2018年1月12日、岩波書店は中型国語辞典「広辞苑第七版」を刊行した。1955年に初版が刊行された「広辞苑」は、60年以上をかけて改訂が重ねられてきたが、今回の「広辞苑第七版」は実に10年ぶりの改訂新版となる。
「広辞苑第七版」の普通版。完成記念特別価格として、2018年6月30日まで9,180円(税込)で買える。それ以降は、9,720円(税込)
「広辞苑」は、国語辞典と百科事典を合体したようなボリュームの中型国語辞典。三省堂が刊行する中型国語辞典「大辞林」と双璧を担う国民的辞典のひとつだ。その最新版「広辞苑第七版」は、2008年刊行の旧版「第六版」から10年ぶりに全面改訂され、新たに約1万項目を追加。別冊付録の分を含めると、計約25万項目を収録する。
【「広辞苑第七版」(普通版)スペックギャラリー】
別冊付録は、「漢字小字典」や「アルファベット略語一覧」などを収録。ちなみに、424ページで587g
「広辞苑第七版」は左の普通版のほか、右の机上版もラインアップ。普通版の菊版に対し、机上版は約1.4倍大きいB5判の2分冊仕様。完成記念特別価格として、2018年6月30日まで14,040円(税込)で買える。それ以降は、15,120円(税込)
以下、簡単にではあるが、「第七版」が旧版から何が変わったのかをまとめてみた。
「広辞苑第七版」は、「第六版」に収録されている項目を分野ごとに抽出し、各分野において第一線で活躍している専門家が全面的に校閲。旧版の不備を補いつつ、既存用語もより正確で簡潔な解説(語釈)に改められている。また、現代生活や各分野の理解に必要な言葉が、新たに選定・執筆されているという。
ジャンルは、文学から歴史/物理学/医学/美術/音楽/武芸/茶道/スポーツ/サブカルチャーまでが網羅されており、それぞれの研究の進展や最新の動向が反映されている。これらの校閲や執筆に携わった専門家は、実に224名にものぼるという。
そんな大改訂の中で、気になるのはやっぱり新たに追加された項目だろう。「広辞苑」は選定基準として、「日本語の変化の姿を的確にとらえ、いっときの流行にとどまらない、私たちの言語生活に定着した語、または定着すると考えられる言葉を厳選して収録する」としている。つまり、この10年間で世間で流行った言葉が必ずしも掲載されるわけではないのだ。
ここで、新収録された約1万項目の中から、注目の言葉をほんの一部ではあるが紹介していこう。
「安全神話」や「ブラック企業」といった社会問題となっている用語をはじめ、ここ10年間でよく聞くようになった“定着した言葉”たちが並ぶ。「カラオケでノリノリになる曲」の「ノリノリ」が漢字でこう書くとは……
また、「第六版」の改訂からの10年間で、社会の変化や科学技術の進歩により、専門的用語が一般的に使われるようになった例が数多くある。特に今回重点的に扱われた分野は、「IT用語・ネット用語」「地震・自然災害および地球科学・気象・海洋関連語」など。そんな重点分野からいくつか紹介しよう。
医学系や史跡名なども重点的に扱われた。ちなみに、「仮想通貨」は「仮想」の項目内に、「東日本大震災」は「東」の項目内に追加されている
前述したように、「広辞苑」は単発的に流行った言葉は採用しない。どんな言葉も日本語として定着したことを見極めてから掲載する。したがって、10年前にも使われていた言葉だが「第六版」では掲載が見送られ、現在は定着したと判断されて「第七版」に収録された項目もある。
全体的に“いまさら感”のある項目が並ぶが、10年前はまだまだ一部でしか話されていなかった言葉だったのだろう。ちなみに、「コスプレ」は「コスチューム・プレー」としては「第六版」から掲載されていたが、「第七版」ではこの略称も項目として立てられた
もうひとつ細かな変化ではあるが、明治期を中心とした近代の実例が重点的に増補されているという。
作家の文学作品のほか、新聞記事で使われた例も多く収録
ついでに、価格.comや価格.comマガジンでよく使われそうな項目も追加されていたのでまとめてみた。
アップルの「iPhone 3G」が日本に上陸したのは2008年。「iPhone」は、この10年で日本人の生活スタイルを大きく変えた、「(スティーブ・)ジョブズ」が手がけた「スマホ」だ
満を持して「第七版」に採用された項目があるいっぽうで、近年よく使われており、「第七版」の改訂作業で候補になったものの、残念ながら収録が見送られた項目もある。
「アラフォー」は、ユーキャンの「新語・流行語大賞」で「2008年間大賞」を受賞した言葉だが、「第七版」では見送られた。ちなみに、先述した新収録の「ゲリラ豪雨」も同年の同賞でトップテン入りしていた。また、エッセイストのみうらじゅん氏が考案したとされる「マイブーム」は収録されているが、「ゆるキャラ」は見送られた
「広辞苑第七版」は、定着した言葉を新収録するいっぽうで、日常的に用いる基礎的な言葉の意味の説明「語釈」も見直している。特に、動詞やオノマトペ(擬音語・擬態語)を中心に、似たような意味の言葉の違いがわかりやすくなっているという。たとえば、「焼く」と「炒める」という動詞の意味の違いはご存知だろうか。
まずは、「第六版」の語釈。「炒める」のほうが調理法のひとつだという印象が強い
「第七版」の語釈。どちらも動詞の意味がイメージしやすい表現に変わっていてる
「焼く」と「炒める」の語釈をわかりやすく並べてみた。
「焼く」の(2)
「火を当てたり熱した器具の上に乗せたりして、食材を加熱・調理する。……『秋刀魚を―・く』」
「炒める」
「熱した調理器具の上に少量の油をひいて、食材同士をぶつけるように動かしながら加熱・調理する。『ほうれん草を―・める』」
どちらの動作もこの語釈通りに頭の中でイメージするとその違いがわかりやすい。「炒める」の「食材同士をぶつけるように動かしながら」という表現が付け加えられたことで、両者の言葉の意味をより理解しやすくなった。語釈の最後に書かれている例文もその一助。この例文が逆だと「秋刀魚を炒める」「ほうれん草を焼く」という違和感のある文章になってしまう。秋刀魚は「焼く」ものだし、ほうれん草は「炒める」ものなのだ。
語釈見直しにはもうひとつスタイルがある。時代とともに意味が広がった言葉に対し、語釈を新たに追加する方法だ。たとえば、「盛る」と「保険」の語釈を見てみよう。
波線部分が新しく加えられた語義。どちらもいまはよく使われる
また、時代とともに付け加えられた語義をさらにアップデートした例もある。
もともとは相手の家の尊敬語を指す「御宅」の語釈。右が「第六版」で左が「第七版」だ。(4)はつまり「オタク」の意味を指しており、10年で表現が微妙に変わっている。インターネット上ではこの変化から「広辞苑がオタクにやさしくなった」と話題になった
以上で、「広辞苑第七版」がどのような大改訂を行ったのかは多少おわかりいただけたと思う。同書は、このような改訂を60年以上かけて繰り返すことで表現を磨き続けており、現時点で最も“言葉の意味を簡潔かつ的確に捉えられる辞典”のひとつであることは確かだ。
とはいえ、現代社会において、言葉の意味を調べるために“紙の辞書”をめくる人は減少している。インターネット検索でも、言葉の意味を調べられるようになったからだ。それも、小学館の「デジタル大辞泉」が出典元の「goo国語辞典」や、小学館の「デジタル大辞泉」や三省堂の「大辞林 第三版」が出典元の「コトバンク」など、他社刊行の中型国語辞典から出典された意味を、無料で読めるサイトも存在する。ほかにも、たとえば「iPhone」には、三省堂の「大辞林 第三版」を大幅に増補した「スーパー大辞林3.0」が内蔵されていたりする。
「iPhone X」のSpotlight検索に言葉をかければ、内蔵された「スーパー大辞林」の語釈が読める
「広辞苑」にしてみても同じだ。iOS/Androidアプリ「広辞苑第七版」を9,800円で販売しているほか、カシオの電子辞書「EX-word」シリーズの新モデル4機種(2018年1月19日発売)にも、「広辞苑第七版」が収録されている。
カシオの電子辞書「EX-word」シリーズの新モデル「XD-Z6500GK(生活・教養モデル)」
Webサイトやアプリ、電子辞書が便利であるいっぽう、紙媒体の「広辞苑」は、たとえば内容に間違いや誤字脱字があったときに重版まで修正ができないというデメリットを持つ(紙の書籍全般に言えることだが)。「広辞苑第七版」も、残念ながら「LGBT」や「しまなみ海道」という新たに収録された項目の語釈が説明不十分や誤りだという指摘が入り、公式サイトにおいて謝罪・訂正文が掲載された。
岩波書店の公式ホームページ。「LGBT」「しまなみ海道」の訂正文を印刷した「カード」も用意。岩波書店読者係に請求するともらえる
では、なぜ紙媒体の「広辞苑第七版」を購入するのか。
ここからは個人的な見解にはなるが、購買動機のひとつとして「所有欲」があげられるだろう。60年間かけて洗練された25万個の言葉及び知識の集合体を「形」として手元に置いておける、ということは、何か“国語の歴史”をまるごと自分のものにしているようで、大いに人の所有欲を刺激するはずだ。
あと、紙のページをめくりながら書籍を読むのが好きな人にも「広辞苑第七版」はぴったり。なぜなら、用紙には、薄いのにあまり裏写りせず、しなやかさも持ちあわせる新開発の専用用紙を採用しており、何と言ってもその用紙の「ぬめり感」が格別に気持ちいいからだ。ページを指でめくる際、過不足なく指に吸いついてくるその品質は見事としか言いようがない。調べる目的がないのに、ペラペラとめくりたくなるほどだ。
極薄の用紙ではあるが、数ページがまとめてめくれることなく、快適に確実に1ページごとに開ける。ちなみに、同社いわく、「半永久的に保存がきく中性紙」らしい
さらに言えば、紙のページを自分の指で開いて、未知の言葉と出会ったり、言葉の本来の意味を知ったりすることは、なんとなく冒険チックでワクワクすることだと思う。実際に、「広辞苑第七版」は、日常的によく使う言葉にも、「へー」と驚く“トリビア的語釈”を採用していたりする。
そして最後に、誰がなんと言おうと「一家に一冊『広辞苑』」というファンの人たちは、「第六版」と同じサイズで単純に1万項目も増えるのだから、購入は言わずもがな、なのである。上で紹介したように、「第六版」と「第七版」を2冊並べて置いて、語釈の変化を見比べることで、時代の移り変わりに浸るのも一興だ。
「パンダ」の語釈の変遷がおもしろい。これは初出の「第二版」と「第三版」の語釈
「第三版」から「第七版」までの語釈の変化。「第七版」で、急に入ってきたトリビア「ネパール語で『竹を食うもの』の意」。こういった辞書ごとの語釈の「個性」を楽しむのもまた一興だ
「広辞苑」では、初版の刊行時から、印刷会社大手の大日本印刷が作った「秀英体」という書体が使われている。同書の予約特典であった小冊子「広辞苑をつくるひと」では、著者の三浦しをんさんが、「秀英体」を「読みやすく端整でオーソドックスな、すぐれた書体」と表現。たとえば、「い」「こ」「に」「は」などのひらがなを見ると、筆跡がつながっており、筆文字の味わいを残している。こういうところから端整な印象を受けるのだろう
(注)本稿で使われている項目と語釈の写真は、(一部を除き)実際の誌面ではなく、報道向け資料から抜粋したものです
月刊アイテム情報誌の編集者を経て価格.comマガジンへ。家電のほか、ホビーやフード、文房具、スポーツアパレル、ゲーム(アナログも含む)へのアンテナは常に張り巡らしています。映画が好きで、どのジャンルもまんべんなく鑑賞するタイプです。