スマートフォンやモバイル通信とお金にまつわる話題を解説していく「スマホとおカネの気になるハナシ」。今回の話題は、“1円スマホ規制”後に広がっている「SIMのみ契約」を取り上げる。端末の値下げが封じられたことで、MNPを使ったキャッシュバックの渡り歩きに一部のユーザーの関心が移っている。政府との新たないたちごっこになりそうな気配だ。
2023年末に電気通信事業法が一部改正され、いわゆる「1円スマホ」の販売ができなくなった。政府によるスマートフォンの値引き規制に加え、歴史的な円安の長期化によってスマートフォンの価格が劇的に高騰する状況下で、1円スマホは店頭でのスマートフォン販売促進と、それにともなう回線契約の獲得を促進する起爆剤だった。その禁止で再びスマートフォンの販売は停滞してしまった。
だが、2024年の動向を見ると、スマートフォンの販売は確かに落ち込んでいるが、通信契約自体の獲得競争はむしろ激しくなっているようだ。そのことを示しているのが携帯各社の解約率で、業界全体での解約率が高まると、その分顧客の奪い合いが多く発生し、競争が激しくなっていることがわかる。
そして、ここ最近の携帯大手の解約率を見ると、2024年に入って急上昇の気配がある。実際KDDIの「au」「UQ mobile」を含めた「マルチブランド解約率」を見ると、2023年6月末時点では0.96%であったのが、2024年6月末には1.11%と、1%以上の水準となった。また、ソフトバンクも、2023年6月末時点では1.05%だった主要回線の解約率が、2024年6月末には1.39%と、やはり大きく上昇している。
KDDIの2025年3月期第1四半期決算説明会資料より。2024年6月末時点での解約率は1.11%と、従来と比べ大きく伸びているようだ
いっぽうで、楽天モバイルは契約数を大きく伸ばし、2024年6月16日には700万契約を突破したことを公表した。しかし、競合の大手3社からは、楽天モバイルに顧客が多く流出しているわけではないとの声を耳にする。では一体、楽天モバイルの顧客はどこから流れてきているのか? その謎をひも解くと、1円スマホ終焉後の競争激化の構図が見えてくる。
楽天モバイルは2024年6月16日に700万契約を突破したことを公表。そこには割引施策の強化だけでなく、ほかの要因も働いているとの見方が多い
先に指摘したKDDIやソフトバンクの解約率をもう少し詳細に見てみると、どうやら各社をメイン回線として利用している“優良顧客”が離れているわけではないらしい。実際、KDDIによれば解約率は上昇しているもののメインブランドの「au」の解約率は、あまり変わっていないとしている。ソフトバンクも2024年6月末時点でのスマートフォン解約率は1.18%と、主要回線全体の解約率と比べれば低い。
それゆえ、現在契約が大きく動いているのは、「UQ mobile」「ワイモバイル」といったサブブランド、さらに言えばNTTドコモの「irumo」のような低価格プランの利用者のようだ。そしてその理由は「SIMのみ契約」にある。
ここ最近、ショップ店頭などで、端末を購入せずにMNPで通信回線だけを乗り換え、SIMだけを入手する「SIMのみ契約」をした人に対して現金やポイントなどを還元するキャッシュバック施策が増えている。そうした施策を目当てにSIMのみ契約をし、短期間で他社に乗り換える「ホッピング」と呼ばれる行為をする人が増えた。それが解約率を押し上げているようなのだ。
「ワイモバイル」のショップ店頭における、SIMのみ契約に対するキャッシュバック施策のポスター
実は、SIMのみ契約に対しても、電気通信事業法でスマートフォン値引き額の最低水準(消費税抜きで20,000円)までの利益供与が認められている。それゆえSIMのみ契約が前提のMVNOや、「ahamo」などのオンライン専用プランが競合となりやすい、サブブランドや低価格プランが、法律の範囲内でSIMのみ契約に対するキャッシュバックを展開するケースが多かった。
だが1円スマホの規制によって、従来スマートフォンの大幅値引きを目当てにホッピングを繰り返していた人たちが、SIMのみ契約へのキャッシュバックに目を付けて乗り換えを繰り返すようになった。その結果獲得競争が激化し、他社への対抗のためSIMのみ契約のキャッシュバックが強化されていったことで、現在の状況が生まれているようだ。
「UQ mobile」のショップ店頭における、SIMのみ契約に対するキャッシュバック施策のポスター
そして楽天モバイルも、SIMのみ契約で多くのポイントが得られるキャンペーン施策をいくつか展開している。とりわけ大きな施策となるのが、楽天モバイルの契約者が他社の顧客を楽天モバイルに紹介して乗り換えてもらうことで、紹介した側とされた側の双方にポイントが入る「紹介キャンペーン」だ。
ちなみに2024年9月時点で実施されている、楽天モバイルの紹介キャンペーンを確認すると、紹介する側は1人あたり7,000ポイント、紹介された側は他社からの乗り換えの場合13,000ポイント、新規契約の場合6,000ポイントがもらえる仕組みだ。それゆえ他社から乗り換えて13,000ポイント獲得した後にほかの人を招待すれば、さらに7,000×人数分のポイントがもらえる計算となる。
楽天モバイルは紹介キャンペーンに力を入れており、紹介キャンペーン経由での加入者は累計で40万人を超えているようだ
それに加えて楽天モバイルは、「特別なお客様」に対する紹介キャンペーンを実施。こちらは、本来楽天グループの取引先などを紹介するのに用いられているもののようで、乗り換えの場合14,000ポイント、新規契約の場合7,000ポイント獲得できるなど、通常の紹介キャンペーンより好待遇だ。
だが実は、楽天グループ代表取締役会長兼社長最高執行役員である三木谷浩史氏の「X」上のポストからのリンクをたどることで、誰でもこのキャンペーンに参加できる状況となっている。それゆえかなり多くの人が、このキャンペーンを適用して楽天モバイルに加入していると見られている。
楽天モバイルは「特別なお客様」に向けたキャンペーンを実施しており、こちらは紹介者不要。乗り換え時は通常の紹介キャンペーンより1,000ポイント多い14,000ポイントを獲得できるが、実は「特別」でなくても三木谷氏のXのポストから参加できる
そうしたことを考えると、SIMのみ契約によるキャッシュバック施策でポイントを獲得したユーザーが、紹介キャンペーンをはじめとしたポイント還元施策を目当てに楽天モバイルに流れ着いている可能性が高いと見ることができよう。だがその結果、楽天モバイルはサービス当初の”月額0円施策”に続いて、再びポイントを目当てに短期間で移り変わってしまいやすい“質の低い”顧客を抱えてしまったことにもなる。それは何らかの要因をきっかけとして、一斉流出が起きるリスクも抱えることにもつながるだけに、同社にとっても非常に悩ましい状況かもしれない。
話は変わるが、実は1円スマホ規制後の大きな動きとしてもうひとつ、ここ最近自社回線ユーザー以外の人に一部のスマートフォンを販売しない事例が生じている。実際ソフトバンクは、メインブランドの「ソフトバンク」で販売している端末の一部を、ソフトバンクの回線契約なしでは購入できないようにしている。
確かに、ソフトバンクのオンラインショップで「機種のみを購入」を選んだ場合、ラインアップが「iPhone」「iPad」のみとなってしまう。Androidスマートフォンなどそれ以外の端末は、回線契約をともなわないと購入できなくなっているようだ。
ソフトバンクのオンラインショップを見ると、「機種のみ購入」の場合iPhoneとiPadしか選べなくなっている
無論、単体購入可能なスマートフォンの販売をショップが拒否するのは問題行為となってしまうが、実は先の1円スマホを規制した電気通信事業法改正で、割引規制のあり方が変わったことで、スマートフォンの単体販売をしなくても法律には違反しないこととなった。そこでソフトバンクは回線契約しない人に一部のスマートフォンを販売しない方針を取ったようだ。
その背景にはやはり、1円スマホの反省が見え隠れする。1円スマホ施策では、スマートフォンを単体で購入してもある程度の割引が受けられたことから、いわゆる「転売ヤー」が人気のスマートフォンを買い占めて大きな問題となっていた。
だが、値引き販売するスマートフォンを、最初から自社サービスの契約者以外に売らないのであれば、転売ヤーを容易に排除できる。とりわけソフトバンクは「新トクするサポート(バリュー)」や「新トクするサポート(プレミアム)」など、特定の条件を満たして12か月で端末を返却する代わりに、スマートフォンを激安価格で利用できる端末購入プログラムにとても力を入れている。
それだけに、回線契約につながらないにもかかわらず、激安価格で端末を単体購入されてしまうのを避けたい考えがいっそう強いのではないだろうか。
ソフトバンクの「新トクするサポート」はスタンダード、プレミアム、バリューの3種類に増加。そのうちプレミアム、バリューの対象機種は購入後12か月で返却する代わりに、高額なスマートフォンを非常に安い価格で利用できる
ただ現在はソフトバンクが扱うスマートフォンのうち、一部の独自モデルを除けば、SIMフリー版が家電量販店やECサイトなどで容易に購入できる。割引に強くこだわるのでなければ販路が豊富になっていることは、消費者の側も知っておくべきだろう。
とはいえキャッシュバックの渡り歩きや、携帯各社が自ブランド以外の契約者に端末を売らない措置が先鋭化していくようであれば、公平・平等を非常に重んじる総務省も黙ってはいないだろう。急浮上する新たな施策に対して総務省がどのような対応を取り、再び規制が強まるのかどうか、消費者にも大きな影響を与えるだけに注意深く見守りたいところだ。