配置された「スタンダードタイプ」です。「8845」を含む「エコ・ドライブ ワン」用のムーブメントも、これに当たります。ただし、「スタンダードタイプ」のムーブメントの多くは、セルが文字盤とほぼ同じ面積であるのに対し、「エコ・ドライブ ワン」用のムーブメントにおいては激薄構造にするためにセルの面積を縮小し、それを外周部にドーナツ状に敷くという工夫が施されています。
ケース側面の丸みにより柔和な表情を、腕に沿う形状のケース裏により心地よい装着感を追求
「AQ5010-01E」のケース厚は、わずか4.5mm。真横からうかがうと、改めてその美しく研ぎ澄まされた激薄フォルムに感嘆してしまいます。これに加え、ベゼルに傾斜を設け、ケース側面に丸みを持たせることで、さらに薄いシルエットに見せています。
また、よく観察しますと、ラグ→裏ブタ→ラグに至るシルエットが微かに反っていることがおわかりでしょう。さりげなく優雅に見せるカーブ形状により、時計はおのずと腕に沿ってフィット。結果、ストレスのない心地よい装着感を得られるわけです。シチズンいわく「腕時計としての上質さ、デザインの完成度、そして着け心地を大切にしたモデルになっています」とのこと。こうして見ますと、その言にも大いに納得するのです。
シチズンによれば、デザインにおいて「スモセコを生かすサイズ感やバランスにこだわった」とのこと
シャープでドレッシーなブラック文字盤は、クールさと艶やかさを併せ持ち、ソリッドなバーインデックス(棒字)と、鏡面とサテンの2種類の仕上げが施された時・分針は、漆黒の背景にその姿をクッキリと浮かび上がらせています。しかも、スモセコを備えながらも無駄は削ぎ落され、あくまでミニマムなデザインに徹することで、薄型フォルムとの調和が巧みに図られてもいます。
なお、ガラスには多層構造のコーティングにより、光の反射を抑えて約99%を透過させる「クラリティ・コーティング」が施されているので、文字盤の視認性も上々。屋外の日の当たる場所においても、まるでガラスが存在していないかのように、はっきりと時間が読み取れるのもうれしいポイントと言えましょう。
たたずまいに、さらなる品格を添えるブラックのワニ革バンド付き
ヘアライン仕上げのケースバックには、「CITIZEN」のロゴや「ECO-DRIVE」、「DURATECT」などの記載とともに、「MADE IN JAPAN」の刻印も。また、激薄ケースと調和させるべく、ラグジュアリーなワニ革の黒バンドは薄仕立てで作られており、その留め金具である3つ折れ式バックルも薄型です。
なお、そのバックルは、革バンドで一般的なピンバックルではなく、サイドボタンを押すことで容易に3つ折れが開く、爪を傷めにくいプッシュタイプが採用されています。
スモセコ付き「エコ・ドライブ ワン」には、「AQ5010-01E」と同時(2022年1月11日)に発売された2タイプも存在します。
1本は、文字盤に和紙が用いられた懐(ゆか)しく雅(みやび)なタイプで、もう1本は特定店限定で展開されている、清涼感あるブルー文字盤タイプ。これらとブラック文字盤の「AQ5010-01E」を合わせて見比べると、デザインや機能は同じながらも、それぞれに異なる味わいが感じられて、どれを選ぶべきか迷ってしまいます。
「エコ・ドライブ ワン」シリーズでは初となる、和紙文字盤タイプの「AQ5012-14A」。ケースやベゼルなどの表面処理は、「デュラテクトピンク」(ピンクゴールド色)。ほかのスペックは「AQ5010-01E」と同じ。公式サイト価格は、352,000円(税込)
「AQ5012-14A」は、日本の伝統工芸である土佐和紙「典具帖紙(てんぐじょうし)」を文字盤に採用。角度によって繊細に表情を変える独特の風合いは優雅であり、その白地がインデックスや時・分針、ケース&ベゼルを彩るピンクゴールド色と美麗なコントラストを成す品格あるモデルです。
なお、「かげろうの羽」とも呼ばれる「典具帖紙」は、明治時代に美濃(現・岐阜県南部)から伝わり、独自の改良を経て土佐(現・高知県)の名産として定着した楮紙(こうぞがみ/コウゾの樹皮繊維を原料としてすいた紙のこと)の1種。その薄さと強靱さは海外でも評価されており、タイプライター原紙などの用途で欧米へ大量に輸出され、現在では文化財の修復にも多用されているとのことです。
ブルー文字盤の「AQ5010-01L」は、特定店限定モデル。80本限定販売で、裏ブタにはシリアルナンバーが刻印されています。ダークブルーの替えバンドが付属。ほかのスペックは「AQ5010-01E」と同じ。公式サイト価格は、352,000円(税込)
限定モデル「AQ5010-01L」は、深みあるブルーの文字盤を採用。凛とした存在感を主張し、かつ角度によって濃淡の移ろいを見せる放射状の「旭光仕上げ」によってインテリジェンスも感じさせます。また、ブラックのワニ革バンドとともに、ダークブルーバンド(こちらもワニ革製)が付属しているのも、限定モデルならではのバリューと言えます。
機械式時計のうち、ことに複雑な機構を持つタイプは、コンプリケーション(複雑系)ウォッチと称されて、時計通に珍重されています。確かに、想像を超えた仕かけには、私たちを魅きつけて止まぬオーラが備わっているものです。そのいっぽうで「エコ・ドライブ ワン」は、たとえスモセコが追加されても、それらコンプリ系とはまったく対照的な、極めてシンプルな姿を呈しています。
しかし、先に記述した開発スタッフの回想からもわかるとおり、このミニマムな外見とは裏腹に、ムーブメントにおいてはこれまでの概念を覆す斬新なアイデアと工夫が凝らされており、そこにシチズンが長年にわたって培ってきた唯一無比のテクノロジーが相まって、驚異的な厚さ1mmが実現されているのです。そして、このことから「エコ・ドライブ ワン」は、巷のコンプリウォッチに匹敵する、超複雑にして超絶的なレアウォッチであると見なし得るのです。そして、このことを認識すれば、コンプリ系などの通好みな時計を好む人々にとっても、実は「エコ・ドライブ ワン」は選ぶにふさわしい「価値あるシンプリシティ」であると言えるのです。
●写真/篠田麦也(篠田写真事務所)
【SPEC】
「シチズン エコ・ドライブ ワン AQ5010-01E」
●キャリバー:8845
●動力:光発電「エコ・ドライブ」
●駆動持続時間:フル充電状態から約7か月
●防水性能:日常生活用防水
●ガラス:サファイアガラス(「クラリティ・コーティング」処理)
●ケース素材:ステンレス
●ケース表面処理:「デュラテクトプラチナ」(ライトシルバー色)
●ケース幅:36.6mm
●ケース厚:4.5mm
●重量:22g
●バンド素材:ワニ革
●バンド幅:19mm
●バンド調整可能サイズ:152〜198mm
●バックル:3つ折れプッシュタイプ
●製造国:日本
●発売年月日:2022年1月11日
東京生まれ。幼少期からの雑誌好きが高じ、雑誌編集者としてキャリアをスタート。以後は編集&ライターとしてウェブや月刊誌にて、主に時計、靴、鞄、革小物などのオトコがコダワリを持てるアイテムに関する情報発信に勤しむ。