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漱石、川端、芥川、太宰、安吾、啄木、春樹……。皆お金に悩み、書いた

文豪たちが圧倒的筆致で金欠を嘆く奇書「お金本」のクセになるおもしろさ

昨年2019年11月に発売された「お金本」(おかねぼん・左右社刊)という本が話題です。名だたる文豪たちが「お金」について赤裸々に語ったエッセイや短文、漫画などのアンソロジーで、その内容は「借金」「貧乏」「散財」などにまつわるエピソードが満載。つまり、マネーの「失敗例」の山。日ごろ当サイトがお届けしている「増やす」「節約する」といった方向とは真逆の内容です。

ダミー

いかにも金運の良さそうなイエローの表紙&ゴールドの帯。しかしそこに踊る文字は「残高不足。」「働かうといふ気がしない」などなど。不思議な存在感が漂う装丁です

金欠話の不思議な面白さ

ところがこの本、収録されているエピソードがいずれもネガティブなものなのにもかかわらず、どこか笑いとペーソス(哀愁)を感じさせ、読んでいて明るさを感じさせてくれる不思議な魅力にあふれています。

「いくら来た? 一円か? 一円五銭か?」(「知己料」※収録タイトル。以下同)と、芥川龍之介が書いた原稿が1枚いくらになったか気にする久米正雄。「原稿料ではなく、印税で暮らせるやうになりたいと思います」(「私の生活」)と願う川端康成……。ほかにも、友人から借金をしたり、編集者に原稿料の前借りを頼んだり、家宝を質草にしたり、たまに手にした収入はお酒に消えてしまったりと、情けなくも人間くさい話の数々。それらを書いているのが、夏目漱石、江戸川乱歩、坂口安吾、太宰治、武者小路実篤、泉鏡花、内田百閧ネど後世に名を遺す人たちばかりで、その偉大な業績と金銭感覚とのギャップにもそこはかとないおかしみを感じます。当サイトが普段お伝えしている"マネーのノウハウ"とは少し趣が異なりますが、お金について考えるきかっけになること間違いなしのユニークな1冊。誕生の背景を、版元である左右社代表の小柳さん、編集担当の梅原さんにうかがいました。

「しめきり」と「お金」が作家の2大苦悩

――登場するのは文豪を中心に、実業家、漫画家、ミュージシャンなど総勢96人。歴史に名を遺す方々がズラリと並びながら、全員がお金の話しかしていないという内容。斬新なコンセプトと感じました。この本はどのように生まれたのでしょうか?(佐野、以下同)

小柳さん:「お金本」の前に「〆切本」(しめきりぼん・左右社刊)を出したんです。テーマは「原稿のしめきり」です。文豪たちがいかにしめきりに泣かされ、苦しんできたかについて書かれたエッセイや日記や手紙を集めたアンソロジーでした。これが好評で、3万部ほど(7刷)まで販売が伸び、1年後には続編となる「〆切本2」を発売。本を作る過程で、延べ3年間ほどひたすら文豪たちの資料を集め、それと向き合ってきたんです。するとある発見がありました。文豪たちが「しめきり」と同じく「お金」にも困っていたんです。「しめきり」と「お金」はいわば作家の2大苦悩なんですね。次は「お金本」だろうと「〆切本」を作っていたときから考えていました。

小柳学(こやなぎまなぶ)さん。株式会社左右社 代表取締役。ダンス雑誌や思想誌の編集を経て、季刊「d/SIGN/デザイン」編集長を務める。2005年に左右社を設立。著書に「宮沢賢治が面白いほどわかる本」(中経出版)

検索では出てこない。だから本にする

――「〆切本」しかり「お金本」しかり、収録するエピソード集めはさぞかし大変だったのでは?

小柳さん:「〆切本」を企画したとき、ネットで「しめきり 作家」などと検索したところ、ほとんどヒットしませんでした。これに背中を押されたというか、「書籍にする意味がある」と思いました。検索ですぐに出てくる情報であれば、わざわざ本にまとめる価値はないでしょう。簡単に見つけられないからこそ集める価値がある。同じように「お金 作家」と検索しても、そんなに面白いエピソードは出てきませんでした。国会図書館などで検索して見つけたエッセイなどもありましたが、それでも実際に本に収録したのはごくわずかです。基本的には自分たちの足と目で作家たちの全集などにあたりました。そのためどうしてもマンパワーが必要で、製作期間も長くなってしまいましたね。

梅原さん:私は2019年4月に左右社に入りました。その前から「お金本」の企画が動いていて、入社後に私が担当に。左右社での最初の仕事がこの本で、いきなり資料をドーンと渡されました(笑)。資料のコピーが机の上に30cm以上の高さまで積み上がったのを覚えています。その後も引き続きさまざまな作家の全集やエッセイを調べました。入社して10月までの半年間、ずっと資料を読み続けていた感じです。1日中図書館に籠(こも)って探し続けても、何の収穫もなく帰ってくる日もありました。その分、これだというネタを見つけたときの喜びは大きかったです。

小柳さん:不思議なもので、1回目に読んだときは面白いと感じなかった文章が、再読すると面白く感じられる場合があったりして、よけいに時間がかかりましたね。

梅原志歩(うめはらしほ)さん(お顔出しNGとのことで目次を説明してくれている奥の女性がご本人です)。株式会社左右社 第一編集部。19年4月に左右社に入社し「お金本」の編集担当に。編集作業では「国木田独歩と金子光晴のエピソードを並べる」(本文で後述)など構成を考えるうえで苦労があったそう

収録ジャンルは多彩

――ボツになったネタもあったと思います。どんな基準で人選と掲載作品を決定したのでしょうか?

梅原さん:基本的にはその原稿を読んで面白いと感じるかどうかでした。

小柳さん:ひとりで決めるわけではありません。編集や営業を含め社内で同じ作品を読み、それぞれが「◎」「〇」「△」「×」の順で評価します。最初に読んだ担当者が「×」を付けた作品でも、ほかの人が「これは面白いんじゃないか」と高い評価を付ければ、敗者復活戦のように再検討もしました。

梅原さん:単体としては面白さが弱くても、別の作家のエピソードと組み合わせるとお互いが引き立つというケースもありました。たとえば、詩人の金子光晴が、国木田独歩の息子と上海で豪遊するエピソードがあります(「どくろ杯」)。この話だけ読むとそんなに面白みはないかもしれません。でも、国木田独歩が借金を断られたり、生活に困窮している様子を嘆く「日記 明治三十年」と並べてみると「困っている父親を尻目に、遊びまわる国木田独歩の息子」という関係が見えてきます。このように、別のネタとの合わせ技で採用することもありました。

――組み合わせや順番で面白みが変わる……。まさに編集の妙ですね。掲載数の「100編」も最初から決めていたのですか?

小柳さん:面白い文章ありきで集めていたら、たまたま100編に達したという感じですね(筆者注・複数の作品を掲載した作家もいるので、登場人数は96名)。時代に関しても、明治から、現代の忌野清志郎さん(「歌われていないことは山ほどある」)、村上春樹さん(「貧乏はどこに行ったのか?」)、北野武さん(「関係の問題」)、町田康さん(「死闘三日 下積みのチンジャオ」)など幅広く対象にしました。

梅原さん:その意味では、作品ジャンルもそうかもしれません。エッセイやコラムに限らず、手紙もあれば、石ノ森章太郎さん(「ぼくの部屋にはベートーベンのデス・マスクがあった」)や、つげ義春さん(「散歩の日々」)などの漫画もあります。「〆切本」のときも、バラエティ豊かな構成にしていたので、シリーズの続編として同じテイストを踏襲しています。できれば、少女漫画家の方の作品も入れたかったんですけど、お金の話をされている方は見当たりませんでした。

編集担当の梅原さんい渡された資料(の一部)。提供:左右社

入社早々、梅原さんに託された「お金本」の資料(の一部)。提供:左右社

ぜひセットで読んでほしいネタも多い

――資料の読み込み、選定作業のほかに苦労した場面はありますか。テーマがテーマなだけに、もしかしたら掲載許可を取るのに難航したのでは、と推察しますが……?

梅原さん:その点に関してはあまり問題にはなりませんでした。ご本人や担当の方に企画主旨を書いた手紙を送ると、ほんとんどの方が快く許可してくださいました。そのいっぽうで、目次、つまり内容の構成や順番に関してはなかなか決定しませんでした。100編のエピソードをどうやって章にまとめるか、最終段階まで何度も入れ替えました。

――さきほど話に出た、国木田独歩と金子光晴のエピソードなどですね。

梅原さん:内田百閧ニ夏目漱石もそうです。内田百閧フ「貧凍の記」は、生活に困窮し、師の夏目漱石にもらった貴重な掛け軸を売ってしまうというエピソードなのですが、そのエピソードの前に漱石の「文士の生活」を持ってきました。この中で漱石は、「世間では巨万の富を得たと言わているが嘘だ」と言っています。それでも弟子にお金を工面してあげる。2編をセットで読んでもらいたくて、続けて掲載することにしました。このほか、忌野清志郎さんがロックスターになることを夢想していた高校時代の自分を回想した文章(「歌われていないことは山ほどある」)に続く形で、清志郎さんの養母である栗原久子さんが「高校生の子どもがギターに熱中しすぎていてどうすればいいか」と朝日新聞の相談コーナーに投稿した紙面を掲載したり(「朝日新聞 身上相談」)。このときの回答者は映画監督の羽仁進さんと、進さんのお母さんの羽仁説子さんなのですが、回答がとても良いので、ぜひ読んでいただきたいです。

「お金本」の前に発売されていた「〆切本」と「〆切本2」

「お金本」の前に発売されていた”文豪としめきり”がテーマの「〆切本」と「〆切本2」。提供:左右社

お金への態度に表れる人間性

――いざ発売されて、反響はいかがですか?

梅原さん:文豪でもこんなにお金に苦しんでたんだ、と微笑ましく読んでくださっているようです。ジャンルとしては文芸ですが、価格.comマガジンさんのほか、マネー系やビジネス系のメディアに取り上げていただくこともあります。あとはライターの方々からの反響です。書くことで生計を立てている不安や共感をツイッターなどでつぶやいてくださっています。

――お2人のお気に入りのエピソードは何ですか?

梅原さん:ひとつは坂口安吾の手紙です(「手紙 昭和十一年」)。要約すると「借りたお金を返そうと思っていたけど、原稿料が入ったら飲んでしまいました。申し訳ないけど返せない」という内容。返さないという態度が清々(すがすが)しく、全部飲みましたという開き直りもなぜか明るい。強い心で私も見習いたいなと(笑)。あとは、石原慎太郎さんですね。政治家としての印象が強かったのですが、別の側面を見た感じがしました。若い頃「初めて焼酎を飲んだ感動は、高級な酒を飲んだときよりも忘れられない」といったことを書いています(「貧乏の魅力」)。その後、石原さんは有名になるわけですが、貧乏時代のエピソードは心の中にずっと残るんだなととても印象的でした。

小柳さん:私は芥川龍之介の手紙です(「書簡 大正一五年」)。のちに妻となる文(ふみ)へのプロポーズの手紙ですね。「僕自身も碌(ろく)に金はありません。ですから、生活の程度からいえば、何時までたっても知れたものです」と言いながら、「自分は君を幸せにする」と伝える。お金がない状況を、文への想いで乗り越えてしまう芥川の純粋性のようなものを感じます。そうそう、文豪の多くは「しめきり」「お金」と同じくらい「恋愛」にも悩んでいるんですよ。これをまとめても面白いのかも……。

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「しめきり」、「お金」の次のテーマは「文豪たちの恋愛」?

「儲かった話」はちっとも集まらなかった

――あれだけ才能に恵まれた人たちでもお金の悩みとは無縁になれず、でもどこか「お金がない」のを創作のモチベーションにしているようにも読めました。

梅原さん:そこに「お金本」を出す意義があったと思います。最初は貧乏に焦点を当てた本が受け入れられるのだろうかと疑問もありました。でも、実際に文豪たちのエッセイを読んだとき、暗い気持にはなりませんでした。「貧乏だけど自分はやってやるぞ」とか「負けないぞ。一発当てるぞ」という前向きな意志が感じられたからです。パーソナルな日記や手紙であっても、後世の人に読まれる前提で書いているような印象もあって、精神的なたくましさも感じました。たとえば種田山頭火の「日記 昭和十四年/十五年」に出てくるのですが、「正直な胃袋がぐうぐう飢を訴へるけれどしやうがない、水を飲め、飲め水を――」のくだりなど、今風に言えばSNSの”パワーワード”のような力とリズムのある言葉ですよね。とても自分のためだけに書いたとは思えません。

小柳さん:企画当初「お金をたくさん稼いだ」という方向の作品も集めようと思っていたんです。しかし、これが見事なほどに集まらなかった。本当に儲かっていなかったのか、あるいは儲かっているけどそれは表に出さないのか、2つの理由があると思います。松本清張や司馬遼太郎など、かなり売れていた文豪もいるはずですしね。でもそういったポジティブな方向の話は見つからなかった。

――その意味では、あえて「この本に収録されなかった文豪」に注目して、彼らのお金の考え方を想像してみるのも面白いのかもしれませんね。

小柳さん:でも、結果的に金欠ネタでこの本がまとまってよかったです。スティーブ・ジョブスしかり、有名企業家の立志伝はまさにお金のない時期のエピソードがつきものですよね。お金がないときは危機なのでアイデアを出さなければ人生が変わらない。それは作家も同じ。貧乏な状況であれば、傑作を書かないと生きていけません。儲からないからもう作家をやめる、ではなく、次こそ傑作を書くというエネルギーに変えている。そんな「貧乏はエネルギーになる」という考え方を本書から感じていただければと思います。

取材を終えて

文学は人間の営みを表現するもの。そしてお金は人間にとって切っても切れない存在。その意味で、本書に収録されている文豪たちの「情けなくも人間くさい」お金に対する態度は、人間を深く探ろうとするがゆえの結果と言えるのかもしれません。読めば「お金と自分」について考えさせられる「お金本」。皆さんの心には、どう響くでしょうか?

※本記事は、取材者及び執筆者個人の見解です。

佐野裕

佐野裕

フリーランスのライター。マネー誌、ビジネス誌などで一般ビジネスパーソンから著名人までを多数取材。ビジネス、自己啓発、副業、歴史など幅広いジャンルで記事を執筆している。「活字で活力を与えたい」と日夜奮闘中。

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